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2019年4月 9日 (火)

私も上から目線ですが・・・

 世の中の人は、学習が足りないと常日頃から思っている私は、家族や何人かの友人から上から目線的な発言を指摘されることがある。

 指摘されるものの、常にそうした発言をしていることや、普段は優しい笑顔を振りまいているせいか、恐らくはきめ細やかな配慮のできない感受性の低さから、上から目線に対する他者からの冷ややかな目を感じずに過ごしてきている。

 もともと毒を吐くと称されてきたように、普段から口は悪いので、私に対する優しさの期待値は低く、それ故に、普通の発言で評価が上がるような部分はあると思ったりもする。

 一方で問題解決に対して、異常な執念を燃やすことから、ちょっとしたわからないことを聞かれることは多いのであるが、人生の深い悩みを打ち明けられることは、これまでの人生において無かったような気もするのであるが、今回、鴻上尚史さんの相談室での回答の素晴らしさは、まさに名作級の出来だったので、本ブログにてご紹介して掲載するものです。

2019kougami

<以下、引用>

「友人に絶交されました…」 鴻上尚史が指摘する原因“無意識の優越感”とは(〈dot.〉4/9(火) 16:00配信 AERA dot.)
  
 鴻上尚史の人生相談。高校時代からの友人に、絶交を言い渡されたという28歳の女性。ずっと彼女のためにと悩み相談にのってきた自分のなにがわるかったのかと混乱する相談者に、鴻上尚史が答えた「深追い」の罪。

 【相談24】 友人に絶交されました(28歳 女性 さやか)

 高校時代からの友人に絶交されました。友人は家庭環境に恵まれておらず、両親の愛情を感じられないようで、高校時代からとても辛いと言っていました。でも、いつもなるべく話を聞いて解決できるよう言葉をかけてきたつもりで、大学が別々になってからもずっと続く友達だと思っていました。

 でも友人は違いました。大学生、社会人になるにつれ、だんだん連絡が薄くなっていったというか。でも時々メールで連絡はとっていました。最近、久しぶりに会おうよと誘って、夕食をいっしょに食べたのですが、近況などを聞いているうちに、なんかちょっと友人の雰囲気がおかしいなと。そしたら翌日、ラインに「あなたとは絶交します、もう二度と私に関わらないで」と入っていたのです。驚いた私は電話をかけたり、ラインで理由を何度も聞いたのですが、返事はきませんでした。1週間ほどして、メールが届き、思いもよらないことがたくさん書いてありました。

 結局、「さやかはいつも上から目線で、話したくもないのに人の家のこととか根掘り葉掘り聞いてきて高校時代から苦痛だった、とくに『子どもを愛さない親なんているわけない、A子の思い込みだ』という言葉にどれだけ私が傷ついたか。さやかの家柄自慢も、もううんざり。独りよがりのアドバイスで親友のふりをされても迷惑だから、二度と連絡してくるな」という、本当にA子が書いたのか、というきつい内容のメールでした。

 私はこんなふうに思われていたなんてと驚き、家柄自慢なんてしたつもりはないのにと、ショックでした。時に厳しいことも言ったかもしれないけど、A子のためと思って言ってきたことが恨まれる事態になっていたのです。

 いつも相談者の悩みに的確で優しいアドバイスをしている鴻上さんをスゴイと思います。私はなにがいけなかったのか、わかりません。どうしたらA子に私の真意を理解してもらえるでしょうか。人の相談にはどうのるべきだったのでしょうか。

 【鴻上さんの答え】
 さやかさん。混乱していますね。確かに、よかれと思ってやってきたことがうまく届かない時は悲しいですね。

 人のことを思い、良い人生を送って欲しいと、さやかさんは思っているんですよね。とても優しい人だと思います。

 でも、よかれと思ってアドバイスすることは簡単なことではない、ということを言いますね。うまく、この意味がさやかさんに伝わるといいのですが。

 まず、さやかさんは「人の相談にはどうのるべきだったのでしょうか」と書いていますが、高校時代から最近まで、相談は、いつもA子さんから来ましたか? それとも、A子さんが苦しそうだから、さやかさんの方から「どうしたの? 何があったの?」と話しかけましたか?

 どっちの方が多かったですか?

 A子さんが「さやか、相談に乗ってくれない?」と言って話しかけてきた回数と、「A子、どうしたの? なんでも聞くよ」とA子さんに話しかけた回数、どっちが多かったですか?

 ひょっとしたら、さやかさんの方から「どうしたの? 何があったの?」と話しかけた回数の方が多かったんじゃないでしょうか。

 それがなにか問題なのと思いましたか? 僕は、それはとても重要な問題だと思っているのです。

 もちろん、さやかさんは、A子さんの状態を心配して声をかけたんですよね。顔色が悪かったり、悲しそうだったりしたら、何があったか、自分に何ができるか知りたくなりますからね。

 でもね、悩みごとについて、自分から事情を説明しようと思うことと、周りから説明を促されて話すことは、大きく違います。

 僕は、今、たまたま人生相談のアドバイスをしていますが、日常からこんなことをしているのではありません。

 誰かと一緒に飲みに行って「何か相談ある?」なんてことは絶対に言いません。そんな人はうっとうしいじゃないですか。相手の顔色があんまり悪かったら、「どうしたの?」とは聞きますが、相手が何も語りたくないようなら、そこでやめます。それ以上は踏み込みません。たとえ、どんなに親しい友人でも、です。

 そして、「相談があるんだけど」と言われた場合だけ、相談に乗ります。相手が話す気持ちになってないのに、「話してみて」「相談に乗るよ」「何でも言って」と言うのは、相手を苦しめることになると思っているのです。

 だって、話すということは、自分の苦しみをもう一度確認することです。やっかいな状況と向き合うことです。それは、ある程度の精神的強さがないとできません。

 その精神的準備が整ってないのに、「話して」と促されて話すのは、とてもつらいことです。ですから、僕は相手が話したくないようなら、深追いしません。

 ま、簡単な言葉で言えば、「余計なお世話」はやめようと思っているのです。

 そして、アドバイスをしても、それを最終的に実行するかどうかは、本人の問題だと思っているのです。

 僕は、さやかさんの文章の「いつもなるべく話を聞いて解決できるよう言葉をかけてきたつもり」や「時に厳しいことも言ったかもしれないけど、A子のためと思って言ってきた」という表現が気になります。

 「なるべく話を聞いて」あげることは素敵なことですが、「解決できるよう」にというのは、本人の問題です。どんな解決策を選ぶか、何をもって解決とするか、そもそも解決したいのか、話を聞いて欲しいだけなのかは、A子さん本人が決めることです。

 また、「厳しいことも言う」のはアリですが、「A子のためと思って」という表現は、僕には少し過剰なお節介を感じます。無理解な親は、いつも「あなたのためと思って」と言いますからね。

 「不幸な人がいたら、話を聞いてあげて、一緒に解決策を考える」ということを、さやかさんは当り前だと思っていますか?

 でも、それは、不幸な人に「接する人」側から見た当り前で、不幸な人側の当り前ではない可能性が高いのです。「不幸な人は、自分を不幸な人だと思われることが嫌で、一緒に解決策を考えて欲しいなんて求めてない」なんて場合もありますからね。

 さやかさんは、「家柄自慢」をしたつもりはないと思います。でも、立場が違えば、ただ事実を語っただけで自慢と取られます。だって、プロポーション抜群の人が自分のサイズを、太っている人の前でただ語るだけでも、自慢していると思われるでしょう。

 体型にコンプレックスを感じている人の前で、どうしてもサイズを語らないといけない特別な事情がない限り、それは自慢だと取られます。

 「子どもを愛さない親なんているわけない、A子の思い込みだ」という言葉は覚えていますか? そんな言葉を言った記憶がない、と書かれてないということは、言ったということでしょうか。

 残念ながら、子どもを愛さない親はたくさんいます。『ほがらか人生相談』にも、そういう親の問題は多く寄せられます。親だから子どもを愛して当然というのは誤解です。

 もし、「独りよがりのアドバイス」というものがあるとすると、それは、相手の事情を想像しないまま、自分の当り前だけを前提にするアドバイスのことです。

 さて、さやかさん。

 ここまでの文章を読んで、「A子は、私が『どうしたの?』と聞いたら、いろいろと話してくれた、とても嫌がっているようには見えなかった」と、思ったでしょうか。

 内心、嫌だと思いながら、それでも相手に頼って話してしまうことはあります。

 僕は、39歳でロンドンの演劇学校に留学した時、「英語の戦場」で本当に苦しい思いをしました。

 授業中より、休み時間が地獄でした。20歳前後の若者の口語で早口の英語は、大部分が分かりませんでした。それでも、留学して半年ぐらいはなんとか食らいつこうとがんばりました。最初は、クラスメイトも気を使って、ゆっくり言ったり、簡単な言い方をしたり、繰り返したりしてくれましたが、やがて、かまわなくなりました。

 だんだんと、休み時間、独りでいることが多くなりました。そこで休んだり仮眠を取ったりして、集中力を回復させて、授業に使おうとしたのです。

 でも、そうすると、淋しくなります。誰かに話しかけて欲しくなります。複雑な議論はできなくても、「調子はどうだい?」とか「ランチは何を食べるの?」なんてなにげない会話がしたいと心底思うようになります。

 そんな中、クラスメイトであるイギリス人男性が時々、話しかけてくれました。

 ですが、彼には「かわいそうなアジア人をなぐさめている」という雰囲気がありました。イギリスの中流階級出身の白人として、クラスで唯一のアジア人を心配しているという匂いでした。

 別に自慢げとか偉そうな態度を取っていたわけではないです。彼の名誉のために言っておけば、彼はとても優しい人でした。だから、話しかけてくれたのです。

 でも、どこか、「かわいそうなアジア人には優しく接しよう」という意識を感じました。それは、無意識の優越感だと思います。

 本人に言っても、キョトンとしたまま、「だって、君はかわいそうだから」と答えるような雰囲気でした。

 さやかさん。僕は生まれて初めて「人間として見下されるとはこういうことか」と感じました。

 でもね、それでも、話しかけられることは嬉しかったのです。淋しさが紛れるから、たとえ、見下されていると感じていても、独りぽつんと中庭のベンチにいる僕に声をかけてくれることは嬉しかったのです。

 これは、強烈な体験でした。あきらかに「かわいそう」と見下されている相手からでも、話しかけられると嬉しいという感覚。生まれて初めて経験する、予想もつかない感覚でした。

 そして、すぐに、日本で例えば、道に迷っている目の不自由な人に「どうしました?」と話しかける時、僕には無意識の優越感がなかったのかと考えました。

 お年寄りに話しかける時、ハンディキャップを持った人に話しかける時、対等な関係ではなく、「あなたを守りますよ」という無意識に見下す意識がなかったのかと。

 たぶん、あったんじゃないかと思いました。

 さやかさん。僕の言いたいことが分かるでしょうか?

 「私にはそんな優越感なんてない」と思っていますか? 確かに、意識的な優越感はないと思います。

 でも、「かわいそう。何かしてあげたい」と思うことは、とても気をつけないと相手を無意識に見下すことになるのです。

 おそらく高校時代のA子さんは、ロンドンの時の僕のように、「見下されていると感じるけれど、話しかけてくれて嬉しい」という状態だったんじゃないかと思います。

 そして、高校を卒業し、大学を経験し、社会人になって、対等に話してくれる人とA子さんは出会ったのでしょう。自分のことを不幸な家庭の出身で「かわいそう」だと思わない、アドバイスをしないといけないと思わない、身構えない人と知り合ったのでしょう。

 だから、もうさやかさんと話したくないと感じたのだと思います。それを二人で夕食を食べながら確認したのです。

 相手を「かわいそう」と思った段階で、対等な人間関係は結べないと思います。「あなたのためにしている」と思った場合も同じです。

 さやかさん。きつい言い方になったでしょうか。さやかさんが優しい人だということは明らかです。そして、幸福な家庭で育った人だということも。A子さんのことを本当に心配していることもよく分かります。

 でも、これからは、「相談があるの」と言われない限り、自分から「根掘り葉掘り」聞くことはやめた方がいいと思います。そして、アドバイスしても、それを採用するかしないかは、相手が決めることだと思った方がいいです。

 蛇足なんですが、この無意識な優越感をこじらせた人を主人公に、アガサ・クリスティーが小説を書いています。『春にして君を離れ』という作品です。クリスティーですが、ミステリーではありません。

 完璧な母親だと思っていた女性が、旅の途中、ふと自分と娘達との関係、夫との関係に疑問を持つ話です。

 蛇足ですから、無理に読む必要はありません。ただ、さやかさんのような悩みと驚きは、決して、珍しいものではないということです。

 A子さんとの関係は、残念ながら復活することは難しいと思います。A子さんは、さやかさんが優しくないとは思ってないのです。そういう意味では、真意は伝わっています。ただ、その優しさの伝え方が嫌だと感じているのです。

 でもね、さやかさん。落ち込むことはないと思います。

 ずっと先、さやかさんが「対等な人間関係」に敏感になった時に、A子さんと話す機会があれば、また友人関係が復活するかもしれません。

 それまでは、A子さんのことを忘れて、さやかさん自身の人生を生きることを勧めます。対等な人間関係に自覚的になれば、素敵な友人とたくさん出会うと思いますから。


【ひと言】
 確かに無意識の優越感というものほど、やっかいなものはない。

 また、絶対的な正しさを押し付けてくる者の鬱陶しさもそれに近いものがある。

 自己顕示欲が強くて、自慢話が多い私であるが、一方で、それは無意識ではないし、品行方正でないので、正しくないことを自慢していたりするから、真逆な感じであろう。

 ゆえに、相手に軽くいなされるし、あるいは話を聞いてもらえず、相談者のような軋轢が生じる前に、関係は霧消していることが多い気がするが、それとて実際には気が付かないし、気にもしていないのである。(笑)

 絶交を言い渡される経験すらも、私からすれば、ある意味、羨ましいくらいであるが、当事者の悲嘆は、わからなくもない。

 何より、鴻上さんの回答の腑に落ち具合は、私自身、これからの短い残りの人生で教訓的に生かして生きていこうとすら思ってしまったのであるが、そういう機会は訪れるのであるだろうか?(笑)

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