その日の日の出を世界で一番早く見られる山といわれる「ヒクランギ山」に1999年の世界一早い初日の出を見に登りました。
【1998.12.31】
ヒクランギ山は地図の赤いラインの黒点のところです。ニュージーランド全図は左上に表記しております。
さて、初日の出を見るためには、前日の大晦日から登山することになります。
ガイドブックによると往復9時間とのことですので、暗くなる前にある程度の高さまで登るため、大晦日の午後に登山口となるパキヒロマ牧場に向かいました。場所は上の地図では、RAUKUMARA RANGEのEの右下あたりです。
話を戻すと、ここで衝撃の事実に遭遇しました。
なんと、道路から川を渡って牧場に向かうための橋が流失してました。
看板を読むと数カ月前に流されたとのこと
写真の親子も途方に暮れていました。中央に橋の残骸が残っているのがわかるかと思います。(道路状に見える轍は、大型の四駆が通ってできたと思われる河原の上の仮の道です。)
さてどうしたものかとうじうじ思案していると、
「行ける、行ける。じゃあね!」と家族に降ろされて、出発せざるを得なくなりました。(笑)
まずはできるだけ浅瀬を探して、歩いて川を渡る(徒渉する)ことにしました。NZの田舎の川なので写真のとおり堤防なんぞなくて、川幅は大きく、よって河原は巨大で渇水した川は何本にも分かれて流れています。シューズを濡らしたくなくて、2,3回、脱いでは渡るを繰り返しました。浅瀬でもひざ下ぐらいで、流れもそこそこ早くて、人生初といってよい徒渉はなかなか厳しい徒渉となりました。
渡ると牧場内のダート道を進みます。ここは私有地なのですが、登山者には解放されるとのことで、今朝、牧場マネージャーのスカーレット・ポイさんに電話で連絡しておきました。(通じたかは微妙でしたが(笑))。牧場内の羊が逃げないように閉めてあるゲートを何か所か抜け、進んでいきました。
9番ゲートを越えて、だいぶ霧が出てきました。ちょっと休憩です。ちなみに後ろの山はヒクランギ山ではありません。(17:30)
牧場を過ぎると、やがて、枯れ木だらけの道なき湿地帯になりました。
比較的固いところで2,3センチくらい、平均で5センチくらい、外れると底なしに沈み込みそうな湿地帯でした。
そのため、靴はドロドロのずぶ濡れになり、最初の徒渉時に脱いだ意味がなかったです。(笑)
というわけで大晦日の登りは、ルートはどこか?外れてないか?に関心が向いていたせいか、上の写真2枚しかありません。
地元山岳クラブの避難小屋を過ぎ、枯れ木だらけのものすごい壁をジグザグに登ると20時45分で、暗くなってきたので、稜線のルートから少し外れた平地に幕営(テント張り)しました。レトルトのカレーライスを食べて、明日の準備して9時50分には寝はじめました。
すぐに、大勢の騒がしい話し声が聞こえてきました。200mくらい直下の避難小屋で宴会になっているようでした。
【1999.1.1】
0時になると、ハッピーニューイヤーと大歓声が聞こえ始め、その後しばらくすると、テント脇をガヤガヤと大人数が通過していきました。
残りは1時間半で登れるはずまだ早すぎだろうと3時半までうとうとしながら寝袋から出られなかった。
4時前に出発。地元の先発隊は影も形もない。月光と星空の下、見事な雲海を見ながら稜線を進んだ。今考えてもものすごい感動的な景色で、なぜ止まって写真を撮らなかったのか?と当時相当後悔したことを思い出した。その絶景の中、少し欠けたお月さんとヘッドライトの明かりで進むもやがて月は見えなくなると、当時の豆電球のヘッドライトでは視力の悪い私は、低木樹林帯の中の判然としないルートでもあり、木製ポール(丸太に黄色ペンキ)を見つけられなくなってきた。日の出の時間も迫る中、勘に頼って進むもルートではないところを進んでいる感じしかない中、戻っていては日の出に間に合わないと前進していった。
そうこうしていると、空が白んできた。ヒクランギ山の姿がうっすら見えてきて、山頂から初日の出を待ちながら騒いでいる声が聞こえるので、ともかくその方向に向かって進むことにした。
やがて樹林がなくなり、小石が積もったザレた谷を登っていくと傾斜はきつくなる一方で、完全にルートから外れていることを自覚するとともに、小石もなくなる急傾斜の岩場に代わり、一歩ずつ、どこに足を置きどの岩に手をかけるかを考えながらなので、進むのにかなり時間がかかってきた。
そのうち、初日の出を喜んでいるかのような「アーメン」とか「ジーザスクライスト」とかの歓声(お祈り?)が聞こえてきた。
あー、初日の出には間に合わなかったんだと認識し、少し冷静になることができた。そして滑落しないようにギリギリの態勢の中、カメラを取り出した。
(6:00)ヒクランギ山頂直下100mくらいの絶壁で停滞した場所から北方向を写したもの。少し冷静になって写真だと、進んできた方向を振り向くとピンク色の朝焼けと雲海という絶景に、年が明けて初めて、カメラを取り出して写しました。
(6:00)山頂方向から向かって右、つまり西方向を見たところ。地平線が右上がりということで、写真写り以上に傾斜がきつい場所で停滞していたわかると思います。そして草花が生えていることが曲者で、つまり固い岩場ではない、踏ん張ると崩れる砂地のある岩場ということで、しがみつくのも厳しい場所なのでした。
しかしながら、真上はオーバーハングで私の技量的には、左右どちらかに展開するしかなさそうだが、右は非常に厳しい状況だ。
(6:00)左、つまり東方向を写したところ。これも地平線が傾いていることから、写真の見た目より傾斜が厳しいところです。
そもそも水平に写せないほど、停滞している場所自体が狭くて厳しい場所なのです。
ここまで厳しい傾斜の岩場を何度も乗り越えてきて、ついに万策尽きたところで、もはや降りることも厳しい中、左右を何度も見比べて長考して、左の先にある岩場ならそのまま頂上まで登れそうだと、左に展開することに決めました。
今の岩場と展開したい左の岩場の間には、写真上では黒くてよく見えないと思いますが、ザレ場(小石)の沢があり、急傾斜で少しの力で崩れ落ちるザレ場を一気にかけ渡った。もちろん大量の落石を発生させたのだが、ルート外だし、仕方ない。なんとか左の崖の草をつかむことができ、滑落することなく岩場に取り付けた。
むろん、ここの岩場の傾斜も素人には厳しく、しかも非常にもろい岩場で、しっかり根を張った草をつかみ、堅めのしっかりした岩に足をかけながら、苦戦しながらもなんとか登って行けた。正直助かったと思いながら進んだ。
(6:35)ヒクランギ北峰 悪戦苦闘の末、北に進んだことで、広い岩場の北峰に登頂成功。日の出はとっくの昔でしたが、今ここにいることに大満足!
(6:35)北峰から南峰を望む さきほどまでたくさん人がいたはずだが、もはや無人、標識が立っているし、あっちの方が高そうだ。
ルートらしきもののない稜線上を進むが、先ほどまでの苦闘に比べれば楽勝の岩場でした。(笑)
(6:55)ヒクランギ南峰(標高1,752m)最高地点登頂成功!
後ろに見えるのが北峰。あの壁を自力でよく登れたね。(笑)
★ブロッケン現象写真★
(7:00)吹きあがってくる雲に自分の影 右の薄い影は三角標識 さらに丸い虹
珍しいブロッケン現象に出くわすとは、何たる幸運!後にも先にもこの1っ回きりです。
(7:00)山頂から北東方向 竜か怪物のように見える雲です。
山頂から東方向 だいぶ日も上がっていますね。
山頂から西方向 進んできた方向です。
忘れたけど右手から日が差しているから、これは北方向か?
この後、正規ルートで安全に下山。
下山途中に北西方向を写したもの。登山中には見ることのなかった絶景です。見られてよかった。
そして、あっという間に岩場から平場について、そこは小さな池のあるところで、休憩するには絶好のポイント。先に休んでいる登山者からコーヒーブレイクを勧められ、コーヒーをマグカップにいただきました。喉も乾いていて、まじ旨かったです。
そこでは、私が迷い込んだ北東壁ルートを進む登山者を皆が注目していた。英語、フランス語、スペイン語で、複数の登山者が「危険だから戻れ」と叫んでいた。
そのうち、私に対し、あれは日本人じゃないか?日本語で叫んでくれとのことで、「おーい!おーい!聞こえますか?聞こえますか?」と人生でも出したこともないような大声で呼びかけるも反応なし。「日本人じゃなさそうだ」と皆に伝えた瞬間、登山者が急傾斜の沢で転落し、滑落発生。みなが「アッ!」と叫んだ。
すぐにリュックだけはずれ、登山者は10mくらいで停止し、すぐに立ち上がったが、リュックは100m以上滑落した感じ。
ざわつく見ていた登山者は、安否確認の声をあげるので、私も「大丈夫ですか?」と何回か叫ぶもやはり反応なく(聞こえてないのかもしれない)、とりあえず滑落した登山者もリュックを拾いに降りているようで無事だし、家族との待ち合わせ時間もあるので、下山を再開した。
ものの15分で、テントが見えてきた。
(8:20)草原地帯はこのわずかなくぼみがルートで、これを初めてでわずかな月光とヘッドライトで進むのは、目の悪い私には無謀でしたね。道理で何度も道を見失い、最後は絶壁になったし(笑)
先に見える紫のテントが私のテントです。
(8:25)テント前で自撮り 地図で確認すると標高は1430mぐらいか テント畳んで撤収。
そういえば、昨夜ごそごそとテント周りになにかいましたね。夜行性の鳥か、ポッサムだったのか?
(9:00)印象的な枯れ木地帯。赤い屋根はギズボーンカヌー&トランピングクラブハット。テントが2張り残ってますね。昨晩は地元の数十人がここで大騒ぎしながら新年を迎えてました。
それにしてもこの直登の急斜面ぶりはすごいですね。
ここの下りを降りる際にまた新たなトラブル発生!
1993年に会社を退職し、ニュージーランドに旅立つにあたって、仲良しの友達から退職祝いでもらった黄色のトレッキングシューズの底が急傾斜で踏ん張ることで半分ほど剥がれました。
靴ひもを底に回して、一体化を図って、ゆっくりと降りました。
そのあとは、例の湿地帯ですが、天気が良いせいか、また慣れたせいか、最大の要因は地元の人の歩いたふみ跡があったせいで、はまることなく、うまく進めました。
(10:00)やっと見えたヒクランギ山全景です。(昨日はガスっていたので)
山頂への登山ルートは裏側を巻くコースで、私が迷い込んだのは真正面の絶壁でした。(笑)
テントを張ったのは右の小ピーク付近ですね。
この後もひたすら牧場を下っていきます。
ルート内はこのとおり牧場です。(この辺りは牛)
(11:10)この辺りは馬
約束の集合時間は11時で焦るものの、暑し、靴底は剥がれて、うまく歩けないしで、時間がかかりました。
牧場主らが住まう宿舎辺りでは、大きな牧羊犬数頭に激しく追い立てられ、かなり怖かったです。ヒクランギ山登山で最大のピンチはここでしたね。
なんとか逃げ延びて、橋が流された川を渡りながら思ったことは、「雨が降って増水していたら俺はどうなっていたんだろうか…」(笑)
(11:45)45分遅れで家族と再会。靴が壊れたことを話すと、写真撮ろうとのことで
わかりにくいですが、底が抜けたところから手の指を出して、記念撮影。
以上が、世界で一番早い日の出が見られる山、ヒクランギ登山記録でした。
1 出国・テカポ湖・クライストチャーチ結婚式編
2 ミルフォードトラック前編
3 ミルフォードトラック中編
4 ミルフォードトラック後編
5 遊覧飛行・パラグライダー編
6 クライストチャーチ母子滞在編
7 南島クライストチャーチ観光編
8 北島ロトルア・ギズボーン観光編
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10 北島オークランド・帰国編
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