マイブログ傑作選

2018年12月18日 (火)

【書評】嫌われる勇気 岸見一郎・古賀史健/著

Kirawareru

大学生活を終え、社会人になってすぐの頃の少し寂しく不安な面持ちのころ、大学の先輩から、当時隆盛を極めていた「自己啓発セミナー」に強く誘われていた。
何事も合理的・論理的・経済的な思考を重視する私は、胡散臭いセミナーにそこそこの金額を払って数日間も拘束されるようなものに参加する意味がないと、その誘いを断り続けていたのであるが、あまりに何度も強く誘われる中で、最終的には好奇心から参加したのであった。

ところが結果的に、このときの経験はその後の人生に大きな影響を与えたことは間違いない。

この後の行動様式というか、もっと言えば、生き様が変わったと言って過言ではないだろう。具体的には、これ以降の私は、「自分のことを信じ、ありのままの自分を好きになる」ことにブレが生じなくなったことで、確実に一歩前に進む生き方に変わったと思っている。

それまでは、合理的・論理的・経済的なことを重視する思考力は人並み以上に有していると思いつつも、どこか自分に自信がなくて、人の目が気になって、中途半端な行動に終始していた(若いころは誰でもそうだと思うが)のであるが、その後の人生において、(血液型がO型であることも関係しているのか、)ものの見事に周りの目があまり気にならなくなって、つまり他人の目にどう映るかを気にして、なんとなくやらない、前に進まないというような躊躇や停滞がほとんど無くなったのである。

一方では、そうした変化は、天真爛漫、唯我独尊、独断専行といった他者への配慮を欠いた独善的で視野の狭い行動につながっている部分も多くなっているとは少しは思うのであるが、人の目を気にしないということは、結局それについてもあまりクヨクヨしないのである。(笑)

ちなみに当時の自己啓発セミナーが巷で問題となっていた点を解説すると、自己啓発セミナー受講者の一体感は半端なく、そうした強烈な連帯感を基に、本セミナーがビジネスである以上、さらなる自己啓発を誘発させるようにできており、つまり、より上位で高額な自己啓発セミナーを受けることが「自己啓発しようという自分の思いに忠実に生きる」ひとつの試金石とされて、結果的に数十万円もする高額なセミナーの受講させられてしまったり、そればかりでなく、「他人の目を気にしない」という実践例として、自分の知り合いに積極的に宣伝・勧誘をすることを他人の目を気にせず自分を愛することの第一歩、あるいは有知の自分が無知な他者を救済するというか、他者に幸福を導いて貢献するといった、一種のすり替えのような理論もあって、それに一部のセミナー参加者は踊らされ、今では考えられないような、空恐ろしいほどの純真かつ真摯なまなざしで、執拗な勧誘を行っていたというところである。

しかし、皮肉なもので、そういう問題となっていた自己啓発セミナー受講者の執拗さが先輩にあったからこそ、自分は自己啓発セミナーに参加でき、今の自分になることができたのである。

さて、問題の多い自己啓発セミナーを受講した私であるが、その時の受講者たちとその後、1名を除き、特段仲良くなるわけでなく、上位のセミナーも受けることなく、まして他者を勧誘することもなく、するりと抜け出すことができたのである。それは、合理的・論理的・経済的な思考に加え、本セミナーで改めて確信できた、おのれ自身を信じるということがセミナー内のみならず現実社会でも実行できるようになったからで、主催者側からしたら皮肉なことに、より高額な上位の自己啓発セミナーを受けてさらなる確固たる自分を得たいという願望というか、その実、セミナー指導者への帰依のような他者依存が生じなかった成果ということなのだと思う。

そういう意味で、人生とは自立して前に進むことが重要だと思うし、本著にはそういうことが、何度も何度も繰り返し出てきていて、ある意味、自分の半生を顧みたとき、できてるじゃないかと、びっくりしたところである。

という余談を経て、本著の書評に入っていくのであるが、本著は心理学の解説書的な構成となっておらず、ストーリーとして描かれており、主人公は、アドラー心理学を理解していない、むしろ否定的な若者とかつては理解していなかったが今は理解し実践している老学者との対話により、アドラー心理学のエッセンスや本質を明らかにしていこうとする、哲学書らしい対話形式で話が進んでいくのである。

なので、少しじれったい展開となるのであるが、哲学に慣れ親しんでいない私にとっては、その冗長的な長さがある意味新鮮で面白かったし、主人公の自分に自信がなくて、一方では他者に対して懐疑的で、結局、前に進んでいないウジウジした生き方をしていながら、議論だけは負けたくないようなところは、昔の私を見ているようだった。(笑)

本著は対立する二人の対話という問答で話が進むため、何度も同じような議論が続けられるので、私レベルでは、なかなかわかりやすくエッセンスを伝えるのが難しいところであるのだが、私も自分の記憶にとどめておきたいので、本著の重要と思われるフレーズを箇条書きで書き留めることとしたい。

以下に気になったアドラー心理学を表す印象的なフレーズを抽出する。

・問題は世界がどうであるかではなく、あなたがどうであるか
・トラウマは存在しない
・人は怒りをねつ造する(怒りとは出し入れ可能な「道具」)
・大切なのはなにが与えられているかではなく、与えられたものをどう使うかである
・あなたの不幸は、あなた自身が「選んだ」もの
・これまでの人生になにがあったとしても、今後の人生をどう生きるかについてなんの影響もない
・すべての悩みは「対人関係の悩み」である
・人生は他者との競争ではない、ただ前を向いて歩いていけばいい。今の自分よりも前に進もうとすることにこそ、価値がある
・人は、対人関係のなかで「わたしは正しいのだ」と確信した瞬間、すでに権力争いに足を踏み入れている
・人生のタスク
  行動面の目標 ①自立すること ②社会と調和して暮らせること
  心理面の目標 ①わたしには能力があるという意識 ②人々はわたしの仲間であるという意識
・われわれは「他者の期待を満たすために生きているのではない」
・自分の課題と他者の課題を分離し、他者の課題には踏み込まない
・自らの人生においてできることは「自分の信じる最善の道を選ぶこと」であり、その選択について他者がどのような評価を下すかは他者の課題であり、あなたにはどうすることもできない話である。
・自由とは他者から嫌われること
・対人関係のゴールは「共同体感覚」
・「他者からどう見られているか」ばかりを気にかける生き方こそ、「わたし」にしか関心を持たない自己中心的なライフスタイルなのです。
・ほめてはいけない、ほめるという行為には「能力のある人が、能力のない人に下す評価」という側面が含まれている。
・自らの価値の実感は、他者から評価されるのでなく、自らの主観によって「わたしは他者に貢献できている」と思えること
・「自己受容」「他者信頼」「他者貢献」
・「信頼」とは他者を信じるにあたって、いっさいの条件をつけないこと
・人生とは今この瞬間をくるくるとダンスするように生きる、連続する刹那
・一般的な人生の意味はない。人生の意味は、あなたが自分自身に与えるものだ
・世界とは、他の誰かが変えてくれるものではなく、ただ「わたし」によってしか変わりえない

フレーズだけ読んでも意味はないので、本著を手に取っていただくか、漫画形式のものもあるようですので、そちらを手に取っていただければ、理解が進むのではないかと思います。

ちなみに本著は続編があって、その続編は「幸せになる勇気」で、副題は、「自己啓発の源流「アドラー」の教え2 」である。実はその続編の方を私は先に読んでいたのであるが、やはりこちらを先に読むことをお勧めします。(笑)

最後に、続編を読んでいることに気が付いて、本著を貸してくれた心優しい部下に感謝して、終わりたい。「良い本を貸していただいて、ありがとうございました。」

【結論】
 全員から自分が好かれることはできない。
 自分だけは確実に自分を好きになれる。
 ありのままの自分は素晴らしい。

 これらをまとめると、「嫌われる勇気」かな?

2016年12月20日 (火)

バカロードな走り

 神宮外苑24時間チャレンジが終わって、肉体的な疲労感は相当に強いのであるが、精神的には実に充足している。

 その理由は明白である。

 バカな走りタフな走りという相反する両方のことができたからだ。

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 およそ今までの人生で、バカなことをした記憶がない私にとって、今回のバカなことは珍しいことなのである。

 例えば、大学受験では受けた大学全部に合格したし、告白して振られた記憶もないが結婚している。つまり、安全パイな生き様が私の性分なのである。


 ところが、神宮外苑の24時間走では、最初から実力的にも、体調的(直前ハードトレーニングでふくらはぎ痛あり)にも、トップ争いなどできないし、する気もなくて、最後尾でスタートしながら、ウルトラの師匠と勝手に慕っているバカロードさんに追いつくと、「ずいぶんとゆっくりじゃないですか?」と師匠を煽って、100kmでやっとサブテン(10時間切り)レベル二人の大暴走をなりゆきで始めてしまったのでした。

 キロ5分を切るペースに上げて走っていると、24時間走らしく、自重して走るランナーを後目に抜き去ることになって、気がつくと女性の優勝候補までも抜き去った。

 「こんな飛ばしたら、あかんて」と後ろからつぶやく師匠も、バカロード道創始者らしく、決してスピードを緩めない。

 少し身体も温まって、凝り固まっていたふくらはぎの調子も出てきた私は、「まだまだ」とバカロード魂が乗り移ったかのように、攻撃的に走った。

 それでも、100kmを6時間台や7時間台前半の実績のある優勝候補ランナーには追いつけない。なんだかんだで実力差は歴然である。

 前を追うべく、さらにギアを上げたのだが、師匠は離れない。今回はバカロード師匠とのガチンコ勝負を申し込んでおり、私なら勝ちにこだわって、自重するだろうに、さすがは師匠である。不肖の弟子の暴走に付き合ってくれているのだ。こんな嬉しいことはない。もはや記憶は定かではないが、この時点ですでに私は涙を流して走っていたかもしれない。

 師匠「ペース早いなあ・・・」私「キロ5分ちょっときってますね。まあ何とかなるんでは?行くとこまで行きましょう!」師匠「こりゃ、完全につぶれるな」

 さらに、師匠がまたつぶやいた。「あっー、かずさん、前方は優勝候補ですよ、まさか抜かさないよね?」私「もちろん、行きます!(笑)」

 優勝した石川選手など、序盤は抑え気味に走る有力ランナーを順々に抜いて行った。もちろん彼ら自身は余裕のペース、キロ4分後半を刻んでいるだけなのだが、フルマラソンでサブ3.5程度のこちらは、完全なる全力疾走。息が上がるのは直である。

 私の左手首のGPSはキロ4分40秒のラップを表示したところで、前を追いたくても、もはやスピードアップはできなくなった。

 「だけど、まだ、ハヤトさんを抜いてないですね。」と私は師匠に呟いたのであるが、このあたりがすでに私の限界であった。

 なんとかキロ5分ペースでしばらく走っていたが、この程度のスピードでは、徐々に優勝候補ランナーに抜かれ始めたのだが、もはや限界を超えている私にはどうすることもできない。

 1時間を経過したあたりからは、まだ余力のあるバカロード師匠に先行してもらい、付いて行こうとするが、息が上がり、脚も終わった私は離されるばかりの展開になってきた。

 かすかな可能性にかけた100km通過時点での自己ベスト更新を目指しての私の思いつき暴走は破たんをきたし始めたのだった。

 周回ごとにラップが悪くなっていく私は、バカロード師匠の姿も見えなくなり、ずるずると後退していった。

 フルマラソンとほぼ同じ42km地点の通過は3時間52分。50㎞の通過は4時間48分、気がつくとキロ6分も切れなくなって、60km通過はかろうじて6時間を切ったが、70km通過は7時間を超えてしまった。

 最初の爆走2時間の間に、「速いですねえ」と言われながら、3,4回も追い越したなじみのランナーさんたちにも、すでに余裕で抜かれ始めた。立場は完全に逆転した。

 その後もペースは落ち続け、100kmサブテンも不可能な展開どころか、もはや、いつから歩き出そうかという情けない葛藤の世界に陥っていた。

 それでも、歩かないと決めて耐え続け、ほとんど歩くのと同じくらいのスピードに落ちながら、とりあえず走り続けた。

 ただただ一歩ずつ足を出して、何とか歩かないように粘っていると、私に合図を送る見物客がいた。なんとマラソン弟子が応援に来てくれたのだ。

 スピードは戻らないが、元気が出た。持つべきものは弟子だ(笑)

 次の走りの転機は、音楽プレーヤーとともにやってきた。

 2013年のスパルタスロン用にセレクトした元気の出る楽曲に、昨日、同僚から差し入れてもらった星野源さんの楽曲の入った音楽プレーヤーを午後9時から聞き始めてから、マインドが変わっていった。

 ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」の主題歌「恋」が流れてくると、いきなりテンションが上がった。聞こえない程度に口ずさみながらの走りは、まだまだ低速走行のままであった。(笑)

 それにしても、2人での暴走が終わってから7時間余り、バカロード師匠の姿を見ていないないのだが、どうしたんだろうか?(後編「タフな走り」に続く

2015年9月 1日 (火)

夢だと思ったUTMBリタイア

150kmを踏破して、残り最後の一山となっていよいよゴールが見えてきた。
この手前の山では、脚が前に出なくなって、関門45分前に出発したが、降りてきたら関門の通過余裕タイムは15分しかなくなった。
急ぎ出発したいところであるが、冷静にハイドレの水量を確認すると100ccほどしか残っていなかった。1リットルほど入れて、コーラ3杯飲んで、出発した。
モンテ峠の緩い登りは、そこそこ登れたが、岩だらけの登山道は、傾斜も急になり、陽射しも強く、厳しい状況であったが、最後の一山ということで、自分に鞭打って、登っていった。
標高1800m地点で、急に開けた高原状の場所に出た。
ここが最後のチェックポイント、ラテットオーバンか?と思って、チェックポイントを目視で探すが見つからない。
何人かのランナーもキョロキョロ、ウロウロしている。
誰か見つけてから進むが省エネとしばし立ち止って暑いので給水しながら様子をうかがっていた。
外国人女性ランナーもよほど焦っているのか、明らかにわかっていない私にチェックポイントはどこだと聞いてきた。
やはりこの辺りで少し待つのが得策と思って、日本人ランナーと「暑すぎ」とか、話をしたりしていた。
自分のイメージでは、山頂付近(標高2100m)にはスタッフがいて、道案内してくれるものと思っていた。
このとき、GPSウォッチは確か1900mだった。コース図のチェックポイント(ラテットオーバン)の標高は2100m以上。200mの違いも外国人はいい加減だからと思っていた。なぜなら今いるところは山頂に見えたからだ。
とりあえずコース標識に従って、ダラダラと進んでいると、私設ボランティアがミネラルウォータをくれた。いよいよここがポイントだと確信し、尋ねれば良いものを、すぐそこだろうと高をくくって、水のお礼だけ言って、先に進んでしまった
あの一番高いところがきっとポイントだなと思ってついてみると、さらに大きな高原状の台地が奥に広がりっていたのだ。
「あれ?」腕時計の標高を確認するとまだ2000mちょっと。はるか先まで見渡せるもチェックポイントらしき場所は見当たらず。標識をたどると一番高い場所につながっていた。
ここで、時刻を見ると13時58分。
まだ時間はあると、ここでいったんスイッチが入った。
標識に従い高い方に走り出した。すれ違うハイカーは「ブラボー」と称え、道を譲ってくれる。
さきほどまで登れなかった登り坂もぐいぐい登った。後続はいない。(後続に日本人がいれば違った展開だったかもしれない)
先ほど見えていた一番高い場所にたどり着くもまだチェックポイントは見えない。
標識に従いさらに進む。さっき見えていた一番高い場所につくとすぐその先にチェックポイント(ラテットオーバン)があった。
スタッフにポイント通過チェックしてもらい、関門に向かった。(ここで距離なり大まかな時間でも確認すればよかった。)
ここから下りのトレイルに入った。(尾根沿いでなく山腹をトラバースしているトレイルなので先はあまり見通せない)
標高差をコース高低図で確認すると300m下る。すぐにはたどり着けないなと思うも、とりあえず見える場所まで走った。
その場所に着いたらエイドが見えると期待したが、トレイルしか見えなかった。また先の見通せそうな場所まで走った。
そしてまた同じことが起こった。トレイルしか見えない。何度かそれが続いたとき、脚は動かなくなりつつあり、心が折れ始めた。
残り15分を切ったとき、はるか先(2kmくらい)に初めて建物が見えた。エイドらしい飾りは見えなかった。
まだ見えないなら、もう無理だ思った。
そのとき、後方から外国人選手が猛スピードで駆け下り、私を抜きさった。
じゃあ、俺もと、付いて、しばし走るが、あっという間に離された。すでに脚は疲労困憊で彼のようには走れなかったし、エイドはまだ先で勝手にもう無理だと思いこんでしまっていた。
そのうちダラダラと歩き始めるが、すれ違うハイカーには「ブラボー」と称えられ、道を譲ってくれる。(もはや恥ずかしい限りだ)
ダラダラと歩きながら、ひょっとすると30分くらい関門を緩めてくれているのではないかと、都合のよい想像をしながら進んでいいた。
やがて14時45分の関門を迎えた。ここからはまさに力が入らず、半分ふてくされて、ダラダラと進んだ。
建物まで残り500mくらいのところで、同じく関門を諦めて家族と談笑しているランナーがいて、道を譲ってくれた。
それまで見えなかった新たな建物が見え、そこにトレイルが続き、標識も立っていて、スタッフがいた。
「レース、フィニッシュド」「アーユーオーケイ?」とダラダラ歩いていた私を見て、確認してきた。
「ノープロブレム(心は挫けたけど)」と返す。
リタイアの人数がそろったら、車で送るから待ってろとのことで、広いテラスに大の字で寝転がった。遮蔽のないテラスは眩しく暑かった。
関門時間延長などなく、まして夢でもなく、本当にレースが終わったのだった。
その後、何人かのランナーが到着し、車で最初に見えた建物に送ってくれた。
なんと、最初に見えた建物がエイドだったのだ。
そして、エイドの中には、リタイアしているランナーはいなかった。
私を追い抜いて行ったあの外国人選手は関門を通過していたのだった。(これが史上最大のショック)
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残りはゴールのシャモニーまで8kmの表示を眺めつつ、呆然としている私にスタッフは近づいてきて、ゼッケンからバーコードを切り取っていった。
その行為がどれほどショックだったかは、初めて知った。スタッフは優しく飲み物や食べ物を薦めてくれたりするのだが、バーコードだけは切り取ってほしくなかった。
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しばらくテントの中で放置されたので、先にリタイアしているだろう師匠に携帯で電話した。私の完走を確信してくれていた師匠はゴール前で私を待ってくれていたのだ。
そんな私からの電話(リタイア)に驚いていた。そりゃそうだ、ネット表示は最後の関門到着に変わっていたのだから。
最後は、一般観光客に混ざって、テレキャビン(大型のゴンドラ)で麓のシャモニーにおり、これまたスタッフの車で、預けていた荷物を受け取る場所で下された。
大きなUTMBと書かれたドロップバッグを抱えて歩いていると、完走者と間違えた人たちから「ブラボー」の声が上がる。
制限時間前の時間に、今ゴール駆け抜けてきました見たいな汗とほこりまみれのぼろぼろのランナーを見れば、誰もが完走者だと思うだろう。
見ず知らずの外国人ランナーたちに「フィニッシュド?」と声かけると「イエス」と答えるので、「コングラチュレーション」と祝福した。
向こうも私を当然に完走しているものと思って、「ユートゥ?」とか尋ねてくるので、事情を説明すると、「来年チャレンジ」と前向きな励ましをもらってしまった。
「ポイントがなくて来年はだめだ」と答えると「ネクスト、ネクスト」と言ってくれた。
距離162km、累積標高10000mを踏破した脚は、決して軽くはなかった。しかも、まるで悪夢の中にいるような心境、いや夢じゃないかと思いながら師匠の待つ宿に向かっていくと、目線の先にはあの雄大なモンブランの姿があった。決して慰めることなどない、姿に見えた。

デジャブな夢を見たことになっている(記憶の改変) »

UTMBレース記録02(スタートから第1関門)

2014年12月10日 (水)

【書評】親ができるのは「ほんの少しばかり」のこと 山田太一/著

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タイトルに魅かれて読みました。

著者は、「岸辺のアルバム」や「ふぞろいのりんご林檎たち」の著名な脚本家です。
その脚本家が、自身の子育てを踏まえて、20年前に書いた本に、最近加筆修正したものが本著である。

「本書を読み返してみますと、あれれ、親子のことってそんなに変わらないんだという気がしています。自分でいうのも図々しいけれど、この本が昔話になったという思いは意外なくらいありませんでした。だからこそ「新版」のお話をくださったのでしょう。」というのが著書あとがきの弁です。

私はできの悪い父親でありますが、私が読んだ感想は、山田太一さんが描く親子関係の通りだと思いました。(私の親子像は以下のとおり)
高校受験の次男坊へ
「子どもに振り回される親でなく、子どもを振り回す親たれ」

そんな私が常々思っていたことが、珠玉の文章となっていました。
その中でも特に印象深い一節を抜き出したものが以下です。こんなにも沢山ありました。(笑)

●日本の文化が女性化するのは当然だと思いました。おおざっぱにいって、女性は「生きている」ということを大切にして、良くも悪くも存在からあまり離陸しないでしょう。でも世界の思想の中には「屈辱の生より誇りを維持した死を選ぶ」というような生き方もあるし、「役に立つなどという下品なことはしたくない」なんていう生き方もある。たいていそんなことを言っているのは男なわけですが、そういう多様さが子供の日々からほとんど消えていていいのでしょうか?(お母さんまかせ)

●親は「親バカ」というような、半分親のエゴで子供の身になれます。かなり本気で「それは、他の人が悪いんだ」などと子供に言い得るわけです。(中略)そういうことを自分についていってくれる人がいることは、自分が子供だとして考えると、とってもありがたいことではないでしょうか?(親バカになってもいい)

●ぼくは、家内と相当燃え上がるような喧嘩をして、数時間たって「あれ、どうしようか」などと相談したりしている。それを子供たちが見ていて「パパとママ、いったいなにをしているのよ」と怒る。
 なにもぼくたち夫婦だけではなく、たいていの夫婦にそんなことはあるように思います。(いい加減さも覚えてほしい)

●昔、「子供の喧嘩に親が出る」というのは非難の言葉でした。今でもその非難は聞くに値するものを持っているように思います。(中略)「いじめ」で子供は社会の現実を知るところがあると思うのです。他人という者の残酷さとか恐さとかですね。更にいえば自分の弱さも思い知る。いくら正義はこっちにあると思っても力の弱いものは負けることも知る。いじめられる側だけでなく、いじめる側にも後年まで残るものがあると思います。尻馬に乗っていじめた自分の嫌らしさ、弱さ、残酷さなど。決してマイナスばかりではないと思います。(心の傷の栄養になる)

●姑とか親と同居していれば、先人の知恵もあるし、肩代わりを頼めるかもしれない。ノイローゼは核家族により多いでしょうから、夫の責任が重くなりますね。余儀なく核家族という家庭もあるでしょうあが、いわゆる「ババ抜き」を希望して結婚した家庭では、プラスを享受するだけでなく、マイナスも引き受けなければならない。(育児ノイローゼのこと)

●今の日本って、お人好し社会だと思うんです。お人好しで何がいけないかというと、人間の実態に鈍感ですから、たとえば、自分の実態を超えて過度にいい人になろうとするとか、他人にもうんといい人であることを要求するとか、子供に対しても、そんなことを要求しても無理だということを要求してしまうとか(「いい人」の価値)

●こういういい方をすると家族のいない人を傷つけてしまうかもしれませんが、家族は、凄く人間を教えてくれる場所であるし、なかでも子供を育てるということは、人間というものを理屈なく教えてくれるし、自分いついても実に沢山のことを気づかせてくれます。(子供の心がわからないこと)

●この日本にだって、個性の発揮も目指さず、新しいものへの適応も考えず、都会になど目もくれず、金銭にふり回されないで幸福感を手に入れている人がいるのです。そして自分の子供がそういう生き方を選んでなにがいけないか、と考えること、そのくらいの幅は、お互い、親なら持ちたいものではないでしょうか?この世には、実にさまざまな価値観があり、そのそれぞれで、多くの人々が幸福感を手に入れているのですから。(人生の意味)

●(親は子供が)「好きだ」ということに手を貸してやるしかない。「何が好きだか分からない」という子には、見つかるまで待ってやるしかない。それくらいしか親のできることはないし、責任もない、と思います。(中略)自分の損得を考えず、ある人間のことを気にかけ心配し、見当ちがいのことが多いにせよ、その人間のために口に出す存在は、親ぐらいしかいないのが普通です。(基準は生身の子供)

●親は子供の健康を気にかけ、平穏であることを願います。子供は成長するにつれ、それだけでは満たされない自我を持ってきます。(中略)あえて危険なことに足を踏み入れたり、一文にもならないことに情熱を傾けたり、じっとしていれば何事もないのに、大騒ぎになるようなことを口走ったり(親のできることは少し)

●子供を大事に思う力のあるものだけが、矛盾したことをいう資格があり、そうでないものは合理性でいかなければならないという気持ちはあります。つまり、あまり子供を大事に思う能力のない先生などは、一貫性・合理性で行ってもらいたいけれど、基底に子供を大切に思う能力を備えた人は矛盾してもいいのだ。むしろ矛盾しなければいけないのだ、と思います。(親のできることは少し)

●子供を大事に思う能力、幼児と母親の一時的な関係をのぞけば、それほど本能的なものではないというように思うのです。子供を愛する、というのも一種の能力で、人によっては努力して身につける必要のある力だというところではないでしょうか?(親のできることは少し)

【最後に】
完璧な親は存在しないし、そんなものを求める必要も無い。自分のためでなく、子供のために一生懸命寄り添う。本著にはそう書いてありましたので私は、今までどおり、少し面倒で、不条理な存在で居続けますわ。(笑)

2014年6月18日 (水)

拝啓バカロードさま 私のウルトラマラソン完走理論

いつも楽しみに読ませていただいています。五十肩・・・他人事ではありません。(略)今週、博多~鹿児島約320kmを1人で走ってきます。(略)香川くん以上に崖っぷちに立つわたくしめが遠きギリシャに思いをはせながら、(略)へろへろ走ってきます。(バカロードさんからのコメント)

ひとつ前の記事に対するこのコメントのように、いつも温かく優しく接していただき、誠にありがとうございます。
恥ずかしながら、私にとってバカロードさんは憧れのランナーのおひとりなのです。
その証拠は、3年前の私のブログ記事「すごい男がいたもんだ。バカロードさん」のとおりです。
http://run-run-kazu.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-8d4d.html

五十肩を理由にランニングを控え、代わりにワールドカップのテレビ観戦三昧で怠惰な生活を送ろうとしている私に比べ、今週、博多から鹿児島までの320kmを単独走行されるというバカロードさんらしい挑戦に一ファンとして嬉しく、すでに感動しております。(笑)
この挑戦は、今年のスパルタスロンを見据えてのものでしょうか?

私はバカロードさんのギリシャでのリベンジを心より祈っておりますが、今年ご一緒したさくら道の回顧録を読んで気になったことがありましたので、僭越ながらこの場を借りて、マイ理論のウルトラマラソン完走メソッドを述べさせてもらいます。

スパルタスロン
 ギリシャのアテネからスパルタまで、246キロを36時間以内に走破する超長距離マラソン。最高標高は1100m、気温は日中30℃以上に上がり、夜5℃まで下がる。これまでの完走率は30~40%。

さくら道国際ネイチャーラン
 名古屋から金沢までの250kmを36時間以内に走破する日本最高レベルの超長距離マラソン。4月下旬の飛騨の山中は氷点下となり、寒さと眠気のダブル攻撃が難敵です。出場には主催者の厳しい選考があるため完走率は70%以上と高い。

私がバカロードさんの回顧録で気になった箇所は、眠気対策のところです。

30時間以上走らなければならないさくら道(250km)やスパルタスロン(246km)では、当然徹夜で走ることになり、誰もが眠くなります。
初めて参加したさくら道の前日は、私は6時間ほどしか眠れず、調整失敗でスタートから脚もパンパンの状態で、序盤は最下位独走の中で当然眠くなりましたが、休むことなく走りきれて完走できました。

つまりひと眠りしないともたないほどの眠気は来なかったのです。

一方、バカロードさんの方には、さくら道で動けなくなるほどの眠気が来ていたのではないでしょうか?
100km12時間程度のランニングであればなんでもなくても、200km以上の超長距離レースとなれば、前日にいくら長時間睡眠できたとしても、レース終盤に耐え切れない眠気が襲ってくることはあるのです。

この動けなくなるほどの眠気の原因は、身体がすでに生命の危機に近い状態に陥っているからで、つまり身体を守ろうとする防衛本能による、精神力だけでは乗り越え難い強烈な眠気だからです。

北米大陸をマラソンで横断されたバカロードさんの尋常ならざる精神力と体力をもってしても、20時間以上の連続ランニングが、あなた様の強靭な身体を消耗させてしまっているのだと思います。(一部の超人的なウルトラランナーを除けば、これは相当鍛えたランナーでも普通の身体の反応だと思います。)

では、あなた様が北米大陸横断やトランス・エゾ・ジャーニーラン1100kmで完走したときとさくら道やスパルタスロンとでは何が違うのかと推測すれば、睡眠による劇的な体調の回復が有るか無いかの違いだと思います。

睡眠をとれば、さくら道やスパルタスロンを完走できるのかと問われれば、ご承知のとおり萩往還の250kmなどと違って、制限時間が厳しいこれらのレースでは、とてもまとまった睡眠時間は確保できません。

では、どうすれば良いのか?

スタート時に近い状態、すなわち走り続けられる身体の状態、体調をできるだけ長く維持することこそが、超長距離ステージのレースを完走するための極意だと思うのです。

「走れる状態を維持する」ただこの一点に集中したことで、フルでサブ3.5、練習での最長距離40kmという実績も努力もウルトラランナーとしては、かなり低レベルの私が、ウルトラマラソン最高峰の大会であるスパルタスロンもさくら道も完走できたのだと思っています。

●●私のウルトラマラソン完走メソッド●●

「走れる状態を維持する」

 ブログやメールも含め、とにかく話が長くて理屈っぽい私であるが、実のところ何事も一言で表さないと気が済まない性格でもある。
 そんな私が、スパルタスロンなど超ウルトラマラソン、超長距離走を完走するための基本的な考え方として集約した一文は、この「走れる状態を維持する」である。
 実に当たり前の話だと今では思うのであるが、多くのランナーはあまり意識していないようにお見受けする。かつての私もそうでした。トレーニングで走力を上げることしか考えていませんでした。
 生命力の高い優秀な遺伝子を持つ超人的なウルトラランナーには必要のない考えかもしれないが、私のような普通以下のウルトラランナーは、相当に気を付けなければ、走っているうちにどこかで確実に走れない体内環境に変化して、リタイアとなるのである。
 根性や執念だけでは、乗り越えられない、生物としての限界が厳然として必ず生じてくるのである。

 この走れる状態を維持するには、「走れる体内環境を維持し続けようとする強い意思」がなにより必要なのです。途中でいい加減になっては、ダメなのです。

【体内環境】
 誰しもレースのスタート時点でベストの体調に持っていこうと準備している。そしてベストに近い体調でスタートし、走っていくうちに体調はどんどん悪化していく。
 ランニングという強度の高い運動を続けていれば当然の結果である。
 まず、ランニング中は自然と身体機能の大部分を走ることに注力することになります。足の筋肉を中心に、筋肉を動かし続けます。そのために脚の筋肉に酸素とエネルギーを大量に送り込みます。そして呼吸や心拍が上がります。その結果、内臓の活動はないがしろになります。胃は動かずに胃液を大量に出して消化しようとします。そのため胃酸過多となり、いずれ嘔吐を誘発します。疲労は蓄積され、エネルギーやミネラル等は消費し、不足が生じるのです。
 主な体調悪化事項としては、①グリコーゲンの枯渇、②疲労物質の蓄積、③筋肉損壊の発生、④赤血球の減少、⑤身体機能維持に必要な物質の不足などが考えられます。
 100km超のウルトラマラソンは、まさに長時間におよぶ体力消耗戦を行っているのである。

 走れる状態でもっとも重要なのは「体内環境の維持」である。

 この走れる体内環境が維持できず、崩壊してしまうと、回復させようと脳からの指令で動けなくなって、リタイアするしかなくなるのである。

 体内環境が維持できなくなるのは、たいがいは疲労の蓄積や肉体の消耗に加え、給水給食やメンテナンスを自ら怠けてしまい、気が付くとすでに体内環境が崩壊してしまっていて、走れなくなってしまっているのである。

 体内環境の維持のポイントは以下のとおり
 1 体内から必要な物を出さない
 2 体内に必要な物を取り込む
 3 消耗を最小限に抑える

 まず、一番大事なポイントは、体内から必要な物を出さないことだ。

 出さない? 体内から出るいわゆる排泄物って、「うんち」のことと思ったでしょ?

 いえ、いえ、それはちゃんと出してください。不要なものですから。

 出さないようにするのは、水、ナトリウム、カリウム、鉄、マグネシウム、リンなどです。
 いわゆる水分と塩分とミネラルで、それらは汗を構成しているものです。

 つまり、汗をかかない!

 これが、私がスパルタスロンを完走した最大のポイントだと思っている部分なのです。つまり、ウルトラマラソン完走の核心理論です。

 スパルタスロンは、9月のギリシャで行われるため、気温が高く暑いのですが、地中海性気候のため、湿度は低く、汗が気化しやすく、体温が実に効率よく下げられ、案外と走れるというのが実情で、これが汗かきな日本人にとって曲者なのです。

 ヒトの発汗量は正確には不明ですが、実感的には1時間当たり最大2リットルくらいは発汗できるのではないかと思っています。
 体内に熱がたまることは生命の危機であり、体内の熱を放出することこそ、生命維持の最優先事項であり、そのため本来は体内に必要である塩分やミネラルを喪失してでも、ヒトは熱を放出する必要があると発汗するのです。
 つまり日中の暑い中、何の対策もせずスパルタスロンを走っていれば、おそらく生命維持のため最大限の発汗をしていると思われます。
 この汗が湿度の低いギリシャでは発汗の気化熱放射で体は十分に冷やされ、熱中症を効果的に防いでくれるのです。つまりスパルタスロンでは、熱が体内に籠らず走れるため、この多汗な状態が10時間近く続くことになります。
 (湿度の高い日本では、汗が気化しきれず、玉のような汗となってしたたり落ち、その結果、体温が下げられず、すぐに熱中症気味となり、走れなくなります。)

 もちろんそんなことは、参加したランナーは当然想定内で、これに対処するため各エイドで大量の水を飲み、水をかぶって、塩分を摂取しながら走り続けます。

 しかしながら、かぶった水はすぐに乾きますし、ヒトが体内に水やその他必要な物質を取り込む能力は、汗で放出する能力に比べて案外低いのです。
 例えば水分、これは1時間当たり最大で800ml程度しか吸収できないと言われています。もし1時間当たり2リットルも発汗していれば、体内の水分の枯渇は必至です。
 毎時1リットルの発汗であっても、水分の収支差は1時間当たり200ml。この状態で10時間も走れば2リットルも不足となります。
 確実に体内環境は崩壊し、走れなくなるでしょう。
 特に日本人の場合は、ギリシャの水は慣れない硬水のため、水分の体内吸収効率はかなり低くなると思われます。飲んで胃腸に入っても、その先の体内に入っていかないのです。

 また、必須ミネラルですが、通常ならミネラルを濾しとったミネラル分の少ない汗なのですが、最大発汗時には体内のミネラルを多く含んだ汗を放出します。そのため通常では不足するはずのないミネラルもあっという間に枯渇するのです。
 そして、エイドの偏った食料では、とうてい十分なミネラルの補給は困難です。よって工夫しなければ補給しても不足を解消できないのです。
 そのため、必須ミネラルの枯渇も起こり、それによっても体内環境は崩壊し、走れなくなるのです。

 鍛えに鍛えたランナーが参加するはずのスパルタスロンにおいて、半数以上の概ね3分の2ものランナーがリタイアするという理由は、水とミネラルの不足という複合要因によるものと私は想定したのです。

 では、私はどうやってこれらの不足が生じないようにして、完走までたどり着いたのか?

 下の写真をご覧ください。
Imgp5873

 格好が悪かろうとも、全身を衣類でまとって走ったのです。これは日射による疲労消耗を抑えるとともに、エイドでは毎回水をかぶり、水を含んだウエットな状態にして走りました。
 このウエットな状態で乾燥したギリシャを走ると実に効率よく体を冷やすことができるのです。
 これにより、発汗は最小限に抑えられたと思います。(帽子の中、襟回り、アームカバーには、保水力が高く冷却効果の高い素材を身に着け、水冷の効果を一層高めました。感覚的にはエイド毎300mlくらい衣類に保水して走ったと想定しています。これで汗300ml×20エイド分、すなわち6リットルは発汗しないで済んだと思っています。)
 それでもギリシャの乾いた気候は、エイドで濡らしてウエットな状態から20分程度で水を気化させ、乾燥させるのです。
 そのままでは熱を下げるべく、汗を大量にかき始めますので、私は水を入れたペットボトルを携帯し、途中で身体を十分に湿らせ続けて走りました。

 また、体内に必要な物を取り込むため、1時間で水800mlを意識して、必要十分な量を摂取しましたし、ミネラルについては、カタログスペックを信じて、4時間毎にカロリーメイトを食べました。
 エネルギー補給については、エイドでの補給のほか、1時間毎に200kcalを強制摂取し、アミノ酸は2時間毎に相当量を摂取しました。

 アミノ酸摂取は、筋肉の損傷という体内環境の崩壊を防ぐために、常に体内、特に血中に補充しておく必要があるためです。血中に十分なアミノ酸があれば、損傷した筋肉を直ちに修復することができるのです。(アミノ酸が不足すれば筋肉は自壊し、やがて回復できないほどダメージを受け、走れなくなるのです。)
 おかげで、私はスパルタスロンを250km走りきった翌朝、スパルタに隣接する山の斜面のある中世宗教都市の遺構で有名な世界遺産ミストラ遺跡を駈けながら散策できるほど、脚の筋肉は損傷がありませんでした。

 さて、体内環境が崩壊した場合の症状ですが、これにはいろいろなパターンがあると思っています。
 代表的なものは、「筋肉が痙攣する」「気持ち悪くなる」、「嘔吐する」、「足裏が痛くなる」、「眠くなる」などです。
 おそらく、ランナーの特性によって、これらの症状の出方は違うのではないかと思います。

 ちなみに「眠くなる」というのは意外かもしれませんが、ウルトラランナーなら前日にいくら睡眠をとっても眠くなるといったことを経験したことがあるはずで、お分かりただけると思います。
 長い時間走れば、当然眠くなるのですが、ゴールへのモチベーションが高く、鍛え抜かれたウルトラランナーが眠くなるのは、実は体内環境が崩壊し、脳が体を休ませようと睡眠指令を出し始めたからだと思います。(これは岩本能史氏も言っています。)

 制限時間に余裕のある大会なら、ここでひと眠りは重要です。しっかり食べて3時間も眠れば、驚くほどの回復が期待できます。私も、リタイア寸前まで追い込まれた萩往還もUTMFでも、休憩所で3時間睡眠したら超復活を果たし、完走できましたから。
 ポイントはしっかり食べてから眠ることです。そうすれば体内環境が著しく回復できるのです。

 しかしながら、スパルタスロンでは多くのランナーは3時間も眠る時間を作り出せないはずです。なにせ制限時間が厳しいからです。

 だから、こまめに体内環境維持に努めることが重要なのです。その極意は、日中、汗をかかないことと、しっかり計画的に補給すること。
 そうすれば、鍛え抜かれたランナーは走れる状態を維持でき、走り続けることができ、ゴールにたどり着けるのです。

【体内環境の維持を簡単にまとめると以下のとおり】

1 体内から必要な物を出さない 
 発汗を抑える ウエットな状態をウエアやアクセサリーで維持する

2 体内に必要な物を取り入れる
 水分    1時間800cc飲む
 エネルギー 1時間毎200kcalを摂取
 アミノ酸  1時間毎10グラム摂取
 塩分    適量採る
 ミネラル  適量採る

3 消耗を最小限に抑える
 日焼けをしない  皮膚を出さない
 皮膚ずれを抑える 皮膚保護剤
 簡単なストレッチ 筋肉疲労をリセットする
 消炎剤を使用   筋肉疲労を抑える

【最後にひと言】
 以上が私の超ウルトラマラソンの完走理論です。
 この理論が正しいかどうかはわかりません。
 また、この理論で走って楽しいかどうかについては、楽しくない可能性が高いです。(笑)

 ただ、萩往還やUTMFでは、ボロボロになって、時間ぎりぎりでの完走だった私が、スパルタスロン完走に向け仮説を立て編み出した理論を実行することで、遥かに制限時間が厳しく過酷な大会であるスパルタスロンやさくら道を余裕で完走できたのは事実です。
 何はともかく、実際に私が行った成功体験として、まとめさせていただきました。これを公表するのに半年以上躊躇しましたが、バカロードさん、のコメントで思いきれました。(笑)

 お読みになられて、コメントはもちろん、他に参考となる情報や逆に反論などもいただければ、私としてはとても嬉しいです。


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2014年4月 3日 (木)

【映画】LIFE!(ライフ)

Life1
生き様に影響を与えてくれる出会いがあるから映画鑑賞も読書も止められない。
そういう意味で久しぶりに味わい深い、ガツンと来た映画でした。

【映画概要】
『ナイト ミュージアム』シリーズなどで知られるベン・スティラーが監督・主演を務めた人間ドラマ。出版社に勤め、平凡な毎日を送っていた男が、廃刊の決まった雑誌の表紙を飾る写真を撮影した、世界を放浪するカメラマンを探すため、壮大な冒険に出る姿を描く。現実と空想世界の境目がなくなったような不思議な映像にも注目だ。

【あらすじ】
ウォルター・ミティ(ベン・スティラー)は、毎日、ニューヨーク郊外から地下鉄に乗って雑誌「LIFE」のオフィスへ通勤、そこで地味な写真整理の仕事をしながら、何ひとつ変わりばえのない日々を繰り返している。不器用な性格ゆえに人付き合いが下手で、密かに熱烈な想いを寄せている経理部の同僚シェリル・メルホフ(クリスティン・ウィグ)に話しかけることもままならない。
そんな彼の唯一の趣味は、虚しい現実から逃避して突飛な空想に浸ることだった。空想の世界では、勇ましいヒーローに変身して大活躍、また世界中のありとあらゆる場所で胸躍るアドベンチャーを繰り広げることもできる。それがウォルターにとって退屈な日常をやり過ごすための唯一の手段であった。
だが彼がふと我に返ると、厳しい現実が待ち受けていた。時代が要請するデジタル化の波に抗えず「LIFE」は経営が悪化、新たなボスはリストラの対象としてウォルターに目をつけていたのだ。そんな中、ウォルターは「LIFE」最終号の表紙を飾る大切な写真のネガがないことに気付く。
クビを恐れた彼は、冒険家でもある著名カメラマン、ショーン・オコンネル(ショーン・ペン)を捜し出し、直接ネガのありかを聞こうと決意。こうしてウォルターははるばる北極圏のグリーンランドにやってくるが、あと一歩のところでショーンに追いつけず、波乱に満ちた旅の継続を余儀なくされてしまう。空想の中で最愛のシェリルの助けを借り、ありったけの勇気を奮い起こしてアイスランドの火山地帯を訪れるウォルター。
しかし、突飛な空想をもはるかに超越したこの壮大なる現実の旅は、彼の人生を一変させていくのだった……。

【作品データ】
原題 THE SECRET LIFE OF WALTER MITTY
製作年 2013年
製作国 アメリカ
配給 20世紀フォックス映画
上映時間 115分
映画公式サイトへ

【スタッフ】
監督 ベン・スティラー
脚本 スティーヴ・コンラッド
原作 ジェームズ・サーバー
原案 スティーヴ・コンラッド
製作総指揮 ゴア・ヴァービンスキー、メイヤー・ゴットリーブ、G・マック・ブラウン 
撮影監督 スチュアート・ドライバーグ
音楽 セオドア・シャピロ
音楽監修 ジョージ・ドレイコリアス
字幕 栗原とみ子

【キャスト】
ウォルター・ミティ ベン・スティラー
ショーン・オコンネル ショーン・ペン
シェリル・メルホフ クリステン・ウィグ
エドナ・ミティ シャーリー・マクレーン
テッド・ヘンドリックス アダム・スコット
トッド・マハール パットン・オズワルト
オデッサ・ミティ キャスリン・ハーン

【ひと言】
主人公は、その昔、父に買ってもらったバックパックで冒険の旅に出るのであるが、そのバックパックは、私が大学時代に初めて海外旅行に行くときに買ったバックパックにとても似ていたのだ。
Life5
そんな些細なシーンで、私は自分の若き日に思いをはせることができ、さらにより深く主人公と同化し、この映画の世界観にどっぷりとのめり込めたのだ。

予測できないこと、例えばツアーの団体旅行などでなく流離うような「旅」こそがもっとも刺激的でもっとも楽しめるものだと、本心から思っている私にとって、主人公の冒険旅行は、まさに理想的な心躍る旅そのものでした。

一緒に心躍った主人公の冒険譚であるが、そこそこ自分も似たような旅をしている気がして嬉しかった。
以下、主人公の冒険旅行と対比してみる。
1 単身グリーンランドに乗り込む → ニュージーランド、ギリシャは単身旅行
2 ヘリコプターから海に飛び込む → したことない(笑)が、バンジージャンプやスカイダイビング程度の飛込みならある。
3 サメと格闘する → これもない(笑)が、山中で大きな野犬と対峙したことはある。
4 見知らぬ漁船に救出される → アベル・タスマン国立公園でレンジャーに助けられたことはある。
5 火山まで17km走る → 進入禁止の浅間山の火口まで登ったことがある。
6 子どもの頃得意だったスケボーで坂道を疾走する → マチュピチュ遺跡から麓まで普通はバスだが、ジャングルの中をトレイルランで駆け下って下山したことがある。
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7 火砕流に襲われる → さすがに経験ない(笑)
8 ヒマラヤに登る → 日本やニュージーランドの山には単独で登ったことがある。

だいぶスケールは小さくなるが、まあ、現実世界ということでお許しを(笑)

さて、この映画では、LIFEを出版する会社で、裏方そのものの地味なネガ管理業務で16年間頑張った42歳のさえないモテナイ中年独身の主人公が、リストラ必至のピンチに、これまでの地味な人生、生き様、性格を打ち破るかのごとくチャレンジブルな冒険旅行に出かけることで、新しい自分を見つけるという、中年からの成長物語なのである。

単純に捉えれば、しがないどこにでもいる平凡な中年サラリーマンへの青春讃歌のような物語に見える。
しかしながら、冒険的な派手な生き方よりも、地に脚のついた生き方こそが社会を支えているのだという、寓話でもある。
実に、趣深い映画であった。
ハリウッド映画も捨てたモンじゃないね(笑)

【ネタバレ】
LIFE最終号の表紙を飾るネガを追って、主人公はグリーンランド、アイスランドを経てヒマラヤでやっと冒険写真家のもとにたどり着いてみると、ネガは主人公にプレゼントした財布の中だという。
その財布は旅に出る前に自宅のごみ箱に捨てた後で、万事休す。写真家は少し残念がるも、ヒマラヤでの撮影目的のユキヒョウがちょうど二人の前を通った。待ちに待ったシャッターチャンスなのだが、この冒険写真家は崇高なユキヒョウを見て、歓喜し、そして撮影を止める。

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理由は「一瞬をこの目で見逃したくない」と。(このあたりは私も見習いたい潔さです。)
主人公は、アメリカに帰国後、写真を紛失した責任をとって会社を首になって、家族と過ごしていると、実は母親が例の財布をごみ箱から取り出し、持っていた。
その結果、ネガも無事見つかり、会社のリストラを実施した上司に、表紙のネガを届けたうえで、にっくき上司にLIFEという雑誌の思想を語り、それができるのは今や上司しかいないと啖呵を切って、会社を出る。
後日、主人公は未受領の給料を会社で受け取った帰り道、好きだった同僚女性と出くわす。
Life2
お互いの誤解が解けて、恋愛復活の予感の中、LIFEの最終号が店頭に並んでおり、その表紙は、ネガを一心に見つめる主人公の写真だった。
冒険心あふれ挑戦できる逞しく魅力的な男になった主人公であったが、冒険写真家がLIFE最終号の表紙にふさわしいとした写真は、冒険心なく面白みのなかった、単調なネガ管理を黙々と律儀に行っていた主人公の姿であるという、予想外の平凡さを讃えるものであった。

 

主人公のような冒険心あふれる生き方に感動していた自分には、冷や水を浴びせられたような、最終号の表紙であった。
冒険心があることも素晴らしいが、単調な仕事を一心不乱に行う姿も素晴らしいということか・・・。

 

仕事人間には冒険心を、少年のような私のような人間には仕事を真面目にしようと思わせる、どちらの側の人間でも感動し、共感できる非常に稀有な映画であった。

2013年11月27日 (水)

韓国の平昌オリンピック(2018年次期冬季五輪)は大丈夫か?中止返上か?(世界情勢への歴史的考察1)

「これは一介のサラリーマンがマスコミやネットの情報を基に世界情勢を考察しようとする無謀な試み。
そのわずかで偏った情報と私の中にある限られた歴史認識からの帰納(歴史は繰り返す)によって導き出した仮説は真実に近づけるのか?(かずさん)」

あと2か月ちょっとで、私を含む多数の日本人が大好きなオリンピックが始まります。
場所はロシアのソチというところで、2014年2月7日から開催されます。
今回は女子フィギュアスケートの浅田真央ちゃんの金メダルに期待大ですね。

そんな中、ソチ五輪に批判的な映画をロシア政府が1億円で上映中止にしようとした事件が最近報じられましたが、私が心配しているのはソチ五輪の次の五輪、2018年の冬オリンピックがどうなるかということなのです。

その2018年の冬のオリンピックは大韓民国(韓国)の平昌(ピョンチャン)と決まっています。
Map_korea_2
なんだか名前もかわいくて、しかも日本から近くて立地的には良さそうなのですが、実は大きな問題をはらんでいるのです。

その問題とは、当地での全競技開催がどうやら絶望的であるらしいということなのです。

その主な要因は以下のとおり
1 雪不足(平昌の年間積雪量はわずか26cmとか)
2 施設整備困難
(1)アルペン競技開催困難(特に滑降のコース設定は標高差不足で絶望的)
(2)ボブスレー・リュージュ施設なし
(3)宿泊及び輸送力の不足(高速鉄道建設白紙を政府が発表済み)

これらの問題が潜在的に存在することは2011年の開催都市決定時にすでに分かっていた話であるのに、なぜ他の立候補都市のフランス(アヌシー)やドイツ(ミュンヘン・ガーミッシュ)に競り勝てたのか?

過去の同種の事例から推測すると、IOC委員を強力に口説き落とした(買収)としか解釈することは不可能であろう。

その際に、潜在的な問題の解決策としては、冬季オリンピック開催実績のある日本の協力によって解決できるというような説明がなされ、それをIOC委員は善意に解釈して、開催決定の後押しになったと私は推察する。それは次の記事に繋がるのだろう。

【参考記事】
日韓が五輪成功へ全面協力 18年冬季と20年夏季 両国会長が会談 2013.9.10 11:26 産経ニュース
 日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長と韓国オリンピック委員会(KOC)の金正幸会長は東京五輪決定翌日の9日、ブエノスアイレスで会談し、韓国で開催される2018年平昌冬季五輪と20年東京夏季五輪の成功に向け、全面的に協力することで合意した。
 日韓関係が冷え込む中、東京の五輪招致成功を機に新たな動きが生まれる可能性もある。日本には過去2度の冬季五輪を開催したノウハウがある一方、韓国は昨夏のロンドン五輪で日本の倍近い金メダル13個を獲得するなど近年は競技力で勝っている。両者は選手の交流も促進させる。(以上、引用)

 スポーツで日韓が協力することは良いことだと思うが、サッカーでの韓国側の反日の振る舞いなどを考えると、この韓国(KOC)から日本(JOC)への協力の呼び掛けは何か魂胆があると思わざるを得ない。日本のノウハウに期待しているということなのであろうが、肝心の韓国政府や国民からはそんな期待があるような感じはしない。

 いや、韓国は日本に協力をお願いする気はさらさらなさそうだ。(オリンピック関係者を除き)。むしろ、日本政府が何度呼びかけても日韓首脳会談をする気はないし、東京オリンピック招致の際には、原発の危険性を世界に訴えて、東京を追い落とそうとしたくらいだし。
 とすれば、比較的良好だった以前の日韓関係ならともかく、今の日本は韓国に協力する雰囲気も出てこない。

 さらに調べてみると、平昌オリンピックの公式サイトHPに掲載している世界地図にはまるで日本が存在して無いかのように、隠されて表示されているのである。
SiteSite2

朝鮮半島を大きくした結果、日本が見えなくなったということなのだろうが、普通の感覚なら国を隠されるような描き方にその国民が不愉快になるであろうことは想像がつくはずだし、普通はそうまでして自らを目立たそうと思わない。万に一つでもこれが意図的でないなら、直ちに修正するなり配慮してしかるべきなのではないか?(ちょっと怒り!)
注:なお朝鮮半島全体を大きくしているがこれは、大韓民国領土は憲法において朝鮮半島全体と明記してあるからだと思われる。副次的に南北共催的な意味合いも持たせているものと思いますが・・・。

ちなみに本記事を書き始めたときには、どうすれば平昌でオリンピックが開催できるのかとの思いだったが、世界地図から日本を消去することを何とも思わない人々に対し、人間形成が不十分な私としては、韓国を快く助けようという気がどうしても起きませんね。

という私的な怒りは置いておいて、2018年の冬のオリンピックはどうなるんだろうか?

結論は、結果的に2018年冬季と2020年夏季の連続日本開催となる。たぶん、そうなるでしょう。

【歴史予想】
 財政事情を理由に韓国はオリンピックの施設整備を遅々として進めない中、2015年末ついにIOCが平昌オリンピックでの全競技開催に不安を覚え、日本に水面下でアルペン競技などの実施可能性を打診。
 それに対し、日本は運営の難しい競技の実施を可能と回答し、IOCと国際スキー連盟は韓国の返上を待つが一向に返上しないので、一部競技開催は困難と判断し、それらの日本での開催を韓国に要請。韓国は表面上は日本での一部競技の開催に反対しつつ、自国選手の活躍が期待できず、運営も難しいスキー競技などを日本で開催してもオリンピック憲章上、共催扱いとならないことを確認してIOCに返上回答し、日本に譲る。
 オリンピック開催に先立つ聖火リレーでは共催でないからと日本には立ち寄らず、逆に竹島(韓国名「独島」)には立ち寄って、韓国領であるかのごとく振る舞って世界に大々的にアピール。
 終了後は、韓国で初めて開催された平昌オリンピックは大成功と韓国は発表。
 韓国で開催できなかった競技はIOCの要請に応じて日本が快く引き受けて実施するも、オリンピックの大会名称に日本の名は残らず、日本で開催した競技の運営が世界から賞賛されれば、日本は韓国で出来る競技を横取りしたと反日材料になり、逆に万一、競技運営に失敗(死亡事故の多いアルペン競技やリュージュでの事故など)でもすればここぞとばかりに日本を非難するだろう。

 私の歴史予想はこんな感じです。(というか誰でも想像できる予想ですね(笑))

 それでも日本は世界のために韓国での開催できない競技を引き受けるべきであろう。
 誰が見ても損な役割を引き受ける、それこそが日本国であり、日本国民の真骨頂である。

さて、みなさま、いかがでしょうか?

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【追記】日本人てホントに損しています。
↓俊夫くんのけなげさに涙が出て、本当に複雑な気持ちになるお話はこちら
僕は死んで当然の日本人です。

【追記2】(2014/07/22)
いよいよ韓国・平昌冬季五輪返上か?

世界情勢は、ウクライナでのマレーシア航空機撃墜やイスラエル・パレスチナ紛争の激化が大きな問題となっているのだが、その陰で衝撃的な辞意表明がなされた。
「韓国・平昌冬季五輪の組織委会長が辞意表明」

【追記3】(2014/11/21)
 IOCの責任回避の魂胆丸見えの救済策(共催容認)が動き出しましたね。

2013年10月21日 (月)

スパルタスロン完走記(簡潔編)

2013SPARTATHLON(246km)に私が出走した結果の記録です。簡潔にお伝えします。

<レース概要>
日時 2013年9月27日から28日
スタート A アテネ アクロポリス前
ゴール  B スパルタ レオニダス王像
距離 246km
制限時間 36時間
コース概略図↓(コリントスからの先少し遠回りします。)
Map

<スタート・アクロポリス~第1関門・コリントス(区間距離80km)>
ギリシャの首都アテネの中心にしてシンボルであるパルテノン神殿のある世界遺産アクロポリスから午前7時スタートです。世界各国から老若男女総勢321名がスタートしました。↓
Imgp5796

100m先に設置されたスタート計測地点までダッシュで通過します。(15位通過)
その後も快調に進んでいましたが、誰かが間違えてコースアウトし、それに釣られてしまいました。このため一気に後方集団になりました。↓Imgp5816

アテネ市街は交通規制で完全にランナー優先です。↓Imgp5825

アテネ郊外の丘を越えると地中海沿いを走ります。
天気も良く、奇麗な景色に写真撮影で何度も立ち止まり、多くのランナー抜かれました。(笑)↓
Imgp5875

ちょうど写真撮影している日本人ランナーと写真を撮り合いました。恐らくすでに気温は30度くらいだと思いますが、肌の露出を避けた暑さ対策は、しっかり機能しました。↓Imgp5873

エイドはこんな感じで74箇所あります。↓Imgp5891

自分用の荷物はこんな感じでエイドに置かれています。ゼッケン番号で識別します。↓Imgp5893

コリントス運河です。小さく見えますが深さは100mくらいありそうでした。両壁は特に手が加わってないようです。岩盤を掘削して作られた運河に驚きです。この運河を渡ればすぐ第1関門です。↓
Imgp5909

最初の関門の制限時間に対し1時間前に到着できました。↓Imgp5910

総距離80km 通過順位116位 通過時刻15:31(区間タイム8:31)

<第1関門・コリントス~第2関門・古代ネメア(区間距離43.3km)>
第1関門だけに充実したエイドです。多くのランナーが長めの休憩を取りますが先を急ぎます。↓
Imgp5912

ペロポネソス半島に入り、のどかな田園地帯を進みます。↓Imgp5916Imgp5920

古代遺跡のすぐ横を通過します。↓Imgp5926

子供達の応援が力になります。↓
Imgp5933

エイドも家族的な雰囲気になりました。↓Imgp5943

夜間になり、涼しくなって快調に走れました。↓Imgp5948

総距離123.3km 通過順位69位 通過時刻21:11(区間タイム5:40)

<第2関門・古代ネメア~第3関門・サンガス山(区間距離38.5km)>
真っ暗な場所にもランナーのためにエイドが設けられています。ありがたいことです。↓Imgp5954

真っ暗なので迷子になるのが怖かったですが、強力ライトのおかげで道に迷わず進めました。↓
Imgp5953

集落内のエイドは明るく賑やかで本当にホッとする場所でした。↓Imgp5957

このあとコース最大の難所であるサンガス山に向けて一気に標高差850mを登ります。最初は九十九折の道路で走っていましたが途中から傾斜がきつく歩きました。そうなると、足が長く、歩きが早い外国人に、抜かれ始めました。
山頂付近はガレ場の登山道でした。足場の悪い山道は得意なので、もたつく外国人を抜き返しました。↓
Imgp5965

サンガス山頂(標高1100m)が第3関門でした。
総距離161.8km 通過順位58位 通過時刻03:24(区間タイム6:13)

<第3関門・サンガス山~第4関門・ネスタニ(区間距離9.7km)>
サンガス山頂は風も強く寒いのですぐに下りました。
山道の下りはもっとも得意なので、さらに何人も抜きました。それによりレース中、最高順位で通過しましたが、右足の甲の痛みも絶頂に・・・。
総距離171.5km 通過順位51位 通過時刻04:51(区間タイム1:27)

<第4関門・ネスタニ~第5関門・テゲア(区間距離23.8km)>
ネスタニで靴を代える際に痛かった右足甲を見てみると想像以上に腫れ上がっていた。どうりでめちゃくちゃ痛いはずだ。(帰国後の診察で足関節滑液包炎と判明した。)とりあえず靴紐を思いっきり緩めて走ることにした。イタイイタイと思っていると眠気が来なかった。(笑)
夜明け前にはかなり寒くなったので防寒用のカッパを着ようとするが、どこかで落としていた。寒さに震えながら走り続けるしかなくなった。↓Imgp5973
夜明けが待ち遠しく、走っていたが、寒さでトイレ休憩が多くなり順位を下げてしまった。
総距離195.3km 通過順位54位 通過時刻08:33(区間タイム3:42)

<第5関門・テゲア~第6関門・高原道路の空き地(区間距離31.4km)>
夜が明けると長い上りが待っていた。しかもアップダウンで徐々に上って行く。さっきまでは寒さで震えていたが、日が出てきたのと坂道で暑くなってきた。↓Imgp5979

延々上りが続きます。
しばらくすると、トイレが我慢できなくなりました。
適当な草むらも無いので、写真のレストランでトイレを借りました。↓Imgp5984

高原地帯なので羊飼いが羊を連れていました。↓Imgp5987

しばらく高原地帯でアップダウンが続きます。
終盤の上り坂は、まるで空に向かっているかのようだった。↓Imgp5989Imgp5994暑さは昨日以上の感じでした。徹夜明けには堪える暑さでした。

総距離226.7km 通過順位56位 通過時刻13:43(区間タイム5:10)

<第6関門~ゴール・スパルタ(区間距離20.1km)>
空には向かわなくなったが今度は先が見通せる道路になった。疲れもあって気が遠くなっていたが、大きなカーブが終わると、とうとうスパルタが見えた。がぜん力が湧いてきた。↓
Imgp6000

スパルタスリートたちよ、ようこそスパルタへ!と書いてある。↓Imgp6006

名物の自転車応援隊が1台付いてきた。↓Imgp6010

これまた名物の護衛パトカーも付いてきた。↓Imgp6011

沿道の応援はまさに英雄扱いだった。約束の日の丸を掲げてゴールに向かった。↓Cimg6845

ゴールではレオニダス王像に登って歓喜した。↓Cimg6848
総距離246.8km 順位55位 通過時刻16:31(区間タイム2:48)

【全体】
完走者148人 出走者332人 完走率44.6%(2012年完走率23%) 優勝者 Joao Oliveira(ポルトガル)23時間29分8秒
【日本人】 完走者20人 出走者70人 完走率28.6%
日本人1位(全体20位)Nakayama Kei 29時間42分24秒

 とりあえず簡潔バージョンを作ってみました。大体の感じはお分かりいただけたと思います。
 詳細な完全版は以下のとおりです。
スパルタスロン宿舎・受付・エイド荷物・説明会   
スパルタスロン完走記1(START-CP11) 
スパルタスロン完走記2(CP11-CP22第1関門)
スパルタスロン完走記3(CP22-CP35)
スパルタスロン完走記4(CP35-CP48)
スパルタスロン完走記5(CP48-CP52)
スパルタスロン完走記6(CP52-CP60)
スパルタスロン完走記7(CP60-CP69)
スパルタスロン完走記8(CP69-FINISH)
スパルタ昼食会・アテネにバス移動
スパルタスロン・アテネ表彰式&晩餐会
完走記あとがき

おまけ:ギリシャ旅行記

撮った写真を基に主観とあやふやな記憶での記録ではありますが、コース状況やエイド情報は資料などを基に、またスパルタスロンで同室だったS浦さんの協力で提供いただいた記録や写真も参考にして作成したものです。

少しでも今後スパルタスロンに参加されるみなさまの一助になれば嬉しいところです。
また初参加でご不明なところがあればコメント欄でご質問いただければお答えできることがあるかもしれませんので、お気軽にお問い合わせください。

2013年1月27日 (日)

【書評】「長生き」が地球を滅ぼす 本川達雄/著

Nagaiki
本著はわれわれ人類に対し鉄槌を食らわす衝撃の書である。

著者はナマコなどを研究している生物学者であるが、その研究から生物的時間という新たな時間の概念(生物の種類や状態によって時間は違う)を導き出して、現代社会の時間とエネルギーの使い方に警鐘をならしているのである。

しかしながら、あまりに衝撃的な本著に対し、社会、特にマスコミは無関心を装った。
歴史的にも正当な衝撃に対して、無関心をもって当たるというのは、ある意味まっとうな対応だろう。

著者は言う、「現代人は生命内部で必要とするエネルギーのほかに化石燃料などから40倍ものエネルギーを消費して活動している。そして、他の同程度の大きさの哺乳類に比べて3倍もの長寿である。生殖活動が終わってもえんえんと生き続けることは潔さに欠ける」と。

さらに膨大なエネルギーを使って無駄に生きながらえている現代人はエネルギー枯渇の元凶として、将来の子孫に恨まれるだろうとまで予測している。

長寿こそが多くの人間の願望であり、疑いを持ってこなかったが、確かに生物の一種族として考えれば、適当なところで後身、つまり次の世代に譲るのが正しい。老害という真の意味は、再生産に貢献していない者が次世代にまわすべき貴重なエネルギーを無駄に消費していることを指しているのだ。

確かにそのとおりなのだが、普段相当に辛口な私からしても厳しい論理展開だ。なぜなら、私自身がもはや再生産性以外に無駄なエネルギー消費し、それで自身の人生の満足度を上げているからだ。

あとがきに著者の友人が断言した話が載っている。
「これは名著だが、マスコミは一切とりあげないね。非国民の書だから。昔は軍部に、今は福祉に少しでも水を差すようなことを言えば、非国民と呼ばれるんだよ。この本は時間の見方としてじつに新しい。目からうろこの落ちることがたくさん書いてある。『代謝時間』という概念、エネルギー消費量で時間を計るなんて、まったく新しい時間の定義だ。そして納得がいく。しかし、その結果、この本には、老人は早く死んだ方がいいようなことが書いてある。だから非国民の書なんだ。」

本著の論理に矛盾はないのだが、それを受け入れられない。
ただただ私も黙してしまうしかないのか・・・。

壮絶なる名著である。

重要な段落タイトルは以下のとおり
・生命と伊勢神宮
・時間感は魂である
・食糧生産装置としての変温動物
・大きなものほどサボっている
・小さいメリット 
・恒環境動物 変温恒温
・昔の寿命は30年
・高齢化社会の生き方を教えてくれるものはない
・植物 長寿の秘訣
・昆虫 複数の時間を生きる
・卑しい日本人と科学の罪
・時間感と責任感
・おまけの人生
・老人は働け!
・広い意味での生殖活動
・この世を天国にする方法(ナマコ)

2013年1月 6日 (日)

【書評】人種とスポーツ 川島浩平/著

Jinsyu

 サブタイトルは「黒人は本当に「速く」「強い」のか」

 オリンピックやメジャーリーグなどをテレビで観戦していると外国人選手、特に黒人選手の凄さに驚くシーンが多い気がする。

 解説者も、外国人選手(いわゆる白人や黒人)の強さについて「身体能力が(われわれと)違いますから」などと解説していたりする。

 直接的に黒人と接したことがない私にとって、これらの二次的な体験から、やや盲目的に「外国人は日本人とは身体能力がそもそも違う」と思ってきた。

 著者はそれらの評価、特に黒人選手が優れているという評価が歴史的にどう生まれてきたのか?それを解明したのが本著である。

 黒人の身体能力が高いという見方が、偏向した著名人の発言や報道などにより、黒人の身体能力は生まれつき高いというステレオタイプが徐々に形成され、浸透していった歴史的な経緯を克明に解析し証明している。

 それでも、現在生きているわれわれにとっては、陸上競技の競走における黒人の絶対的な強さを目の当たりにしており、現実つまりリアリティのあるものとして、黒人の人種的な身体能力の優位性を感じざるを得ない。

 著者もその点は認めつつも、文系の学者であり、科学的な考察は行っていない。生物学的にはどうなのか?恐らくそこに踏み込むのは文科系ということでなく、倫理上タブーなのかもしれない。

追記
 日本人が人種という概念について、肌の色による白人、黒人、黄色人というものを多くの人が持っていると思う。(それは非科学的なものなのであるが、島国に住むほぼ単一民族である日本人としては肌の色による区分は文化的にも馴染んでおり、なかなか変える事ができない。)そして、オリンピックをはじめとするスポーツのグローバル化の中でわれわれが劣勢であるとの思いが、人種的な優劣があると感じてしまう大きな要因である。日本的な人種の区分によるところの、黒人、白人、黄色人の順で優劣があると思っていて、そのハンディを乗り越えて日本人が勝利するのがスポーツ観戦の楽しみの一つにすらなっている。
 確かに黒人の全てが運動神経抜群でないことは間違いないのであるが、多くの黒人が奴隷などの苛酷な環境下の中での淘汰により、生命力が強く、運動能力の優れた子孫のみが生き残ってきたというのは、仮説としても十分有力な説とも思われ、個体差の範疇を超えて黒人の優位性が存在しているとも言えるのではないか。
 一方、農耕民族である黄色人が狩猟民族である黒人や白人に対して運動能力が低いということ、また平均的な体型(胴長短足)からも身体能力が低いことは容易に想像され、個体差があったとしても、基礎的な運動能力が重要な陸上競技の競走において、その差を埋めることはスポーツ参加の敷居が低くなった現代においては、難しくなり、結果的に近年は黒人選手が上位を占める結果となっているのではないか。
(フィギュアスケートの近年の日本の活躍は、一つは選手層が薄いという競技の中で、日本の選手層が際立って厚く、優秀なコーチ陣も充実してきたということ、さらには平均的に小さいという体型の民族的な優位性と技の高度化に伴う若年層からの育成が必要となってきていることなどが相まっての結果だと思う。)

 ということで黒人の身体能力の高さは、一部の黒人の平均的な身体能力の高さからの個体の優秀さがトレーニングによって出現した結果ということと思われる。(本著にはそこまで書かれていないが)

 そんなことよりも、本著の論証は、偏向した考え方がステレオタイプとして社会に浸透していく過程を黒人の運動能力の優秀さというものに焦点を置いて解明したという点が非常に重要である。

 ステレオタイプの社会への浸透は操作可能ということであり、例えば北朝鮮が危険な国家であるとか、政治家は汚職にまみれているとか、そういうステレオタイプが蔓延し、その結果、我われ自身が自らの判断を狂わされてしまっているという現実がそこかしこに起こっているのではないか?

 そういう疑念を想起させるに十分な読み応えのある内容でした。私にとってはですが(笑)

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