UTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)

2019年2月12日 (火)

UTMBのポスター

世界最高峰のトレランレース、UTMBの抽選登録をして6年が経過し、悲願の完走を昨年果たしたところであるが、その結果、ここ数年、UTMB主催者からかなり頻繁にメールが届くようになった。

一言でいえば、UTMBへの関心を高め、トレイルランニングのブームを確固たるものにしようとの前向きな行動の表れなのであろう。

私のような商売っ気のない者には、恐れ入るばかりの熱心さである。

いろいろな情報が届けられるようになったのであるが、基本的にはフランス語と英語で届くので、ちょっと敷居が高いのも事実であり、英語だけでも努力しないとなあとは思うのであるが、どうにも続かないところである。

さて、先日もUTMB主催者からメールが届いたところである。

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メールの内容は、UTMB2019のポスターができたとのお知らせであった。

今回、初めてアニメ風のイラストによるポスターにしたと書いてあった。

それが上のポスターなのであるが、これを見て、驚いた。

なんと主役は私であるからだ。

涙目で手を広げて、四角い顔で歓喜のゴールを迎える、かなり華奢なランナーは、どう考えても私しかいないだろう。

いやいや、ついに私もポスターになったかと妄想を膨らませての投稿です。(笑)

主催者からひっきりなしにこうした熱いラブコールを受けると、もう一回くらいはモンブラン一周に挑戦しても良いかなあと思うのだから、やっぱり主催者に踊らされてるかしら?(笑)

2018年12月29日 (土)

公式DVDが届きました!

齢50オーバーの私にクリスマスプレゼントは無いと思っておりましたが、忘れたころにはるばるフランスから数日遅れでクリスマスプレゼントが届きましたよ。

それがこちらです。(開けて、中身を出したところです。)
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今年出走したウルトラトレイル・デュ・モンブラン、UTMB2018の公式ビデオDVDです。
(エントリー時に有料で申し込まないと送ってもらえない公式DVDです。)

さっそく見ようと、我が家の少し古いDVDプレーヤーに突っ込んでみると、なんとなんと・・・

「再生できないフォーマットです」との衝撃のメッセージ

チクショーとなって、翌日、車のオデッセイのDVDプレーヤーに突っ込んでみると、またもや再生できず!

仕方ないと我が家のDVDユニット内蔵パソコンで再生すると、やっと見ることができました。(笑)

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メニュー画面です。

再生すると私が出走した2018年UTMBのレース風景が写っていました。

例えば70km地点の標高2417mのMont Favreの空撮

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いやあ、こんな崖のすぐ上を走っていたんですね。

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ひとつ前のはモンブランに近い谷側からの空撮でしたが、この上のは、モンブランを後ろに見ての空撮で、走っている選手からは写すことのできない映像でしたね。

基本的にトップ選手の映像が中心で、あとはスタッフとか応援する観客とかの映像が多かったですが、それこそがUTMBの風景でもある訳で、とても新鮮に鑑賞することができました。

追記
 残念ながら私も、私が知っているランナーさんも写っていませんでした。(笑)
 あとは来年1月2日のNHKBS1のグレートレース「激走モンブラン170km」が楽しみだ!

2018年12月24日 (月)

【テレビ】グレートレース「頂上決戦!モンブラン大激走170km」【NHK BS1】1月2日(水)後7:00

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UTMB2018のドキュメンタリーがテレビ放送されるので投稿しました。嬉しいっす!

以下、NHKサイトからの引用です。

ヨーロッパアルプス最高峰モンブランを1周する170キロのレース「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(UTMB)」。過酷さ、美しさ、人気ともダントツ世界一のトレイルレースだ。

世界80の国と地域から2600人が集結した。このレースに完全密着。トッププロの壮絶なデッドヒート、次世代のヒーローを目指すアマチュア選手たちの挑戦を追う。

雄大な自然の中で繰り広げられる、意地と名誉をかけた極限の戦いは見逃せない。

【ひと言】

これは見逃せない。何せ、2600人(正確には2561人)のうちの一人として、自分が出走した世界最高峰のトレランレースのドキュメンタリーだからだ。

過去自分が出たトレランレースがテレビ放送されたのは、2012年のUTMF、2016年の富士登山競走、2017年のSPA TRAILあたりか。

ちなみに、UTMFもSPA TRAILもちゃっかりとちょこっと映っていた実績ありだ。(笑)

しかし今回のUTMB2018のドキュメンタリーの内容は、NHKの公式サイトの宣伝文句からすると、トップランナーのドキュメントぽいな。

実際に走っていて、テレビ撮影があったことにまったく気が付かなかった。

ずっと後方を走っていたから、私は目にすることもなかったんだろうな。(笑)

念のため、今、2分の予告動画を見たが、完全に優勝争いのドキュメンタリーのようだ。こりゃ完全に映ってそうにないよな(笑)

そんな小さなことはともかく、絶対に録画して、観ないとね。

個人的に一番の楽しみは、私が夜間走で見られなかったコースの景色かな。

あ、あそこら辺かなあ?ってわからないと思うけど、必死に推理して空想しますよ!

一応、当サイトの宣伝を兼ねて、私のUTMB完走記はコチラですよ!

さて、トレランを良く知らないみんなに全国放送があることを宣伝しないとね!

2018年11月30日 (金)

完走おめでとう

完走おめでとう

2018年11月 2日 (金)

【書評】UTMB2018完走記 かずさん/著

出版関連

自分が書いたものを自分で評価するという前代未聞の取り組みです。(笑)

本著は言うまでもなく、本ブログを執筆しているかずさんが今年完走したUTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)という世界最高峰のトレイルランニングレースの個人的な記録である。

あえてジャンルは何かと問われれば、ノンフィクションドキュメンタリーということになるだろう。

トレイルランニングという特殊な世界を努めて分かりやすく描こうとしている点や著者の内面の苦悩をつまびらかに表現している点などは評価できる部分でもあるが、文章は長く稚拙で、誤字脱字も多く、本として売り出すには値しない代物である。

それでもこの本を上梓した理由については、著者のあとがきにそれらしいことが書いてあるので、それを引用する。

あとがき

 悲願だったUTMBを苦しみながらも完走して、まさに幸せの絶頂で満を持して書き始めた完走記であったのだが、書いてみるとそれほど面白い話にはならなかった。(笑)

 最大の要因は文章力の問題なのであるが、それ以外にも、UTMBは2回目なのでいつもなら見るモノすべてに感動するようなミーハーさが生じなかったし、序盤は天気が悪く景色もいまいちだったし、なにより完走第一の戦略にブレが生じず、いつものようにあっちこっちで頻発するようなトラブル事案も少なかったということが原因ではないかと思う。

 そういう意味で、前回2015年にリタイアしたときのUTMBレース記録の方が、格段にレース中のテンションが高く、天気もよく景色も最高、それに加えて、不勉強からくるトラブルも頻発するなど、エピソードが盛りだくさんあったうえ、結末は制限時間切れでのリタイアという悲劇性もあって、物語としては面白かったし、リタイアショックに伴うやや投げやりで空虚な文章が、より共感の持てるリアルな物語の雰囲気を醸し出している気もしたりするなど、今回の完走記との比較で、いまさらながら再評価した次第でもある。(笑)

 完走しながら贅沢な話であるが、ゴールの喜び爆発のシーンがメインの筋書きの物語では自分自身からしても面白くなかったのだ。(笑)

 しかしである。

 私はこのUTMB完走が心底嬉しかった。
 他の人からUTMBを完走することはそれほど難しくないと言われようが、私にとって、この完走は最高に嬉しかったし、満足できるものだったのである。

 普段なら、照れくさくて小さな喜びを表す程度で淡々とゴールを駆け抜けて終わる私なのであるが、UTMBではゴール前から喜びを爆発させ、今までしたことも考えたこともない様なゴールパフォーマンスを無意識にしていたのだから、自分でも信じられないほど嬉しかったのだろうとしか言いようがないのである。

 さらに嬉しかったのは、この喜びを日本にいる家族や友人などと少なからず共有できたことである。
 何人もの人が、UTMBのネット中継を通して、私がチェックポイントを通過する様子や喜びいっぱいのゴールシーンの映像を日中・深夜に関わらずリアルタイム、あるいはそれに近いタイミングでネット観戦しながら応援してくれていたと聞き、嬉しさは倍増しました。

 このUTMBという私にとって特別な舞台が、みなさんとの絆をより一層結びつける役割を果たしてくれたのなら、それは私の人生において何物にも代えることのできない意義ある挑戦だったのだと思っています。
 今はただただ、私を温かく見守り支えてくださったすべての人に対し感謝の気持ちしかありません。

 ありがとうございました。

 ん?よくわからないな(笑)

 ひとつ前のブログ記事からすると、ブログを読まない人向けに本として形にし、喜びを共有したいというようなことが書かれております。(笑)

 その篤い思いは素晴らしいとは思うものの、これまで数多くの書籍を読んできた身としましては、冷静に評価すると将来売り出されることは・・・、ないでしょうな。このレベルでは(笑)

追記:
 写真が多く、しかも全編カラーの点は、ドキュメンタリーとしては、大いに評価できるところである。
出版関連
 ただ、終盤のゴールシーンでは、著者の写真のオンパレードな点はちょっといただけないが、UTMBという大会の盛り上がりという視点で見れば、それもドキュメントなんだと思えなくもないかな?(笑)

初めて自分の本を出版してみました!o(*^▽^*)o

UTMB完走記(2018)

UTMBリタイア顛末記(2015)

2018年11月 1日 (木)

初めて自分の本を出版してみました!o(*^▽^*)o

実は、かねがね、本を出したいと内心思っていたのだが、いかんせん文才もなく、仕事柄も、その機会が訪れることもなく、齢も50年を超えてしまっておりました。

夢は宣言しないと叶えられないと常々思っている私は、この一見ささやかながら、荒唐無稽な無謀な夢を少なからず実現したいと思っており、一年の計は元旦にありとの信念から、数年前の一年の計の中に何度か盛り込んできたところであったのですが、一向に進まない夢を諦めつつあり、ここ2年はそんなことを口にすることもなくなっていたところでした。

●2013年の一年の計 (出版宣言あり)

●2015年の一年の計

●2016年の一年の計 (出版宣言あり)

●2017年のレース計画と目標宣言

●2018年の一年の計
  新しいことを始めるとぼやかしていたのは、内心では、出版とメルカリを想定しておりました。(笑)

諦めつつあったところが、今年の夏は、悲願のUTMBを完走し、本ブログにUTMB2018完走記を認めたところであるが、それを書き終わったときに思ったのは、この喜びをみんなと分かち合うには、ブログだけでは足りない。ブログに親しんでいない人には、やっぱり本、つまり書籍にすることで、より多くの喜びを分かち合えるのではないかと思ったのでした。

ブログを書籍化するサービスは、2つあって、今回、私が選んだのは、MyBooks.jpというサービスでした。(もう一つは、ブログ出版というサービスです。)

●サイトでの表紙見本
書籍

本ブログのデータを同サービスに移送し、UTMB2018完走記部分だけに圧縮し、編集校正作業を進めていると、加筆修正がエンドレスに続き、これは切りがないなと思って、完璧さを諦めて、約2週間で編集校正を終わりにして、先週、ついに製本のオーダーをして、1週間後の本日、手元に届いたところです。

出版関連
↑ものすごくきちんとした梱包で届きました。このあたりは著者として嬉しい取り扱いですね。

いやあ、自分のためだけの1冊オーダーでの自費製本を出版と呼ぶのは真におこがましい限りですが、わかりやすい単語としての出版とさせていただきました。

手に取って見ての最初の感想は、「小さい!薄い!」

B6という普通の単行本サイズなのはわかっていたのですが、自分で校正する際に実物より大きいサイズのA5に印刷して作業していたため、完全のそのイメージにすり替わっていました。(笑)

また、厚さは、出来上がり見本(一番上の図)の左端に表示されている背表紙の厚さが頭に刷り込まれていての、これまた同じようなイメージギャップによるものです。

●表紙(著者名は写真加工しました)
出版関連

●開いたところ
出版関連

書籍というより小冊子という感じですが、製本はきちんとしております。

心配していた写真の解像度は問題なく、むしろ本物より明るくくっきりと補正されて印刷されており、まさに見間違えるほどの出来でした。(ブログではバイザーの陰で顔の表情なんかまったく見えないのですが、この本では私の表情が見えるんですよ。)この辺りは印刷会社ならではのノウハウが生かされているのでしょうね。

そういう訳で、見栄えはともかく、本の形になっているというところが、私にとっては何物にも代えられないですね。

今回は、背表紙のタイトルが入る最低のページ数である142ページちょうどに仕上げ、全編オールカラー、さらにはオプションで、光沢のあるオリジナルブックカバー(540円)もつけたので、正真正銘の本にしか見えませんです。(笑)

また、著者名も掲載できるので、そこに本名を掲載しており、出版した感を十分に味わうことができました。(笑)

書棚に飾る前に、UTMB完走を応援してくれた皆様に、プチ自慢しつつ、机のよく目立つところにおいて、お見せし、興味のある方には貸し出そうと思っております。

これで、ブログを見てない人にもUTMBがどういうレースだったのか?私がレースでどのような苦闘をしていたのか?ということをより具体的に知っていただき、より強い絆を醸成できれば、これに勝る喜びはありません。そうなることを、心から祈りたいですね。

追記:
 何度も推敲し、校正したのですが、誤字脱字、意味不明瞭な文章が何か所かあります。
 本を作るって、本当に大変だと思いましたが、それも含めて、いい思い出です。(笑)

【書評】UTMB2018完走記 かずさん/著

UTMB完走記(2018)

UTMBリタイア顛末記(2015)

2018年10月19日 (金)

UTMB写真集

かずさん専属カメラマンHさんに撮っていただいた珠玉の写真集です。

UTMB完走記同完走記外伝にあえて掲載しなかった私の宝物ですが、公開します。

●レ・ドリュとメールドグラス氷河と私
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いよいよゴールのシャモニーに向かう下りのトレイルが始まります。

●シャモニー針峰群
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一気に700mを下りました。

●木造の橋
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●ラストスパート開始
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●シャモニー市街地到着
295631501040650

●シャモニー中心街
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●日の丸隊
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●ゴール凱旋
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●ゴール凱旋2
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●スパルタスロンとUTMBへの遥かなる道のタグ
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UTMB

2018年10月18日 (木)

UTMB完走記外伝5(アルプスハイキング編)

ヨーロッパアルプスの最高峰モンブランの麓をハイキングしたのでその写真を掲載しました。

写真はシャモニーからケーブルカーを経由し、モンブラン中腹の駅からメールドグラス氷河までハイキングし、その後登山列車でシャモニー街に降りて、ホテルに到着するまでです。

UTMB完走記同完走記外伝には未掲載の写真がほとんどです。


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2018年10月10日 (水)

UTMB完走記のあとがき

このブログのタイトルからも分かるように、悲願だったUTMBを苦しみながらも完走して、まさに幸せの絶頂で満を持して書き始めた完走記であったのだが、書いてみるとそれほど面白い話にはならなかった。(笑)

最大の要因は文章力の問題なのであるが、それ以外にも、UTMBは2回目なのでいつもなら見るモノすべてに感動するようなミーハーさが生じなかったし、序盤は天気が悪く景色もいまいちだったし、なにより完走第一の戦略にブレが生じず、いつものようにあっちこっちで頻発するようなトラブル事案も少なかったということが原因ではないかと思う。

そういう意味で、前回2015年にリタイアしたときのUTMBレース記録の方が、格段にレース中のテンションが高く、天気もよく景色も最高、それに加えて、不勉強からくるトラブルも頻発するなど、エピソードが盛りだくさんあったうえ、結末は制限時間切れでのリタイアという悲劇性もあって、物語としては面白かったし、リタイアショックに伴うやや投げやりで空虚な文章が、より共感の持てるリアルな物語の雰囲気を醸し出している気もしたりするなど、今回の完走記との比較で、再評価した次第でもある。(笑)

完走していての贅沢な話であるが、ゴールの喜び爆発のシーンがメインの筋書きの物語では自分自身からしても面白くなかったのである。(笑)

さて、冒頭、ブログのタイトルに少し触れたが、スパルタスロンに加え、UTMBを完走したので、タイトルをどうしようか?そもそもブログをどうしようか?と考えたりもしている。

古くからの読者の方はご承知とは思いますが、実はすでに一度、本ブログのタイトルを変更していたのである。最初のタイトルには「UTMB」は入っていなくて、単に「スパルタスロンへの遥かなる道」だったのです。

ブログの開設は、2009年1月で、今から9年9か月前である。当時からウルトラトレイル・デュ・モンブラン、略称UTMBというレースがあって、鏑木選手が参戦し活躍されているというのは知っていたのだが、当時日本屈指の長距離トレランレースだったハセツネやおんたけウルトラをすでに完走していた自分にとっては、UTMBはそれほど難しいレースではないと思っていたのだ。(なんという愚かな勘違いだ。(笑))

一方、ブログ開設直前の2008年12月末に間寛平さんがアースマラソンをスタートし、12月29日に千葉市内通過を予測して、子どもたちと待ち伏せて、見事に彼と遭遇して写真を撮ったという出来事もあり、そのときに間寛平さんが完走したスパルタスロンという物凄いウルトラマラソンがあることを思い出し、調べてみると、このレースこそ、常人ではとても完走できないレースだと思って、ブログのタイトルにスパルタスロンを使用したのである。(笑ってしまうのだが、当時はフルマラソン以上のウルトラマラソンのレースに参加したことがなかった。(笑))

それから時がたち、2012年の暮れに、満を持してUTMB2013の抽選申し込みをするも抽選に外れ、海外レースへの挑戦を諦めきれずに、代替にスパルタスロンに申し込んだのである。

申込みながら、スパルタスロンの完走なんて無理だと思ったが、何とかしたいという思いもあって、がむしゃらに月間744㎞を走るなど、過去最高レベルに鍛えに鍛えてスパルタスロンに臨むと、1回目の挑戦で完走ができたのである。(→スパルタスロン完走記はこちら

UTMBには翌2014年のレースにも申し込むがまたも抽選に外れたのだが、外れたことで2015年の優先出場権を得て、必要なポイントもなんとか確保して、2015年のUTMBに出場したのである。

そのときですら、完走したスパルタスロンの方がUTMBより難しいレースであり、しかもUTMBは46時間30分もあるから、大丈夫だろうと思って、練習も予習も不十分なまま臨んでのまさかのリタイアとなったのである。

それを私は「人生の忘れ物」として、この3年間はUTMBのことばかり考えていたというのはすでに完走記の冒頭に書いたとおりである。

これほどまでUTMBの完走に拘り練習しながら、2回目のUTMBのレース中には相当に苦しんだのであるが、今なお、スパルタスロン(246㎞)の方が遥かに難しいレースだと思っている。
※UTMBは主に舗装されていないトレイルで上り下りする約170㎞の山岳レース(制限時間46時間半)。スパルタスロンはほとんどロードを走る246㎞のウルトラマラソン(制限時間36時間)。

その根拠としては、私はスパルタスロンとUTMBを両方完走したランナーを3名知っており、そのうち1名は世界的なウルトラランナーであるので除外するが、ほかの2名はスパルタスロンは制限時間ぎりぎりだが、UTMBはかなり余裕で完走されているのである。

また、UTMB(170㎞)よりはるかに苛酷なトレイルレースであるトルデジアン(330㎞)を余裕で完走されたランナーでもスパルタスロン(246㎞)は苦しんでいたりするのである。

その要因は定かではないが、過去の完走率を比較しても、一般的な市民ランナーにとって、スパルタスロンの完走の方が難しいと思わざるを得ないのである。

しかしである。

私はこのUTMB完走が心底嬉しかった。UTMBを完走することはそれほど難しくないと言われようが、私にとって、この完走は最高に嬉しかったし、満足できるものだったのである。

普段なら、もう走らなくて良いんだという小さな喜びを表す程度で淡々とゴールを駆け抜けて終わる私なのであるが、UTMBではゴール前から喜びを爆発させ、今までしたことも考えたこともない様なゴールパフォーマンスを無意識にしていたのだから、自分でも信じられないほど嬉しかったのだろうとしか言いようがないのである。(振り返ると、師匠と一緒に日の丸を掲げてのゴールに気持ちが最高になったのだと思います。)

一応、完走した者として、UTMBを目指す後輩ランナーから何がしかのアドバイスなりを求められることもあるかと思う。

コースの状況などは、本ブログの完走記にそれなりに記述したつもりなので、それを参考にして欲しい。

完走に向けた助言を期待されるかもしれないが、私レベルのランナーが完走している日本国内の100kmトレランレースを完走されていれば、UTMBの完走は十分可能であると思うので、ぜひともチャレンジしてほしい。

UTMBに限らずレースを完走したり、もっと大仰に言えば、人生において何かを成し遂げるために最も重要なことは、「諦めないこと」と「自分を信じること」である。しかし、それをするためには単なるその場の根性論ではなんともならない。なので、自分は、これでもかというようなトレーニングを含めた用意周到な準備をすることが肝要であり、今回のUTMBでは前回と違いそれが出来ていたので、最終的に完走できたと思っている。

帰国後、いろいろな人から、「かずさん、UTMBの次の目標は?トルデジアン(330㎞)ですか?、それともTJAR(420㎞)ですか?」と煽られているのであるが、登りは1万メートルが限界というのを悟ったUTMB完走でしたので、次は世界三大100マイルレースの一角を占める「グランレイド・レユニオン」を師匠と一緒に完走することを目標にしたいと思います。なので、家族よ、もう一度お許しいただきたい。m(__)m

この大いなる目標の前に、まずはフルマラソンの自己ベスト更新を今シーズンの残りの目標として、頑張ります!

引き続き、みなさまの応援、どうかよろしくお願いいたします。

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2018年10月 5日 (金)

UTMB完走記外伝6(帰国編)

UTMB2018完走記の外伝その6

UTMBを完走した翌日の9月3日(月)から日本に帰国して出社する9月5日(水)までの外伝としても最後の記録です。

無事に悲願だったUTMBを完走し、大いなる満足感がいくつも押し寄せてきたような、少しふわふわしたような多幸感に包まれながら、45時間余りのレースの疲労感もあって、朝まで爆睡した。

7時前に起床し、いつものように7時に朝食バイキングのあるレストランに師匠と二人で、二人ともフィニッシャーズベストを着て、降りていった。

ツアーの仲間も三々五々集まる中、話題はリタイア組2名の顛末が中心となった。

T 部さんは、このひとつ前に書いたとおりの顛末で、9つの山を越えたところで、頭が回らなくなって時間切れで、今もなんだかよく分からないとのこと。

I 野さんは、中盤から腰痛が発生し、まっすぐに立って進むことができなくなるも、傾いたまま進んでいたが、転倒し始め、限界がきてリタイアしたとのこと。

UTMBという特別な舞台では、どのランナーも限界を超えてもなお頑張り続けて、その先は、ほんのちょっとの差で完走か、リタイアかに別れるんだなあと思った。

また、帰国後の土産の話にもなると、S竹さんが、「スーパーUに売っているセットのチョコレートが良いよ」との話を聞いたので、朝食を終えたら、ツアーの皆さんにお別れの挨拶をして、私はシャモニーの街に走って出かけた。すると、最後チョコレートの10箱と1キロのまとめ売りを買い占めできました。(笑)

その喜びもつかの間、買い物袋を忘れていて、とても素手では運べないと天を仰いだのだが、レジの女性に「袋、お願い」m(__)mと頼むと、マネージャーに見つからないようにこっそり、大きなポリ袋を渡してくれて、それに詰め込んで無事にホテルに戻ることができ、フランス人の情けに幸せを感じたのであった。(フランスではレジ袋は有料での提供もないのです。)

エイドでよく食べた反動で、大量に余ったレース用携帯食料は捨てて帰ろうと思っていたのだが、それもスーツケースに詰め込めることができて、9時10分に師匠に見送られながら、ホテルを出発した。(ツアーは10時出発でした。)

来るときに20分以上かかったバス停までまったく時間的余裕がない中、全身疲労と特に重たい脚で、重たいスーツケースを全力で引きずりながら、何とかバス停に着くとすでに乗車の点呼が始まっていて、その最後に紛れるように入って、空いていた一人掛けシートに座ることができた。

往きも同じバスだったY野さんとレース2日目のコンバル以来の再会を果たしたら、私のフィニッシャーズベストに気が付かれ、「完走おめでとうございます」と祝福していただいた。

「そちらも?」と結果を聞くと、なんと途中リタイアとのこと。UTMBの1回目は本当に難しいんだなと思った。

バスは10時45分にスイスのジュネーブ国際空港に到着し、まずは、15時15分発の自分の飛行機の情報を確認するが、まだチェックインは始まっていなかった。
次に、完走後ののどの渇きはまだ収まっておらず、飲み物を探した。そこら中にカフェはあるのだが、価格表示はすべてスイスフランとなっている。そういえば、スイスはユーロが使えないと書いてあったなあと思い出すが、どこかにユーロかカードが使える場所があるだろうと空港内を重いスーツケースを引きずって探すと、2階フロアの端っこのほうにあったKIOSKでクレジットカードが使えることが判明。

しかし、予想通り水が高い(笑)。450円もする。とりあえず、店員さんに「クレジットカードを使えるか?」と尋ねると、「使える」とのことで、同じ金額ならとオレンジジュースを購入。
カードを渡そうとすると、こちら側にとび出るように設置されているマシンを指さされた。カード決済もセルフのようだ。
しかし初めて見る端末でカードを入れる場所がわからないで、まごついていると、店員さんがジェスチャーで下から差し入れる格好をしたので、その付近を探すと、あった!
下の挿入口から上に差し入れると、恐らくピンコード入力を要求していると思われるフランス語が出てきたので、ピンコードを打ち込むと、処理が完了した。
自分でカードを引き抜いて、店を後にした。ジュースを一気飲みすると、出発便のチェックインは始まっていないかと1階フロアに降りてチェックインカウンターを適当にうろうろしていると、エミレーツ航空のサインボードを移動しているエミレーツ航空のユニフォームを着たアラブ系の男性スタッフを発見。
「エミレーツ航空のチェックインをしたいのだが?」と尋ねると、腕時計を見てから、20分後の11時45分から始まるとのことで、「場所は?」と尋ねるとカウンター番号を教えてくれた。(番号はもう忘れましたが)

ここは悩みどころであったが、20分なら待って、チェックインを済ませてからジュネーブ観光に向かうことに決めて、しばらく時間があるので、空港内をウロウロし、11時45分より少し前にチェックインカウンターに着くと、すでに搭乗客が並び始めていた。何とか20番目くらいに並ぶことができた。
しばらくするとスタッフが来て、Webチェックイン済みは別のレーンに誘導するという。スマホを見せると、そちらに誘導された。15番目くらいになった。
たかが15人くらいなのだが、チェックインカウンターは3つで、そのうち1つは、Webチェックインをしていない乗客用であり、実質2つで、なかなか荷物預かりが進まなかった。

やっと自分の番が来て、特に問題もなくチェックインが終わったので、ジュネーブ観光にトライすべく、空港駅に向かった。

するとかなり端っこまで進まされて、そのまま地下に降りるとホームにたどりついた。改札はなかった。

●スイスの地下ホームと自動販売機
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自販機もスイスフランしか使えない。

●切符の自動販売機
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切符の自動販売機があったが、ここでとん挫した。
理由は、
①路線も駅名も不明(笑)
②なのでどのチケットがジュネーブ中心街に行けるのか判断できず
③クレジットカードが使えない。(非接触型のリーダーしかない)
④スイスフランのみでユーロも使えない

ジュネーブ観光の仕方をまったく予習もせず来たので仕方がないし、すでにスイス出国まで3時間を切っており、チャレンジャーのかずさんも、リスク回避からも空港から外に出ることを諦めた。

さて、時間をどうやって潰そうか?と思った時に名案が浮かんだ。

「ツアーの仲間に会いに行って、お見送りをしよう!」

さっそく、入場ゲートに戻り、持ち込み手荷物検査を受ける。無事に完了。

入るとすぐに免税店があった。

●swatchショップ1
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写真だけ撮って、先に進む。

フランクフルト行きは何番ゲートかと探し始めると、ツアーの仲間と遭遇。ゲート番号を教えてもらい、そのゲートに向かった。

かなり端っこのゲートだったが、無事に到着するが誰もいない。あれ?と思っていると教えてもらった番号と一つ違いの搭乗口がフランクフルト行きで、そこに師匠らがいた。

話をしながら、スマホから集合写真などを送ってもらったり、SNSの交換などで仲間とのひと時を過ごせました。

やがて搭乗が始まり、皆を見送って、さあいよいよ私の帰国一人旅の始まりです。

●お見送り完了(13:55)
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ツアー仲間をお見送りしました。

まずは、免税還付に向かいます。

●スイス税関(14:04)
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免税還付を受けられると師匠から聞いて、Tax freeカウンターを探して列に並びました。

思わぬ長蛇の列にあと1時間10分の離陸まで間に合うのか?という不安が出てきた。しかも師匠はバーコード読み取りと言っていたし・・・。

5分くらい待ったが一向に列は進まないし、マシンでなく窓口手続きのようなので、税関スタッフらしき紳士(上の写真で左手を挙げている人)に思い切って並んでいた列から離れて、お店が作ってくれた免税手続きの用紙を見せながら尋ねた。

「この免税手続きはここで良いのか?」

「それはフランスの免税用紙だ。ここはスイス税関だ。フランスの税関に行きなさい」

「フランスの税関はどこにあるのか?」と尋ねると

少し考えて、紳士は英語で返答を返してくれたのだが、理解できず。やがて紳士は近くの中国人なのか韓国人に彼(つまり私)は英語を理解できないので日本語で説明してくれと頼むが、俺たちは日本人じゃないとのちょっとした騒ぎになっていった。「フランスの免税手続きだからFエリアに行け」という意味だけ理解し、こちらから確認すると、「そうだ」と言うので、お礼を言ってその場を離れた。もともと私は英語は達者ではないが、それにしてもほとんど理解できなった。相手の英語もいまいちだし、こちらもUTMB完走後の疲労で頭が回っていないという最悪の状況だったのかなあと思っています。

Fエリアとはどういうところなのかわからないので、空港のインフォメーションカウンターのベテラン女性スタッフに尋ねた。

どうやらフランスの免税はよく分からないようだ。考えてみれば、ここはスイスのジュネーブ国際空港だもんな。それでもしばし考えてくれて、指示してくれた。

「左をずっとまっすぐ行って、ゲートがあるけど、とにかく進んめばフランス税関がある」という指示でした。お礼を言って、その方向に進む。

左をまっすぐ進むと、やがてFという表示が出てきた。Fとはフランスの管理エリアのようです。

しかし、進めないゲートが出てきました。明らかに逆行しているように見えるのですが、突破しました。

やがて税関らしきものが見えて、スタッフがたむろっていたので、尋ねます。

「(この用紙で)免税手続きをしたいのですが?」

「突き当りを左にぐるっと回れ。そしてマシンでスキャンしろ」

すると一人の男性スタッフが私のフィニッシャーズベストに反応して、「お前、UTMB完走したのか?」「イエス!」「タイムは?」「45時間」「コングラチュレーション」「メルシー」とやり取りが続いて、ちょっと嬉しくなったが、あまり時間もないので、再確認。

「あっちに進めばよいのか?」「左に左に進めばわかるよ、行け!」

フランス税関のスタッフはフランス人らしくUTMBへのリアクションが凄かったし、リスペクトしてくれたのが嬉しかったです。(じゃっかん、お前(みたいなひょろっとしたの)が完走したのか?信じられない、という感じもありましたがね。(笑))

●フランス税関
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右にマシン見っけた。きっとこれだ!

●免税手続きマシン(14:17)
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1回目が上手く行かなかった気がして、その後5回ぐらいトライしたのですが、2回目以降は全てこの画面(認証終了で0件)で終わりました。職員はいないし、時間もないし諦めました。

ここから今来たルートを戻ろうとすると、今度こそ明らかな逆送らしく、自動扉が開かない。

待っていると向こうから乗客が来たので、空いた扉をすり抜ける。こうやって3回くらい自動扉を逆走したのだが、最後の扉は、2重扉となっていて、万事休すな感じ。

このまま、誰か2人通過するのを待つのか?諦めて流れに乗って進み、もう一度最初からやり直すか?

決断は、後者とした。なぜなら、逆走を咎められて、拘束されたりすると帰国できなくなるリスクがあるかもしれないからだ(笑)

決断すると流れに乗って、進むと、税関の先は、空港出口だ。

さて、ここから再出発と思ったのだが、このFエリアはまったく別の場所だった。

さっきの空港ビルはどこだ?

エレベーターで上がっても、行ったり来たりしても、周りは立体駐車場しかない。

仕方ないのでFエリアの出発ゲートを見つけたので、そこから入り直すことにした。

まず、セキュリティチェック。その際、チケットを見せながら、免税手続きで外に出てきたと申告した。たぶん、入場済みのエラー表示が出たと思うが、その申告が良かったのか、エラーのまま通してくれた。

いやあ、やったね、何とか危機脱出!

●swatchショップ2(14:34)
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エリアが違うので別の免税swatchショップがあって、最終搭乗までまだ20分あったので、ここで両親のお土産として腕時計を買った。
時間がなかったので、あまり考えずにお薦めされたゴールドの腕時計でそろえて買った。

●もう一つおまけ(14:40)
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アジア系の売り子さんに奨められ、2個買ったら、特別の35ユーロでもう一つ買えるとのことで、自分用がなかったなと思い、購入した。何が入っているか分からない箱を選ぶ内容だった。

買い物は8分くらいで無事完了して、すでに搭乗が始まっている搭乗ゲートに向かおうとしたら、ここで衝撃の事実が・・・

なんと出国審査が待っていた。

そりゃそうだよなあ。まだ出国審査してなかったわ(笑)。ツアーの仲間のフランクフルト行きはスイスからドイツだが国内線扱いだったのか・・・と思いつつ、長蛇の列に絶句。搭乗口閉鎖まで残り13分しかないんですけど、参ったな。

今度こそ本当に絶体絶命のピンチ!!!

出国審査は、シェンゲン条約国とそれ以外の2つに分かれていて、Fエリアから近いせいか、シェンゲン条約でない外国人の数はかなり少なくて、30番目くらいになった。

それでも、完全外国人の出国審査だけに一人一人の時間がかかってる。まさにジリジリと待つ展開。確か20分前に搭乗終了するチケットに書いてあって、その14時55分まで残り2分でやっと出国審査の順番が回り、30秒で審査を通過し、ダッシュでC51に向かった。

●C51搭乗ゲート閉鎖1分前(14:54)
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幸運なことにEK90便のドバイ行きのC51搭乗ゲートは出国審査から近かった。すでにファイナルコールがかかっており、よくある搭乗渋滞で待つことなく通過。そのため残念ながらトイレには行けなかった。それは仕方ない。いやいや、間に合って何よりでした。

こんな状態だったので、いつもの搭乗機体撮影はありません。(笑)

座席はかなり後方の真ん中4列シートの左から2番目でした。

●機内食1(17:02)
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いやあ、機内食が出るまで、眠くて眠くて、でも腹減ってるし、食べないと回復できないので、頑張って待ちました。

肉料理をおいしくいただいて、さらなるピンチが待ってました。

下痢漏れ事案です。

UTMB完走の後遺症でして、主たる原因は、レース中に履いていたコンプレッションタイツがお尻を締めつけて、それはすなわち肛門やその中の直腸をきつく締めた状態で、45時間動かし続けた結果、一部が擦り切れて、血と体液が染み出ているという症状でした。

それがこれだけ長時間狭いエコノミーのシートに座り続けていると、下痢となって、しかも抑えきれないのでした。

●機内の様子(19:57)
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照明が凝ってましたね。

そんな訳で、疲労困憊で眠いにもかかわらず、寝るに寝られず、なのでこんな写真撮ったりしてました。

なんとかドバイ国際空港にフランス時間の22時(ドバイでは翌0時)くらいに到着。

●車売ってる?(00:20)
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なんか、くじの景品みたいでした。
しかし、外国人は、こんなの当たっても、運び賃とか取られたら迷惑だよなあ。

●ドバイ土産(00:25)
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お尻の状態がさらなる悪化する前に、ドバイ土産を買おうと、いろいろ探していたら、店員さんがくれたのが写真のもので、これなら個包装で分けてあげるのに良いなと思い、これが55個も入っているという大袋を購入した。(しかし、帰国後開けてみると、34個しか入ってなかった。まったく説明がいい加減なんだから)

それにしてものどが渇いたので水と思ったのだが、ドバイでは噂通り500円近くの高値で手が出なかったのだが、探してみるとリーズナブルな価格の飲料を見つけた。

●ポッカのジュース(01:19)
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日本の大手缶飲料メーカーのポッカのオレンジジュースを見つけ、その隣にポッカのローズミルクという、聞いたことの無い不思議な飲料を見つけて、両方買いました。いずれも75円でした。安いでしょ!

まずは聞いたことのないローズミルクを飲むと、初めての味でしたが、その名のとおりのローズ味のミルクでした。これはいけるわいと、一気に飲んで、一応安全パイのオレンジジュースをその後に一気飲みしました。

このローズミルクは珍しいから土産にしようと思い、買いに行くと、その横に、なんと25円の炭酸飲料を見つ、それも土産に買いました。ドバイは、水やコーヒーは高いが、ジュースは安いですよ。

●礼拝ルーム
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男女に分かれているから、トイレかと思っていたのですが、コーランが漏れ聞こえてきて、近くで確認すると礼拝ルームでした。さすがアラブの空港ですね。

ところで、土産を買って、手がふさがれる前に、下痢対応のためトイレに行きました。
残念ながらドバイの空港ではウォシュレットは無く、おしりをきれいにできない中、さっきの機内食で支給された手拭きをこのときのために投入しました。(笑)

そして、一応予備として機内に持ちこんでいたパンツに着替えました。普通なら前のパンツは捨てるべき状態でしたが、勝負パンツ(スパルタスロン完走したとき等に使用)だったので、ジップロックに密閉して、持って帰りました。(笑)

すっきりしたところで、土産を買って、搭乗ゲートに向かいました。

●搭乗ゲート前(01:23)
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さすがに深夜のトランジットでみなさんどんよりしてましたね。

●EK318機内の窓から(02:17)
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最後の機内は窓際でまたもトイレ地獄になりそうな展開。
ただ、窓際は窓とのスペースを使えるので、私は使わない枕やブランケットをそのスペースにおけて、その点は楽でした。
隣は日本のおばあちゃんの団体のうちの2人でしたが、空席があり、離陸後は隣が動いて空いて、さらに楽になりました。

●機内食2(02:24)
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なかなか機内食が出ず、眠気をこらえて待ちました。味は美味しかったです。

機内食後にトイレに脱出し、おもらしチェックはアウトでしたが、ここで妙案が生まれました。

飛行機のトイレに常備されているサニタリーに気が付き、生まれて初めて、使用させていただきました。

これで安心して、座って眠れました。

●機内食3(仏08:50、日本15:50)
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機内食は出発時最初の和風ハンバーグ以外は美味でした。

台風の影響で機体はかなり揺れ始め、初めてジュースがこぼれましたので、ずっと手にグラスをもってしのぎました。

食事後は、恒例となったトイレで、手拭きでおしりふき、サニタリーセットで安心確保して、着陸態勢に入りました。

●犬吠埼
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台風で風が強いので、成田空港に茨城県側の北西から侵入しての着陸でした。

サニタリーのおかげで、着陸時の揺れも着陸後の長い待ちも気になりませんでした。(笑)

●成田空港での最後の免税店
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税関前にありました。たばこもお酒も興味ないのでパスです。

重いスーツケースで台風で遅延気味のJRに乗って帰りました。

最寄駅からはタクシーで8時前に自宅に無事付きました。

●完走おめでとう
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久しぶりに出社したら私の机の後ろのブラインドに「完走おめでとう」と貼ってありましたが、これに気が付かずに着席するという失態を犯しました。(-_-;)

実は出社時に、私の上司が先に着席しており、そこに気が行って目が奪われてしまい、この祝福メッセージに気が付かずに席についてしまいました。そういう事情なので、許してね。みんな。

●記念撮影
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営業時間だから外すというので、その前に記念撮影ということで、フィニッシャーズベストを着て、撮影しました。

このまま仕事続けたかったのですが、始業時間で外しました。

みんな、ありがとう!

以上で、UTMB完走記10話+完走記外伝6話は終わりです。

最後まで、御拝読いただきありがとうございました。m(__)m

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参考:UTMB2018完走記はこちらから

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