日記・コラム・つぶやき

2018年7月 8日 (日)

フルブレーキするときは、いつも鹿

今回のサロマ湖ウルトラの遠征では、「車中泊はつらいよ」でも書いた通り、レンタカーを借りて、移動に宿泊にと利用させていただいた。

今回の遠征では、天候が今一つだったので、十勝岳・大雪山の登頂などは諦め、しかも大した観光をすることもなかったのであるが、北海道は広いので、気がつくと1350kmもドライブしていた。

ご承知のとおり北海道、しかもサロマ湖などがある道東は、人口密度が薄く、交通量は少ないのに、道路は広く、ドライブするには最適なのである。

サロマ湖ウルトラマラソンを完走した日は、サブ10のご褒美に北見市のホテルに泊まったのであるが、その理由は、サッカーワールドカップの日本対セネガル戦を観るためであった。

その翌日は、北見市にある御菓子屋「清月」に早朝から並んで、カーリング娘のもぐもぐタイムで有名になった「赤いサイロ」をゲットしたりして、その後に道東ドライブをしてたのであった。

根室近くまで行き、その後は一路旭川に向かい西上した。釧路あたりで日が暮れはじめ、やがて暗くなったまっすぐで交通量の少ない道路を進んでいると、何かが前方の道路上にいることに気がついた。

フルブレーキしながら前方を確認すると、目が合った。二頭のシカだった。お互いに見詰め合うまま、時は流れ、「ぶつかる」と思った瞬間、自分は右にハンドルを切り、鹿は目線を外して、少し動いたように見えた。

その結果、たぶん鹿とは数センチのところで接触しなかった感じで、まさに危機一髪のところで、衝突を避けることができた。

しかし、鹿もこちらを観ている暇があったら、動けばよいのにと思いながら、「そうだった、いつも鹿は迫りくる車を凝視して動かないんだったことを思い出した。」

2008年の男体山からの帰り道での小鹿、2014年の南アルプスからの帰り道でのカモシカ、いずれも凝視している相手に対し、フルブレーキで衝突を回避したのだった。

何年かぶりのフルブレーキなのであったのだが、

「俺がフルブレーキするのはいつも鹿なんだなあ」と思った次第である。

追記:
 ドライブレコーダーがあれば、衝撃映像を掲載できたなあ・・・
 いやいや、そうじゃなくて、レンタカー運転時の安全確保のためにもドラレコ買おうかな。

●エゾジカ
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旭山動物園にいたエゾジカです。

サロマ湖ウルトラマラソン完走記(前半疾走編)

サロマ湖ウルトラマラソン完走記(後半苦闘編)

サロマ湖ウルトラマラソンの完走率

サロマ湖ウルトラGPS計測記録

サロマ湖100kmウルトラマラソン完走結果速報

いよいよ初めてのサロマ湖100kmウルトラマラソンだ!

第33回サロマ湖100kmウルトラマラソンのゼッケン到着!

2018年7月 7日 (土)

神様、イブ様、バカロード様

世の中の人で、病院とか医者が嫌いな人は多いと思う。自分もそうである。

特に走り始める前は、そうしたものとは無縁であったし、無縁となるよう努めていた。

ところが、走り始めるようになって、フルマラソンを超えて、確か初めて100マイルレースの第1回UTMFを走ったときに、道中で一緒に併走することになったランナーさんが、「ロキソニンを飲んだから、大丈夫!」みたいな話をされていて、自分はエアーサロンパスをリュックに忍ばせていたのだが、そういう手があるのか?と思ったことがあった。

それまで、自分は萩往還250kmとかで、脚が痛くて痛くて、途中でエアーサロンパスを買って、30分に一度、脚や足裏に吹きかけながら走ったことなどあって、その手を使っていたのだが、エアーサロンパスも結局のところ消炎成分をけい皮から体内に取り入れているわけで、結局、消炎剤を飲むのと同じじゃないか?と気がついたのだった。

という訳で、ウルトラとかの長い時間走るレースの場合、エアーサロンパスより軽い消炎鎮痛剤の携行は必須となっていたのだが、サロマ湖ウルトラマラソンでは、それをうっかり忘れてしまっていた。

それに気がついたのは、スタート地点に向かう送迎バスの中で、思わず、「あっ、しまった!」と口に出してしまった。

「今回はサブ10無理かもしれません。お守り代わりの消炎剤をうっかり忘れましたので」と隣に座るバカロード師匠に弱気のコメントをすると、「自分ので良かったら差し上げますよ!」と予想外の申出をいただいた。

「本当ですか?」「ぜひお願いしますm(__)m」となって、スタート1時間前に、イブを2錠いただけて、精神的にも肉体的にも非常に有効で重要なお守りを手にすることができたのである。

結局、このおかげだと思うのだが、サロマ湖ウルトラの100kmを走りきることができ、タイムも10時間を切ることができ、目標のサブ10を達成しることができたのだと思う。

まさにサロマ湖完走を支えてくれたのは友である師匠ということで、「神様、イブ様、バカロード様」だったのである。

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サロマ湖ウルトラマラソン完走記(前半疾走編)

サロマ湖ウルトラマラソン完走記(後半苦闘編)

サロマ湖ウルトラマラソンの完走率

サロマ湖ウルトラGPS計測記録

サロマ湖100kmウルトラマラソン完走結果速報

いよいよ初めてのサロマ湖100kmウルトラマラソンだ!

第33回サロマ湖100kmウルトラマラソンのゼッケン到着!

2018年7月 3日 (火)

夢をありがとう、サムライブルー日本代表!

夢をありがとう、サムライジャパン日本代表!
既にご承知のとおり、サッカーワールドカップの決勝トーナメント1回戦で日本はベルギーに2対3で敗れ、ベスト16どまりで敗退となった。

この試合は、火曜の午前3時開始という厳しい時間帯ながら、相当多くの国民がテレビ観戦したものと思う。

もちろん私のその一人だ。

世界ランキング3位のベルギーに対し、同ランキング61位の日本の対戦であり、相当苦戦するのは必定であったが、私は、日本がスーパーシュート3本、スーパーセーブ3本出れば、勝てるのではないかと密かに期待していた。

にわか応援団の私は、対戦相手のベルギーの試合を観ておらず、ベルギーがどんなチームなのか知らなかったが、日本戦を観て、パワーやスピードは想定の範囲内であったが、こんなに技術が上手いとは思わなかった。

しかも日本的な綺麗な上手さで、それはとても好感が持てた。ベルギーは日本戦では、イエローカードは出なかったのではないか?

一方の日本も、柴粼が一枚イエローカードをもらったのみで、ほとんどファウルを取られることなく、それは作戦でもあったのだろうが、これほどクリーンな試合は見たことがないほどだった。

その分、コーナーキックが多く、それでも前半5本のコーナーキックを耐えて、前半を0対0で終えたときは、本当に手ごたえがあった。ワクワクした。

後半が始まって、早々に、日本がカウンター攻撃を行い、柴粼の厳しめのスルーパスが抜け出した原口に通ったときは、嬉しかったが、角度がない感じでゴールは無理かと思ったら、原口が少し矯めたことでキーパーの意識がニアに寄って、その逆を突くファーサイドギリギリのシュートが見事にゴールネットを揺らした。地味ではあるが、これはスパーシュートだと思った瞬間だった。

夢のような日本の先行。やや茫然自失のベルギーという雰囲気の中、後半7分には、乾の得意の左から中に切り込んでのシュート、ペナルティエリアからはかなり遠いミドルであったのだが、これまたゴール右隅に向かい点で突き刺さる、スーパーシュートでまさかの2点目。

日本代表のワールドカップ史上初の日本が2対0という絶対的有利な状況が、決勝トーナメントで出現した瞬間でした。

テレビの前で歓喜狂乱でしたし、パブリックビューイングなどでは、ものすごいことになっていたのではないか(笑)

この後、ベルギーは得意の高さを生かして、最初の1点目は、後半24分に、日本にとって不運なごっつあんゴール、長身のフェライニ選手が不気味だと思ったら、セットプレーから高さを生かしたヘディングで同点に追いつかれました。

その後のピンチは、川島のスーパーセーブ連発があり、凌いで、2対2からは、本田、山口の投入し、流れを変えにカードを切ったのだが、点には結びつかず、アディショナルタイムで日本がベルギーのゴール前で攻め立て、本田のフリーキックがキーパーの好セーブではじかれての、日本のコーナーキックからのベルギーのカウンター攻撃が見事に決まってしまって、敗れ去りました。

私のような正々堂々主義者は、この潔い戦い自体に大満足で、負けたことなどショックにならないで、むしろ最高の勇気をもらって、今日以降、生きることができると思ってしまいました。(笑)

本当に、夢をありがとう!でした。

追記:本当は、日本は今日の敗戦を冷静に総括し、次につなげていかないといけないので、それは真のサポーターを含む関係者の皆様にお任せます。それこそが次につながるので、どうかよろしくお願いいたします。

2018年6月27日 (水)

今後のサロマ湖関連記事(笑)

サロマ湖ウルトラマラソンに出場し、完走し、目標だったサブ10を達成したことは、すでに速報的に記事にしたところですが、ワールドカップも個人的に楽しんでおり、仕事もそこそこ多忙であったりで、完走記の投稿に時間がかかりそうなので、今後アップを予定している関連記事の予定タイトルだけでもここに記載し、自らを追い込んでいきたい(笑)

<完走記編>

サロマ湖ウルトラマラソン完走記(前半疾風編)
 ・バカロード師匠、ありがとうございました。
 ・洋式トイレに並んだら残り5分
 ・サロマ湖が見えない
 ・先頭集団すごいぞ!
 ・サブ9狙えるか?
 ・まさかの防寒ビニール袋を忘れてた

サロマ湖ウルトラマラソン完走記(後半苦闘編)
 ・サロマ湖堪能
 ・ワイナイナ選手見っけ!
 ・バカロード師匠発見
 ・ワッカ暴風雨
 ・サブ10なるか?

<サロマ湖参戦番外編>

車中泊はつらいよ(泣)

神様、イブ様、バカロード様

フルブレーキするのはいつも鹿

●日本一「赤いサイロ」を保有する男

●旭山動物園は凄かった!

●来たぜ、サブ10 フィニッシャーTシャツ(笑)

【ひと言】
 今回もいろいろと面白いことがありましたので、休足がてら、ゆっくりブログにつづっていきますので、気長にお待ちいただきますよう、よろしくお願いいたします。m(__)m

2018年6月 3日 (日)

雁行の下、ヨットを修理す

今日は絶好のランニング日和(いや暑すぎましたが)でしたが、車で海に行きました。

ランニングしかしていないかずさんですが、一応、会社のセーリング部に在籍し、ヨット部ランニングチームと揶揄されつつも、洋上に出ない活動には参加しております(笑)

さて、本日は我が部所有のディンギーヨットの船底修理の日でした。

練習だとメンバーは集まりませんが、修理となると集まるのだから不思議です。

(ちなみに私は、ヨットに一人で乗るのは怖いです。(笑))

修理の内容は、船底のセンターボード用に空いている穴から水の侵入を防ぐゴムの張替でした。

●修理完了後の写真
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●修理した箇所
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修理前の写真を撮っていないので、よく分からないかと思いますが、再現すると黒いゴムの中央部分が約5センチくらいの幅で剥離してました。

なので、そこから海水が浸入していたようでの、修理でした。

修理方法としては、まず船底をひっくり返すために、マストを外しました。

それから、ひっくり返して、船底に残っている機能していない黒いゴムを力技で剥離しました。結構、力が必要で、メンバー交代で取り組みましたが、上体を鍛えていない私は、結構、上体の筋肉パンパンです。(笑)

2時間くらいの初めての修理作業を楽しく仲間と行ったのですが、その途中に、雁行を見ることができたので、ご報告します。

※雁行
 雁(がん、かり)などの鳥が空を飛ぶときの飛行形態で、進行方向に向かって「<」の字の飛行形態をして、飛ぶこと。
 先頭の鳥が飛ぶ際、翼を羽ばたくと両側の斜め後ろに気流が流れるので、その気流に乗るようにして他の鳥が飛べば、体力をそれほど使わずして飛べるため、両側の斜め後ろ側に次々と隊列が組まれていき、おのずと「<」の字のようになって飛んでしまうのだそうです。
 だから、先頭の鳥はリーダーではなく、体力がある鳥にすぎないので、よく先頭は交替しているようです。

●雁行1
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空いっぱいに飛んでいると思ったのですが、写真に撮るとごく僅かですね。見た目の印象程、その凄さが伝えられず、ちょっと残念です。

●雁行とヨットハーバー
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10分くらい、次から次へと雁行の群れが通りすぎました。

●雁行の影
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快晴の下、あれだけ鳥が飛んでいると地面に鳥の影がものすごいスピードで何度も駆け抜けました。その写真を撮ったのですが、左の黒いしみがその影の一つですね。
こういうのは動画を撮らないとだめですね。すいません。(笑)

●雁行3
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●雁行拡大写真
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何の鳥だろうか?
海鵜(うみう)じゃないか?との意見がありましたが、わかりません。

●メンバー写真その2
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ゴムの接着が完全となるには24時間必要とのことで、修理だけで帰りました。

また、ヨット乗ってないのか?と他チームから呆れられそうですが、帰りました。(笑)

近いうちに若手が乗りに行きますのでm(__)m

2018年4月27日 (金)

ひとりが好きじゃなかったのか?(さくら道番外編3)

世の中には不思議なことがある。その不思議な世界を望んでいたのに実現するとそれは苦痛になるのだから、人間とは面倒な生き物なのだ。

というわけで、さくら道国際ネイチャーラン余話その3です。

ひょっとして、もう飽きたかしら?

こんなくだらない話より、早く完走記書きなさい!って感じでしょうか(笑)

たぶんこれが最後になるので、お付き合いください。m(__)m

今回の話は、第1話「もう一つのラストスパート」と第2話「小心者ということ」の二つが嘘みたいにミックスしたような話です。たぶん想像できないでしょうが(笑)

さて「もう一つのラストスパート」で書いたとおり、名古屋からの帰りは高速バスを使いました。

高速バスを使った理由は2つ

1つは、圧倒的に安いこと(新幹線が1万円ちょっとのところ、バスは3000円ちょっと)

2つは、長く眠れそうなこと(乗車時間は新幹線だと1時間50分だが高速バスだと5時間以上)

3つは、誰にも知り合いに会いそうにないこと(単独行動が好きなので(笑))

もちろん、デメリットは①時間がかかるし、②疲れることだが、上の3つの利点が上回っての選択だった。

名古屋駅地下街での打ち上げに参加するも、わずか30分余りでバスの発車時刻となり、席を立ったのはちょっと寂しかったが、そればかりはやむを得ない。

地下街からバス乗り場として指定されたE6出口で地上に出ると、すぐ脇に予約したバスがすでに停車していた。

氏名を告げて、バスに乗り込もうとすると、衝撃的なことを告げられた。

「今日の乗客は、おひとりですので、どこでも自由に座ってください」

まじですか・・・。このバスを私が独占ってこと。それは隣とか気兼ねなくて、気が楽でいいなと思いましたよ。

その時の写真はこちら↓
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席が自由と言われても、特に座りたい席もないので、とりあえず予約した5列目の席に荷物を置いて、その後ろに座ることにした。

空間的な余裕ができたので、すぐに眠るのは止めて、このブログに完走報告を書きながら、友人にこの衝撃的な状況、すなわちバスを一人で独占していることをせっせとラインで送ったり、FBに投稿したりした。(笑)

小1時間でブログは書き終えて、その間にもラインでやり取りしていると最初のトイレ休憩になった。

することが無くなったので、爆睡しようと思い、まずは腹ごなしをすることにした。

実は打ち上げでは、時間がなくて、ビール1杯に子エビ2尾と枝豆しか食べてなかったからだ。

無性に、おにぎりが食べたくなって、おにぎりを二個食べ、バスに戻ると、運転手さんもおらず、無人のバスに乗り込む形となった。

先ほどの席にはバッテリーなどの充電を始めたので、さらに一つ後方の席に座り、リクライニングを倒して、寝始めた。

そうしているうちに、休憩時間が終わり、バスは出発。

さくら道250kmで身体の疲労は極限状態であるのだが、なんだか落ち着かず眠れない。

ときどき帰ってくるラインの中で、ある先輩がこんなことを書いて送ってきた。

「1人だと気まずくない?」

そんな気持ちはこれまでさらさらなかったのだが、確かに言われてみると、客席で何か起こるとすれば、それはすべて私が原因となるということか・・・

例えば大いびきをかけば、私だし、何か粗相をすれば、それも私なんだなあ・・・

なんて普段は考えもしないっことを考えていると、妙な緊張感が生まれ、疲れ切っているのに眠るに眠れなくなってきた。

気になると、座席シートの具合もなんだか体にフィットしないし、バスのエンジン音、さらには座席がきしむ音すらも、普段なら全く気にならないのに気になって、結局30分も眠れずに、2時間弱の走行が終わって、最後のトイレ休憩に入った。

しかも時間調整のため、35分も停車することになり、普段ならトイレに行って、すぐに戻って、眠るのだが、ひとりともなると、バスに戻るのもはばかられて、結局30分もサービスエリア内をうろついてしまった。

ここから終点の東京駅までは約1時間20分。今度こそ寝ようと思うが、今度は乗り継ぎ時間も気になって、眠るに眠らず、一睡もすることなく、最後は乗り継ぎのシミュレーションを何度も頭の中で実施していましたね。

まったく自分の小心者心理には、我ながらあきれるばかりの、高速バス独占して落ち着かなかった事件でした。

「おまえ、ひとりが好きじゃなかったのか?」と思わず自問自答してしまいましたね。(笑)

【2017年完走記】

さくら道国際ネイチャーランGPS記録(累積標高差ほか)

【2014年完走記(コース風景多数あり)】

2014年の完走記はコチラ

【さくら道番外編】

もう一つのラストスパート(さくら道番外編1)

小心者ということ(さくら道番外編2)

ひとりが好きじゃなかったのか?(さくら道番外編3)

2018年4月26日 (木)

小心者ということ(さくら道番外編2)

今回の番外編は心が小さい男の話です。(笑)

今回のさくら道でも私はなんだかんだで、完走できた。しかも制限時間ギリギリでゴールかと予想していたのだが、1時間以上の余裕を持ってのゴールとなった。

後半に強いのではないか?と常々思っている部分もあるのだが、レース展開を振り返ってみると、そんな感じではない気がしてきた。

今回と前回2014年のときのチェックポイント通過タイムの比較です。

   2014年 2018年

スタート06:15 06:03

第1CP 14:25 13:33(関門時刻15:00)

第2CP 19:44 18:47(関門時刻20:00)

第3CP 01:31 00:49(関門時刻02:00)

第4CP 05:53 05:14(関門時刻06:30)

第5CP 11:06 11:16(関門時刻12:30)

ゴール 16:54 16:44(関門時刻18:00)

250kmものコースでチェックポイントは5カ所とそれぞれの間隔は40kmくらいとざっくりしすぎていて、よくわからないと思われますので解説します。

初参加だった2014年は、第2CPまでは完走したランナーでは、ずっと最下位通過で、その後、今回みたいに暑くなかったので、体力的に持って追い上げる感じとなりました。ゴールにたどりつけるのかどうかは、当然よくわからず、周りの人の意見を参考に進むといった感じで、結果的に最後は余力があって大爆走して、34時間39分でした。

2回目となった今回は、前回の序盤最下位独走を反省し、記録を参考に計画を立て、第2CPまではその計画通りでしたが、その後は日中の暑さによる疲労が出てきて遅れ始め、結局、前回とほぼ同じタイムとなりました。

その結果だけみると、特段問題があるように思われないかと思いますが、実際の私は、2日目の朝となった第4CP過ぎて、五箇山トンネルの上りが始まって、太陽に照らされ暑くなってから、脚が出なくなって進めなくなって、相当にあせる展開となりました。(上のタイム比較からも第4CPから第5CPの間の失速は顕著です。)

その失速中に考えることは、ゴールまでのタイムの積算。

計算すればするほど、厳しい展開だとの認識を強め、それゆえに、まさに死力を尽くしての前進となっておりました。

その展開の中で、死力を尽くしても、減速している他のランナーとスピードは互角であり、その彼らに話しかけることはただ一言、「このペースでゴールできますかね?」

すると彼らは異口同音にして、「もう大丈夫でしょう」と私を安心させようとする。

その一言で私は安心するかと言えば、実は全く信じていなかった。

「あなたは走力があるから最後に帳尻が合わせられるかもしれないが、私の力では最後に間に合わないのでは?」というネガティブな思考が頭の中でぐるぐる回っていたのが実情である。

ゴールまで残り何キロだから、時速6キロで進めば大丈夫だと計算しても、6キロということは、ほぼ歩きになったら間に合わないではないか?と恐怖し、走れないから超スロージョグで進む展開が続く。

周りのランナーの多くはゴールを確信して歩き始めているのですが、私はどこかで不安があって、走れる状態でないにもかかわらず、歩いては歩くのとさほど変わらないスロージョグを繰り返していた。

少しでも前に行かないと不安だからのスロージョグである。

それが終盤は延々と自分の頭の中で反芻され、まさに増殖されていった感じで、いつまでたっても他のランナーのように完走を確信するには至らなかった。

そのため、結局のところ、終盤はエイドの休憩は最小限にし、熱中症で歩くのもつらい中でも、私は少しの平地や下り坂をこまめに走り、ほぼ歩きの他のランナーをゆっくりながらも何人も抜かして進んでいった。

その結果、前回とほぼ同じ34時間41分でゴールできた。

確かに終盤追い上げた感はあるのだが、頭の中は、このペースでゴールできるのか?を何十回、何百回も繰り返していただけなのである。

本当に周りのランナーの見込みが正しいのだろうか?と、小心者の私は信じることができず、少しでも前に進むという意識が途絶えることなく、結果的にギリギリにならないで、ゴールしてしまったのである。

つまり、小心者ゆえに、苦しくても途中で何かあったらゴールできないのではという恐怖を解消するべく、とにかく、こまめに平地と下りを走り続けられたということなのだろう。

そう書くと、走ることを楽しむことができていないようなご指摘を受けそうだが、後半こまめに走って何人も抜き去る際に、多少並走したりと交流ができているので、そこはそこそこ楽しめてはいるのである。(笑)

それでも最後に一言、思いを吐き出すなら

「あー、俺って、ゴール未達を恐れる小心者なんだ!何で余裕の走りが出来ないんだろうか」

まあ、それ故に完走できたのだから、そういうキャラを受け入れて良しとしますか!(笑)

●スタート前写真
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右から2番目が私です。

【2017年完走記】

さくら道国際ネイチャーランGPS記録(累積標高差ほか)

【2014年完走記(コース風景多数あり)】

2014年の完走記はコチラ

【さくら道番外編】

もう一つのラストスパート(さくら道番外編1)

小心者ということ(さくら道番外編2)

ひとりが好きじゃなかったのか?(さくら道番外編3)

2018年4月24日 (火)

もう一つのラストスパート(さくら道番外編1)

名古屋城から金沢兼六園まで250kmを36時間で走破するさくら道国際ネイチャーランは、制限時間が短く完走するには厳しいコース設定である。

それでも故佐藤良ニ氏の志を継ぎ、参加ランナーとしての完走という目標のため、選手(ランナー)は当然死力を尽くすのであるが、関係者・ボランティアも同じ完走という目標のため、同じように死力を尽くした献身的なサポートを行ってくれるのである。

このことは、私の内なる目覚めを呼び起こすに十分な経験になったものと思う。

と真面目な前置きをして、ここではレースとは全然関係のない話をしたい。

そういうネタ関係が大好きなのであるが、レースで起こった珍事件を書くと、いろいろと差し障りがあるので、本当は書きたいことはあるのだが、それは心の中に秘めて、誰も傷つかない、私の自虐ネタをここではご披露したい。

その第一弾は「もう一つのラストスパート」

バカロード師匠に「かずさんのラストスパート」に関するコメントを何度かいただいたことで、すぐに調子に乗る私は、いつのまにか、ラストスパートが得意な気持ちになっている。この辺りの単純さには我ながら呆れる(笑)

本当は、鈍足レベルながら、ラストだけは走り抜いてしまうという走癖なだけなのであるが、今回のさくら道国際ネイチャーランでも、金沢市街に入ったところで、最後の7.2km区間は、二段ぐらいギアを上げて、キロ6分程度の小爆走して駆け抜けたところである。

自分としては、完全燃焼のラストスパートのつもりだったのであるが、本当に完全燃焼したラストスパートは別の機会に訪れたのであった。

ゴールした翌日に、植樹と閉会式があり、名古屋まで主催者にバスで送ってもらい、その後、お誘いがあったので名古屋駅の地下街で軽く一杯飲んで、交通費を浮かすべく予約していた3000円の東京行きの高速バスに乗って帰ったのであった。

予定では、高速バスを東京駅で降りて、我が家の近くで停車する千葉のちはら台行きの首都高経由の路線バスに乗るつもりであった。

タイムテーブル的には、乗り継ぎ時間は2分しかなくて、東京着のバスターミナルと千葉ちはら台行きのバス停は約500mくらい離れていて、絶望的なのであるが、高速バスにありがちな少し早目の到着に期待しての乗車であり、どうしても予定より10分くらいは早くついてもらわないといけなかった。

その思惑通りに高速バスは、東名高速から首都高速に入って、銀座の手前で降りて、到着予定の15分前には東京駅手前の銀座を通過した。その際、千葉ちはら台行きのバスはすでに始発場所である銀座に停車していて、その横を追い抜く形で高速バスは通りすぎ、この時点では、計算通りの展開にほくそ笑んでいた。

ところが、車内でリュックを背負ってからが長かった。東京駅から少し離れた終点の東京駅鍛冶橋バスターミナルになかなか入ることができず、ここで5分くらい時間をロスした。

それでも何とかバスターミナルに入ると、今度はバスの運ちゃんが停車に手間取るというトラブルが起きた。

こちらはイライラしながら停車を待ち、バスの扉が空いた瞬間、背中には重さ15キロぐらいの大型リュックに両手はお土産の紙袋の格好で飛び出した。すでに乗り継ぐバスの発車時間まで5分を切っていた。

降りると誘導員に遠回りを指示され、バス待ち客で大混雑する通路を掻き分けて進むと信号は赤に。

仕方なく直角方向の青の信号で道路を横断し、反対側の歩道を進み始めると、なんと千葉ちはら台行きのバスに追い抜か去れてしまった。すでに東京駅発の時間は残り3分を切っているのだから当然といえば当然の展開。

しかし、遅れてなるものかとここで闘志に火が付き、250kmを走ってかなり重たい脚の状態で、荷物を背負って、両手お土産の格好で、猛然とダッシュして進み始めた。

しかしバスの後姿は見る間に離れていく。

まだ2分ある。絶対にバス停にたどり着くべく、さらにギアを上げて数百メートル進むと、反対車線のバス停に千葉ちはら台行きのバスが停車している姿が見えた。

腕時計を見ると、発車まで残り10秒で、目の前の信号機も赤。

絶体絶命のピンチ

諦めかける気持ちを抑え、打開策を瞬時に考え、決断した。

その決断は、交通法規遵守のさくら道では絶対にしなかった信号無視だ。

東京駅前の交通量の多い交差点の歩道を安全確認の上、赤信号で猛然とつっきって、バス停に一直線にラストスパートをかけた。

すでに発車時刻は過ぎているはずだが、まだバスの扉は開いていて、大きな荷物を背負った息絶え絶えで汗だくの私は、目の合ったバス運転手さんにこう尋ねた。

「乗っていいですか?」

さくら道のラストスパートを超えるラストスパートをバスの乗り継ぎで、大きな荷物抱えて行うとは思いもしなかった。

バスに乗り込むと、少し恥ずかしさもあって、空いていた最前列のシートに座って、まず思ったことは、

「スーツケースにしてたら間に合わなかった。登山用の大型リュックにして良かった。」と、普通に電車に乗って帰れば良かったことなど気も付かず、ただただラストスパートで間に合ったことに満足しながら大汗かいている私なのでした。(笑)

【2017年完走記】

さくら道国際ネイチャーランGPS記録(累積標高差ほか)

【2014年完走記(コース風景多数あり)】

2014年の完走記はコチラ

【さくら道番外編】

もう一つのラストスパート(さくら道番外編1)

小心者ということ(さくら道番外編2)

ひとりが好きじゃなかったのか?(さくら道番外編3)

2018年4月 8日 (日)

親って大変なんだよ(笑)

世の中に対して大して不満もなく生きている私にとって、久しぶりにムムッときた記事があったのでご紹介します。

●膨らむ携帯代、大学生の年間生活費2万4千円増(4/4(水) 10:18配信 読売新聞)

Daigakusei

 大学生(昼間部)の2016年度の生活費の年間平均は69万800円で、14年度の前回調査から2万4000円増えたことが、日本学生支援機構の調査でわかった。

 増加は前々回の12年度調査以来。仕送りなど家庭からの収入が減る中、アルバイトの収入は増えており、同機構は「学生がアルバイトでやりくりする姿がうかがえる」としている。

 今回の調査では、全国の大学生など約4万4000人から回答を得た。

 増えた生活費の内訳は、携帯電話代を含む「その他の日常費」が1万400円と最多で「娯楽・嗜好(しこう)費」が6000円、「食費」が4800円と続いた。

 生活費と学費を足した大学生の年間費用は188万4200円で、前回比2万2100円増。収入は同5500円減の196万5900円で、内訳は「家庭からの給付」「奨学金」が減った反面、「アルバイト」(35万6100円)が増え、アルバイトで減収分を補う形が鮮明になった。

【ひと言】
 世の中に対して大して不満がないと言ったが、実のところ、世の中の多くの人がなぜそうなっているかを考察することなく、不平不満を言っていたりすることが、実は私にとって大いなる不満である。

 そうした人に対して、いつもひと言、こう言いたい「あなたは、ちゃんと仕組みや理屈分かって云っているのか?(わからずに適当に)自分でそれを選択したんでしょ!」と

 おっと、だいぶ話がそれたが、我が家は二人の大学生を抱え、高等教育に係る親の負担の重さに直面して、少しあわてている次第である。(笑)

 大学生1人の年間費用は188万円ということで、うちは×2、つまり平均から算定すると376万円ということですね。

 実際の我が家では、授業料と仕送りで年間350万円程度の予定であることから、概ね平均的な感じなのかなあと思ったのだが、何事もきちんと調べないと気が済まない私は、日本学生支援機構のサイトを覗いてみた。

 やはり、マスコミは記事を圧縮しすぎていて、肝心な情報が抜けていた。タイトルの携帯代の話なんて報告書には載ってないし(笑)
(ちなみに我が家では子どもの携帯代は私持ちだが、月額ではひとり1000円程度と格安なのだが)

 まず、大学生1人当たりの年間収入(授業料、親の仕送り、バイト代など)の内訳であるが、家庭からの給付(授業料も含む)60.1%、奨学金19.6%、アルバイト18.1%となっていた。

 年間収入は196万5900円であることから、家庭からの給付は年間約118万2千円、奨学金は年間約38万5千円、バイトは年間約35万6千円、その他が4万3千円ということのようだ。

 奨学金は、先の大学保護者説明会では約50%強、本報告書では49%の学生が奨学金を利用しているとのことから、平均値では20%弱だろうが、実質奨学金を利用している人において、奨学金が収入に占める割合は、単純計算すれば約40%近くになるはずだ。

 さらに自宅と自宅外での差であるが、大学(昼間部)では、自宅外の学生生活費は自宅に比べ53万円高くなっていると書いてある。そりゃそうだよなあ。

 他に興味深い調査結果としては、通学時間の調査があった。自宅生は、片道1時間以上が50%を超えるのに対し、寮やアパートでは、約8割が20分以内であった。

 自宅生は一見不利にも見えるが、生活にかかる時間、例えば食事の支度や洗濯などは親にやってもらえる可能性が高いし、また通学は電車とかバスが多いであろうが、そうした時間は、勉強するなど有効に使うこともできるので、勉学への専念の観点では不利ではなくて、むしろ有利であろう。ただし、その後の人生といった観点でトータル的にみれば自宅外生は、とても良い人生経験をすることになるとは思う。私がそうだから(笑)

 ちなみに我が家のアパートであるが、都内の都心部(山手線内)に通う長男坊は、山手線の遥か外側のアパートから約35分くらいかけて通っていると思われ、次男坊は大学すぐそばのアパートなので通学時間は5分程度であろう。

 しかしながら、家賃は長男坊の方が3倍なのであるから、都内は高くつくということですなあ。

 また、今年度から給付型、つまり返さなくてよい国の奨学金制度が始まったのであるが、成績優秀かつ所得が低い世帯であることが条件で、一般的なサラリーマン家庭では条件に合わないのが実情であり、そうした家庭では、奨学金といえば貸与型と呼ばれる返す奨学金しかないのが実情である。

 ちょっと愚痴っぽくなったが、親子の愛情を一度脇に置いて、次代を担う若者を育成する一翼を担えることを良しと思うとともに、その重責にやりがいを感じればこその我が思いを今一度奮い立たせるための記事でした。こうなりゃ、俺も何かバイトすっか?(笑)

2018年4月 5日 (木)

茨城大学入学式

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次男が入学する茨城大学、通称「イバダイ」の入学式に出席してきました。入学式の会場はキャンパス内でなく、茨城県武道館でした。(ちなみに長男の東京理科大学入学式は日本武道館でした。)

9時30分着席に向け、千葉の自宅を朝5時45分に出発。

もう少し早く出発したかったのだが、少し出遅れたので、高速(東関東自動車道、圏央道、常磐道)を使って、先を急ぎ、8時前にアパートに到着し、いくつかの荷物を搬入。その後、茨城大学水戸キャンパスに向かう。といってもわずか二百メートルくらいでしたが

入学式ということで、守衛さんに許可をいただいて、キャンパス内に駐車し、まだ相当時間があるのと長旅で疲れたためいったん、次男坊のアパートにてしばし休息。

●次男坊のアパート
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9時10分にアパートを出て、武道館に向かうと、新入生とその父兄の集団が溢れていて、それに合流する形で、水戸キャンパス沿いに進みながら向かう。

大学正門前に着いたので、守衛さんにシャッターをお願いして記念撮影。

●単独撮影
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その後、県武道館に向かうも、すでに大混雑。少し出遅れたようだ。(笑)

●茨城県武道館
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入学式の立看板の前は撮影で長蛇の列なので、脇から記念撮影。


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武道館に入ると先に購入を奨めるアナウンスに促されて茨城大学記念グッズを購入。しかし、その間にどんどん父兄が入場し、武道館内に入ったら、すでに満員御礼状態。

席を探しながらうろつくも、見当たらない。そうこうするうちに、式典開始の時間が刻一刻と迫る。

私は式典を見たいので後方に、妻は我が子がどこに座っているのか確かめるため前方に、ということで別れて式典が始まった。

私の方は、向こう正面の最上段に一席空いているのを見つけ、座ってみることに。

●真向い正面からの式典の様子
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●学生席(武道場)と父兄席(2階座席)
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●式次第
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●茨大コミットメント
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●次男坊の姿
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私は見つけられなかったけど、母親はちゃんと見つけてた。
母親は凄いね。

11時20分には式典が終了し、アパートに戻って、三人で昼飯を食べた。

テレビを見ていたらNHKのニュースが、水戸放送局バージョン(首都圏バージョンでなかった。)で、ついさっきまで式典していた茨城大学の入学式が大々的なニュースとなって放映されていた。


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ニュースになったこともびっくり、さらについ1時間前の入学式が放映されていることにもびっくりでした。(笑)

その後、昼寝して、午後2時からの工学部保護者説明会に、せっかくなのでそれに参加した。

●茨城大学講堂
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イバダイで最も学生数が多い工学部の保護者説明会は、茨城大学最大の収容人数を誇ると思われる大学講堂で開催でした。

●工学部の学長などの幹部
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時間ギリギリに入室すると最前列しか空いていなくて、ものすごい近い距離で説明を聞きました。(笑)

●巨大スクリーンを間近に見て
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説明をしっかり聞きました。

国立大学の工学部は、基本的に6年で学ぶようで、茨城大学でも大学院進学率は50%超えるらしい。東工大とか東北大などは9割以上らしい。

知らんかった。(笑)

奨学金制度の説明を食い入るように見ていたが、給付型奨学金(返済する必要がないタイプ)は、あるにはあるが、成績が優秀かつ所得制限があるので、期待できなことが分かった。残念。

数百人がいる説明会で、質疑応答はないかと思っていたら、質問が途切れず、父兄の熱心なことにもまた感心した。

いずれにせよ、工学部は勉強をしっかりしないといけないようで、次男坊には覚悟して頑張ってもらうしかないと思った。

たっぷり1時間半の説明会を終えて、アパートに戻って、次男と今後の話をして、6時ころ、アパートを出発し、8時50分ころ千葉の自宅に戻った。

●茨城大学名入り商品(グッズ)
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左、茨城大学羊羹(上:メロン、下:さつまいも)
右、茨城大学クッキーセット

羊羹は茨城の特産である地元産メロンとサツマイモを使っていました。

しっかり勉強して、大学生活を楽しんで欲しいですね。頼みますよ!

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