映画・テレビ

2018年1月 7日 (日)

ランニングは最高の若返り方法だって(NHKスペシャル人体)

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NHKスペシャル 人体

第 3 集“骨”が出す!最高の若返り物質

2018年1月7日(日) 21時15分 ~22時05分(49分)
再放送1月10日(水)0時10分~1時00分
脳や体をいつまでも若々しく保ってくれる“秘密のメッセージ”が、なんとあなたの体を支える「骨」から全身に送られていた!カルシウムのかたまりに思える骨に秘められた、不思議なパワーを解き明かす。(以上NHK公式サイトからの引用)
【ひと言】
いつもの日曜の夜のようにバラエティ番組「イッテQ」を見ていたのですが、その特番も終わりチャンネルを変えるとやっていたのがNHKスペシャルでした。

そしたら、ランニングは骨を強化するのに最高のスポーツみたいな話が始まっていて、骨は若さを維持するという機能を持っているという結論が実験で証明されていたのに驚いた。

骨に衝撃を与えることで、骨が強化されるからで、自転車ではほぼ座っているのと同じだから骨が強化されないと解説されていた。

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骨が衝撃を受けると骨を強化するべく、ある物質が出てくるのだが、それが出てこなくなると、上に書いてあるように、記憶力、免疫力、筋力が低下する。

つまり、老化するということらしい。

走ることで骨に衝撃を与え続けるランナーは、膝への負担が少ない、つまり骨の衝撃が少ないサイクリスト(自転車乗り)より3分の1も骨粗鬆傾向にならないらしい。

そんなこと、これまで自分もそうだし、誰も知らなかったよな。

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骨が健康な状態である限り、体の臓器の若さは保たれますだって

そんな万能なんですか?骨って

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そして、最終結論は

骨は若さをつかさどる

足裏が痛いけど、ランニング止められないな。(笑)

それよりも、歳とって、最悪寝た切りとかになると、骨はボロボロで、老化も進むということなのだろうか・・・。

いつまでも元気で動き続けられることが、やはり重要ということなんだろうな。

終盤からしか見てないので、再放送しっかり見ないとね。

2017年12月29日 (金)

【映画】彼女が目覚めるその日まで(アメリカ)

愛とは信じることなんだと改めて思いました。そして、本作品が事実に基づくと言われると、より感動してしまうのでした。

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ある日突然、感情がコントロールできなくなる原因不明の病に侵された若き新聞記者が、両親と恋人の支えによって人生を取り戻していくさまを描く、クロエ・グレース・モレッツ主演の人間ドラマ。2009年に抗NMDA受容体脳炎に侵されたニューヨーク・ポスト紙の記者スザンナ・キャラハンが自らの闘病をつづったノンフィクションが原作となっている。

【ストーリー】
ニューヨーク・ポスト紙に勤める21歳の若手記者スザンナ・キャハラン(クロエ・グレース・モレッツ)は、いつか一面を飾るとの夢を掲げ仕事に励んでいる。プライベート面でもミュージシャンの恋人スティーヴン(トーマス・マン)との交際を始め、公私ともに順調だった。しかし物忘れがひどくなり、大切な取材で大失態を犯す始末。さらに幻覚や幻聴に悩まされるため不眠に陥り、全身が痙攣する激しい発作を起こすまでに。それでも検査で異常は見つからず、日に日に混乱し会話もできなくなったスザンナを精神病院へ転院させるよう勧める医師たち。スザンナの瞳の奥の叫びを感じていた両親とスティーヴンは決して諦めずに彼女を支える。

【作品データ】
原題 BRAIN ON FIRE
製作年 2016年
製作国 カナダ=アイルランド
配給 KADOKAWA
上映時間 89分
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【スタッフ】
監督 ジェラルド・バレット 
製作 AJ・ディクス 、 ベス・コノ、シャーリーズ・セロン、リンジ ー・マカダム、ロブ・メリリース 
製作総指揮 リサ・ウォロフスキー、ダニエル・ハモンド 
アソシエイト・プロデューサー トッド・ジルー、ジェイソン・トビアス 
原作 スザンナ・キャハラン 
脚本 ジェラルド・バレット 
衣装デザイナー ファルナズ・カーキ=サディグ 
音楽 ジョン・パエザーノ 
編集 JC・ボンド 
キャスティング モーリーン・ウェブ、コリーン・ボルトン 
プロダクションデザイナー ロス・デンプスター 
共同プロデューサー ジェラルド・バレット、スザンナ・キャハラン 
撮影監督 ヤーロン・オーバック 

【キャスト」
スザンナ・キャハラン クロエ・グレース・モレッツ 
スティーヴン・グリウォルスキ トーマス・マン 
トム・キャハラン リチャード・アーミティッジ 
ローナ・ナック キャリー=アン・モス 
マーゴ ジェニー・スレイト 
リチャード タイラー・ペリー 
アレン アレックス・ザハラ 
ジゼル ジェン・マクレーン=アンガス 
上院議員 ケン・トレンブレット 
ナジャー医師 ナヴィド・ネガーバン 
ライアン医師 ロバート・モロニー 
カーン医師 アガム・ダーシ 
シスキン医師 ジャネット・キダー 
サムソン医師 ヴィンセント・ゲイル 

【ひと言】
2007年、つまりは21世紀になってようやく急性脳炎の一つと位置付けられ、正式に「抗NMDA受容体脳炎」という名前が与えられるまで、精神の病や悪魔憑きと誤判定され、正しい治療を受けることすら難しかったという難病があることを当然、私のような素人は知らなかった。
日本でも推定で年間1000人ほど発症しているのではないかと言われているが、推定となっていることから想像すると恐らくは精神疾患と診断されているのであろう。

そういう事実を認識できたということだけでも本作品を見た甲斐があると言えるが、本作品に溢れる家族愛と諦めない心がとてつもなく篤く感動的なのである。

医者の言うことを信じない、娘のために、真実を求め続けることで、医師の気持ちすら動かし、最終的に病気の原因を突き止める。

理性的、合理的であろうとする生き方を理想としている私だと、困難を突破する力が足りないような気がしてしまいました。

家族を信じること、大事ですね。

【ネタバレ】
 21歳のスザンナ・キャハラン(クロエ・グレース・モレッツ)の毎日は、希望と喜びに満ちていた。憧れのニューヨーク・ポスト紙で、まだ駆け出しだが記者として働き、いつか第1面を飾る記事を書くと燃えている。プライベートでも、プロのミュージシャンを目指すスティーヴン(トーマス・マン)と付き合い始め、会うたびに互いの想いが深まっていた。
 そんな中、父(リチャード・アーミティッジ)と母(キャリー=アン・モス)が、バースデイ・パーティを開いてくれる。二人は離婚していたが、娘のスザンナを通して良好な関係を築いていた。それぞれのパートナーとスティーヴンに囲まれて、ケーキのキャンドルを吹き消そうとした時、スザンナは初めて体調の異変を感じる。皆の声が遠のき、めまいを覚えたのだ。
 デスクのリチャード(タイラー・ペリー)から、スキャンダルを抱えた上院議員のインタビューという大きな記事を任されるスザンナ。彼女の才能を認める先輩記者のマーゴ(ジェニー・スレイト)からの後押しもあっての大抜擢だ。
 ところが、スザンナの体調は、日に日に悪化していく。視界が揺れ、会話も聞き取れず、夜も眠れなくなり、締め切りを破るだけでなく綴りや文法までミスしてしまう。やがて手足が麻痺するようになり、病院で診察を受けるが、検査結果はすべて異常なしだった。
 遂にスザンナは、取り返しのつかない失敗を犯す。上院議員のインタビューの席で、スキャンダルに引っ掛けた下品なジョークで彼を侮辱したのだ。リチャードから激しく叱責されるが、なぜそんな言葉が口から出たのか、スザンナ自身にも分からなかった。
 今度は突然、激しい痙攣の発作を起こすようになるスザンナ。両親に付き添われて精密検査を受けるが、やはり異常はない。そうこうするうちに、劇的な幸福感に包まれてはしゃいだかと思うと、その直後には深い絶望感と被害妄想が沸き起こって周囲の人々を罵倒するようになり、会社の上司はもちろん、両親さえも手に負えなくなってしまう。
 何度検査を受けても、医師たちは「異常なし」と繰り返し、精神の病だと決めつける。必ず原因を究明すると決意した両親と、「絶対に治るから、一緒に頑張ろう」と誓ったスティーヴンが支え続けるが、次第にスザンナは手足が動かなくなり、全身が硬直し、口さえきけなくなってしまう。
 あと3日間の観察で変化がなければ、精神科へ転院させると宣告する医師たち。期限が迫るなか、一人の医師がスティーヴンの“医者は治すのが仕事だろ”という言葉に突き動かされ、病院外の医師に熱意をもって支援を仰いだ。
 その医師の名前はナジャー医師。丁寧な診察を行いながらも、なかなか原因を突きとめられない中、時計の絵を描かせて、右脳が炎症を起こしていることを確信し、脳の生理検査を受けさせて、「抗NMDA受容体脳炎」であることが確定した。
 治療がはじまり、スザンナは完治し、歩くリハビリをし、職場にも復帰し、デスクから前よりいい記事だと褒められ、同僚からも温かく迎えられて映画はエンドロールを迎える。
 エンドロールでは、本物のスザンナとスティーブンの結婚式の写真やナジャー医師とのツーショットが表示され、本当の話であったことを感じさせつつ映画は終わった。

2017年12月17日 (日)

【映画】スター・ウォーズ/最後のジェダイ(エピソード8)

レイア姫がレジスタンスのシンボルになっていたのに、レイア役のキャリーフィッシャーはお亡くなりになって、次の最終回はどうするんだろうか?それが本作品を見ての多いなる疑問です。

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エピソード6『ジェダイの帰還』の30年後の世界を描いた『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の続編。最後のジェダイ、ルーク・スカイウォーカーを巡り、帝国軍の残党、ファースト・オーダーと、彼らに立ち向かうレジスタンスたちとの戦いが繰り広げられる。『LOOPER ルーパー』のライアン・ジョンソンが監督を務める。

【ストーリー】
伝説のジェダイ、ルーク・スカイウォーカー(マーク・ハミル)をついに探し出し、ライトセーバーを差し出したレイ(デイジー・リドリー)は、驚くべき真実を知ることになる。なぜ、ハン・ソロとレジスタンスを率いるレイア(キャリー・フィッシャー)の息子カイロ・レン(アダム・ドライバー)が、ダース・ベイダーを受け継ごうとするのか? そして、レイアやストームトルーパーの脱走兵フィン(ジョン・ボイエガ)、パイロットのポー(オスカー・アイザック)、ドロイドのBB-8らレジスタンスたちの新たなるミッションとは?

【作品データ】
原題 STAR WARS: THE LAST JEDI
製作年 2017年
製作国 アメリカ
配給 ディズニー
上映時間 152分
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【スタッフ】
監督 ライアン・ジョンソン 
製作 キャスリーン・ケネディ 、 ラム・バーグマン 
製作総指揮 J・J・エイブラムス 、 ジェイソン・マクガトリン 、 トム・カーノウスキー 
脚本 ライアン・ジョンソン 
衣装 マイケル・カプラン 
音楽 ジョン・ウィリアムズ 
編集 ボブ・ダクセイ 
プロダクション・デザイン リック・ハインリクス 
撮影監督 スティーヴ・イェドリン 

【キャスト】
レイ デイジー・リドリー 
フィン ジョン・ボイエガ 
カイロ・レン アダム・ドライバー 
ポー・ダメロン オスカー・アイザック 
ルーク・スカイウォーカー マーク・ハミル 
レイア・オーガナ キャリー・フィッシャー 
C3PO アンソニー・ダニエルズ 
チューバッカ ピーター・メイヒュー 
ハックス将軍 ドーナル・グリーソン 
スノーク アンディ・サーキス 
キャプテン・ファズマ グウェンドリン・クリスティ 
マズ・カナタ ルピタ・ニョンゴ 
       ベニチオ・デル・トロ 
ローズ ケリー・マリー・トラン 
Vice Admiral Amilyn Holdo ローラ・ダーン 

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本作品で人間以外の目立ったキャラ二人です。(笑)


【感想】
本作品でルークが隠遁生活しているあの島は、世界遺産のスケリッグ・マイケル島。誰もが簡単には行けそうにない圧倒されるような自然景観あるいは歴史的建造物が好きな私にとって、その両方を兼ね備えているスケリッグ・マイケル島はいつかは旅したい場所の一つであったのだが、本作品ですっかり有名となって、観光客が押し寄せることが明らかとなったことが何より悲しい(笑)

それから、ファーストオーダーの基地破壊兵器搭載している巨大宇宙戦艦の名前にぶっ飛んだ。「ドレッドノート」。今から100年以上前にイギリスで建造された当時最強の巨大戦艦の名前だ。歴史好きの私はその名前を聞いた時、スターウォーズの画像を見ながら、思いは過去の歴史の世界に誘われてしまった。(笑)
(ドレッドノートが建造された後、世界は戦艦建造の競争をはじめ、やがて軍縮に向かい、新しい戦闘力のある戦艦を作るのを止めた。しかし、日本が軍縮条約の失効を待って、ドレッドノートを遥かに超える戦艦、超超ド級戦艦(戦艦大和とか)を作り始めて、世界は再び軍拡競争に走ったんだよなあ。そんなことを考えながらスターウォーズ見てるやつはひと握りくらいはいるんだろうなあ(笑))

ちょっと話がそれたが、これだけの大作でエピソード8にまでなると作る方は大変だなあとも思うが、しっかり儲けているのだから、批判にも甘んじなければならないだろうが、私はエピソード8を受け入れますが、心配なのは、一番上に書いたひと言、レイア役のキャリーフィッシャーが無くなってことだが、次はレイがレイアの役割を担うのだろうかな。

と、どうしても最終作となるエピソード9のことが気になって見てしまったのも、心配症のスターウォーズファンのボヤキということでお許しいただきたい。

前置きが長くなったが、本作品の主役は煮え切らないルークなのだが、彼の苦悩を描きたかったのであろうが、その煮え切らなさが実にイラつくのだ。(笑)(その分、スケリッグマイケル島の圧倒的な景観を見せられたのはわが幸せであったのだが。)

また、あの無謀でやんちゃな姫だったレイアがすっかり大人になって、理性的な判断をする指導者となっているのも、まさに世代交代的であるのだが、もともとスターウォーズが出来たときの初期作品、エピソード4などでは、オビワン以外の年長者ではろくなキャラがいなくて、スターウォーズは若者が無茶する青春映画的なところがあって、それが大いなる魅力であったのだが。

帝国軍の流れをくみファーストオーダーも若いカイロレンがあっさりクーデーターを起こしちゃうし、かといって、冷静沈着な指揮を行う訳でもなく、憎き敵役のスケールも小さくなってしまった。

そうしたことを考えつつ、全体的な本作品の印象としては、過去のメインキャスト、ハンソロ、ルーク、レイアからの世代交代を図りつつ、最終話となるエピソード9への整理を進めていった、つなぎの作品に徹してしまい過ぎた気がする。そして若い世代(レイ、フィン、ポー、ローズ)のやんちゃぶりはなぜか見事なまでの失敗エピソードになっていた。(彼らの行動がどんだけ反乱軍を傷めつけたのか。ルークやレイア、レイアの代行司令官がいなければ、反乱軍は全滅でしたね。)

ラストシーンからイメージされるのは、エピソード9はエピソード8から数十年後から始まるのではないだろうか。レイやフィン、さらにはカイロレンが生き残っているので、彼らが最後のエピソード9に残ることは確かであろうが、彼らの存在感を本作品では小さくさせたことを考えると、そんな気がしてならない。

まあ、いずれにしても最終話がいつ公開されるか知らないが、早めにお願いしたいところである。

【ネタバレ】
反乱軍は最後の基地を帝国軍の残党ファーストオーダーに攻撃されるが、絶滅すんでのところで脱出し(わずか3隻の宇宙船)、基地を破壊できるドレッドノートを多大の犠牲を払いながら撃沈した。その際にレイアは宇宙空間に投げ出され、意識不明の重体に陥り、指揮権が非戦闘員である女性に移る。

新たな惑星を探し基地を再起を図ることが決まり、ワープしたのであるが、ファーストオーダーはワープを追跡方法を見つけたらしく、逃げ切れないことが判明した。

一方、最後のジェダイであるルークを探し当てたレイはルークに教えを乞うのだが、ルークは拒絶する。レイはルークのそばを離れず生活をするのだが、その間、敵のカイロレンとフォースを通じたテレパシーでのやり取りを行って、彼らは彼らなりに心が揺れ動いていく。

敵役のカイロレンは、ハンソロとレイアの子供であって、しかもルークの弟子であったのだが、ルークは暗黒面に引き込まれつつあるカイロレンを殺そうとした過去が明らかとなる。

そうした中、フォースを感じる二人は、惹かれ合って、(ガンダムのアムロとララアがテレパシーで会話しているみたいな感じでした。たぶん、真似していると思います。(笑))レイは反乱軍尾救世主はカイロレンであると確信し、ファーストオーダーに乗り込む。

カイロレンは、レイを拘束し、ファーストオーダー指導者のスノークに突きだし、スノークはレイを自分の僕にするべく、超能力でレイをいたぶるのだが、その隙にカイロレンはスノークを斬殺し、親衛隊の攻撃をレイとともに切り抜けた後、レイと手を結び世界を支配しようと提案するがレイは拒絶する。

レイが出ていったルークは自らの役目をどうすべきか悩む中で、ジェダイの遺産をどうすべきか悩んでいると、マスターヨーダが出現し、いとも簡単にジェダイの呪縛を燃やしてしまう。これでやっとルークの心は決まった。

燃料が尽きつつある反乱軍はファーストオーダーの追跡を振り切るべく、ファーストオーダーの暗号解読できる人間を若者だけで探しに行くことにし、なんとかそれができる人間を見つけ、ファーストオーダーの戦艦に乗り込み、暗号解除の直前まで進むが、暗号解読者の裏切りにあい、失敗する。

一方、反乱軍は追跡が難しい小さい輸送船30隻で近くの惑星に脱出を図るという成功確実な作戦を実施するのだが、その情報が暗号解読作戦の中でファーストオーダー側に漏れてしまい、一隻ずるやられてしまう。もはや絶滅かと思われたとき、レイアの代行司令官が自爆攻撃を行い、全滅を免れ、かつて基地があった惑星に逃げ切る。

しかし戦力はわずかとなった反乱軍は、全宇宙に救援信号を送るが、誰一人救援に駈けつけず、一方、ファーストオーダーは基地制圧部隊を新しい最高指導者となったカイロレン自らが率いて攻撃してきた。

反乱軍は古い戦闘機で基地破壊兵器のキャノンレーダーを破壊すべく攻撃するが、ほぼ全滅しかけたときに、レイとファルコン号が間に合って、攻撃が可能となるも、結局全滅近い被害を出して、キャノンレーダーは発射され基地の扉に大きな穴を開けられる。

そこにルークがやってきて、ファーストオーダー軍に向かって歩き始める。そのルークの姿を認めたカイロレンは直接対決でなく、砲撃でルークの殺害を命じるが、ルークは不死身だった。

やむなくカイロレンは、ルークとの直接対決に乗りだす。ルークはカイロレンの攻撃を躱し、その間に、反乱軍は裏口を見つけ脱出に成功する。

無傷のルークはその場にいたわけでなく、隠遁している遥か彼方の惑星からフォースを使って、残像を見せていただけだったのであるが、その遠隔操作ににすさまじいまでの力を使ったルークはジェダイらしく、かつてのオビワンのように肉体が消滅して亡くなった。

そしてラストシーンは、厩舎で虐げられた生活をしている10歳くらいの少年が空を見上げ、反乱軍の指輪を見るところで映画は終わった。

2017年11月23日 (木)

【映画】ミックス。(日本)

とにかくガッキ―はかわいい!

落ちこぼれが頑張るスポ根コメディー映画ながら成長物語となっており、脇役の名演技もあって完成度は高くて、掛け値なしに面白いです!(たまにはこんなお気楽な映画も見ます(笑))

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不器用で欠点だらけの人々が、卓球の男女混合(ミックス)ダブルスに挑み、再生していく姿を描く、新垣結衣主演のコミカルな人間ドラマ。かつては天才卓球少女と呼ばれていた平凡なヒロインが、自分を馬鹿にした元彼とその恋人を見返そうと、再びラケットを手に奮闘する。主人公とペアを組む元プロボクサーを瑛太が演じる。

【ストーリー】
母・華子(真木よう子)のスパルタ教育により、かつて“天才卓球少女”として将来を期待された28歳独身の富田多満子(新垣結衣)。母の死後、普通に青春を過ごし、普通に就職する平凡な日々を過ごしていたが、会社の卓球部のイケメンエース・江島(瀬戸康史)に告白され交際を始める。ついにバラ色の人生が……と思った矢先、新入社員の美人卓球選手・愛莉(永野芽郁)に江島を寝取られてしまう。人生のどん底に落ち、逃げるように田舎に戻った多満子だったが、亡き母が経営していた卓球クラブは赤字に陥り、自分の青春を捧げた活気のある練習風景はそこにはなかった。クラブの部員も、暇を持て余した元ヤンキーのセレブ妻、ダイエット目的の中年夫婦、オタクの引きこもり高校生、さらにケガで引退した元プロボクサーながら、妻の上司を不倫相手と勘違いして暴力事件を起こし妻と娘に見捨てられた新入部員の萩原(瑛太)など全く期待が持てない面々ばかり。だが江島と愛莉の幸せそうな姿を見た多満子は、クラブ再建と打倒江島・愛莉ペアを目標に、全日本卓球選手権の男女混合ダブルス〈ミックス〉部門への出場を決意。部員たちは戸惑いながらも、大会へ向け猛練習を開始するのだった。多満子は萩原とミックスを組むものの、全く反りが合わずケンカの毎日。しかし、そんな二人の関係にもやがて変化が訪れ……。

【作品データ】
製作年 2017年
製作国 日本
配給 東宝
上映時間 119分
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【スタッフ】
監督 石川淳一 
製作 石原隆 、 市川南 
プロデューサー 成河広明 、 梶本圭 、 古郡真也 
アソシエイト・プロデューサー 片山怜子 、 大坪加奈 
脚本 古沢良太 
撮影 佐光朗 
VFX 山本雅之 
音楽 末廣健一郎 
主題歌 SHISHAMO 
美術 相馬直樹 
編集 河村信二 
録音 高須賀健吾 
照明 加瀬弘行 

【キャスト】
富田多満子 新垣結衣 
萩原久 瑛太 
吉岡弥生 広末涼子 
江島晃彦 瀬戸康史 
小笠原愛莉 永野芽郁 
佐々木優馬 佐野勇斗 
張 森崎博之 
楊 蒼井優 
佐野聖子 山口紗弥加 
佐野しおり 久間田琳加 
後藤田タケル 鈴木福 
日高菜々美 谷花音 
富田多満子(幼少期)平澤宏々路 
石原 斎藤司 
富田華子 真木よう子 
山下誠一郎 吉田鋼太郎 
ジェーン・エスメラルダ 生瀬勝久 
落合美佳 田中美佐子 
落合元信 遠藤憲一 
富田達郎 小日向文世 
本人 水谷隼 
本人 石川佳純 
田所いろは 伊藤美誠 
徳島竜司 吉村真晴 
松田萌絵 浜本由惟 
東聖哉 木造勇人 

【感想】
とにかく、ガッキ―はかわいいです。(笑)

あとは脇役の名演技というか怪演かな。

まず、広末涼子の元ヤンキー妻の快活さと苦悩、名演技で、ハマり役です。

一番の怪演は、中華料理屋の店員で元中国の卓球ナショナルチームの落ちこぼれという摩訶不思議な役の蒼井優ですね。(よくこのオファーを受けたなって感じです。(笑))

他のキャストも個性的ですし、飽きはこないですね。

個人的に見過ごしてしまったのは、水谷準と石川佳純の卓球のメダリスト本人役の出場シーン。気が付きませんでしたが、後で調べてみると、後半のパーティーシーンだったようです。残念でした。

それから、田舎の列車シーンは千葉が誇るローカル線の小湊鉄道、駅舎は同鉄道の馬立駅であり、私の気持ち的には千葉県が舞台だと思って見てましたが、映画での設定では神奈川県というのが、ちょっと不満ですね。(笑)

2017年10月10日 (火)

【映画】ダンケルク(アメリカ)

リアルな戦争映画として、本作品は初心者向きだと思ったし、内容的には、適度な緊張感で戦争の不条理さが敗残兵側から描かれていて、新鮮で良い映画でした。

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第二次世界大戦中の1940年、フランス・ダンケルクの海岸でドイツ軍に包囲されたイギリス、フランス軍の兵士約40万人を860隻の船舶で救出した、史上最大の救出作戦を映画化したサスペンス。トム・ハーディやマーク・ライランスら名優を迎え、クリストファー・ノーラン監督が初めて実話の映画化に挑んだ意欲作。

【ストーリー】
第二次世界大戦が本格化する1940年、フランス北端の海の町ダンケルク。フランス軍はイギリス軍とともにドイツ軍に圧倒され、英仏連合軍40万の兵士は、ドーバー海峡を望むこの地に追い詰められる。背後は海。陸海空からの敵襲。そんな逃げ場のない状況下でも、トミー(フィオン・ホワイトヘッド)やアレックス(ハリー・スタイルズ)ら若き兵士たちは生き抜くことを諦めなかった。一方、母国イギリスでは、海を隔てた対岸の仲間たちを助けようと軍艦だけでなく民間船までもが動員され“史上最大の救出作戦”が動き出そうとしていた。ドーバー海峡にいる全船舶が一斉にダンケルクへと向かう。民間船の船長ミスター・ドーソン(マーク・ライランス)も、息子らとともに危険を顧みずダンケルクを目指していた。英空軍パイロット・ファリア(トム・ハーディ)も、数において形勢不利ながらも出撃。タイムリミットが迫るなか、若者たちは生きて帰ることができるのか……。

【作品データ】
原題 DUNKIRK
製作年 2017年
製作国 アメリカ
配給 ワーナー・ブラザース映画
上映時間 106分
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【スタッフ】
監督 クリストファー・ノーラン 
製作 クリストファー・ノーラン 、 エマ・トーマス 
製作総指揮 ジェイク・マイヤーズ 
脚本 クリストファー・ノーラン 
撮影 ホイテ・ヴァン・ホイテマ 
衣裳 ジェフリー・カーランド 
音楽 ハンス・ジマー 
美術 ネイサン・クローリー 
編集 リー・スミス 

【キャスト】
Tommy フィオン・ホワイトヘッド 
Peter トム・グリン=カーニー 
Collins ジャック・ロウデン 
Alex ハリー・スタイルズ 
Gibson アナイリン・バーナード 
Colonel Winnant ジェームズ・ダーシー 
George バリー・コーガン 
Commander Bolton ケネス・ブラナー 
Shivering Soldier キリアン・マーフィ 
Mr. Dawson マーク・ライランス 
Farrier トム・ハーディ 

【感想】
太平洋戦争での日本軍と戦うアメリカ軍を描いた「シン・レッド・ライン」では、激戦地に送られる新兵の得体の知れない恐怖感、今回の「ダンケルク」では敗残兵の混乱と恐怖感がよく描かれていました。

第二次世界大戦のしかもヨーロッパの戦いについて、日本人はあまり知らない人が多いと思うが、戦史好きの私にとっては、ダンケルク退却戦は有名な戦いである。

この戦いは、歴史的に謎の部分があって(ヒトラーは、なぜか攻撃の手を緩めた。多くの歴史学者は、虎の子の戦車部隊の損耗を恐れたとか、イギリスへの温情で、イギリスとの交渉(降伏あるいは停戦)の切り札としたかったとかの説が有力であるが、はっきりしたことは分からない。

ドイツ軍がそれまでと同じように攻勢をかければ、全滅は必至で有ったので、まさに歴史の謎である。

一方で、イギリスがヒトラーからの同盟国(フランス、オランダ、ベルギー)への侵略を守るため大陸に派遣した陸軍の精鋭部隊はイギリスの主力であり、これがもし万一全滅すると、イギリスの戦意は相当にそがれたことは間違いなかった。

なので、イギリスは誇りをかけてというより、自国防衛のためにも、この大陸派遣軍の救出は至上命題であったはずである。

ちなみにイギリスは海軍力が強大で、一方のドイツは陸軍は強かったが、海軍はさっぱりな状況であった。

例外としては、Uボートと呼ばれる、潜水艦は強かったので、映画にみられるような、潜水艦では狙うことが難しい、小型の民間船舶が義勇軍的に救出に向かったのは、軍事的にも理にかなっている。

イギリス空軍の名機スピットファイアは、日本でいえばゼロ戦に当たる最強の戦闘機であったのだが、最新鋭機で、数はそれほどなかったのだが、ドイツの戦闘機に対して、戦闘力はかなり優位であった。(ただし、当時のゼロ戦は世界最強で敵わなかっただろう。)

映画評でなくて、歴史解説となってしまったが、そういう背景から見ると、少し脚色がある感じはするのだが、イギリス側からすれば、母国防衛の瀬戸際の戦いで、ヒトラーの逡巡はあったにせよ、歴史的にも空前絶後の海を超えた退却戦であったし、その奮闘ぶりは今なお、イギリス国民の誇りであるのも確かなことであろう。

さて、戦争映画好きの私からすると、本作品の最大の特徴は、敵の姿が明確に描かれていないということである。

敵であるドイツ兵の姿は、映画の最終盤で現れるだけで、ドイツ軍が撃つ銃弾やドイツ空軍が投下する爆弾や銃撃しかなくて、先に名を上げさせていただいた「シン・レッド・ライン」も敵の姿(顔)がはっきり見えないというのが、現代戦の真相というか、リアリティであり、その辺りがきっちりと描かれることで、まさに見ているこちらが、追い詰められたイギリス兵の心境にさせられ、恐怖を感じ、手に汗を握ってしまうのである。

結論として、戦争における一兵士の視点として、とにかく逃げるというのは、ある意味、まっとうな行動とは思う。

ちなみに私が苦しいときに、いつも思うのは、命を懸けた戦争に従軍するのに比べれば、命を取られるわけではない。

死ぬのが分かっている現場で突撃を命令される不条理さに比べれば、現代の平和な職場での些細な不条理さなんか、大したことないとね。(笑)

【ネタバレ】


2017年9月 8日 (金)

【映画】パターソン(アメリカ)

平凡な日常こそが幸せなんだが、平凡な日常に居る人はそれを見失うのかもしれない。

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「スター・ウォーズ フォースの覚醒」のアダム・ドライバー主演による鬼才ジム・ジャームッシュ監督作。ニュージャージー州パターソンを舞台に、街と同じ名前を持つバス運転手パターソンのなにげない7日間を、ユニークな人々との交流を交えながら映し出す。共演は「彼女が消えた浜辺」のゴルシフテ・ファラハニ、「光」の永瀬正敏。第69回カンヌ国際映画祭<パルム・ドッグ賞>受賞作。

ニュージャージー州パターソン。街と同じ名前を持つバス運転手のパターソン(アダム・ドライバー)の1日は朝、隣に眠る妻ローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)にキスをして始まる。いつものように仕事に向かい、決まったルートを走り、フロントガラス越しに通りを眺め、乗客の会話に耳を澄ます。乗務をこなすなか、心に浮かぶ詩を秘密のノートに書きとめていくパターソン。一方、ユニークな感性の持ち主であるローラは、料理やインテリアに日々趣向を凝らしている。帰宅後、パターソンは妻と夕食をとり、愛犬マーヴィンと夜の散歩、いつものバーへ立ち寄り、1杯だけ飲んで帰宅。そしてローラの隣で眠りにつく。そんな一見代わり映えのしない日常。だがパターソンにとってそれは美しさと愛しさに溢れた、かけがえのない日々なのであった……。

【作品データ】
原題 Paterson
製作年 2016年
製作国 フランス=ドイツ=アメリカ
配給 ロングライド
上映時間 118分

【スタッフ】
監督 ジム・ジャームッシュ 
製作 ジョシュア・アストラカン 、 カーター・ローガン 
製作総指揮 ロン・ボスマン 
脚本 ジム・ジャームッシュ 
衣装 キャサリン・ジョージ 
音楽 SQURLSQURL 
編集 アフォンソ・ゴンサルヴェス 
サウンドデザイン ロバート・へイン 
プロダクション・デザイン マーク・フリードバーグ 
撮影監督 フレデリック・エルムズ 
詩 ロン・パジェット 

【キャスト】
パターソン アダム・ドライバー 
ローラ ゴルシフテ・ファラハニ 
日本の詩人 永瀬正敏 
ドク バリー・シャバカ・ヘンリー 
マリー チャステン・ハーモン 
マーヴィン ネリー 
メソッド・マン クリフ・スミス 
エヴェレット ウィリアム・ジャクソン・ハーパー 

【感想】
自分の大事な創作した詩が飼い犬によって消滅したことに、愛する妻に配慮することなく、独りで勝手に大いに落ち込む辺りは、身につまされるようだった。(笑)
詩を書かない私にとって、また書けばいいじゃんとしか思えないのであるが、彼にとって、まさに地獄に落ちたかのような心境なのだろう。
このあたりは、私が生涯の夢として、追いかけているUTMB完走に失敗したときのわが心境と重なってしまった。(笑)
周りから見れば、大したことではないのだが、私自身にとっては、まさに悪夢のような出来事で、まさに勝手に独りで落ち込んだし、今なおそれが続いているのだ。

という訳で、この映画は、平凡な日常こそが幸せそのものなのだが、平凡な日常に居る人は逆にそれを見失うのかもしれない。という私にとっては非常に意味のある寓話的な映画となった。

それにしても、このような平凡な日常を丹念に紡ぐような映画をアメリカ人が作れるとは、やはりアメリカ人の中にも繊細な感性を持つ者もいるんだということを改めて感じた。

いつも明るく元気でハッピーなアメリカンだけではないんだなってね。(笑)

【ネタバレ】
月曜日の朝から映画は始まり、平日はずっと同じパターンが続くが、いくら平凡な日常と言えども、それなりにエピソードはある。
休日の土曜日になると、新たな展開として、妻ローラは自作のカップケーキを市場に売りに行く。主人公の夫パターソンは、惰眠をむさぼり、詩作に没頭する。
夕方になって、妻ローラは帰宅し、大好評で売り切って大金が手に入ったので、急きょ、外でデート(外食と映画鑑賞)することになり、詩作用のノートをソファーに置いたまま出かけた。
家に戻ると、飼い犬のマーヴィンがノートをバラバラにしていて、パターソンの詩はすべて無くなった。
そのことに大いなるショックを受けて、落ち込むパターソンを妻はわがことのように慰め、飼い犬のマーヴィンは罰として物置に押し込められる。

Paterson1
日曜日なのに眠れず早く起きたパターソンは、散歩に出かける。滝の前のベンチでぼんやりしていると、日本人の詩人(永瀬正敏)が横に座り、会話をした。「詩を書くか」と問われて、パターソンは「いいや」と否定したので、会話は長くは続かず日本人の詩人は帰国すると言って、ベンチを立った。
別れ際に、詩を書くのに最適な新しいノートをパターソンに渡し、変な英語を残して、日本人は去って行った。
パターソンはその新しいノートに早速思いついた詩を書き始めて、映画は終わる。

2017年9月 7日 (木)

【映画】夜明けの祈り(フランス=ポーランド)

戦争と男性の暴力性と残虐性、さらには人間の弱さと冷酷さに恐怖しましたが、それでも最後にホッとできたのが救いでした。

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「ボヴァリー夫人とパン屋」のアンヌ・フォンテーヌによる実話に基づくドラマ。1945年12月のポーランド。赤十字で医療活動を行う若き女医マチルドのもとに、シスターが助けを求めてくる。修道院にはソ連軍の蛮行によって身ごもった7人の修道女がいた。出演は、「世界にひとつの金メダル」のルー・ドゥ・ラージュ、「ハミングバード」のアガタ・ブゼク、「イーダ」のアガタ・クレシャ。第42回仏セザール賞主要4部門ノミネート。

【ストーリー】
1945年12月のポーランド。若きフランス人女医マチルド(ルー・ドゥ・ラージュ)が赤十字で医療活動を行っていると、悲痛な面持ちのシスターが助けを求めてやってくる。マチルドは担当外であることを理由に一度は断るが、凍てつく空の下で何時間もひたむきに神への祈りを捧げる姿に心を動かされ、遠く離れた修道院へ行く。修道院では、7人の修道女がソ連兵の蛮行によって身ごもり、信仰と現実の狭間で苦しんでいた。マチルドはかけがえのない命を救う使命感に駆られ、数々の困難に直面しながらも激務の合間を縫って修道院に通い、孤立した彼女たちに希望を与える……。

【作品データ】
原題 LES INNOCENTES
製作年 2016年
製作国 フランス=ポーランド
配給 ロングライド(提供:ニューセレクト=ロングライド)
上映時間 115分

【スタッフ】
監督 アンヌ・フォンテーヌ 
製作 エリック・アルトメイヤー 、 ニコラス・アルトメイヤー 
原作 フィリップ・メニヤル 
脚本 サブリナ・B・カリーヌ 、 アリス・ヴィヤル 、 アンヌ・フォンテーヌ 、 パスカル・ボニゼール 
撮影 カロリーヌ・シャンプティエ 
音楽 グレゴワール・エッツェル 
編集 アネット・デュテルトル 

【キャスト】
Mathilde Beaulieu ルー・ドゥ・ラージュ 
Maria アガタ・ブゼク 
Mere Abesse アガタ・クレシャ 
Samuel ヴァンサン・マケーニュ 
ヨアンナ・クーリグ 

【感想】
ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツとどちらを見ようかと迷って、戦争モノのこちらを選択した。

いつも同じことを言っているが、戦争ほど不条理な世界はなくて、それを芸術は、文学、絵画、音楽などで、ことさら描くものの、戦争に関しては映画に勝る描写力はないだろう。

今回もそうした戦争の不条理さを余すことなく描かれていたし、それに加えて、宗教の不条理さも描かれていた。

まず、ソ連軍の蛮行であるが、この映画では修道女のトラウマのイメージとしてぼやかして描写されているが、純潔を守るべき修道女が身ごもるということは、そういうことなのだろう。

日本でも終戦末期にソ連軍が侵攻し、日本人居留民などに同様な蛮行が多数歴史的事実として、伝えられており、ソ連軍兵士とはそういうモラルだったことは想像に難くなく、事実であったと思ってしまう。

この映画の凄いというか、少し異質に感じたところは、主人公のフランス人女医マチルドが、修道女たちのために命を掛け献身的な奉仕をする一方で、普通の女性、いや少し軽いといって良いかもしれないやや奔放な性格(喫煙、飲酒、男性関係)などが描かれていて、その人間臭さに私のように快楽に流されやすい市井の人間としても、親近感が湧いてしまうのである。

そうは言いながら、マチルドの献身ぶりは、凄まじい。戦争直後の混乱期に人の精神は強靭さを発揮するのかもしれないが、まだ20代の若い女性の行えるものとは思えない。なにせ、そこには蛮行をしたソ連兵があちこちに駐屯しているのだから。

【ネタバレ】
修道院にいる修道女は20人くらいで、そのうち若い修道女7人が妊娠していた。

最初の出産が始まったとき、女医のマチルダに連絡があり、病院勤務を終えたマチルダは危険を押して単身修道院に乗り込み出産を成功させるが、帰路ソ連軍の検問に引っかかり、犯されそうになるが、何とか切り抜けるものの、病院には戻れず、上司に厳しく叱責されるが秘密は守りとおす。

出産した若い修道女は、我が子を愛してはいたが、修道院では養育できないと、修道院長が修道女の叔母に赤ちゃんを預けた。
2番目に出産した修道女は、神の御心に背いた、つまり処女でなくなったことを悔やみ、生まれたばかりの我が子に一瞥もしなかったので、最初に出産した修道女が初乳を与えた。
しばらく、この最初に出産した修道女が2番目の赤子の養育係りとなった。

赤ちゃんがいることで修道院はなんとなく賑やかで和やかな雰囲気になったが、次は二人同時の出産が始まった。その知らせを受けたマチルダは同僚で恋人の男性医師を連れて修道院に乗り組むが修道院長が男子禁制に基づく反対をするが、副修道院長の助けもあり、何とか男性医師も乗り込んで、2人に出産を助ける。

その間に、修道院長は2人目の赤ちゃんを養育係りの目を盗んで連れ去り、雪降る山の中の十字架の前に置いていった。

赤ちゃんを取られ失意の若い修道女は修道院から身を投げて自殺した。

(続く)

2017年8月 2日 (水)

【映画】彼女の人生は間違いじゃない(日本)

震災で福島の日常を壊された拠り所無き怒りの一片は原発の恩恵を受けた我々にも責任の一端があるということを真摯に再認識した。

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廣木隆一監督が処女小説を自ら映画化した人間ドラマ。福島で父親と仮説住宅で暮らし、週末だけ東京でデリヘル嬢をするヒロインが、福島と東京を行き来する生活のなかで、光を見出そうとする姿を描く。『日本で一番悪い奴ら』などでも激しい濡れ場に挑戦した瀧内公美がヒロインのみゆきを、廣木監督作の常連である高良健吾らが脇を固める。

福島の市役所で事務仕事をするみゆきは、仮設住宅で父と暮らしている。震災があってから恋人と上手く付き合えなくなっていた。言葉にできない衝動に突き動かされ、週末になるとデリヘルのアルバイトをしに渋谷に出る彼女が、高速バスで福島と東京を往復する中で目にしたものとは……。

【作品データ】
製作年 2017年
製作国 日本
配給 ギャガ(共同製作:ギャンビット)
上映時間 119分
映画公式サイトへ

【スタッフ】
監督 廣木隆一 
原作 廣木隆一 
脚本 加藤正人 
主題歌 meg 
全てを見る(4)

【キャスト】
瀧内公美 
高良健吾 
光石研 
柄本時生 
戸田昌宏 
安藤玉恵 
波岡一喜 
麿赤児 
蓮佛美沙子 
篠原篤 
毎熊克哉 
趣里 

【感想】
福島の仮設住宅が主要な舞台となっているが、その仮設住宅の大きな駐車場を俯瞰で映しながら、停まっている車の数が僅かであることが、震災から年月の経過、人々の意識の変化、風化を如実に表す見事なショットだった。

震災の影響があったとしても、職業的には安定している市役所職員の女性がなぜ東京で毎週末デリヘルを行っているのか?本映画ではそのことは明確に描かれていない。

人生は、それほど単純でないことは、私の経験からも確かなことであるが、人は分かりやすい答えを求めてしまうのも事実である。

福島の震災は、現代日本における最大の不条理が鎮座している世界であることも、当然、その世界との関わりが極めて薄い私からしても、確かなものに思う。

平安な日常を根こそぎなぎ倒した震災と原発事故、まだ未解決のことが多過ぎて、到底総括などには時期尚早であるとは思うが、私をはじめ、人々の記憶の風化は進んでいる気がする。

ありきたりな日常の中で、流されるだけでなく、ときどき踏みとどまって、振り返りつつ新しい道を模索する。

それこそが人生なのだということを、本映画は改めて伝えてくれた気がした。

Ws000155

映画が始まってすぐに主人公を演じる瀧内公美さんを見た第一印象は、「田中美佐子」に似ているだった。(上の画像を見るとその自信がなくなるのだが・・・)

横顔は本と似ていると思いましたよ。

ところで、主人公が従事しているデリヘルのことを少し説明したい。良く知らない人もそれなりにいるだろうから
本来ならば、私の過去のブログ記事にリンク張れば済むところだったのであるが、事情により書評を以下のとおり転載する。

Mamaderi

多読でノンフィクションものが大好きな私なので、こうしたジャンルも読む。何よりこの手の分野は、実のところ弱いので、これに頼らざるを得ない。

本著は、シングルマザーとなって生活困窮して、デリヘル嬢になって、現在はその経営者として、業界内では成功している著者による自叙伝である。

デリヘルとは、デリバリーヘルスの略。風俗営業法では無店舗型性風俗特殊営業に類型。
具体的には、派遣型ファッションヘルスとして、男性の自宅やホテルに出向いて、性的サービスを行うもの。
男性は電話によって、お気に入りの女性を指名したり、好みのタイプを伝えます。
注文を受けた店は、専属のドライバーが運転する車で、待機部屋から女の子を派遣し、60分から120分、もしくはそれ以上、あらかじめ申し込んだ時間内で、男性は性的サービスを楽しむことが出来ます。終了時間になったら女の子は退室し、ふたたびドライバーとともに待機部屋に戻ります。
これが、デリヘルの基本的なサービス内容と本著では書いてあります。

著者の最初のお客さんは、新人デリヘル嬢好きの男性で、デリヘルサービス上の違法となる性行為まで及んでしまったことまで赤裸々と書いており、サービス精神旺盛だとしても、これはある意味、筆者渾身の執筆であります。(新人好きのお客は、何も知らない信心を口説き落としてエッチまでする人がいるらしい。)
そのほかにも、業界ならではのいろいろなエピソードが綴られつつ、現在は、自身の実体験を基に、経営者として裏稼業からの脱却を目指す姿は、とても輝かしく感じられるところである。

そうはいっても、現在経営者として、多くの女性を雇用しているにもかかわらず、実の母には打ち分けられず、我が子らにも自身の職業について正直に語ることが出来ない。
それを悲しき苦悩と捉えられるのか、自業自得と見るべきなのか、今の私には判りかねるところである。(2012/10/23 13:49)

7年近く前に読んで、書評として挙げていたところであるが、最近、問題視されるメールが届き、問題部分は明確に明示されていなかったが、恐らくはデリヘルという表記がタイトルにあったことだろうと思われるが、書評であり問題になるとも思えなかったが、万一ブログ全体を閉鎖されでもすれば、本末転倒であるので、自主規制したところである。

と、話がだいぶずれたが、デリヘルとはそういう職業だそうです。

2017年7月12日 (水)

【映画】セールスマン(イラン・フランス)

イスラム社会といえども現代化は免れず、でもそこに根付いている文化はやはりイスラムなのであっても、良い映画はできる、なぜかイランでは

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「別離」に続き、本作で2度目のアカデミー外国語映画賞を受賞、第69回カンヌ国際映画祭でも脚本賞と主演男優賞を受賞したアスガー・ファルハディ監督作。小さな劇団で俳優として活動する夫婦。ある日、妻が自宅で何者かに襲われ、夫は独自に犯人捜しを始める。出演は「別離」のシャハブ・ホセイニ、「彼女が消えた浜辺」のタラネ・アリドゥスティ。

【ストーリー】
教師のエマッド(シャハブ・ホセイニ)は妻ラナ(タラネ・アリドゥスティ)とともに小さな劇団に所属し、上演を間近に控えたアーサー・ミラー原作の舞台『セールスマンの死』の稽古に忙しい。そんななか、思いがけないことで住む家を失った夫婦は劇団仲間が紹介してくれたアパートに移り住むことに。慌ただしく引っ越し作業を終え、『セールスマンの死』の初日を迎えた夜。ひと足早く劇場から帰宅したラナが侵入者に襲われ、この事件以降、夫婦の生活は一変する。包帯を巻いた痛々しい姿で帰宅したラナは精神的にもダメージを負い、めっきり口数が少なくなった。一方、エマッドは犯人を捕まえるために「警察に行こう」とラナを説得するが、表沙汰にしたくない彼女は頑なに拒み続ける。立ち直れないラナと、やり場のない苛立ちを募らせるエマッドの感情はすれ違い、夫婦仲は険悪になっていく。やがて犯人は前の住人だった女性と関係がある人物だと確証を掴んだエマッドは、自力で犯人を捜し出すことを決意するのだが……。

【作品データ】
原題 FORUSHANDE
製作年 2016年
製作国 イラン=フランス
配給 スターサンズ=ドマ
上映時間 124分
映画公式サイトへ

【スタッフ】
監督 アスガー・ファルハディ 
脚本 アスガー・ファルハディ 
脚本監修 パリサ・ゴルゲン 
撮影監督 ホセイン・ジャファリアン 
カメラマン ペイマン・シャドマンファル 
美術監督 ケイワン・モガダム 
音楽 サッタル・オラキ 
録音 ヤドラー・ナジャフィ 、 ホセイン・バシャシュ 
音響効果 モハマッドレザ・デルパーク 
編集 ハイデ・サフィヤリ 
衣裳 サラ・サミイ 
メイク メールダッド・ミルキアニ 
ラインプロデューサー ハッサン・モスタファウィ 
助監督 カーウェ・サジャディホセイニ 
スチールカメラマン ハビブ・マジディ 

【キャスト】
Emad シャハブ・ホセイニ 
Rana タラネ・アリシュスティ 
ババク ババク・カリミ 
男 ファリド・サッジャディホセイニ 
サナム ミナ・サダティ 
キャティ マラル・バニアダム 
シヤワシュ メーディ・クシュキ 
アリ エマッド・エマミ 
エスマット シリン・アガカシ 
マジッド モジュタバ・ピルザデー 
モジュガン サーラ・アサアドラヒ 
シャフナザリ夫人 エテラム・ブルマンド 
サドラ サム・ワリプール 

【感想】
良い映画を観たいと思っているが、調べたりするのが億劫なので、映画賞受賞となると俄然興味がわくというのが、私の特性である。
世界にはいろいろな映画賞があって、一番有名なのはアカデミー賞であるが、その中でも外国語映画賞はいつも気にしている。

さて、同監督の「別離」は、アカデミー賞外国語映画賞を受賞したという認識はなくて、観たのだが、実に良い映画でした。

本作品においても、「別離」で醸し出されていた、イスラム社会の閉塞性とそれがゆえの社会の不条理さが描かれていて、すっきりしないエンディングと共に、私にとってはとても印象深い映画であった。

イスラム社会について、深くは知らないが、自分なりに考察したイスラム社会像に照らしてみても、こういう映画をイスラム社会で製作して、大丈夫なのだろうかと心配してしまう。

それはなぜかと言えば、彼らの聖典である「コーラン」は神の言葉であり、絶対的に正しいものであり、批判は許されないからであるが、この映画の主人公の妻は、ちょっとした不注意で、神に戒められている、夫以外の男性に肌を見られるという禁忌というか戒律違反を招いてしまうが、犯罪被害を警察に訴えるよりも、周りに戒律違反を知られないようにするため、警察にも訴えないという、現代社会とは思えない不可思議な行動規範を招いている。

つまり、警察に事件を親告すると、神の言葉に違反した自分が世間にさらされるという宗教的な蔑視を受けてしまうということへの葛藤があるからである。

主人公である彼女の夫、つまり主人公は警察にこの事件の解決を委ねようと希望したが、彼女の強い抵抗で結局、警察には親告しなかったのだが、主人公である彼女の夫は、なんとか妻の裸を見た犯人を見つけ出し、その犯人には幸せな家庭があるのだが、他人(女性)の裸を見たということは、イスラム社会では許されざる神への冒涜であり、ゆえに主人公は今度は自身のこれまでの態度とは逆に、その事実を警察に伝えることなく犯人の家族に伝えることで、自分が受けた屈辱、それは自分の妻が裸を見られたという戒律違反の身となり、その夫も、神自身とその神を信じる社会から蔑視される存在になったことに対する復讐を今度は、見つけだした犯人の家族に知らしめることでイスラムでは身の置き所が無くなる、つまりイスラム社会ならではの復讐劇に変わっていくのである。

唯一神を信じないわれわれ日本人からすると、自分が納得する形が一番であり、神とのかい離に葛藤することなんぞ、多くの日本人には無いと思われるが、イスラム社会では神と社会という二つの絶対的な存在と自己の内面が葛藤しなければならないという、想像すらできない社会で生きていかなければならないということだけは、良くわかりました。

同じ唯一神を信じるキリスト教徒の多いアメリカ人やヨーロッパの人々もこういう葛藤に共感できるから、評価が高いのかなあ・・・。

【ネタバレ】
自身の神への冒涜行為を家族に知らされるという耐えがたい屈辱を強要する主人公に対し、本来であれば最大の被害者である彼の妻は、その復讐劇のような仕打ちを止めさせようとし、最後には、それをしたら、自分たちの夫婦関係は終わりだと言い放って、主人公の復讐劇を止めさせた。
しかし、初老の犯人は家族の前で、その屈辱的な復讐劇を実行されなかったのであるが、もともと悪かった心臓に発作がおきて、倒れてしまう。
主人公は妻の最後通牒に従い、自分たちの舞台に復帰するのであるが、夫婦関係が元に戻るとも思えない感じで、映画は終わるのであった。

2017年7月10日 (月)

ラスト ドライブ(NHK BS1スペシャル)

Lastdrive1

日曜の夜はミスターサンデーとスポーツニュースでまったりして、明日月曜日からの仕事に備えるパターンのはずが、ちょっとだけ見ようと思った衝撃のドキュメンタリーに1時間40分もの間、目が離せず最後まで観てしまいました。

【あらすじ】
死を前にした人の最後の願いをかなえようという終活プロジェクトがヨーロッパで静かに広がっている。ドイツでは3年前から「願いの車」という名の車が旅を続けている。医療従事経験のあるスタッフとボランティアが、本人や家族からの依頼をもとに人生最後の旅のプランを作る。死を前にした時、人は最後に何を願うのか。美しい春のヨーロッパを舞台に、本人、家族、ボランティアそれぞれの目から人生最後の旅を見つめていく。

【感想】
まず、最初のドキュメント(最後の願い)であるが、ドイツのエッセンという大都市に住んでいる80歳のおばあさんで、彼女の夫とは19年前に死別し、今は末期の肺がんで転移も進んでいて、ホスピスに転院してきた人の最後の旅の話であった

※ホスピスとは、治療の当てがなく、余命いくばくもない患者の最後の安息に満ちた時間をケア(ターミナルケア)する施設

私は、純然たるホスピスには行ったことがないが、看取りを行っている施設であれば特別養護老人ホーム等には行ったことがあるし、実際に義父は特養で娘たちに見守れて、天寿を全うし、安らかにその生涯を終えた。とても幸福な理想的な死に様だったと思う。

さて、このおばあさんの最後の願いは、夫とよく行った海を見たい。(だけど夫と一緒に行った海岸には行きたくない)それから中華料理(北京ダック)を食べたいというもので、NPO法人と思われる組織が、最後の旅のプランを練って、ボランティアで実行するのである。

おばあさんは、なかなか毒舌とユーモアのあるおばあちゃんで、とても死が迫っているような感じではない。(このあたりは、ドラマに出てくるキャラクターのようだった。)

子どもがおらず、親戚づきあいもなく、まさに天涯孤独の身で、それゆえに弱さを周りには見せられないのが、彼女なりの生き方なのだろう。

Lastdrive2

救急車を改造した車(旅が楽しくなるように、外の景色が良く見えるよう大きな窓が付けられている)で、オランダの海岸に向かう車中で、ボランティアの看護師さん(50歳くらい)との会話が本当にドラマのように展開していた。

最初は、少しぶっきらぼうに、「お金も払わずに、こんなことされると恐縮しちゃうわね。」とか言っていて、やがて、自身のことを少しずつ話し始めた。

「夫は長い間、浮気していた。」とか、「苦労ばかりしていた。」とか、自分の人生に否定的な身の上話をしつつ、「あんた、子どもいるの?」、「幸せなの?」と相手に関心を持ちつつ、人生の先輩として、指南したりして、250kmかけて、オランダの海岸についた。

最初は海辺のカフェにいたが、そのカフェには、砂浜で動く、タイヤの大きな車いすがあって、それは民間のカフェが自力では海に行けない人のために、特注で作って、無料で貸し出しているもので、それを使って、波打ち際まで、彼女は行くことができた。

そこで、3人のボランティアとの交流は、本当に素晴らしい映画のワンシーンのようだった。

次は帰路に中華料理屋によって、みんなでわいわいと楽しい晩餐を行った。

おばあさんは、死が迫っているとは思えないほど、元気で饒舌で、しかもよく食べていた。

お店の人も事情を察して、ことのほかサービスしているように見えた。

その最後の願いが終わって、一緒に過ごしたボランティアが一週間後に訪ねたが、おばあさんはもう望みはないと言って、面会が拒絶され、海に行ってから17日後に亡くなった。

この活動は、恐らく寄付と無償ボランティアによって成り立っていて、何より、命に係わる最後の旅のために、無償で奉仕するというボランティア精神の高さに驚いた。

ボランティアは3人同行していたが、看護師の女性、元救急救命士の男性、元ソーシャルワーカーの男性と、この最後の願いのボランティアとしては、最適な人ばかりなのであるが、その取り組む姿勢や精神は、まさにボランティアのプロだと感服した。

相手が喜んでもらえることこそに喜びを感じ、それ清廉なる行為が、周りの人々に伝染していくのである。

夫を最後の願いで自宅に連れて帰ることができた、今は未亡人の女性は、このボランティア活動に参加し始めていたし、もう一人、50歳で末期がんの男性が、最後の願いとして、恋人とのデートコースである湖をもう一度、恋人と過ごすのだが、湖畔のカフェで一緒に湖を眺めていたとき(最初の写真のシーン)には、その湖畔のカフェのオーナーが、彼らのために食事も飲み物もすべてサービスしていた。

オーナーは両親が外国からドイツに移民した、いわゆる移民二世だったのだが、自分たちを受け入れてくれたドイツとドイツ国民には大変感謝しているし、その伝統を受け継ぎたいので、こうして少しでも恩返しができて、嬉しいとまで言っていた。

善の連鎖、幸せの連鎖をテレビ画面を通してだが、目の当たりにして、本当にその素晴らしさに感動してしまいました。

感動しつつ、思ったことは、自分の死が迫ったときに、自分はどうするのだろうか?

よく言われる、最後の晩餐(食事)は何を食べるのか?なんて問いがあるが、突然死でもない限り、死期が迫っているということは食欲だってなくて、美味しい食事なんぞできない。

心落ち着く場所って、やはり家なのかなあ・・・。

ホスピスに入るということは、自分がそう長く生き永らえないということを、自分自身がわかっての選択であることを考えると、そういう社会システムを高齢者自身が受け入れ、それ故に、社会がそうした人に対し、尊敬と愛情をもって接していく。

今の日本では、そういう風潮には程遠いのが現実であるし、隣人愛とかの宗教的な共通性もないから、難しいとも思った。

公私ともに高齢者のあらゆる事象に対して、関心は高いのであるが、死を目前にした人の最期の願いを求める死期が迫った人々の覚悟とそれを叶える崇高な行為を、ごく当たり前の奉仕の精神を持って周りの人たちが行える社会、真のボランティア精神が根付いている社会の美しさと 温かさには、大いなる未来があると思いました。

再放送があれば、ぜひとも、皆様にご覧いただきたい、珠玉のドキュメンタリー番組でした。

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