書籍・雑誌

2017年10月28日 (土)

【書評】暗幕のゲルニカ 原田マハ/著

Gerunika

【ストーリー】
反戦のシンボルにして20世紀を代表する絵画、ピカソの〈ゲルニカ〉。国連本部のロビーに飾られていたこの名画のタペストリーが、2003年のある日、突然姿を消した――誰が〈ゲルニカ〉を隠したのか? ベストセラー『楽園のカンヴァス』から4年。現代のニューヨーク、スペインと大戦前のパリが交錯する、知的スリルにあふれた長編小説。

【読書感想】
戦争について、日本ではここ70年以上、戦争未体験で、ほとんどの日本人は現実の戦争を知らない。

私も当然、現実の戦争を知らないのであるが、戦争の歴史、つまり戦史好きで、戦争関係の本はもちろんのこと、映像として戦争のドキュメンタリーや戦争映画を好んで観るので、戦争のことは何となく知った気になっている。

ところが、本著は、そういう訳で選んだのではなく、本屋大賞ノミネート作品ということで、たまたま巡り合った本であるが、ミステリー調で、現代の反戦の重要性を見事なまでに謳い上げている。戦史好きで保守タカ派気味の私ですら、戦争はいかんと思うのだから。

この話の素晴らしいところは、ピカソのゲルニカという絵画作品が神のごとく、この話の中で絶対的な唯一無二な存在として鎮座していることである。

美術には詳しくない私でも、ピカソのゲルニカは知っていた。
一度見たら忘れられないほど、インパクトのある作品であるし、ゾッとして、心がささくれ立つ作品である。(本著の表紙の絵がゲルニカである)

※『ゲルニカ』は、スペインの画家パブロ・ピカソがスペイン内戦中の1937年に描いた絵画、およびそれと同じ絵柄で作られた壁画である。ドイツ空軍のコンドル軍団によってビスカヤ県のゲルニカが受けた都市無差別爆撃を主題としている。

本著では、2つの時間軸が存在し、ひとつは1937年のピカソがのゲルニカを描き始め、アメリカに移送され、ピカソが1944年のパリ解放までの第二次世界大戦中の話と、もうひとつは、2001年の9.11からゲルニカのニューヨーク展が開催されるまでの話が、交互に進んでいくのである。

天才ピカソが、渾身の力で戦争の残虐さを描くその過程を愛人の写真家ドラ・マールが写真に収めたらしい。ピカソの制作過程が写真に撮られた例は、非常に珍しいことらしく、その点からもピカソの思いが感じられるところだ。

さて、この愛人ドラ・マールであるが、彼女もモデルとしたピカソの作品があるそうだ。「泣く女」がそれらしい。

Nakuonnna
●泣く女

うーん、この作品のモデルですって、自慢にならないけど、これまた確かにすごいインパクトがあって、有名な作品だよなあ。

話がそれたが、このゲルニカという作品が無差別爆撃という現代の戦争の醜悪さ、さらには人間の残虐性を表しているというのも、納得の作品で、人間の美的感覚的にも生理的な嫌悪感すら抱かせるような、計算された作品であることは間違いない。これを見ていたら、心が落ち着かなくなるもの。

で、ミステリーの部分は、多分に現代のお話の方で、ピカソ研究の第一人者の主人公が最愛の伴侶を9.11で失い、戦争の残虐さを身をもって感じた中で、国連のゲルニカのタペストリーに暗幕がかけられた、反戦を隠し、あたかも戦争賛成を意味するような事件と歴史の流れを食い止めるべく、立ち上がって、スペインの美術館から隠すように展示されているゲルニカをニューヨークで展覧するために、妨害工作を受けながら、仲間の支援を受けながら奔走し、反戦の象徴的存在であるゲルニカはどうなるんだという、手に汗握る展開になるのだから、著者のストリー展開とメッセージ性の強さには脱帽せざるを得ない、見事な作品でした。

読後は、ピカソの作品、特にゲルニカは、絶対に本物観てみたいと思いました。場所はスペインか・・・(笑)

2017年10月27日 (金)

【書評】やめるときも、すこやかなるときも 窪 美澄/著

【書評】やめるときも、すこやかなるときも 窪 美澄/著
【ストーリー】
家具職人の壱晴は毎年十二月の数日間、声が出なくなる。過去のトラウマによるものだが、原因は隠して生きてきた。制作会社勤務の桜子は困窮する実家を経済的に支えていて、恋と縁遠い。欠けた心を抱えたふたりの出会いの行方とは。

【感想】
窪美澄さんの作品は、過去に一冊読んで、衝撃を受けた。それは「ふがいない僕は空を見た」http://run-run-kazu.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-8f65.html

あの作品は、非常にドロドロとした現代社会の深い闇を照らすような作品で、特に年少者には薦めがたい作品であったのだが、本作品はそれとはちょっとというか、かなりテイストが変わっている。私には似合わない、純愛の香り漂う作品となっている。

男性の主人公壱晴は、過去に大きなトラウマを持ち、女性の主人公桜子は32歳で処女という設定で、物語は二人が一緒のシーンをお互いの視線・心情でそれぞれを紡いでいる。

ある意味、同じ情景でお互いの心情が異なることがとても分かりやすい構成で紡がれている一方、主人公が変わった際の読者自身の心情切り替えは、慣れていないこともあり、ちょっと新鮮な感じすらする。

タイトル的には、ハッピーエンドは間違いないのだが、二人のもどかしい恋の行方に、まさにじりじりする展開で最後まで楽しまさせてもらえた。

人生を重ねれば重ねるほど、トラウマやしがらみは多く、強固になるものだから、若い時に勢いで結婚するというようなことは、振り返ってみるとそれなりに意味のあることなんだなあと思うのは、既に結婚した身の感想であろうが、この小説の主人公二人も様々な出会いと別れの中で、後悔しない生き方とは何かということを周りサポートと自分自身の力で見つけ出す。

それって、大事だよなあと思って、最後は嬉しくなって、読了できました。

2017年10月11日 (水)

【書評】欧米人とはこんなに違った 日本人の「体質」 奥田昌子/著

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【結論】
日本人が長寿なのはイソフラボン(抗がん物質)のおかげ
イソフラボンを多く含む食品は、大豆、豆腐、みそ、納豆などです。

副題は「科学的事実が教える正しいがん・生活習慣病予防」

欧米人と日本人は見るからに違っているから、同じ人間とはいえ、病気のなりやすさも当然違うとはお思っていたが、遺伝子解析の進歩や医療の進歩に伴う環境要因の分析も進み、医学的知見が相当進歩していることが分かった。

欧米人の健康法は日本人には向かなかったり、いや逆効果なものがあるということを科学的に説明いただいて、納得できた。

日本人が長寿なのは、環境要因、特に食事が和食であるということ。
ヨーグルトとか果物とかは欧米人にはプラスかもしれないが、日本人にはそれほど効果がないということにも、歴史的に見ても、納得でしたね。

【ポイント】
欧米人は皮下脂肪はつくが、内臓脂肪はつかない。
日本人でも女性は内臓脂肪がつきにくい。
よって、糖尿病発生率は、男性1に女性は0.55
日本人が糖尿病の発症を抑えるためには、内臓脂肪を減らし、炭水化物をしっかり摂る
こと

カリウム摂取が重要

EPAとDHAが動脈硬化を防ぐ

魚を多く食べる日本人は心臓病の発症率が低い

日本人の年齢別のがん発症率は低い(長寿なのでがん患者が多く見える)

世界がん予防法10項目
1肥満をさける
2よく体を動かす
3カロリーの多い食品、糖分の多い飲料をさける
4植物性の食品を食べる
5肉の摂取をひかえ、加工した肉は食べない
6アルコールをひかえる
7塩分をひかえ、カビのはえた食品は食べない
8サプリメントに頼らない
9できるだけ母乳で育てる
10がんになったことがある人も、以上の助言に従う

日本人のためのがん予防法
1たばこを吸わない
2他人のたばこの煙をできるだけ避ける
3お酒をほどほどに
4バランスのとれた食生活を
5塩辛い食品は控えめに
6野菜や果物は不足にならないように
7適度に運動
8適切な体重維持
9ウイルスや最近の感染予防と治療
10定期的ながん検診を
11身体の異常に気がついたら、すぐに受診を
12正しいがん情報でがんを知ることから

日本人のがんの特徴
・飲酒により、すべてのがんの発症率が上がる
・肝炎ウイルスとヘリコバクター・ピロリ菌感染によるがん発症率が多先進国の2倍

胃酸は肉食の欧米人は強く、日本人は弱い

日本人に胃がんが多いのは遺伝子要因

ピロリ菌感染は日本人の食生活(穀物中心)にとって都合が良かった。(著者の仮説)

日本人男性の胃がんは、6割ピロリ菌、3割喫煙

デスクワーク中心で体をあまり動かさない日本人男性は大腸がんになりやすい

和食は健康に良いが、唯一塩分が高いのが欠点

2017年7月15日 (土)

【書評】今村均 信義を貫いた不敗の名将 葉治 英哉/著

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相当な歴史好きであると自任していて、しかも戦史を特に好む私であるが、私が生まれたときには、まだ存命されていたこの今村均という日本陸軍屈指の名将のことを私は知りませんでした。(実は日本軍の名将は世界最強である海軍に偏っているもので)

恐らく、現代の日本人はほとんどこの名将の事績はもちろんのこと、名前すらほとんど知らないのではないか。

この方が、名将と呼ぶにふさわしいのは、副題にすべてが表されている。

「信義を貫いた不敗の名将」

先の大戦、つまり75年前の中国やアメリカとの戦争の同時期に同じ程度の役割を担って、終戦時に生き残った陸海軍の首脳部の多くが戦犯として、死刑を執行されながら、彼はそうならなかった。

陸軍の将軍としての事績は、中国南寧での激闘やインドネシア攻略、さらにはラバウル方面軍司令官としては、物資が届かない中、10万の将兵で自給自足体制を築いていたことから、その反撃力に恐れをなして(一方、航空機や艦船がなく攻撃力がないので、封鎖だけして)米軍から攻撃を受けないで、終戦まで終えたのである。

当然、これだけ戦争の指揮を執ったわけで、多くの敵、人民に被害を生じさせたわけで、それを強引に戦勝国が裁くという極東軍事裁判でありながら、ジャワ総督時代の仁慈の軍政は、大東亜共栄圏という理想を具現化しただけと本人は謙遜しているのだが、実際にインドネシアを植民地としてのみ、彼らを抑圧させて支配していたオランダ支配の時代より、軍政とはいえ、インドネシア原住民の自主自立、最終的には彼らのオランダからの独立を前提とした軍政は、日本の本国から不満が出て、最終的に左遷気味に前線に飛ばされるのであるから、筋金入りの名将であろう。

戦犯となっても将軍なので東京で収監されていながら、直訴して、彼の部下たちが収容されているインドネシアやオーストラリアに収監されるようにして、現地での裁判を自ら可能な限り戦い抜いて、多くの部下を不当な裁判から救うあたりは、本当に当時の日本軍人なのか?というほどである。

何のために自分が戦っているのか?生きているのか?本当にそれを理解し、最大限の努力された、彼の生き方は、家が貧乏で、陸軍学校にしか行くことができなかった境遇の時代でも、これからも輝き続けるに相応しい事績であると思った。

まさに「信義を貫いた不敗の名将」であった。

忌まわしい時代を歩まざるを得なかった中で、素晴らしい事績を残しながら、現代では無名の扱いとなっている今村均さんであるが、是非とも今後も尊敬すべき日本人として語り継いでいただきたい素晴らしい大先輩であります。

何のために君は職務を遂行しているのか?大先輩に聞かれたときに答えられるような生き様、心に刻みこんで、日々精進しなければと思いました。

2017年7月13日 (木)

【書評】羊と鋼の森 宮下奈都/著

Hituji

知らないというのは、素晴らしいことに出会える最大の要素ということをまたも気付かせてもらえた。
言い換えると、学習能力がないおかげで、自らが陥りがちな勝手な期待感というか予定調和という妄想に縛られることなく、無垢な心で感動させていただいた。

この本がなぜ私の手にあるのか?忘れたころ私の手元に届くので、どういう感じの本だったかすら、予断となるべき情報が完全に欠落している状態で読み始めるのである。

「羊と鋼の森」というタイトルからイメージするのは、ファンタジーの世界のお話と勝手に推測していた。

しかし、その予想は完全に外れていた。

羊とは、ピアノの音を出すハンマーに巻かれている羊の毛のことで、鋼もピアノのパーツで、ピアノのことを指しているのだ。森とは、精霊が住む世界という意味だから、タイトルが意味するのは「ピアノの世界」ということなのだろう。

本著は、ピアノの調律師を主人公とする成長の物語である。

音楽的な素養がない私でも分にピアノとその調律という、私にとってある意味、異次元のお話しながら、素晴らしいピアノの音色は、音楽的素養がない人の心にも染み渡るように届くかのごとく、私の心の中にすうーっと入ってくれたのであった。

ひとえに著者の見事な文体のおかげである。

文体と言えば、本著の中の主人公である新米調律師が尊敬する正解的な調律師が主人公に「どんな音を目指していますか」と質問したことに対して、こう答えていたシーンが印象的でした。

「原民喜がこう言っています」
「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少し甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」
「原民喜が、こんな文体が憧れている、と書いているのですが、しびれました。私の理想とする音をそのまま表してくれていると感じました」

まるで、著者自らが本著を紡ぐために目指している自らの理想を語っているかのようであり、そしてそれが私ごとき、平凡な一読者からすれば、見事に実現されて、こちらにきちんと届いていると思ってしまいました。

読後の清涼感というか、心が丸ごと清められるような感じは、日常でささくれ立つことの多い、自己中で未熟な私をまるで成長させてくれたかのような、何か優しい気持ちで満ち溢れて、大らかで心安らかな気持ちにまで昇華させていただきました。

一読をお奨めする素晴らしくて凄い小説でございました。

【内容紹介】
史上初! 堂々の三冠受賞!
・2016年 本屋大賞
・2016年 キノベス! 第1位
・2015年 ブランチブックアワード大賞

ゆるされている。世界と調和している。
それがどんなに素晴らしいことか。
言葉で伝えきれないなら、音で表せるようになればいい。

「才能があるから生きていくんじゃない。そんなもの、あったって、なくたって、生きていくんだ。あるのかないのかわからない、そんなものにふりまわされるのはごめんだ。もっと確かなものを、この手で探り当てていくしかない。(本文より)」

ピアノの調律に魅せられた一人の青年。
彼が調律師として、人として成長する姿を温かく静謐な筆致で綴った、祝福に満ちた長編小説。

【あらすじ】
ゆるされている。世界と調和している。それがどんなに素晴らしいことか。言葉で伝えきれないなら、音で表せるようになればいい。ピアノの調律に魅せられた一人の青年。彼が調律師として、人として成長する姿を温かく静謐な筆致で綴った、祝福に満ちた長編小説。

【書評】ジョコビッチの生まれ変わる食事 ノバク・ジョコビッチ/著 タカ大丸/訳

Jyoko

グルテンフリーのお話の本であるが、特筆すべきは、グルテンフリーを自らが実践し、世界一のテニスプレーヤーとなっている現役トッププレーヤー本人であるジョコビッチが書いているというところであろう。

その確かな実績を残している本人から「あなたの人生を激変させる14日間プログラム」と提示されるのだから、その衝撃度は大きい。

グルテンとは小麦などの麦に含まれるたんぱく質のことで、これこそがモチモチとした美味しさの源泉であり、世界中の人々が好んでいる物質なのだが、現代社会においては、アレルギー源の一つ?(不耐性物質の方が正確だと思うが)となっているらしい。

アレルギーの要因は、恐らく2つあって、一つはアレルギー物質の長期間の大量摂取、もう一つは、自己免疫の暴走であろう。

かくいう私も乳糖不耐性であり、2013年のスパルタスロン出走に向けて、人生最高レベルのトレーニングを半年くらいしたのだが、たんぱく質摂取のため、牛乳をぐいぐい飲んでいたのだが、どうにもお腹の調子が悪いのが続いていて、いろいろ調べて、思い当たったのが、乳糖不耐性であった。(不耐性とはアレルギーとは違って、体質的に体内に取り込むことができないということ。アルコールの下戸も同じであろう。)

アルコール不耐性の場合、アセトアルデヒドという体内に有害物質が滞留するため、問題となるが、乳糖不耐性では、乳糖が分解処理できず、腸内に溜るため、お腹が緩んでしまうのであり、致命的でないが、体調万全にならない以上、自己最高パフォーマンスを求める人には問題であろう。

乳糖不耐性については、日本には、アカディ牛乳があって、私も愛飲しており、牛乳問題は無事解決できたが、ときどきお腹が緩くなるところから、まだなにか不耐性な物質があるのかもしれない。

その有力候補は、グルテンの可能性は高いと思っているので、興味深く読んだのであるが、グルテンフリーは庶民にとってはかなり難しい試みだと思った。

グルテンは小麦粉はもちろん、ライ麦や大麦などに含まれており、それらを使っている食品があまりに多様すぎるからだ。

パン、パスタ、うどん、ピザ、お菓子としても、ケーキ、クッキー、クラッカー、さらにはビールまでもである。

ジョコビッチは、まずはグルテンフリーをやってみろというし、訳者は日本食は小麦粉を使っていないものが多いから日本人向きだと言うが、私の場合、もっともパフォーマンスを出したいときに、グルテンフリーができないので、やはり遣り甲斐がないので諦めることにする。

ジョコビッチはテニスの試合に、自分で自身の食事をコントロールできるが、長い距離を走るウルトラマラソンやトレイルランニングでは、プロであれば個人のサポートを受けられるかもしれないが、私のような一般レベルのランナーは主催者が用意するジェネラルサービスでしか補給ができなくて、こそには普通にパンやパスタなどグルテンの食品だらけなのが一般的である。

フルマラソンを超える距離では、レース中のカロリー摂取は必須であり、自分で持ち運べばよいのかもしれないが、重量が嵩張って、250キロとか40時間以上持って走らなければならない超超距離レースでは、自分で持ち運ぶのは、むしろ完走を阻害する要因となるので、正直得策ではない。

結局、グルテンフリーを実行すればするほど、スギ花粉症でもご存じのように、過敏症となって、アレルギー体質は強化されるので、結局、バランスの良い食事を心がけるのがレースではグルテンフリーを実行できない私にとっては、最も合理的な対処だと思いました。

一方、本著において、これは役立ったと思ったのは、第7章の「誰でもできる簡単フィットネスプラン」だ。

ここに書かれているストレッチとフォームローリングというマッサージは、一般人でも実行可能な話であり、非常に役立った。

2017年6月 8日 (木)

【書評】幸せになる勇気 岸見一郎・古賀史健/著

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それにしても、タイトルは実に魅力的である。

誰もが目指すであろう「幸せ」を自ら手に入れられることを予感させる、見事なタイトルの本である。

副題は「自己啓発の源流「アドラー」の教えⅡ」

本著のあらすじというか構成は、3年前に哲人からアドラー心理学の教えを受け、それを現実の世界、教師として生徒に対して実践を試みたが、うまくいかなかった青年が、アドラー心理学の欺瞞を暴こうと哲人に対して問答形式でアドラー心理学とはないかを表している本である。
アラフィフになってもこのような熱量の高い、いわゆる自己啓発本を読んで、その感想を書こうというのであるが、まずは本著からの印象深い文章を、抜き出してみたい。とにかく大量に抜きだすこととなったのである、お許しいただきたい(笑)

まずは本書の位置づけを簡単に表している「あとがき」の一節から

【あとがき】
前作「嫌われる勇気」はアドラー心理学の存在を知り、アドラーの思想を概観するための、いわば「地図」のような一冊でした。
他方、本書「幸せになる勇気」は、アドラーの思想を実践し、幸福となる生を歩んでいくための「コンパス」となる一冊です。
前作で提示した目標に向かって、どのように進んでいけばいいのかを示す、行動指針と言い換えてもいいでしょう。

次に本著の印象的な単語とその説明文の形式で抜きだしてみます。

●課題の分離
 人生のあらゆる物事について「これは誰の課題なのか?」という観点から、「自分の課題」と「他者の課題」を切り分けて考える。
 その課題が誰の課題であるのか見分ける方法は「その選択によってもたらされる結末を、最終的に引き受けるのは誰なのか?」

教育とは「介入」ではなく、自立に向けた「援助」

●尊敬
●共同体感覚

尊敬の第一歩は、「他者の関心事」に関心を寄せる

●過去は存在しない

人間は誰もが「わたし」という物語の編纂者であり、その過去は「いまのわたし」の正当性を証明すべく、自由自在に書き換えられていくのです。
人間の記憶は、いまの「目的」に反する出来事は消去するのです。

●カウンセリングの三角柱
「悪いあの人」「かわいそうなわたし」「これからどうするか」

●人間の問題行動の5段階
1 称賛の要求
2 注目喚起
3 権力争い
4 復讐
5 無能の証明

第1段階 称賛の要求
 目的はあくまでも「ほめてもらうこと」であり、さらに言えば「共同体のなかで特権的な地位を得ること」
 「いいこと」をしているのではなく、ただ「ほめられること」をしているだけ
 「ほめるてくれる人がいなければ、適切な行動をしない」のだし、「罰を与える人がいなければ、不適切な行動もとる」というライフスタイル(世界観)を身に付けていくのです。

第2段階 注目喚起
 称賛されないなどの場合、人は「ほめられなくてもいいから、とにかく目立ってやろう」と考える。
 多くは「いたずら」によって、注目を得ようとするだろうし、ときには「できない子」として振る舞うことで注目を集め、特別な地位を得ようとするわけである。

第3段階 権力争い
 誰にも従わず、挑発を繰り返し、戦いを挑む。その戦いに勝利することで、自らの力を誇示し、特権的な地位を得ようとする。
 その戦いは、「反抗」であったり、「不従順」である。
 対処方法は彼らの挑発に乗らず、すぐさま彼らの権力争いのコートから退場する。

4 復讐
 権力争いに敗北した人は、次はかけがえのない「わたし」を認めてくれなかった人、愛してくれなかった人に、愛の復讐をする。
 「称賛の要求」「注目喚起」「権力争い」はすべて「もっと私を尊重してほしい」という愛を乞う気持ちの表れである。
 そうした愛の希求がかなわないと知った瞬間、人は一転して「憎しみ」を求めるようになる。
 私を愛してくれないのなら、いっそ憎んでくれ。憎悪という感情の中で、わたしに注目してくれと考えるようになる。
 「権力争い」では正面から正々堂々と戦いを挑んでくるが、「復讐」では、ひたすら「相手が嫌がること」を繰り返す。
 ストーカー行為は、典型的な復讐である。また、自傷行為や引きこもりも復讐の一環である。

5 無能の証明
 「特別な存在」として、愛されることはもちろん、憎むこともしてもらえないと、「これ以上私に期待しないでくれ」と思い、「無能の証明」につながる。
 これ以上の絶望を経験しないため、「自分はこれだけ無能なのだから、課題を与えないでくれ。自分にはそれを解決する能力がないのだ」と表明するようになる。
 あからさまな愚者を演じ、なにごとにも無気力になるなど、自分がいかに無能であるか、ありとあらゆる手を使って「証明」しようとする。
 愚者を演じるうちに何らかの精神疾患を疑われることもあるほど、自らにブレーキを掛ける。

●所属感
 人間の抱える最も根源的な欲求。つまり孤立したくない。「ここにいてもいいんだ」と実感したい。
 問題行動のすべては、「共同体のなかに特別な地位を確保すること」という目的に根ざしている。

 問題行動は、叱られることを含んだ上での行動であり、叱責されることは彼らの望むところです。

●暴力
 暴力とは、どこまでもコストの低い、安直なコミュニケーション手段である。
 暴力とまでいかなくとも、声を荒げたり、机を叩いたり、また涙を流すなどして、相手を威圧し、自分の主張を押し通そうとする行為もコストの低い「暴力的」なコミュニケーションである。 

われわれは「他者の指示」を仰いで生きていたほうが、楽なのです。

●貢献感
 幸福の本質は「貢献感」

●承認欲求
 ほめられることでしか幸せを実感できない人は、人生の最期の瞬間まで「もっとほめられること」を求めます。
 その人は「依存」の地位に置かれたまま、永遠に求め続ける生を、永遠に満たされることのない生を送ることになる。
 他者からの承認を求めるのではなく、自らの意思で、自らを承認するしかない。
 そのためには「人と違うこと」に価値を置くのではなく、「わたしであること」に価値を置くのである。
 「人と違うこと」ばかり際立たせようとするのは、他者を欺き、自分に嘘をつく生き方に他ならない。

●人生のタスク
1 仕事 2 交友 3 愛

●苦悩
 すべての悩みは、対人関係の悩みである。またすべての喜びもまた、対人関係の喜びである。

●信用と信頼の違い
 信用とは、相手のことを条件つきで信じること
 信頼とは、他者を信じるにあたって、いっさいの条件をつけないこと
 「その人を信じる」自分を信じる、つまり自己信頼あっての他者信頼である。

 仕事の関係とは「信用」の関係であり、交友の関係とは「信頼」の関係である。

 利己心を追求した先に、「他者貢献」がある。

●われわれ人間は、わかり合えない存在だからこそ、信じるしかない。

●人間はひとりでは生きていけない
 人間はただ群れをつくったのではなく、「分業」という画期的な働き方を手に入れた。
 他者と「分業」するためには、その人のことを信じなければならない。疑っている相手とは、協力することができない。

●正義に酔いしれた人は、自分以外の価値観を認めることができず、果てには「正義の介入」へと踏み出します。

●汝の隣人を、汝みずからの如くに愛せよ
 自分を愛することができなければ、他者を愛することもできない。自分を信じることができなければ、他者を信じることもできない。
 自己中心的な人は「自分のことが好き」だから、自分ばかり見ているのではありません。実相はまったく逆で、ありのままの自分を受け入れることができず、絶え間なき不安にさらされているからこそ、自分にしか関心が向かないのです。

●まずは自分自身が争いから解放されなければならない。自分を棚に上げて全体の話をするのではなく、全体の一部である自分が、最初の一歩を踏み出すのである。先の結果を憂うのではなく、あなたができることは、いちばん身近な人々に信頼を寄せること、それだけです。

●落ちる愛は「所有欲」や「征服欲」となんら変わらない。恋に落ちるのは、本質的に物欲と同じである。

●愛とは「ふたりで成し遂げる課題」である。

●愛の正体
 不可分なる「わたしたちの幸せ」を築きあ上げること
 人生のすべての選択において、「わたし」の幸せを優先させず、「あなた」の幸せだけに満足しない。「わたしたち」の二人が幸せでなければ意味がない。「ふたりで成し遂げる課題」とは、そういうものである。

●人生の主語
 われわれは生まれてからずっと、「わたし」の目で世界を眺め、「わたし」の耳で音を聞き、「わたし」の幸せを求めて人生を歩みます。
 しかし、ほんとうの愛を知ったとき、「わたし」だった主語は、「わたしたち」の変わります。
 幸福を手にれるために、「わたし」は消えてなくなるべきなのです。

●自立
 すべての人間は、過剰なほどの「自己中心性」から出発する。そうでなくては生きていけない。
 しかしながら、いつまでも「世界の中心」に君臨することはできない。世界と和解し、自分は世界の一部なのだと了解しなければならない。
 つまり、自立とは「自己中心性からの脱却」なのである。

●愛、自立、共同体感覚
 人間は変わることができる。愛は「わたし」だった人生の主語を、「わたしたち」に変える。
 われわれは愛によって「わたし」から解放され、自立を果たし、ほんとうの意味での世界を受け入れるのである。
 たったふたりからはじまった「わたしたち」は、やがて共同体全体に、そして人類全体にまで、その範囲を広げていくのである。それが共同体感覚である。

●愛されるためのライフスタイル
 われわれはみな、命の直結した生存戦略として、「愛されるライフスタイル」を選択する。
 それは、いかにすれば他者からの注目を集め、いかにすれば「世界の中心」に立てるかを模索する、どこまでも自己中心的なライフスタイルなのです。
 あなた自身が採用しているライフスタイルも子供時代の生存戦略に根ざした「いかにすれば愛されるか」が基準となっているのではないか?
 あなたが隠し持つ子供時代のライフスタイルを直視し、刷新しなければならない。愛してくれる誰かが現れるのを待っていてはいけません。
 

誰かを愛するということは、たんなる激しい感情ではない。それは決意であり、決断であり、約束である。

運命とは自らの手で作り上げるもの

運命の主人

われわれは他者を愛することによってのみ、自己中心性から解放されます。他者を愛することによってのみ、自立を成しえます。そして他者を愛することによってのみ、共同体感覚にたどりつくのです。

「愛し、自立し、人生を選べ」

われわれはアドラーの思想を大切にするからこそ、それを更新していかなければならない。
原理主義者になってはならない。これはあたらしい時代に生きる人間に託された使命なのです。

われわれに与えられた時間は有限である以上、すべての対人関係は「別れ」を前提に成り立っています。
現実としてわれわれは、別れるために出会うのです。
だとすれば、われわれにできることはひとつでしょう。
すべての出会いとすべての対人関係において、ただひたすら「最良の別れ」に向けた不断の努力を傾ける。
それだけです。

【感想】
アドラー心理学なるものを私は知らなかった。
ベストセラーとなった前作もタイトルは知っていたが、読んでいなかったのに、その続編を読むのだから、我ながら、大したものだ。(笑)

本著は、ノンフィクションかと思うような哲学問答でアドラー心理学のエッセンスがあたかも解説されるがごとく進むため、実に理解がしやすい形となっている。

その結果、本書を読んだ私の印象は、「アドラー心理学、恐るべし」である。

アドラー心理学の理論は、とにかく論理的であるとともに、哲学と呼びにふさわしい、珠玉の名言というにふさわしい文章が、上のように、無数にちりばめられているのである。

特に問題行動の5段階理論は、私の経験上、完璧な理論だと思いましたよ。

もし私が若ければ、アドラー心理学にまさに心酔したところであろう。

しかし、残念ながら50も過ぎている私は、この熱量の高い啓発本といえども、なかなか、それだけでほだされることは無いのだ。(笑)

宗教的ともいえるような清廉潔白な愛の理論や深い思索から導き出された人間の善性に訴えかけるような考察と問答に圧倒されるのであるが、競争原理を否定している部分がどうしても気に入らないのである。

人間はいかに崇高な存在であるとはいえ、所詮は生物であり、ゆえに生存競争を忌避することはできないであろう。人間独自の分業社会は競争社会でなく共同社会でるとの論理には一理あるとは思うが、生存競争の際たる生殖活動については、共同だの分業だのが入り込む余地のない、異性にとって一番の存在となるという、まさに競争に勝ち抜く以外に、生殖を営むことはできないわけで、これはアドラー主義者といえども異論がないはずである。

そのあたりは、遺伝子やバイオテクノロジーといった今は誰でも知っている科学的知識が欠如していた時代の学者さんによる限界だったのかもしれません。

しかしながら、珠玉の名言に溢れている本著は、人生の指針として、読むに値する十分な内容のある名著でありますので、最終的には絶対的にお勧めいたします。m(__)m

2017年3月14日 (火)

【書評】結果が出せる「心拍トレーニング」 中野ジェームズ修一/著

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サブタイトル「簡単!ムダなし! 身体を変えるメソッド集」

ランニング歴は10年、そこそこの数の大会に出場してはいるし、ランニングの師匠もいて、月間走行距離が700kmを超えたこともあるが、誰かに教えてもらったことはない。

特に困っていなかったので、ここまでやってきたのだが、寄る年波には勝てないというか、体に痛みが出るようになってきたところで、中野ジェームズ修一さんという名トレーナーさんがいるという情報を得た。

そこで、本著作を読んだという訳である。

本著には、いろいろなことが書かれているが、何でも知っていないと気が済まなくて、しかもそれが自分の理屈に合うまで、とことん調べる性質なので、実のところ本著の理論的な部分はほとんど知識としては知っていた。

が、新しい知見というか、知ってたけどやっていなかったことが、いくつもあったので備忘録的にメモしたい。

●運動前はストレッチより、ウォームアップ
  筋肉が冷えた状態でのストレッチは筋繊維を傷める。
  運動前にはストレッチでなくウォームアップ

●脳の疲労回復には、軽い運動
  だから仕事の後の帰宅ランすると頭がすっきりするのか。

●食事で十分なたんぱく質が摂れればプロテインは必要ない
  実行済み

●トレッドミルで走るときには傾斜を付ける
  トレッドミルが平らな状態は、屋外のゆるやかな下り坂に相当
  1.5%から2%の傾斜で、やっと屋外の平坦な道に相当 → これは次から実行しよう

●可動域を確保しつつ筋力を向上させること
  マシントレーニングで筋肉の断面積を増やすことに集中し過ぎると、関節の可動域が狭くなる。

●腹横筋を鍛えて内臓の揺れを抑える
  腹筋運動では腹直筋が鍛えられるだけなので、プランクで腹横筋を鍛えること

●こまめにストレッチ
  長時間のデスクワークには動的ストレッチ(首や肩を回す、腰をひねる等)で血流促進

【感想】
 名著「BORN TO RUN」のストレッチ不要を心の拠り所に、ストレッチをしないで、これまでランニング人生を続けてきたが、もはや身体が持たなくなってきた。
 なので、主治医や本著などの助言に素直に従うことにする。
 実際、ストレッチの効果は、出てきている。
 あと5年は、今の体力を維持し、故障しないで、走って、走って、走りまくりたいから(笑)

2017年3月 8日 (水)

【書評】ローマ法王に米を食べさせた男 高野誠鮮/著

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副題は「過疎の村を救ったスーパー公務員は何をしたか?」

著者は、羽咋市役所の職員、つまり地方公務員である。
羽咋は石川県にあって、能登半島の付け根にある地方都市である。
石川県は妻の故郷であり、何度も通過したことがある場所であるのだが、ローマ法王が食べた米があるとは知らなかった。

いやいや、話がそれたが、この著者の方がすごいと思ったのは、スーパー公務員と言われ始めたのが、50歳を過ぎてからであるということ。

どうやら地方の市役所では目立ち過ぎていたのか、出る杭は打たれる状態であり、左遷気味に48歳で農林水産課に飛ばされたところからこの話は始まる。

とにかくこの方の発想は、ユニークを通り越して、型破りなのである。

普通なら予算は1円でも多い方が良いのに、たった60万円の予算で過疎の村を再生するプロジェクトを立ち上げたり、そしてその低予算でのプロジェクト立ち上げの代わりに市長に談判して市役所内では会議を開くことなく、自分だけで意思決定できるようにしたりと、おおよそ市役所らしくない、民主的なプロセスを無視した、それゆえに強引に物事が進められる仕組みを手に入れ、そこから自身の大胆な発想を次々と実行し、その中に本著のタイトルとなったローマ法王に米を献上するとか、ありとあらゆる公務員の仕事とは思えない斬新なアプローチで最終的に過疎の村の再生を成し遂げているのである。

しかも、そんな型破りな手法だけでなく、執念深いともいえるほどの粘り強さもあるのもこの方のすごいところだ。

例えば、反対派で凝り固まった農村の意識を変えるため、反対意見しか出ないのに、毎週のように村人を集めては集会を開いて、こんこんと話を聞き、丁寧に説明を行い、それで徐々に皆を納得させたとか、ありとあらゆる海外メディアに扱ってもらえるかどうかも分からないような地方のニュースを伝えまくって、海外からの取材で国内のマスメディアにニュースで扱ってもらえるようにしたりとか、その発想の自由さ、いや奇想天外さとそれをやり続けるパワフルさは、他に例をみないといってよいだろう。

もうアラフィフだからと、最近はすっかり消極的・保身的な私なんぞ、恥ずかしくて、本著の書評など書ける立場ではないのであるが、素直に感動したし、パワーをもらえた気がしたので、恥を顧みず、記事掲載した次第である。

とにかく、今度、金沢帰省したら、羽咋の神子原地区に寄ってみようっと。(ローマ法王が食べたお米、まだ買えるかな?)

2017年3月 2日 (木)

【電子書籍】 恥をかいてもやめられない59才ひとり旅

恥をかいてもやめられない59才ひとり旅
9年前にトルコ旅行のツアーでご一緒して、とても優しく接していただき、そして飲まない私が、毎晩一緒に宴会していた「にしき」さんから、8年半ぶりにメールが来ていた。
宣伝がてらご紹介します。

お友達様 各位

電子書籍出版のご案内
久しくご無沙汰しています。
以前に世界遺産を訪ねた旅行で、現地で写真を取りながらメモを残し、帰国後自宅にて、毎朝メモや写真で旅を思い出しました。そして現地で購入した、小額な日本語ガイドブックを資料にして、旅日記を書き綴りました。
それらは別々に、10冊程度の旅日記として、残していました。
ですがこの4年間は、雑用が重なり多忙で、世界遺産への旅は出来ない状態でした。
いま、小生はこの5月に74歳になるところですが、再び世界遺産への旅は忘れずに、また旅によって、新しい友達が出来ることも楽しみです。
そんな折、地元佐野商工会議所の電子出版のセミナーがありました。興味本位に参加したところ、自己満足の世界の延長に過ぎないのですが、せっかくの旅日記や写真を整理して、公に出してみようと決断し、年甲斐もなく電子出版塾で、勉強することになりました。
不慣れな、パソコン通信操作でしたが月1回、4ヶ月間の4回のセミナーでした。
そしてやっと、2月28日に完成し無事に、Amazon Kindle (電子出版) にデーターアップすることができました。発行は3月3日で、今日から予約も出来ます。

書籍名は
「恥をかいてもやめられない59才ひとり旅」世界遺産アメリカ編 です。
著者名 にしき 発行単価 299円

ご興味がおありでしたら、ぜひご笑読してみてください。
ご存知かと思いますが、これは紙の本ではありません。持ち運びの出来るタブレット、スマートホン、パソコンでの映像読書です。

1、Amazon でのネット販売のカード決済環境が必要です。
2、インターネット画面で、Amazon Kindle (電子出版) を検索します。
3、書籍名欄に 恥をかいてもやめられない59才ひとり旅 を打込みます。
4、1−Click で今すぐ購入をタップしますと購入できます。

出来れば予約または、発売日3月3日の購入部数が多ければ、掲載が上位になりますので、宜しくお願い致します。

URL: Amazonネット販売サイト

【ひと言】
 もしご興味があるようでしたら、ぜひともご購入下さい。とても心優しくて、しかも愉快なおじさんでしたから、面白い本になっていると思いますのでよろしくお願いいたします。
 それからトルコ旅行のときの出してくれないかな、毎晩飲んでた写真で写ってそうだし(笑)

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