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2018年8月12日 (日)

2015年のUTMBリタイア総括

さて、今更ながらですが、前回リタイア時の通過タイム等を復習しましたので、改めて2015年の無念のリタイアのレース展開について、思い起こして、総括してみたいと思います。
まずは、箇条書きさせていただきます。

・練習不足
・予習不足
・シューズ選択ミス
・初めてのGPS腕時計を使いこなせず
・ヘッドライトが暗かった
・制限時間勘違い
・オーバーペース
・走れるところを歩いた
・暑さ対策不足
・眠気対策不足
・疲労対策不足

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・練習不足
 UTMB参加のため、8日間の連続休暇を取得するにあたり、少し後ろめたい気持ちもあって、直前まで結構、一生懸命仕事をした。
 そのため、帰宅ランは疎かになり、2015年の1月からUTMBまでの月間平均走行距離はわずか135kmだったと3年前の記事に書いてあった。
 これは過去の私の練習量からみて明らかな走り込み不足であった。

・予習不足
 過去に100マイルのトレランレースとして、第1回のUTMFと第2回の八ヶ岳の100マイルに完走しており、特に完走率の低かった八ヶ岳で完走していたことやスパルタスロンやさくら道国際ネイチャーランといった250kmクラスのウルトラマラソンを完走していたことから、距離や時間に対する恐怖がなく、今思えば、そうしたうぬぼれが予習不足を招き、失敗に繋がった。
 もちろん、事前に経験者の師匠などから、UTMBは登りや下りが長いとかの話も聴いていたのだが、実感として湧いていなかったし、現地でスタートまで3日間もありながら、お祭り気分で過ごし、中間地点のクールマイヨールまでたどり着ければ、自分は後半は強いから、大丈夫と思って、まったく後半の予習をしていなかった。それが複数の判断ミスを招き、最後にツケとなって表れたのは周知のとおり。

・シューズ選択ミス
 UTMBは長い距離のハードトレイルだからシューズもクッション性能が重要と考えたし、当時爆発的な人気であったHOKAに心動かされて、私の足形に合っていないHOKAを選択してしまった。
 マメについては、マメ防止のテーピングで凌いだし、不安だったグリップ力もハードトレイルなので、特に問題もなかったが、絶対的な信頼感を持って履いていたシューズでなく、つまりレース中、ずっとマメやグリップ力を気にしながら走るというストレスがあったのも事実だった。

・ヘッドライトが暗かった
 眼鏡を使用して走っている私にとって、夜間は何としても明るくしないと走れない。そのため、前回は新しい強力なライトを買って臨んだのであるが、実戦で使わずに、UTMB本番で初めて臨んだら、3時間で暗くなる代物だった。
 カタログの照射時間を信用していた私は、予備電池をあまり持って行ってなく、2晩目は実質1台での夜間走となり、苦労した。
 正直なところ、このライトが暗かった問題は相当なストレスであり、リタイアの大きな要因だと思う。

・初めてのGPS時計を使いこなせず
 UTMBのわずか3週間前に発売されたGPS腕時計(エプソンのMZ-500)を購入し、使ったのだが、使い方が全く分かっていなかった。
 まず、現地の時刻に合わせられず、結局、頭の中で常に日本時間との時差計算して、現地時間の制限時間と比較していたのだが、40時間を過ぎてからはその計算ができなくなってきて、気がつくと制限時間オーバーでリタイアとなった。
 また、45時間計測しっぱなしで、デフォルトのどうでもよい累積の距離と時間の表示をしていて、次のエイドまで何キロとか、現在の標高はどれくらいとかを表示しないで、ボタンで都度切り替えるなど無駄な作業をしていた。

・制限時間勘違い
 予習不足の延長の話なのであるが、終盤のシャンペを出発した際に、トリエンの制限時間を1時間半間違えていて、もうこれは間に合わないと、一度、通過したエイド(シャンペ)に戻ろうと数百メートルも逆走し、その間、思い直して、「ダメもとでも先に進むべきだ」ともう一度踵を返して猛然と全力疾走で次のエイド(トリエン)に向かうも、30分の時間オーバーで到着したと思った事件があった。
 実際には制限時間まで1時間の余裕があった訳で、残り20kmなので普通なら完走確実なペースであり、自らの幸運に喜び、自分も完走を確信したのだが、このときの全力疾走が残体力をほとんど奪う形となって、最後はほんとうに動けなくなって、力尽きてリタイアとなったのである。

・オーバーペース
 コースに対する予習不足とGPS腕時計の使い方が未熟(なんと現地時間に合わせられなかった(笑))だったこともあって、レース中に3回もあるまじきオーバーペースを生じさせてしまった。
 1回目は最高標高地点への登り(50㎞付近)。これはシングルトラックで後ろのランナーに追われてのオーバーペースだったので、ある意味しょうがない部分であるが、次のコンバルからの登りでは、完全に息が上がって、全く登れなくなった。
 2回目はフェレ峠からの長い下りをベスパプロを飲んで、得意の下りということもあり、かっとんでしまった。その結果、長い下りの中盤から下りなのに歩くという大失速になってしまった。
 3回目は制限時間違いで記述したシャンペからトリエンまでの区間の全力疾走。ここの登りで100人くらいは抜かしたと思うのだが、完全にここで力を全部使い果たしてしまった。

・走れるところを歩いた
 クールマイヨールに到着し、師匠に追いついたことで完走した気になってしまっていた。
 クールマイヨールからの登りで熱中症で進めなくなった師匠を置いて先行したこともあり、ベルトーネ小屋で20分も師匠をボーっと待って、追いついてこないので、先行するも、その後の高原地帯の走れる水平トレイルで師匠が追いつけるようにとゆっくり歩いて進み、さらにボナッティ小屋でもゆっくり休んでいるときにやっと気がついた。「このままでは次の関門に引っかかってしまう」というくらい、時間を無駄に使ってしまった。
 その後のフェレ峠から下りは序盤はかっ飛ばしたのだが、途中からその反動で脚が出なくなり、終盤は下りなのにずいぶんと歩いてしまった。
 この二つの歩き・休憩で1時間はタイムが悪化したと思われる。

・暑さ対策不足
 2015年は、低地では30度を超える暑さとなったのだが、UTMBが暑いことに対するイメージがなくて、今思えば日中に明らかに着込み過ぎていた。つまりアンダーウエアを脱いでジップシャツ1枚にすれば良かったのだ。
 着込み過ぎで自ら熱中症になったようなものだったし、最後の区間では、登りを楽しようとハイドレの給水を半分の1リットルにケチって、脱水を引き起こしてしまった。

・眠気対策不足
 これは対策不足というより、最後の区間で頭がもうろうとなって、それを覚醒させるためにはカフェイン錠が最適だったはずで、それを所有していながら、それを飲むということを思い出せず・思いつかずに、もうろうとしたまま撃沈となりました。

・疲労対策不足
 これも46時間も寝ないで動いていれば、当然に相当に疲れるわけで、抜本的には解決策はないが、事前のトレーニング強化と十分な予習、直前の休養、レース中の力を使い切らないペース配分や補給など、いつもレースのようなかずさんマネジメントで乗り切りたい。

【ひと言】
これを書いていて思ったし、読んでいる方も思ったでしょうが、リタイアするだけの理由が前回はあったということですな。
しかもこれらの失敗は今考えれば防ぐことが可能なことばかりですね。
次回は完走に向けた対策と実践編を記事にします。

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