書籍・雑誌

2017年3月14日 (火)

【書評】結果が出せる「心拍トレーニング」 中野ジェームズ修一/著

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サブタイトル「簡単!ムダなし! 身体を変えるメソッド集」

ランニング歴は10年、そこそこの数の大会に出場してはいるし、ランニングの師匠もいて、月間走行距離が700kmを超えたこともあるが、誰かに教えてもらったことはない。

特に困っていなかったので、ここまでやってきたのだが、寄る年波には勝てないというか、体に痛みが出るようになってきたところで、中野ジェームズ修一さんという名トレーナーさんがいるという情報を得た。

そこで、本著作を読んだという訳である。

本著には、いろいろなことが書かれているが、何でも知っていないと気が済まなくて、しかもそれが自分の理屈に合うまで、とことん調べる性質なので、実のところ本著の理論的な部分はほとんど知識としては知っていた。

が、新しい知見というか、知ってたけどやっていなかったことが、いくつもあったので備忘録的にメモしたい。

●運動前はストレッチより、ウォームアップ
  筋肉が冷えた状態でのストレッチは筋繊維を傷める。
  運動前にはストレッチでなくウォームアップ

●脳の疲労回復には、軽い運動
  だから仕事の後の帰宅ランすると頭がすっきりするのか。

●食事で十分なたんぱく質が摂れればプロテインは必要ない
  実行済み

●トレッドミルで走るときには傾斜を付ける
  トレッドミルが平らな状態は、屋外のゆるやかな下り坂に相当
  1.5%から2%の傾斜で、やっと屋外の平坦な道に相当 → これは次から実行しよう

●可動域を確保しつつ筋力を向上させること
  マシントレーニングで筋肉の断面積を増やすことに集中し過ぎると、関節の可動域が狭くなる。

●腹横筋を鍛えて内臓の揺れを抑える
  腹筋運動では腹直筋が鍛えられるだけなので、プランクで腹横筋を鍛えること

●こまめにストレッチ
  長時間のデスクワークには動的ストレッチ(首や肩を回す、腰をひねる等)で血流促進

【感想】
 名著「BORN TO RUN」のストレッチ不要を心の拠り所に、ストレッチをしないで、これまでランニング人生を続けてきたが、もはや身体が持たなくなってきた。
 なので、主治医や本著などの助言に素直に従うことにする。
 実際、ストレッチの効果は、出てきている。
 あと5年は、今の体力を維持し、故障しないで、走って、走って、走りまくりたいから(笑)

2017年3月 8日 (水)

【書評】ローマ法王に米を食べさせた男 高野誠鮮/著

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副題は「過疎の村を救ったスーパー公務員は何をしたか?」

著者は、羽咋市役所の職員、つまり地方公務員である。
羽咋は石川県にあって、能登半島の付け根にある地方都市である。
石川県は妻の故郷であり、何度も通過したことがある場所であるのだが、ローマ法王が食べた米があるとは知らなかった。

いやいや、話がそれたが、この著者の方がすごいと思ったのは、スーパー公務員と言われ始めたのが、50歳を過ぎてからであるということ。

どうやら地方の市役所では目立ち過ぎていたのか、出る杭は打たれる状態であり、左遷気味に48歳で農林水産課に飛ばされたところからこの話は始まる。

とにかくこの方の発想は、ユニークを通り越して、型破りなのである。

普通なら予算は1円でも多い方が良いのに、たった60万円の予算で過疎の村を再生するプロジェクトを立ち上げたり、そしてその低予算でのプロジェクト立ち上げの代わりに市長に談判して市役所内では会議を開くことなく、自分だけで意思決定できるようにしたりと、おおよそ市役所らしくない、民主的なプロセスを無視した、それゆえに強引に物事が進められる仕組みを手に入れ、そこから自身の大胆な発想を次々と実行し、その中に本著のタイトルとなったローマ法王に米を献上するとか、ありとあらゆる公務員の仕事とは思えない斬新なアプローチで最終的に過疎の村の再生を成し遂げているのである。

しかも、そんな型破りな手法だけでなく、執念深いともいえるほどの粘り強さもあるのもこの方のすごいところだ。

例えば、反対派で凝り固まった農村の意識を変えるため、反対意見しか出ないのに、毎週のように村人を集めては集会を開いて、こんこんと話を聞き、丁寧に説明を行い、それで徐々に皆を納得させたとか、ありとあらゆる海外メディアに扱ってもらえるかどうかも分からないような地方のニュースを伝えまくって、海外からの取材で国内のマスメディアにニュースで扱ってもらえるようにしたりとか、その発想の自由さ、いや奇想天外さとそれをやり続けるパワフルさは、他に例をみないといってよいだろう。

もうアラフィフだからと、最近はすっかり消極的・保身的な私なんぞ、恥ずかしくて、本著の書評など書ける立場ではないのであるが、素直に感動したし、パワーをもらえた気がしたので、恥を顧みず、記事掲載した次第である。

とにかく、今度、金沢帰省したら、羽咋の神子原地区に寄ってみようっと。(ローマ法王が食べたお米、まだ買えるかな?)

2017年3月 2日 (木)

【電子書籍】 恥をかいてもやめられない59才ひとり旅

恥をかいてもやめられない59才ひとり旅
9年前にトルコ旅行のツアーでご一緒して、とても優しく接していただき、そして飲まない私が、毎晩一緒に宴会していた「にしき」さんから、8年半ぶりにメールが来ていた。
宣伝がてらご紹介します。

お友達様 各位

電子書籍出版のご案内
久しくご無沙汰しています。
以前に世界遺産を訪ねた旅行で、現地で写真を取りながらメモを残し、帰国後自宅にて、毎朝メモや写真で旅を思い出しました。そして現地で購入した、小額な日本語ガイドブックを資料にして、旅日記を書き綴りました。
それらは別々に、10冊程度の旅日記として、残していました。
ですがこの4年間は、雑用が重なり多忙で、世界遺産への旅は出来ない状態でした。
いま、小生はこの5月に74歳になるところですが、再び世界遺産への旅は忘れずに、また旅によって、新しい友達が出来ることも楽しみです。
そんな折、地元佐野商工会議所の電子出版のセミナーがありました。興味本位に参加したところ、自己満足の世界の延長に過ぎないのですが、せっかくの旅日記や写真を整理して、公に出してみようと決断し、年甲斐もなく電子出版塾で、勉強することになりました。
不慣れな、パソコン通信操作でしたが月1回、4ヶ月間の4回のセミナーでした。
そしてやっと、2月28日に完成し無事に、Amazon Kindle (電子出版) にデーターアップすることができました。発行は3月3日で、今日から予約も出来ます。

書籍名は
「恥をかいてもやめられない59才ひとり旅」世界遺産アメリカ編 です。
著者名 にしき 発行単価 299円

ご興味がおありでしたら、ぜひご笑読してみてください。
ご存知かと思いますが、これは紙の本ではありません。持ち運びの出来るタブレット、スマートホン、パソコンでの映像読書です。

1、Amazon でのネット販売のカード決済環境が必要です。
2、インターネット画面で、Amazon Kindle (電子出版) を検索します。
3、書籍名欄に 恥をかいてもやめられない59才ひとり旅 を打込みます。
4、1−Click で今すぐ購入をタップしますと購入できます。

出来れば予約または、発売日3月3日の購入部数が多ければ、掲載が上位になりますので、宜しくお願い致します。

URL: Amazonネット販売サイト

【ひと言】
 もしご興味があるようでしたら、ぜひともご購入下さい。とても心優しくて、しかも愉快なおじさんでしたから、面白い本になっていると思いますのでよろしくお願いいたします。
 それからトルコ旅行のときの出してくれないかな、毎晩飲んでた写真で写ってそうだし(笑)

2017年2月27日 (月)

【書評】九十三歳の関ケ原 弓大将大島光義 近衛龍春/著

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歴史好きを自称している私は、一般的な歴史好きと同じで、戦国から安土桃山時代と幕末が好きで、それなりに知っているつもりであったが、大島光義なる1万石を超える大名のことを知らなかった。
そしてこの大島光義は、弓の名手で、弓の戦果だけで大名にまでなった鉄砲全盛の戦国時代では稀有な存在であったようだ。

齋藤家が織田信長に圧される段階で、60歳の還暦を超えるという老齢で、信長に主人が変わって、しかも時代遅れとなりつつある弓に拘るという信念を貫いて、戦働きに出る、つまり現役を続けて、信長・秀吉・家康という天下人に順々に仕えて、きちんと成果をあげていくその姿は、とてつもなくカッコいい生き様で、読んでいて感動しました。

アマゾンの感想欄にもそのあたりのことが何人も書いておられた。

「鉄砲が流行りはじめてきたが、目もくれず、弓で生涯、継続は力なりを教えてくれた。
たとえ時代遅れと言われることでも、信念を持って貫けば、必ず報われる。
一芸あればどんな時代でも生き残ることができる。」(ある読者の感想)

結局、93歳で関ケ原の戦いには参加できなかったのであるが、その近くで行われた大垣城包囲には、地元武将でもあり参加したというのは歴史的事実なのであろうし、納得のお話であった。

また、本能寺の変や関が原の戦いにおける各武将の心理状態などの描写は、納得の内容であり、歴史好きの私を十分に唸らせる内容でした。

ずばり歴史小説として十分に面白かったです。

追記1:
 実は私、高校時代は弓道部で、自慢するようでなんですが、そこそこ弓の名手でありました。(県大会3位入賞や市の大会での優勝実績あり)

 なので、本作品で弓で矢を射る描写はなかなかのものだと感心するとともに、著者は矢を射ったことはないというのも感じてしまいました。(人殺ししたことなくても、人を殺す描写をするのが小説家の仕事ですから、糾弾されるものでなく普通なのことはわかっております。なので、弓を射る描写はこれまで読んだ小説の中では秀逸のできでした。)

 ところで、一生懸命に努力することは大事なことであるが、時代遅れを自身の技量だけで乗り越えようとするのは、必ずしも正しい姿ではないのではないか?というのも私の生き様から導き出した感想でもあります。

 かつて、日本はオリンピックのアーチェリー競技に和弓で参加したことがあった。和弓は道具の技術的革新を行わなかったため、当たるようにできていないので、当然、進化を続けた洋弓に惨敗した。

 当たらない弓を修練して取得した技量と精神力で当たるようにするのが弓道であり、それこそが伝統であるのだが、オリンピック競技というグローバルなものにはならなかったという事実も決して忘れてはならないと思いました。

追記2:
 ウィキペディアの注釈に以下のような記述があった。
 一説には大永元年(1521年)生まれともいう(富加町史編集委員会 「大島光義」『富加町史』下巻 通史編)

 何の研究もしていない私が論じるのは正におこがましいが、高齢者と弓をそこそこ知っている身としては、関ケ原に近接する大垣城攻めに参戦した年齢が93歳というのはあまりに高齢過ぎて、実際のところ、一説である80歳というのが妥当な気がします。
 その大きな理由の一つとしては、当時の武家として大事な嫡男誕生が、93歳説だと52歳での誕生となる。これはいくらなんでも遅すぎるのではないか?
 いつ死んでもおかしくない戦国時代に40歳を過ぎて後継ぎがいない状態はとても信じられない。仮に実子が生まれなくても養子を取っておくのが普通であろう。
 ウィキペディアを見る前は、実は20歳くらい、さば読んでいるのではないか?とすら思っていたくらいであるが、一説をきちんと記録してくれている日本人らしい生真面目さ、とても誇りに思います。

2017年2月 4日 (土)

【絶賛】五郎治殿御始末 浅田次郎/著

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 男の生き様を書かせたら、右に出る者がいないと思っている浅田次郎さんの時代短編集である。

 時代ものではあるが、比較的新しい幕末維新直後の明治初期という近代の話ばかりで、歴史的な有名人は出てこない地味な話なのですが、これが見事なまでに全編珠玉の名作であった。

全短編六作品を私の主観を交えて簡単に紹介したい。

●椿寺まで
 最後まで武士らしく戦い瀕死の重傷を負った幕吏ながら、明治では商人として維新の後始末として、同僚の遺児を密かに育てているという目頭が熱くなるお話

●函館証文
 私にとっての短編時代小説の最高傑作

●西を向く侍
 私にとっての短編時代小説の最高傑作

●遠い砲音
 私にとっての短編時代小説の最高傑作

●柘榴坂の仇討
 私にとっての短編時代小説の最高傑作

●五郎治殿後始末
 私にとっての短編時代小説の最高傑作

 頭がおかしくなったのではないかと訝しむかもしれませんが、私の中での最高傑作が、本短編集で読み進める毎に5回も更新されたのです。

この短編集で描かれた日本の武士道とは、明治維新によって、武士という特権を失って、平民となった新しい世の中において、真の男として、その真価が問われたということを、様々な種類のその後の生き様をもって、まさに見事なまでにあぶりだしてくれているのです。

巻末の言葉が端的に本作品のエッセンスを表していたので引用します。

男の始末とは、そういうものでなければならぬ。決して逃げず、後戻りせず、能う限りの最善の方法で、すべての始末をつけねばならぬ。幕末維新の激動期、自らの誇りをかけ、千年続いた武士の時代の幕を引いた、侍たちの物語。表題作ほか全六編。(解説・磯田道史)

追記:
 ここのところのくそ忙しさに心がささくれ立っていたのだが、この本を読んで、そんな私の小さくみみっちい生き様が恥ずかしくなりましたわ。(笑)

追記2:
 「ごろうじどのおしまつ」というのがこの本のタイトル。読めば納得のタイトルなのだが、このタイトルでは絶対に大ヒットはしないよなア・・・。

2017年2月 3日 (金)

【書評】まっぷたつの先生 木村紅美/著

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今年我が家に届いた年賀状の中に、中学一年生の時の担任の池田先生からの年賀状があった。ここ2,3年、先生から年賀状をいただいていなくて、今年は遠慮して出さなかったのだが、元気な知らせに驚くとともに、嬉しくなった。
池田先生は、英語の先生で、その時すでに、学年主任だったし、容貌体形からも中年だったし、すでに40年経過していることから、御年80歳は優に超えているはずで、ひょっとすると90歳を超えているかもしれない。
そして、先生たちとの交流、といっても年賀状だけなのだが、それすらすでに私の場合は池田先生だけとなっている。

その要因を探れば、まず若い先生が私の担任にならなかったこと、それ以上に、私が、個性の少ない、印象深くない生徒であったということ、さらには小中高と過ごしたのは遥か四国の松山で、いまや同級生との交流すら、顔を合わせるのは、数年に1回程度なので、この現状はある意味仕方ないだろう。

さて、書評なのに、こんな私の話をしているのは、本著のストーリーが、担任の先生と生徒との、15年から20年経過した後の、SNSを通じての交流の再開をきっかけとして、学生時代のそれぞれの躓きを振り返りながら、その呪縛からの新たなる旅立ちというお話だったからである。

アラ50となった女性2人の先生(ひとりは現役の先生でないのだが)とその教え子2名(それぞれ年齢も学校も違い面識はない)が現実社会では正社員と派遣社員の関係が生じているものの、それぞれはそうしたつながりを知ることなく、しかしながら現実社会でのそれぞれの行き詰まりは、小学校時代の先生との関わり(片方は良い思い出、片方は悪い思い出)がその原因と思いつつ、そのわだかまりが、最後には溶け始めていくというようなお話でした。

最後に大団円があるかと思っていたら、そこは人間関係は希薄だがネット関係では繋がり続けられるという現代社会らしい、現実社会でのすれ違いで終わるあたりは、もはやアラ50の私では思い描けない感性であった。(著者は私より一回り若い)

現実社会で顔と顔を突き合わせての関係とネットでの距離・年齢・時間を超えた関係が交錯しながら展開が進むこの小説は、現代社会を歪なく、ありのままに描いていると感じたし、それを面白い小説に昇華させている点で、今まさに旬な、お薦めの小説でありましたので、ご紹介した次第です。

ご興味が出ましたら、是非ともご一読のほど m(__)m

2017年2月 2日 (木)

子の無い人生 酒井順子/著

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負け犬の遠吠え』という本を出した時、様々な反響が寄せられた中で、意外に多かったのが、
「私は結婚しているのですが、子供はいません。こんな私は、負け犬なのでしょうか?」というものでした。
 私はこの本の中で、「未婚、子ナシ、三十代以上」の人を、負け犬と定義しました。
ですから子どもがいようがいまいが、結婚しているなら勝ち犬に決まっているじゃないの」とその手の質問に対して思っていたのですが、今考えるとわかります。
「結婚しているが子供はいない」という状況に、いかのその人達が、”負け感”を抱いていたかということが。
(本著の「はじめに」の序文)

著者は、「負け犬の遠吠え」というベストセラーを上梓した酒井順子さん。

女性視点で、やや毒を含みつつも、歯切れの良い文章は、単純に読んでいて面白い。

まあ、それも異性で身につまされる部分が少ない、つまり、女性しかできない「妊娠」、「出産」を実感として感じることができない男性という気楽さがなせるものだろう。

あとがきとなる「おわりに」にはこう書いてある。

「この時代に、子を持たずに生きること」について、ここまで考えてきた私。類は友を呼ぶもので、身の回りには子ナシ族がゾロゾロと存在します。特に都会において、子ナシ中年は珍しい存在ではないのです。(中略)
そんな私は最近、しみじみと「子供がいなくて、よかった」と思うのです。子アリの方々からすると、痛々しく聞こえるかもしれません。しかし年をとるにつれて、自己を冷静に見られるようになるもので、「今まで私は、本当に子供を望んでいたわけではなかった」、そして「子育ては明らかに、向いていない」ということがわかってくるのです。
 四十代になるかならないかくらいの時は、「子供がいない」という状況に対して「これでいいのか」と思うこともありました。が、それは肉体が鳴らした「もうすぐ妊娠、締め切りますよー」という警鐘がもたらした焦燥だったのでしょう。(後略)

最終的な印象としては、負け犬の遠吠えも然り、この子無しの人生も然り、著者は、そうした生き方を卑下したように書いてはいるのであるが、自身でその現実を受け入れてというか、むしろ肯定的に選択しているといった心情がそこかしこに醸し出されており、むしろそうした生き方が向かない自分は、向かないながらもそうした普通の人生に陥って不幸になった人よりはより良い人生を送ったのではないかという趣を感じることが、ある種の救いを感じさせてくれる。

この本のメインターゲットは誰なのか?やはり、アラ50、アラ40の女性なんだろうなあ。そうした人達はこれをどう受け止めているのか?立場の違いで、さまざまな感じ方をするのでしょうな。異性である私と違って。

2017年1月10日 (火)

【書評】ラブホの上野さんの恋愛相談 上野/著

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【概要】
恋に悩める男女に贈る!ラブホの上野さんがあなたの悩みに答えてくれます。

Twitterフォロワー約17万人突破!! 世の恋に悩める男女から絶大な人気を誇るラブホスタッフ上野さんの恋愛指南書決定版!!
人気マンガ『ラブホの上野さん』(コミックフラッパー)の原案をはじめ、Twitter等でその紳士的な態度と的確な論理的恋愛アドバイスには定評のある上野さんが、恋愛についてのさまざまな悩み相談を受け、独特な論を展開してQ&A形式でズバッと回答。
WEBマガジン「eロマンスjp」で連載中の超人気コーナーを書籍化。本書のみに掲載のQ&Aやミニコーナーも収録!

【お悩み例】
はじめての彼氏なのですが…/元カレが忘れられません/年の差の恋愛のコツを教えてください/24年間、エッチをしたことがありません/不倫相手のことを本気に好きになってしまって…/別れ話を切り出されました/わがままなカレだけど別れたくない/どうしたら出会いを増やせますか?/二次元が好きで彼氏ができますか?/彼を振り向かせたい!/恋愛経験ゼロの私ですが…/振られました…死にたいです/男のひとはどうして浮気をするのでしょうか?/運命の人はどこにいるの?/ロリータファッションをやめろと言われてます/なんども振られるけど、好きなんです。/夫の不倫をとがめたところ、夫が家出をしました/付き合いはじめると醒めちゃうんです/友達としては好きな男性なんだけど…/カレをもっと自立させたい!/男の人に触れられるのがとても苦手です/母親が彼氏をディスりまくってきます/男に頼ってばっかりの女性をみるとムカつきます etc.

【感想】
めちゃくちゃ面白い本です。読書好きの人は必ずや、はまるでしょう。
文章が長いのと飛躍した論理と沈着冷静に冷徹な事実を突き付けてくる論述なので、読書が好きじゃない人は、どうなんでしょうかね。

この本の凄いところは、質問とはまったく違う状況の例えから入り、それが実に腑に落ちることから、質問者にとっては、まさに不都合な事実ながら、受け入れざるを得ない形で、その通りだと思える回答になっているところです。

●お悩み01
昨年、初めて彼氏ができました。
彼氏の迷惑にならないようにできるかぎり甘えず、彼のいうことをはできるかぎり実行してきたつもりです。
なのに振られてしまいました。
いったい何が悪かったのでしょうか?

★私ならこれだけの質問では状況が分からずお悩みに回答できません。で終わるところですが、著者の上野さんは、次のような展開で答えるのです。

◎上野さんのお答え01(概要抽出)
ご質問誠にありがとう御座います。
私は原稿を書くときはカフェやバーに行きます。(状況説明有り)
さて、ここでご質問の内容を一度完全に無視して、バーの近くに座った女性に声をかける際のテクニックをご紹介させていただきます。(女性にあるお願いをするもので、実に自然で誰でも簡単にできるテクニックです。)
ところで、バーでナンパをしている男性をよく見かけるのですが、私の場合と全く逆の方法、「一杯おごるよ」など男性側が先に貸しを作る方法です。(細く説明が続きます)
どちらの方法も「貸し借り」ということを行いながら女性にアプローチをしています。
さて、今回のご質問者さまは相手に迷惑をかけないで付き合っていたということですが、「貸し借り」で言えばどういう状態でしょうか?
甘えないというのは、「まったく貸し借りをしていない」か「貸しっぱなし」のどちらかでございます。
お金を借りた経験があればわかると思うのですが、お金を借りている相手と会うのはなかなかに億劫なものです。
もしかしたら彼氏は質問者さまに引け目を感じて会うのが億劫になっていたのかもしれません。
実は「貸し借り」というのは信頼の面で非常に重要なのです。(銀行が融資をするのは、何度も借り入れして、きちんと返済した企業には信頼して融資するという話が続けられます)

私たちの人間関係でも「借り」をきちんと「返す」以外に信頼を勝ち得る方法はないといっても過言ではないでしょう。
もちろん、「借り」をきちんと「返さなかった」という実績は信頼を失うに充分すぎる実績でしょう。
ですが「貸し借りをしない」という実績もまた信頼を失うには充分すぎる実績であることを忘れてはいけないと思います。

相手を困らせないように、甘えないで相手の言うことをできるかぎり聞くというのは、利用されることがあっても、信頼されることはございません。

【再び感想】
まずは質問とは全く関係のない、バーでのナンパの話で、具体性を持った「貸し借り」の話を行い、誰にでも分かるイメージを持たせたうえで、質問者の状況に当てはめ、質問者が陥った「貸し借り」の罠を明確に指摘する。

それでいて、実に丁寧に教え導くかのごとく優しい文章で綴られているのである。
しかも文章は長いものの、大事なところには赤いアンダーラインが引かれて、ポイントを逃すことはないのである。(私のブログでは、大きな赤字部分です。)

私の稚拙な文章で申し述べるのはまったくもってお恥ずかしい限りというか失礼千万なのであるが、正直、上野さんのようなアッと思うような特異な視点から論理的にも人間的にも説得力のある文章展開こそが、私にとっての理想的な文章であり、自分なりには実行しているつもりなのでありますが、当たり前ですが、上野さんには到底及びませんね。(笑)

本著では、33もの質問とその回答が続き、その後でショートコラム、巻末企画として、「お役立ち恋愛HOW TO 男女別一問一答」があります。(でも、一番のお薦めは、えんえん続く質問と回答ですね。面白いし、ためになります。)

あとがきでは、生きることの自信の付け方がこれまた分かりやすく書かれています。
そして、普通は最後になる「あとがき」の後に、「可愛い」と「可愛くない」について語っている珠玉の文章があります。この話を読むと、ときどき遭遇する「可愛くない女子」って、そういうことだったんだと腑に落ちましたので、最後に引用しておきます。

【あとがきの「あとがき」】
(前略)
客観的に見て、私が「この子、可愛くないな」と感じてしまうような女性は「性別の問題」以前の問題で、人間として相手に失礼なほど「警戒心や不信感」が強いのです。(中略)
ですので私は「可愛い」の対義語は「可愛くない」ではなく、「失礼」だとすら思っております。(中略)
ですのでもし貴方様が「可愛くない」と言われているのであれば、それは顔立ちが悪いとかファッションセンスが悪いとかそういう問題ではなく「あなたは人間として失礼だ」と言われていると思った方が良いかと思います。(中略)
だから「可愛くない女性」はモテないのです。もちろん「可愛くない男性」もあまりモテません。
モテるモテないの問題の前に「人間として失礼」なのですから好かれるはずがないのです。

非常に不愉快な事実ではございますが「美人」は才能でございます。
幸運にも美人に生まれたならばともかく、そうでないならばいまさらどうこうできませんので諦めましょう。私も「顔がイケメン」と呼んでもらえることは諦めております。
しかし美人が才能であるのに対して、可愛いはスキルでございます。
そして可愛いは義務ですらあります。(中略)
可愛いは顔のパーツの話ではないのです。しぐさやマナー、そして何よりも相手に対しての好意が「可愛い」でございます。

可愛くないというのは人間嫌いです。
すぐに人を嫌いになる、人を好きになりにくい、基本的に人が嫌い。その性質こそが「可愛くない」の本質でございます。
そうやって孤独に生きていくのであれば可愛くなくても構いませんが、人間社会の中で生きていきたいのであれば、可愛いはマナーでございます。
相手に対して好意があることを示す仕草や立ち振る舞い。
それができない人間が、人に好かれると思いますか?

追記:
 漫画にもなっているようです。
Ws000048

追記2:
 テレビ放映もされるようです。
 フジテレビ系1月18日(水)スタート 深夜26時25分開始
Ws000046
漫画を知らないけど、期待して見ようっと!

2016年12月 3日 (土)

新しい手帳は高橋(ディアクレールラプロ1)

通常なら10月には来年の手帳を買ったりしているのだが、今年はなんだか忙しくて、買い忘れていた。

ここ7,8年、手帳はバーティカルスケジュール管理ができる影山手帳と決まっていた。

さっき、本屋に寄る時間があったので、手帳コーナーを眺めていると、薄い手帳があったので、興味をひかれた。

ノートを使わず、ひたすら一冊の手帳にスケジュールからメモ・備忘録からアイデアの公私にわたり書きこんできたため、ある程度、厚めの手帳が必要だったのだが、最近は職位が変わったこともあり、日程スケジュール管理が一番重要になってきて、手帳に書きこむ量が減ってきている。

というわけでいろいろ薄手の手帳を見た中で、気にいったものがあったので、来年からは新しい手帳にすることにした。

手帳は高橋で有名な高橋書店の手帳にした。

Dsc08500
501番のディアクレールラプロ1月曜始まりの紺色だ。

色的には503番のディアクレールラプロ3の青だったのだが、いかんせん日曜日始まりだったので諦めた。

さて、この手帳の特徴は、とにかく薄い。人工皮革のカバーを入れても厚みは1センチない。7.8ミリだろうか。

そのため、今まで時間スケジュール管理で重宝していたバーティカルスケジュールはなくなった。1カ月単位でのスケジュール管理を重視していきたい。
Dsc08503

そして、スケジュールで一番大切なのが年間スケジュール。
Dsc08504

さっそくマラソン、ウルトラ、トレランの大会スケジュールを書き込まないと(笑)

さて、この手帳の変更は、吉と出るか凶と出るか、楽しみだ。

2016年11月29日 (火)

【書評】のぼうの城(上・下) 和田竜/著

Nobou
時は乱世。天下統一を目指す秀吉の軍勢が唯一、落とせない城があった。武州・忍城。周囲を湖で囲まれ、「浮城」と呼ばれていた。城主・成田長親は、領民から「のぼう様」と呼ばれ、泰然としている男。智も仁も勇もないが、しかし、誰も及ばぬ「人気」があった―。
内容(「BOOK」データベースより)

和田竜の小説家デビュー作であり、第29回城戸賞(2003年)を受賞した脚本『忍ぶの城』を、映画作品を前提としたノベライズとして自ら執筆したものである。表紙イラストはオノ・ナツメが担当している。
第139回直木賞(2008年上半期)ノミネート、2009年の第6回本屋大賞第2位。
2010年10月時点で累計発行部数70万部を突破(ウィキペディアから引用)

歴史的な知識として、石田三成は頭の切れる能吏ではあったが、戦は上手でなく、その証拠として、小田原攻めにおける忍城に対する水攻めの失敗があげられることは知っていた。
なぜ大軍を率いながら、石田三成はさして有名でもない武将が籠る孤立した城を落とせなかったのか?

歴史小説を描く小説家なら、これまでも誰かが描いていてもよかろうに、お目にかかったことはなかった。

そんなわけで、知りたいのに知らなくて、でもすでに映画化もされている大ベストセラーをずっと読みたくて、何度も何度もそのチャンスがありながら、ずっと先延ばししてきたのであるが、ついに読むことができた。

さて、本著の主人公である忍城城主となった成田長親はでくの坊と見られており、しかしそれをそのままいえば、芸がないので、「のぼう様」と領民や家臣から呼ばれていて、しかもその呼称を本人が認めているという設定の人物である。
いささか漫画的な極端なキャラクター設定であるが、彼の心情は決して本著では一人称として語られることがなく、読み手は、家老の丹波と敵方大将である石田三成の推測をもって推し量らざるをえないという窮屈な表現方式であるのだが、それ故にこの「のぼう様」の得体の知れなさ、愛らしさ、凄味、カリスマ性が自己増幅させられて、読み手が自分勝手に強烈な味わいを受け取ってしまうという不思議な小説である。

そういう人物が実際にいたとはとても思えないという意味で、まさに漫画の世界なのであるが、とてつもなく大きな包容力のある人物とは、私のような俗人にはその存在や生き様自体が想像を遥かに超越し理解不能な人物に映るというのは、経験的にも歴史的にもありうる話ではある。

この人物設定が歴史的事実なのかについて、ここで詮議してもつまらない話であるが、この小説での主人公の破天荒さは、歴史小説の体を成しながら、ファンタジーの世界観を醸し出しているというのが私の感想である。

荒唐無稽な話になっていながら、なんだか得心してしまい、少しすがすがしい気持ちにまでさせてくれる、著者ならではの爽快な世界観は、病みつきになる人が続出でしょうな。

何はともかく、私の想像を超えた話で、とても面白く読ませていただきました。

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