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2018年4月

2018年4月29日 (日)

萩往還マラニック大会(概要、レース戦略、装備、コース高低図)

いよいよ最後の開催となる「第30回山口100萩往還マラニック大会」が来週スタートです。

140km(2009年)と250km(2011年)の完踏から7年ぶり3回目の挑戦です。

過去の萩往還マラニック完踏記録綴りはこちら

Hagi1
Hagi2

【開催概要】
日時 平成30年5月2日(水)スタート18:00
受付 山口県山口市 香山公園 松籟亭
スタート 山口県山口市 香山公園 瑠璃光寺五重塔前
ゴール 山口県山口市 香山公園 瑠璃光寺五重塔前
主催者 山口100萩往還マラニック大会実行委員会事務局
連絡先 083-921-3036(大会本部)

【レース概要】
カテゴリー ウルトラマラソン(距離250㎞)
累積標高差 2800mくらいか(最高標高地点は板堂峠545m)
参加人数 500人
制限時間 48時間(翌々日18:00)
エイド数 23カ所
チェックポイント
13箇所
 ①豊田湖畔公園58.7km
 ②旧油谷中学校87.1km
 ③俵島98.6km
 ④川尻岬107.8km
 ⑤立石観音117.8km
 ⑥千畳敷125.4km
 ⑦湯本温泉144.7km
 ⑧静ヶ浦キャンプ場158.4km
 ⑨藤井商店179.5km
 ⑩三見駅188.6km
 ⑪浜崎緑地公園198.5km
 ⑫虎ヶ崎207.4km
 ⑬金照苑215.7km
 ⑭陶芸の村公園216.6km
 GOAL香山公園251.1km
スタート時間 18時(ウエーブスタート)
ゼッケン A247

【コース図】
Hagimap
ざっくり過ぎるマップです。(笑)

【コース高低図】
Img_20180427_082110_2
峠が何個もあります。
ざっと算定すると累積標高は2800mくらいと推測されます。
これは、同距離のさくら道より大きいな数値です。
全般的にタイムが悪いのは、これも一つの理由だと思われますね。
コースは平らに見えて、実は大変なんだ。(笑)

【レース戦略】
今回のテーマ 36時間以内完走&最後の大会を楽しむ
想定タイム 35時間50分(翌々日105:50)
①豊田湖畔公園58.7km(01:00)
②旧油谷中学校87.1km(05:00) ③俵島98.6km
④川尻岬107.8km(08:00) ⑤立石観音117.8km
⑥千畳敷125.4km(11:00) ⑦湯本温泉144.7km
⑧静ヶ浦キャンプ場158.4km(15:30)
⑨藤井商店179.5km(18:30) ⑩三見駅188.6km ⑪浜崎緑地公園198.5km
⑫虎ヶ崎207.4km(22:30)
⑬金照苑215.7km(23:50) ⑭陶芸の村公園216.6km
GOAL香山公園251.1km(05:50)

【天気予報】※4月27日時点の予報
 山口市 2日(水)曇り時々雨(22℃/13℃)60% 4日(金)晴れ時々曇り(24℃/8℃)20%
 長門市 3日(木)曇り時々雨(15℃/10℃)60%
 萩市  3日(木)曇り時々雨(16℃/10℃)60%

【装備等】
 ウェア上:半袖ハーフジップ、(ファイントラックメッシュ×2、ヒートX、長袖シャツ)
 ウエア下:ユニタイツ、ハーフパンツ、Tabio
 シューズ:miznoエンペラー×2
 アクセサリ:バイザー、グローブ、ULベスト、GPS腕時計、反射材
 出発携行品:香港ボトル、デジカメ、スマホ+電池、保険証、点滅灯、レインウエア上下、ティシュ、薬、アミノ酸、地図+袋、ライト×2、予備電池、バッテリー、キャラメル
 ドロップバッグ(油谷中):今のところ無し
 ドロップバッグ(宗頭):補充キャラメル、補充食料、替えシューズ

【ひと言】
 最後の萩往還、何としても完走して、私も有終の美を飾りたい。

 最大の不安要因は、暑さに苦しみながらも何とかゴールした「さくら道国際ネイチャーラン250km」から僅か中9日という短さによる体調と体力の回復具合だろう。

 脚については、全然問題なくて、回復度合いは100%近く、むしろ250kmを走り抜いて、前よりもっと良い状態になっているのではと期待できるレベルである。

 問題は内臓などの全体的な倦怠感だろう。疲労に加え、熱にもやられていたのが不安だ。

 それでもここ数日の休息で、かなり回復し、ハーフくらいは走れそうな感じではあるが、それ以上の数時間走った後にどうなるかは、まだまだ未知数だ。なるようにしかならないだろうし、今は回復に力を尽くすのみだ。

 あと少し心配なのは、雨模様。

 心配と言いながら実のところ、今夏のUTMBに向け、雨降りはレインウエアの性能確認にもってこいと思っており、雨に対するモチベーションはさほど低下していないというか、むしろ楽しみなぐらいである。(笑)

 それでも雨でシューズが濡れるのは少し不安であるが、鉄板シューズのイダテンの後継シューズ、エンペラーなら問題ないだろう。

 コース的にはさくら道の累積標高はGPS計測で約2100mだったのに比べ、萩往還のコース高低図からの目視推定では2800mと、こちらの方が高低差が大きいのが最大の不安要因だ。(まさか萩往還の方が飛騨越えのさくら道より累積標高が大きいとは予想外でした。(笑))

 あとは、さくら道に比べ、エイドが少ないこと。

 そのため、どうしても食料などを背負って行かざるを得ないが、まあ、これはUTMBに向けた、良いトレーニングになるだろう。(最後まで走り切れたら、萩往還上のエイド、明木とか佐々並のエイドはまだ開いていない時間通過となるのが寂しいが・・・)

 詳細にコース図を眺めていたら、私が完踏した2011年大会とはコースが一部変わっていた。(青海島部分が短くなって、湯本温泉往復が加わっていた)

 その辺りは、2日目の昼間なので、迷うこともないだろう。

 さくら道並みの36時間で完踏できれば最高だが、それが無理だったらせめて30時間台。それも無理そうなら、最後の萩往還の道中や終盤のエイドも全部楽しんでゆっくりゴールすれば良いわけで、どのパターンにしろ、楽しみだ。

 ということで、萩往還の関係者スタッフのみなさま、どうぞよろしくお願いいたします。m(__)m

 そして、萩往還に参加されるランナーのみなさま、一緒に最後の萩往還を楽しみましょう!(私のゼッケンはA247です。)

2018年4月28日 (土)

さくら道国際ネイチャーランGPS記録(累積標高差ほか)

日本最高峰のウルトラマラソン大会である「さくら道国際ネイチャーラン」を完走し、250km、34時間42分のレース道中に係るGPS記録を測定できましたので、ここにご報告します。

●GPSコース記録
Ws000004
名古屋からほぼ一直線に250km北上した軌跡です。
あまりにきれいに北上しているのにびっくり。
そして、普段のGPS記録図とのスケール感の違いにまたびっくり。
日本地図に線が引いてある感じがさくら道国際ネイチャーランの距離の長さを改めて実感させますね。

●別の地図バージョン(休憩マーク無し)
Ws000005
北に伸びる線にチェックポイントマークが重なり、完全に邪魔してましたので、これですっきりしました。(笑)

●コース高低記録
Ws000000
最高標高でほぼ中間地点に当たるひるがの高原に向けて一直線に高度を稼いでいるのが見て取れますね。
最大の難所は200キロ付近にある五箇山トンネルへの登り
トップランナーはここを走れるようですが、私レベルでは完全歩きというか、息も絶え絶えの登りです。
その後の一気の下りは私は得意とするところですが、こちらは多くのランナーは苦しむ下りのようです。

●ラップタイム一覧
Ws000001
5つあるチェックポイント毎に計測しました。
一瞬、全エイド毎に計測しようかと思いましたが、面倒なので止めました。
ただチェックポイント毎だと、ICリストバンドで公式記録を計測しているので、ほとんど意味がない計測でした。(笑)

●GPS記録一覧
Ws000002
コースタイムはゴール後に佐藤桜に感謝してから計測終了したので、1分ほどか超過しております。
距離は243㎞ちょっと、7㎞くらい短い計測結果となっております。割合的には2.5%短いくらいなので誤差の範囲でしょうか。
もっとも知りたかった累積標高差ですが、上昇差は2,095m。約2100mってとこですかね。
スタートとゴール地点が異なるので、ゴールの金沢兼六園の方が、最後坂もあったし、標高がスタートした名古屋より約30m高いということなのでしょう。
運動消費カロリーは17,099kcal。距離と標高差から想定通りで、これなら脂肪2キロは燃焼したかな。体重計に載ってないので実際には不明ですが

とりあえず、まだ我がGPS、EPSONのMZ500は3年経過し、電池ももちが心配でしたが、なんとか35時間は計測できたので、少し安心しました。(笑)

次戦は、最後の開催となる萩往還マラニック250km。

頑張りまーす!

【2017年完走記】

さくら道国際ネイチャーランGPS記録(累積標高差ほか)

【2014年完走記(コース風景多数あり)】

2014年の完走記はコチラ

【さくら道番外編】

もう一つのラストスパート(さくら道番外編1)

小心者ということ(さくら道番外編2)

ひとりが好きじゃなかったのか?(さくら道番外編3)

2018年4月27日 (金)

ひとりが好きじゃなかったのか?(さくら道番外編3)

世の中には不思議なことがある。その不思議な世界を望んでいたのに実現するとそれは苦痛になるのだから、人間とは面倒な生き物なのだ。

というわけで、さくら道国際ネイチャーラン余話その3です。

ひょっとして、もう飽きたかしら?

こんなくだらない話より、早く完走記書きなさい!って感じでしょうか(笑)

たぶんこれが最後になるので、お付き合いください。m(__)m

今回の話は、第1話「もう一つのラストスパート」と第2話「小心者ということ」の二つが嘘みたいにミックスしたような話です。たぶん想像できないでしょうが(笑)

さて「もう一つのラストスパート」で書いたとおり、名古屋からの帰りは高速バスを使いました。

高速バスを使った理由は2つ

1つは、圧倒的に安いこと(新幹線が1万円ちょっとのところ、バスは3000円ちょっと)

2つは、長く眠れそうなこと(乗車時間は新幹線だと1時間50分だが高速バスだと5時間以上)

3つは、誰にも知り合いに会いそうにないこと(単独行動が好きなので(笑))

もちろん、デメリットは①時間がかかるし、②疲れることだが、上の3つの利点が上回っての選択だった。

名古屋駅地下街での打ち上げに参加するも、わずか30分余りでバスの発車時刻となり、席を立ったのはちょっと寂しかったが、そればかりはやむを得ない。

地下街からバス乗り場として指定されたE6出口で地上に出ると、すぐ脇に予約したバスがすでに停車していた。

氏名を告げて、バスに乗り込もうとすると、衝撃的なことを告げられた。

「今日の乗客は、おひとりですので、どこでも自由に座ってください」

まじですか・・・。このバスを私が独占ってこと。それは隣とか気兼ねなくて、気が楽でいいなと思いましたよ。

その時の写真はこちら↓
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席が自由と言われても、特に座りたい席もないので、とりあえず予約した5列目の席に荷物を置いて、その後ろに座ることにした。

空間的な余裕ができたので、すぐに眠るのは止めて、このブログに完走報告を書きながら、友人にこの衝撃的な状況、すなわちバスを一人で独占していることをせっせとラインで送ったり、FBに投稿したりした。(笑)

小1時間でブログは書き終えて、その間にもラインでやり取りしていると最初のトイレ休憩になった。

することが無くなったので、爆睡しようと思い、まずは腹ごなしをすることにした。

実は打ち上げでは、時間がなくて、ビール1杯に子エビ2尾と枝豆しか食べてなかったからだ。

無性に、おにぎりが食べたくなって、おにぎりを二個食べ、バスに戻ると、運転手さんもおらず、無人のバスに乗り込む形となった。

先ほどの席にはバッテリーなどの充電を始めたので、さらに一つ後方の席に座り、リクライニングを倒して、寝始めた。

そうしているうちに、休憩時間が終わり、バスは出発。

さくら道250kmで身体の疲労は極限状態であるのだが、なんだか落ち着かず眠れない。

ときどき帰ってくるラインの中で、ある先輩がこんなことを書いて送ってきた。

「1人だと気まずくない?」

そんな気持ちはこれまでさらさらなかったのだが、確かに言われてみると、客席で何か起こるとすれば、それはすべて私が原因となるということか・・・

例えば大いびきをかけば、私だし、何か粗相をすれば、それも私なんだなあ・・・

なんて普段は考えもしないっことを考えていると、妙な緊張感が生まれ、疲れ切っているのに眠るに眠れなくなってきた。

気になると、座席シートの具合もなんだか体にフィットしないし、バスのエンジン音、さらには座席がきしむ音すらも、普段なら全く気にならないのに気になって、結局30分も眠れずに、2時間弱の走行が終わって、最後のトイレ休憩に入った。

しかも時間調整のため、35分も停車することになり、普段ならトイレに行って、すぐに戻って、眠るのだが、ひとりともなると、バスに戻るのもはばかられて、結局30分もサービスエリア内をうろついてしまった。

ここから終点の東京駅までは約1時間20分。今度こそ寝ようと思うが、今度は乗り継ぎ時間も気になって、眠るに眠らず、一睡もすることなく、最後は乗り継ぎのシミュレーションを何度も頭の中で実施していましたね。

まったく自分の小心者心理には、我ながらあきれるばかりの、高速バス独占して落ち着かなかった事件でした。

「おまえ、ひとりが好きじゃなかったのか?」と思わず自問自答してしまいましたね。(笑)

【2017年完走記】

さくら道国際ネイチャーランGPS記録(累積標高差ほか)

【2014年完走記(コース風景多数あり)】

2014年の完走記はコチラ

【さくら道番外編】

もう一つのラストスパート(さくら道番外編1)

小心者ということ(さくら道番外編2)

ひとりが好きじゃなかったのか?(さくら道番外編3)

2018年4月26日 (木)

小心者ということ(さくら道番外編2)

今回の番外編は心が小さい男の話です。(笑)

今回のさくら道でも私はなんだかんだで、完走できた。しかも制限時間ギリギリでゴールかと予想していたのだが、1時間以上の余裕を持ってのゴールとなった。

後半に強いのではないか?と常々思っている部分もあるのだが、レース展開を振り返ってみると、そんな感じではない気がしてきた。

今回と前回2014年のときのチェックポイント通過タイムの比較です。

   2014年 2018年

スタート06:15 06:03

第1CP 14:25 13:33(関門時刻15:00)

第2CP 19:44 18:47(関門時刻20:00)

第3CP 01:31 00:49(関門時刻02:00)

第4CP 05:53 05:14(関門時刻06:30)

第5CP 11:06 11:16(関門時刻12:30)

ゴール 16:54 16:44(関門時刻18:00)

250kmものコースでチェックポイントは5カ所とそれぞれの間隔は40kmくらいとざっくりしすぎていて、よくわからないと思われますので解説します。

初参加だった2014年は、第2CPまでは完走したランナーでは、ずっと最下位通過で、その後、今回みたいに暑くなかったので、体力的に持って追い上げる感じとなりました。ゴールにたどりつけるのかどうかは、当然よくわからず、周りの人の意見を参考に進むといった感じで、結果的に最後は余力があって大爆走して、34時間39分でした。

2回目となった今回は、前回の序盤最下位独走を反省し、記録を参考に計画を立て、第2CPまではその計画通りでしたが、その後は日中の暑さによる疲労が出てきて遅れ始め、結局、前回とほぼ同じタイムとなりました。

その結果だけみると、特段問題があるように思われないかと思いますが、実際の私は、2日目の朝となった第4CP過ぎて、五箇山トンネルの上りが始まって、太陽に照らされ暑くなってから、脚が出なくなって進めなくなって、相当にあせる展開となりました。(上のタイム比較からも第4CPから第5CPの間の失速は顕著です。)

その失速中に考えることは、ゴールまでのタイムの積算。

計算すればするほど、厳しい展開だとの認識を強め、それゆえに、まさに死力を尽くしての前進となっておりました。

その展開の中で、死力を尽くしても、減速している他のランナーとスピードは互角であり、その彼らに話しかけることはただ一言、「このペースでゴールできますかね?」

すると彼らは異口同音にして、「もう大丈夫でしょう」と私を安心させようとする。

その一言で私は安心するかと言えば、実は全く信じていなかった。

「あなたは走力があるから最後に帳尻が合わせられるかもしれないが、私の力では最後に間に合わないのでは?」というネガティブな思考が頭の中でぐるぐる回っていたのが実情である。

ゴールまで残り何キロだから、時速6キロで進めば大丈夫だと計算しても、6キロということは、ほぼ歩きになったら間に合わないではないか?と恐怖し、走れないから超スロージョグで進む展開が続く。

周りのランナーの多くはゴールを確信して歩き始めているのですが、私はどこかで不安があって、走れる状態でないにもかかわらず、歩いては歩くのとさほど変わらないスロージョグを繰り返していた。

少しでも前に行かないと不安だからのスロージョグである。

それが終盤は延々と自分の頭の中で反芻され、まさに増殖されていった感じで、いつまでたっても他のランナーのように完走を確信するには至らなかった。

そのため、結局のところ、終盤はエイドの休憩は最小限にし、熱中症で歩くのもつらい中でも、私は少しの平地や下り坂をこまめに走り、ほぼ歩きの他のランナーをゆっくりながらも何人も抜かして進んでいった。

その結果、前回とほぼ同じ34時間41分でゴールできた。

確かに終盤追い上げた感はあるのだが、頭の中は、このペースでゴールできるのか?を何十回、何百回も繰り返していただけなのである。

本当に周りのランナーの見込みが正しいのだろうか?と、小心者の私は信じることができず、少しでも前に進むという意識が途絶えることなく、結果的にギリギリにならないで、ゴールしてしまったのである。

つまり、小心者ゆえに、苦しくても途中で何かあったらゴールできないのではという恐怖を解消するべく、とにかく、こまめに平地と下りを走り続けられたということなのだろう。

そう書くと、走ることを楽しむことができていないようなご指摘を受けそうだが、後半こまめに走って何人も抜き去る際に、多少並走したりと交流ができているので、そこはそこそこ楽しめてはいるのである。(笑)

それでも最後に一言、思いを吐き出すなら

「あー、俺って、ゴール未達を恐れる小心者なんだ!何で余裕の走りが出来ないんだろうか」

まあ、それ故に完走できたのだから、そういうキャラを受け入れて良しとしますか!(笑)

●スタート前写真
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右から2番目が私です。

【2017年完走記】

さくら道国際ネイチャーランGPS記録(累積標高差ほか)

【2014年完走記(コース風景多数あり)】

2014年の完走記はコチラ

【さくら道番外編】

もう一つのラストスパート(さくら道番外編1)

小心者ということ(さくら道番外編2)

ひとりが好きじゃなかったのか?(さくら道番外編3)

2018年4月24日 (火)

もう一つのラストスパート(さくら道番外編1)

名古屋城から金沢兼六園まで250kmを36時間で走破するさくら道国際ネイチャーランは、制限時間が短く完走するには厳しいコース設定である。

それでも故佐藤良ニ氏の志を継ぎ、参加ランナーとしての完走という目標のため、選手(ランナー)は当然死力を尽くすのであるが、関係者・ボランティアも同じ完走という目標のため、同じように死力を尽くした献身的なサポートを行ってくれるのである。

このことは、私の内なる目覚めを呼び起こすに十分な経験になったものと思う。

と真面目な前置きをして、ここではレースとは全然関係のない話をしたい。

そういうネタ関係が大好きなのであるが、レースで起こった珍事件を書くと、いろいろと差し障りがあるので、本当は書きたいことはあるのだが、それは心の中に秘めて、誰も傷つかない、私の自虐ネタをここではご披露したい。

その第一弾は「もう一つのラストスパート」

バカロード師匠に「かずさんのラストスパート」に関するコメントを何度かいただいたことで、すぐに調子に乗る私は、いつのまにか、ラストスパートが得意な気持ちになっている。この辺りの単純さには我ながら呆れる(笑)

本当は、鈍足レベルながら、ラストだけは走り抜いてしまうという走癖なだけなのであるが、今回のさくら道国際ネイチャーランでも、金沢市街に入ったところで、最後の7.2km区間は、二段ぐらいギアを上げて、キロ6分程度の小爆走して駆け抜けたところである。

自分としては、完全燃焼のラストスパートのつもりだったのであるが、本当に完全燃焼したラストスパートは別の機会に訪れたのであった。

ゴールした翌日に、植樹と閉会式があり、名古屋まで主催者にバスで送ってもらい、その後、お誘いがあったので名古屋駅の地下街で軽く一杯飲んで、交通費を浮かすべく予約していた3000円の東京行きの高速バスに乗って帰ったのであった。

予定では、高速バスを東京駅で降りて、我が家の近くで停車する千葉のちはら台行きの首都高経由の路線バスに乗るつもりであった。

タイムテーブル的には、乗り継ぎ時間は2分しかなくて、東京着のバスターミナルと千葉ちはら台行きのバス停は約500mくらい離れていて、絶望的なのであるが、高速バスにありがちな少し早目の到着に期待しての乗車であり、どうしても予定より10分くらいは早くついてもらわないといけなかった。

その思惑通りに高速バスは、東名高速から首都高速に入って、銀座の手前で降りて、到着予定の15分前には東京駅手前の銀座を通過した。その際、千葉ちはら台行きのバスはすでに始発場所である銀座に停車していて、その横を追い抜く形で高速バスは通りすぎ、この時点では、計算通りの展開にほくそ笑んでいた。

ところが、車内でリュックを背負ってからが長かった。東京駅から少し離れた終点の東京駅鍛冶橋バスターミナルになかなか入ることができず、ここで5分くらい時間をロスした。

それでも何とかバスターミナルに入ると、今度はバスの運ちゃんが停車に手間取るというトラブルが起きた。

こちらはイライラしながら停車を待ち、バスの扉が空いた瞬間、背中には重さ15キロぐらいの大型リュックに両手はお土産の紙袋の格好で飛び出した。すでに乗り継ぐバスの発車時間まで5分を切っていた。

降りると誘導員に遠回りを指示され、バス待ち客で大混雑する通路を掻き分けて進むと信号は赤に。

仕方なく直角方向の青の信号で道路を横断し、反対側の歩道を進み始めると、なんと千葉ちはら台行きのバスに追い抜か去れてしまった。すでに東京駅発の時間は残り3分を切っているのだから当然といえば当然の展開。

しかし、遅れてなるものかとここで闘志に火が付き、250kmを走ってかなり重たい脚の状態で、荷物を背負って、両手お土産の格好で、猛然とダッシュして進み始めた。

しかしバスの後姿は見る間に離れていく。

まだ2分ある。絶対にバス停にたどり着くべく、さらにギアを上げて数百メートル進むと、反対車線のバス停に千葉ちはら台行きのバスが停車している姿が見えた。

腕時計を見ると、発車まで残り10秒で、目の前の信号機も赤。

絶体絶命のピンチ

諦めかける気持ちを抑え、打開策を瞬時に考え、決断した。

その決断は、交通法規遵守のさくら道では絶対にしなかった信号無視だ。

東京駅前の交通量の多い交差点の歩道を安全確認の上、赤信号で猛然とつっきって、バス停に一直線にラストスパートをかけた。

すでに発車時刻は過ぎているはずだが、まだバスの扉は開いていて、大きな荷物を背負った息絶え絶えで汗だくの私は、目の合ったバス運転手さんにこう尋ねた。

「乗っていいですか?」

さくら道のラストスパートを超えるラストスパートをバスの乗り継ぎで、大きな荷物抱えて行うとは思いもしなかった。

バスに乗り込むと、少し恥ずかしさもあって、空いていた最前列のシートに座って、まず思ったことは、

「スーツケースにしてたら間に合わなかった。登山用の大型リュックにして良かった。」と、普通に電車に乗って帰れば良かったことなど気も付かず、ただただラストスパートで間に合ったことに満足しながら大汗かいている私なのでした。(笑)

【2017年完走記】

さくら道国際ネイチャーランGPS記録(累積標高差ほか)

【2014年完走記(コース風景多数あり)】

2014年の完走記はコチラ

【さくら道番外編】

もう一つのラストスパート(さくら道番外編1)

小心者ということ(さくら道番外編2)

ひとりが好きじゃなかったのか?(さくら道番外編3)

2018年4月23日 (月)

さくら道国際ネイチャーラン完走しました!(結果速報)

さくら道国際ネイチャーラン250km(スタート名古屋城-岐阜白鳥-金沢兼六園)に4年ぶりに出走し、連日30度の中、なんとか完走することができましたので、まずはそのご報告させていただきます。(翌日なので速報じゃないですね。(笑))

記録は34時間41分、順位は52位でした。

Img_20180423_110342

4年前よりタイムは2分遅くなりましたが、順位は少し上がったので良しとします。(笑)

いやあ、それにしても暑かったです。この暑さでは、3分の2はリタイアするだろうと思っていましたが、さすが選ばれし、さくら道ランナー、82名完走してました。(出走133人)
自分は五箇山トンネルの登りでもうダメだと思ったので、よく完走できたなと思ってます。
恐らくリタイアしても早く自宅に帰られないから、粘れたのかと(笑)

完走率は61.7%

初期の時代を除けば、ここ20年で過去2番目に低い完走率のようでした。(過去最悪は途中中止となった2016年大会の3%)

道中は「もう250kmの大会は出ない!萩往還はキャンセル、キャンセル」と思いながら走っていましたが、今は翌週の萩往還に出るつもりになっています(笑)

詳しいご報告はまた後程に

関係者・ボランティアのみなさま、参加されたランナーのみなさま、さらには応援していただいたみなさま、本当にありがとうございました。m(__)m

【2018年完走記】

2018さくら道国際ネイチャーラン完走記

さくら道国際ネイチャーランGPS記録(累積標高差ほか)

【2014年完走記(コース風景多数あり)】

2014年の完走記はコチラ

【さくら道番外編】

もう一つのラストスパート(さくら道番外編1)

小心者ということ(さくら道番外編2)

ひとりが好きじゃなかったのか?(さくら道番外編3)

2018年4月17日 (火)

さくら道国際ネイチャーラン 大会概要・レース戦略・天気予報・装備一覧

大会名 2018さくら道国際ネイチャーラン(250km)

国内最難関のウルトラマラソン大会に2回目の出場に際しての告知兼宣言兼備忘録です。この大会は背水の陣を敷かないと完走できないので、いわゆる決意表明です。(笑)

2014年の完走記はコチラ

【開催概要】
日時  平成30年4月21日(土)スタート06:00
スタート 名古屋城本丸御殿前(愛知県名古屋市)
ゴール  兼六園前(石川県金沢市)

【大会概要】
カテゴリー ウルトラマラソン(距離250㎞)
累積標高差 不明(最高標高地点は約900m)
参加人数 140人
制限時間 36時間(18:00)
エイド数 50カ所
関門5箇所
①67.2km(13エイド道の駅美並)15:00
②106.9km(21エイド白鳥ふれあい広場公園)20:00
③143.0km(28エイド荘川桜)翌02:00
④172.6km(34エイド道の駅白川郷)翌06:30
⑤212.0km(42エイド大鋸屋)翌12:30
GOAL250km(兼六園)翌18:00
ゼッケン 92

【コース図】
Sakura2018map

【コース高低図】
Sakura2018koutei

【レース戦略】
今回のテーマ 「完走」
想定タイム 32時間40分(翌14:40)
通過タイム
①道の駅美並13:45
②白鳥ふれあい広場公園18:45
③荘川桜24:00
④道の駅白川郷04:30
⑤大鋸屋09:45
ゴール兼六園14:40

【天気予報】ピンポイント予報(17日正午時点)
・名古屋 21日(土)晴れ(最高27℃/最低14℃)降水確率20%
・郡上  21日(土)晴れ(最高26℃/最低 9℃)降水確率20%
・高山  22日(日)晴れ(最高27℃/最低 8℃)降水確率20%
・金沢  22日(日)晴れ(最高24℃/最低13℃)降水確率20%

【装備】
・ウェア上 半袖ハーフジップ、(ファイントラックメッシュ×2、ヒートX、長袖シャツ)
・ウエア下 薄手タイツ、ハーフパンツ、Tabio、(黒ジャージ)
・シューズ miznoエンペラー×2
・アクセサリ バイザー、グローブ、ウエストポーチ、GPS腕時計、反射材、(リュック)
・出発携行品 ウエストポーチ、ボトル、ペラカップ、デジカメ、スマホ、保険証、点滅灯、ポンチョ、ティシュ、薬、アミノ酸、地図
・夜間携行品 リュック、ライト×2、反射タスキ、黒ジャージ、メッシュT、ULウインド、長袖シャツ

【ひと言】
距離250kmを制限時間36時間という厳しい設定のさくら道国際ネイチャーランがいよいよ今週末スタートです。

スタートは名古屋城でゴールは金沢城、飛騨の山中を走破となかなか豪華で豪快なコースです。(笑)

エイドは50か所もあり、ランナー140人にボランティアは700人超と国内のウルトラレース屈指のサポートがあるランナー冥利に尽きる大会です。

なのですが、4月開催ということで、社会人的には練習不足の時期でもあるのが本レースの難しいところ。

私も3月からは業務のみならず、子どもの進学転居準備で珍しく多忙を極め、練習不足に陥ったが、ここ10日間で220km走り込めたので、速成なりにそれなりの脚はできたと思う。

本大会は2回目で、一応、40代だった4年前になんとか完走したものの、今は50代。

50代になって、故障が治らず、前レースの小江戸大江戸マラニックを途中リタイアだったことを考えると、強気にコメントも出てこない・・・。

なので、今回の目標は「完走」あるのみ

ある意味、目標が明確なので、あれこれ考えずに全力でゴールだけを目指し、道中はただただ完走への執念のみを燃やし続けていきたい。(リタイアしても早く帰れないし)

ちなみに天気予報を見ると、悪天候ではないのだが、逆に天気が良すぎて灼熱地獄の様相。

暑さには強いと自負しているものの、それは他者と比較した相対的なもので、消耗度合いは温度上昇に伴って、当然うなぎ登りになる。

今回は、最近、いい加減になってきている補給について、初心に戻ってきっちり怠けずに行っていきたい。(これが今回の秘策(笑))

最後に、スパルタスロンやさくら道での完走実績以外を評価していただいて、厳しい主催者選考を通ったことを誇りに、関係者一同の思いに応えるべく、完走を目指して頑張りますので、応援よろしくお願いいたします。

2018年4月13日 (金)

【映画】あなた、そこにいてくれますか(韓国)

過去にもう一度戻れたら・・・。誰にでもありそうなとても切ないお話でした。

Anata

世界30か国でベストセラーになったフランス人作家、ギヨーム・ミュッソの小説を映画化した韓国発のファンタジー。過去に戻ることができる不思議な薬を手に入れた男が、過去の出来事を変えようとする。『チェイサー』のキム・ヨンソクが2015年に生きる主人公を、その30年前の姿をテレビドラマなどで人気のピョン・ヨハンが演じる。

【ストーリー】
医療ボランティアでカンボジアを訪れた医師のハン・スヒョン(キム・ユンソク)は、手術で赤ん坊を救ったお礼に“願いを叶える10錠の薬”を受け取る。彼の願いは、30年前に亡くなった当時の恋人ヨナ(チェ・ソジン)に、もう一度会いたいというものだった。半信半疑でその薬を飲んだスヒョンは、1985年にタイムスリップ。そこで出会ったのは、過去の自分。ヨナの身に起きた事実を知った若い頃のスヒョン(ピョン・ヨハン)は、彼女を助けたいと願う。だが、彼女との未来を選んだ場合、その死の10年後に生まれた娘の存在が消えてしまう。2015年と1985年、時を超えて出会った2人のスヒョンが選んだ答えとは……?

【作品データ】
原題:
製作年:2016年
製作国:韓国
配給:ギャガ・プラス
上映時間:111分
映画公式サイトへ

【スタッフ】
監督:ホン・ジヨン 
原作:ギヨーム・ミュッソ 
脚本:ホン・ジヨン 

【キャスト】
中年のハン・スヒョン:キム・ユンソク 
青年のハン・スヒョン:ビョン・ヨハン 
恋人ヨナ:チェ・ソジン 
キム・サンホ 
アン・セハ 

【感想】

「あなたには、もう一度会いたい人がいますか?」

これは、映画の序盤でカンボジアの秘境の村の老人が、村の子どもを救ってくれた主人公に対しての問いかけの言葉である。

大恋愛の末、結局、身分の差をのり越えられずに、別々の人と結婚したとか、そういう人生でなかった私には、絶対に、何が何でも、もう一度会いたい人は、現時点ではいない気がする。

ただし、過去に戻って、違う選択をしてみたいことは多少あるのだが、それによって今の人間関係や生活環境が変わることまでは望んでいない。

しかし、本作品ではもう一度会いたい人は、すでに亡くなった最愛の恋人であり、その死の原因が自分に起因する故に逢いたいのであった。

そうした無念の思いを持って、過去に何度も戻ることで、亡くなる原因を排除することに成功し、最愛の恋人は生きながらえるのであるが、その選択を導くのは、別離であったりするのである。

運命とは得てして、こうした不条理を持って、でも最後には、もう一度、生きて再会できたのだから、良しとしますか

日本映画が得意なファンタジーものであるが、韓国映画もとても上手に描いておりました。むしろ感情の発露が大げさすぎる民族的特性を抑えた演出が本映画ではとてもいい味となって出ておりました。

過去に戻れる薬があったら、自分は何をするために飲むだろうか?

2018年4月12日 (木)

【映画】ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男(イギリス)

・ドアップでも本物の皮膚にしか見えなかった。
映画「ダンケルク」を観た人は、絶対に観た方が良い作品です。

Charchile

ゲイリー・オールドマンが特殊メイクによって、英国の首相ウィンストン・チャーチルになりきり、第90回アカデミー賞主演男優賞に輝いた歴史ドラマ。第二次世界大戦時の閣議記録を元に、チャーチルの首相就任からダンケルクの戦いまでの27日間が描かれる。チャーチルの妻クレメンティーンに扮するのはクリスティン・スコット・トーマス。

【ストーリー】
第二次世界大戦初期の1940年。勢力を増すナチス・ドイツは各地に侵攻し、フランスは陥落間近にまで追い込まれ、イギリスにもその脅威が迫っていた。連合軍はフランス北部にあるダンケルクの海岸に追い込まれ、窮地に。就任したばかりの嫌われ者の英国首相ウィンストン・チャーチルは、政敵に追い詰められながら、ヒトラーとの和平交渉か徹底抗戦か、ヨーロッパの運命を左右する選択を迫られる。

【作品データ】
原題:DARKEST HOUR
製作年:2017年
製作国:イギリス
配給:ビターズ・エンド=パルコ
上映時間:125分
映画公式サイトへ

【スタッフ】
監督:ジョー・ライト 
プロデューサー:ティム・ビーヴァン、エリック・フェルナー、リサ・ブルース、ダグラス・アーバンスキー 
脚本:アンソニー・マクカーテン 
撮影:ブリュノ・デルボネル 
特殊メイク(ゲイリー・オールドマン):辻一弘 
音楽:ダリオ・マリアネッリ 
ヘアデザイン:イヴァナ・プリモラック 
ヘアデザイン(ゲイリー・オールドマン):辻一弘 
プロダクション・デザイン:サラ・グリーンウッド 
メイクアップ:イヴァナ・プリモラック 

【キャスト】
ウィンストン・チャーチル:ゲイリー・オールドマン 
クレメンティーン・チャーチル:クリスティン・スコット・トーマス 
Elizabeth Layton:リリー・ジェームズ 
Viscount Halifax:スティーヴン・ディレイン 
Neville Chamberlain:ロナルド・ピックアップ 
King George VI:ベン・メンデルソーン 

【ひと言】
私は「風と共に去りぬ」を史上最高の映画だと思っているのであるが、その「風と共に去りぬ」がアカデミー賞9部門(当時は部門が少なかったので、ほぼ総なめ)、それ故にアカデミー賞の信憑性を私は高く評価している。

一方、ド派手で単純明快で分かりやすいハリウッド映画は今一だと思いつつ、アカデミー受賞作品にはついつい興味をそそられてしまうのである。(本作品はハリウッド映画ではないが)

しかも本作品では主演男優賞とともに、メイクアップ&ヘアスタイリング賞を日本人が取っており、しかも大好きな歴史ものということで鑑賞した。

まずは、苦悩するチャーチルの顔がどアップに何度もなるのだが、毛穴が見えたり、肥満と加齢でたるんだ感じの質感は、本物の皮膚にしか見えなくて、まずそのことにくぎ付けとなってしまった。リアルな質感を失わず、苦悩の表情を余すことなく表現している本作品のメークアップ技術は本当にすごいの一言に尽きますね。

市井の人々の声を聴き、自らの信念に確信をもって臨む、国会での大演説は、英語を解さない私でも、その雰囲気だけで感動モノでした。

また、ダンケルクの戦いの裏側というか、戦場ではないイギリス側の描写はとても新鮮であり、しばらく前に鑑賞した映画「ダンケルク」と完全にリンクしたのもとても良かったです。

さて、ここで少し歴史的な解説をすれば、チャートルは、戦争という非常時の指導者としてイギリス国民に強く支持されながらも、戦争が終わると、すぐに、選挙で負けて内閣総辞職となている。

平時の指導者としては、失格という烙印を当時のイギリス国民は、戦争を勝利に導いた指導者にいともあっさりと突きつけるのだから、民主主義が未成熟というか、政治家に対してみる目がない、われわれ日本人からすると、イギリスの成熟した民主主義とは、素晴らしいの一言に尽きるとエンドタイトルクレジットを観ながら思いました。

そういう市民としての見識の高さを持ち得るよう、私もまだまだ勉強していかねばと強く思ったのが、私の感想です。(笑)

2018年4月10日 (火)

続日本100名城一覧(スタンプあり)

城好きな私は、日本100名城を機会を見ては登城しており、その一覧を掲載してきていたが、平成30年4月からは、続100名城のスタンプができたので、これも廻る必要が出てきた。(笑)

そんな城マニア情報を知らない後輩が、城好きの私が喜ぶと思って、沖縄旅行で勝連城に行ってきて、まだレアであるということを知らないで続日本100名城のスタンプをゲットしてきたので、うれしくなってのご報告と記事です。

●勝連城(200)のスタンプ
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4月1日から解禁された続日本100名城のスタンプです。沖縄県の勝連城は城番号としては最終の200番のようです。
沖縄にはなかなか行けそうにないので、このスタンプ、ちょっと大事にしようっと(笑)

さて、私もよく知らない続日本100名城であるが、一覧にすると以下のとおりである。

/北海道・東北地方/

北海道    志苔館(101)    上ノ国勝山館(102)
青森県    浪岡城(103)
岩手県    九戸城(104)
宮城県    白石城(105)
秋田県    脇本城(106)    秋田城(107)
山形県    鶴ヶ岡城(108)    米沢城(109)
福島県    三春城(110)    向羽黒山城(111)

 /関東・甲信越地方/

茨城県    笠間城(112)    土浦城(113)
栃木県    唐沢山城(114)
群馬県    名胡桃城(115)   沼田城(116)     岩櫃城(117)
埼玉県     忍城(118)      杉山城(119)     菅谷館(120)
千葉県    本佐倉城(121)   大多喜城(122)
東京都    滝山城(123)    品川台場(124)
神奈川県   小机城(125)     石垣山城(126)
山梨県    新府城(127)    要害山城(128)
長野県    龍岡城(129)    高島城(130)
新潟県    村上城(131)    高田城(132)     鮫ケ尾城(133)

/北陸・東海地方/

富山県    富山城(134)    増山城(135)
石川県    鳥越城(136)
福井県    福井城(137)    越前大野城(138)   佐柿国吉城(139)
福井県・滋賀県            玄蕃尾城(140)
岐阜県    郡上八幡城(141) 苗木城(142)     美濃金山城(143)   大垣城(144)
静岡県    興国寺城(145)   諏訪原城(146)      高天神城(147)     浜松城(148)
愛知県    小牧山城(149)   古宮城(150)      吉田城(151)
三重県    津城(152)       多気北畠氏城館(153)  田丸城(154)        赤木城(155)

 /近畿地方/

滋賀県    鎌刃城(156)     八幡山城(157)
京都府    福知山城(158)
大阪府    芥川山城(159)    飯盛城(160)     岸和田城(161)
兵庫県    出石城・有子山城(162)            黒井城(163)     洲本城(164)
奈良県    大和郡山城(165)  宇陀松山城(166)
和歌山県   新宮城(167)

 /中国・四国地方/

鳥取県    若桜鬼ケ城(168)  米子城(169)
島根県    浜田城(170)
岡山県    備中高松城(171)
広島県    三原城(172)     新高山城(173)
山口県    大内氏館・高嶺城(174)
徳島県    勝瑞城(175)     一宮城(176)
香川県    引田城(177)
愛媛県    能島城(178)     河後森城(179)
高知県    岡豊城(180)

 /九州・沖縄地方/

福岡県    小倉城(181)     水城(182)       久留米城(183)
福岡県・佐賀県             基肄城(184)
佐賀県    唐津城(185)
長崎県    金田城(186)     福江城(187)     原城(188)
熊本県    鞠智城(189)     八代城(190)
大分県    中津城(191)     角牟礼城(192)    臼杵城(193)     佐伯城(194)
宮崎県    延岡城(195)     佐土原城(196)
鹿児島県   志布志城(197)    知覧城(198)
沖縄県    座喜味城(199)   勝連城(200)

【ひと言】
 幾つか(数えると12城)はすでに登城してはいるが、結構知らないお城が多い。
 しばらく楽しめそうだけど、城博士としては失格だなあ。(笑)

 それでも、この数、200名城となるとやはり若干、お城の価値が低下するような気がするのは否めないなあ・・・。
 もう一つの趣味である登山のほうでは三百名山まであるが、お城の方はこの辺りで止めといたほうが良さそうな気がしますね。

 そんなことはともかく、日本100名城+続日本100名城の計200城、先は長く楽しめますな。(笑)

2018年4月 9日 (月)

【テレビドラマ】アンナチュラル(TBS)

昨夜、やっと最終回を観ることができての投稿です。(3月は忙しくて(笑))

私的には今クール(2018年第1四半期)最高の連続テレビドラマでした。

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【ストーリー】
主人公・ミコトの職業は、死因究明のスペシャリストである解剖医。
彼女が許せないことは、「不自然な死(アンナチュラル・デス)」を放置すること。不自然な死の裏側には、必ず突き止めるべき真実がある。偽装殺人・医療ミス・未知の症例…。しかし日本においては、不自然死のほとんどは解剖されることなく荼毘に付されている。その現実に、彼女は個性豊かなメンバーと共に立ち向かうことになる。
このドラマは、新設された「不自然死究明研究所(UDIラボ)」で働く人々の人間ドラマを中心に描きながら、毎回さまざまな「死」を扱いながらも、スピード感と爽快感を持って、「死」の裏側にある謎や事件を明るくスリリングに解明していく、一話完結型の法医学ミステリーである。
全体のテーマは、「死と向き合うことによって、現実の世界を変えていく」。
「死因」を見つけることによって、今を生きる人々の命を救ったり、社会制度を変えることで未来の危機を回避し、少しでもより良い世界に変えていけたら…。
彼らは一見、特殊な世界に身をおく人々だが、普通の人と変わらない日常を持っている。恋に悩み、家族関係に苦しみ、合コンにも行けば、おいしい食事も食べる。時にケンカをし、友情を育む。感情を抑えて仕事をしようと思いながらも、遺族に共鳴し涙してしまうこともある…。そんな天才でも変人でもない、普通の人々である彼らの姿を丁寧に描いていく。

●相関図
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【感想】
 石原さとみは、どちらかというとちゃらい印象の女優さんだが、本ドラマではそのちゃらさと法医学者としての真摯な仕事ぶりのギャップが良い味を出していた。

 最終回は、現代社会の闇の構図をストーリーにうまく溶け込ませつつ、主人公は権力者たちに忖度を求められ、苦悩しながら、上司が部下にその責任を擦り付けることなく、身を挺して、部下を守ろうとする辺りは、現在でなければ、これほど強い共感を得ることはなかっただろう。

 「こちらはやるべきことをやりました。あとはそちらがやるべきことをやってください」

 松倉豊扮する主人公の上司のセリフ、かっこよかったなあ・・・(見てないとわからないでしょうが)

 信念を持って仕事をする、一応、やっているつもりですが、今一度、肝に銘じておこうと思いました。

 なんて堅い話をしてしまいましたが、本作品は法医学の話で、殺人事件のミステリーとしても、珠玉のストーリーでしたね。26人も猟奇的に完全犯罪的に殺した犯人を最後に追い詰める話は、あっぱれでした。

2018年4月 8日 (日)

親って大変なんだよ(笑)

世の中に対して大して不満もなく生きている私にとって、久しぶりにムムッときた記事があったのでご紹介します。

●膨らむ携帯代、大学生の年間生活費2万4千円増(4/4(水) 10:18配信 読売新聞)

Daigakusei

 大学生(昼間部)の2016年度の生活費の年間平均は69万800円で、14年度の前回調査から2万4000円増えたことが、日本学生支援機構の調査でわかった。

 増加は前々回の12年度調査以来。仕送りなど家庭からの収入が減る中、アルバイトの収入は増えており、同機構は「学生がアルバイトでやりくりする姿がうかがえる」としている。

 今回の調査では、全国の大学生など約4万4000人から回答を得た。

 増えた生活費の内訳は、携帯電話代を含む「その他の日常費」が1万400円と最多で「娯楽・嗜好(しこう)費」が6000円、「食費」が4800円と続いた。

 生活費と学費を足した大学生の年間費用は188万4200円で、前回比2万2100円増。収入は同5500円減の196万5900円で、内訳は「家庭からの給付」「奨学金」が減った反面、「アルバイト」(35万6100円)が増え、アルバイトで減収分を補う形が鮮明になった。

【ひと言】
 世の中に対して大して不満がないと言ったが、実のところ、世の中の多くの人がなぜそうなっているかを考察することなく、不平不満を言っていたりすることが、実は私にとって大いなる不満である。

 そうした人に対して、いつもひと言、こう言いたい「あなたは、ちゃんと仕組みや理屈分かって云っているのか?(わからずに適当に)自分でそれを選択したんでしょ!」と

 おっと、だいぶ話がそれたが、我が家は二人の大学生を抱え、高等教育に係る親の負担の重さに直面して、少しあわてている次第である。(笑)

 大学生1人の年間費用は188万円ということで、うちは×2、つまり平均から算定すると376万円ということですね。

 実際の我が家では、授業料と仕送りで年間350万円程度の予定であることから、概ね平均的な感じなのかなあと思ったのだが、何事もきちんと調べないと気が済まない私は、日本学生支援機構のサイトを覗いてみた。

 やはり、マスコミは記事を圧縮しすぎていて、肝心な情報が抜けていた。タイトルの携帯代の話なんて報告書には載ってないし(笑)
(ちなみに我が家では子どもの携帯代は私持ちだが、月額ではひとり1000円程度と格安なのだが)

 まず、大学生1人当たりの年間収入(授業料、親の仕送り、バイト代など)の内訳であるが、家庭からの給付(授業料も含む)60.1%、奨学金19.6%、アルバイト18.1%となっていた。

 年間収入は196万5900円であることから、家庭からの給付は年間約118万2千円、奨学金は年間約38万5千円、バイトは年間約35万6千円、その他が4万3千円ということのようだ。

 奨学金は、先の大学保護者説明会では約50%強、本報告書では49%の学生が奨学金を利用しているとのことから、平均値では20%弱だろうが、実質奨学金を利用している人において、奨学金が収入に占める割合は、単純計算すれば約40%近くになるはずだ。

 さらに自宅と自宅外での差であるが、大学(昼間部)では、自宅外の学生生活費は自宅に比べ53万円高くなっていると書いてある。そりゃそうだよなあ。

 他に興味深い調査結果としては、通学時間の調査があった。自宅生は、片道1時間以上が50%を超えるのに対し、寮やアパートでは、約8割が20分以内であった。

 自宅生は一見不利にも見えるが、生活にかかる時間、例えば食事の支度や洗濯などは親にやってもらえる可能性が高いし、また通学は電車とかバスが多いであろうが、そうした時間は、勉強するなど有効に使うこともできるので、勉学への専念の観点では不利ではなくて、むしろ有利であろう。ただし、その後の人生といった観点でトータル的にみれば自宅外生は、とても良い人生経験をすることになるとは思う。私がそうだから(笑)

 ちなみに我が家のアパートであるが、都内の都心部(山手線内)に通う長男坊は、山手線の遥か外側のアパートから約35分くらいかけて通っていると思われ、次男坊は大学すぐそばのアパートなので通学時間は5分程度であろう。

 しかしながら、家賃は長男坊の方が3倍なのであるから、都内は高くつくということですなあ。

 また、今年度から給付型、つまり返さなくてよい国の奨学金制度が始まったのであるが、成績優秀かつ所得が低い世帯であることが条件で、一般的なサラリーマン家庭では条件に合わないのが実情であり、そうした家庭では、奨学金といえば貸与型と呼ばれる返す奨学金しかないのが実情である。

 ちょっと愚痴っぽくなったが、親子の愛情を一度脇に置いて、次代を担う若者を育成する一翼を担えることを良しと思うとともに、その重責にやりがいを感じればこその我が思いを今一度奮い立たせるための記事でした。こうなりゃ、俺も何かバイトすっか?(笑)

2018年4月 5日 (木)

茨城大学入学式

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次男が入学する茨城大学、通称「イバダイ」の入学式に出席してきました。入学式の会場はキャンパス内でなく、茨城県武道館でした。(ちなみに長男の東京理科大学入学式は日本武道館でした。)

9時30分着席に向け、千葉の自宅を朝5時45分に出発。

もう少し早く出発したかったのだが、少し出遅れたので、高速(東関東自動車道、圏央道、常磐道)を使って、先を急ぎ、8時前にアパートに到着し、いくつかの荷物を搬入。その後、茨城大学水戸キャンパスに向かう。といってもわずか二百メートルくらいでしたが

入学式ということで、守衛さんに許可をいただいて、キャンパス内に駐車し、まだ相当時間があるのと長旅で疲れたためいったん、次男坊のアパートにてしばし休息。

●次男坊のアパート
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9時10分にアパートを出て、武道館に向かうと、新入生とその父兄の集団が溢れていて、それに合流する形で、水戸キャンパス沿いに進みながら向かう。

大学正門前に着いたので、守衛さんにシャッターをお願いして記念撮影。

●単独撮影
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その後、県武道館に向かうも、すでに大混雑。少し出遅れたようだ。(笑)

●茨城県武道館
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入学式の立看板の前は撮影で長蛇の列なので、脇から記念撮影。


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武道館に入ると先に購入を奨めるアナウンスに促されて茨城大学記念グッズを購入。しかし、その間にどんどん父兄が入場し、武道館内に入ったら、すでに満員御礼状態。

席を探しながらうろつくも、見当たらない。そうこうするうちに、式典開始の時間が刻一刻と迫る。

私は式典を見たいので後方に、妻は我が子がどこに座っているのか確かめるため前方に、ということで別れて式典が始まった。

私の方は、向こう正面の最上段に一席空いているのを見つけ、座ってみることに。

●真向い正面からの式典の様子
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●学生席(武道場)と父兄席(2階座席)
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●式次第
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●茨大コミットメント
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●次男坊の姿
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私は見つけられなかったけど、母親はちゃんと見つけてた。
母親は凄いね。

11時20分には式典が終了し、アパートに戻って、三人で昼飯を食べた。

テレビを見ていたらNHKのニュースが、水戸放送局バージョン(首都圏バージョンでなかった。)で、ついさっきまで式典していた茨城大学の入学式が大々的なニュースとなって放映されていた。


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ニュースになったこともびっくり、さらについ1時間前の入学式が放映されていることにもびっくりでした。(笑)

その後、昼寝して、午後2時からの工学部保護者説明会に、せっかくなのでそれに参加した。

●茨城大学講堂
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イバダイで最も学生数が多い工学部の保護者説明会は、茨城大学最大の収容人数を誇ると思われる大学講堂で開催でした。

●工学部の学長などの幹部
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時間ギリギリに入室すると最前列しか空いていなくて、ものすごい近い距離で説明を聞きました。(笑)

●巨大スクリーンを間近に見て
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説明をしっかり聞きました。

国立大学の工学部は、基本的に6年で学ぶようで、茨城大学でも大学院進学率は50%超えるらしい。東工大とか東北大などは9割以上らしい。

知らんかった。(笑)

奨学金制度の説明を食い入るように見ていたが、給付型奨学金(返済する必要がないタイプ)は、あるにはあるが、成績が優秀かつ所得制限があるので、期待できなことが分かった。残念。

数百人がいる説明会で、質疑応答はないかと思っていたら、質問が途切れず、父兄の熱心なことにもまた感心した。

いずれにせよ、工学部は勉強をしっかりしないといけないようで、次男坊には覚悟して頑張ってもらうしかないと思った。

たっぷり1時間半の説明会を終えて、アパートに戻って、次男と今後の話をして、6時ころ、アパートを出発し、8時50分ころ千葉の自宅に戻った。

●茨城大学名入り商品(グッズ)
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左、茨城大学羊羹(上:メロン、下:さつまいも)
右、茨城大学クッキーセット

羊羹は茨城の特産である地元産メロンとサツマイモを使っていました。

しっかり勉強して、大学生活を楽しんで欲しいですね。頼みますよ!

2018年4月 3日 (火)

御勇退される先輩から寄せられた「次代を担う後輩へのメッセージ」

年度末の締切に追われた業務に送別会、さらには子供の進学、引越し準備に忙殺され、すっかりブログのアップが滞っておりました。
新年度は何から書こうかと思いつつ、疲れもあって筆が進まない事態でしたが、公私において、お世話になった諸先輩方からのメッセージに、ちょっと心揺さぶられたので、備忘録的に若干、加筆修正して、掲載することとしました。

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■「仕事をする上での心がけや信条」T川先輩から

管理職の方へのアドバイスとしてリスクマネジメントを常に意識しておくことです。
社員の不祥事や不適切な事務処理などへの対応は、初期段階での対応がその後の展開を大きく左右します。
いかに迅速に事実関係を把握した上で適切な対応ができるかが、管理職に求められる危機管理能力だと思います。皆さんの益々のご活躍を期待しています。
永い間、お世話になりました。

■ H田先輩から

39年間の長きに渡りお世話になりました、ありがとうございました。
私が伝えたいメッセージは、○○へのチャレンジです。
英会話講座を受けたことがきっかけで、1回目のチャレンジはダメで、2回目にチャンスを得ました。この経験は、私の宝です。カナダの大自然に抱かれ、ホストファミリーと触れ合い、高校生達の元気をもらう。ちょっと興味がわきませんか?
機械相手が多い世の中ですが、このチャレンジで「ほっこり」しましょう!

■ T中先輩から

36年間、12の部署を渡り歩いた結果、一番大切だと感じた事は、「人との繋がり」だったと実感しています。
勤め始めのころは、「ここの人達なんて、皆、紋切型なのだろうな」と思っていました。
ところがどっこい、様々な職種の人たちと接する機会が多かったこともあり、仕事の内容によって考え方が違う、新鮮な知識に触れられる、立場によって考え方が異なる、何よりも一人一人の持つ個性が全然違うなどのことが分かり、もうそのことが楽しくて仕方なくなっていました。
こうした「様々な人達」と、時に助け合い、時にとことん口論をし、喜びを分かち合い、悔しさを共に感じることで、あっという間に時間が過ぎていきました。
今まで出会った多くの皆さんとは、先輩・後輩を問わず今でもお付き合いを続けさせて頂いており、それもまた私の貴重な財産になっていると感じています。
最後に一言、私のような「お年寄り」になるほど、若い人たちとコミュニケーションをとることをお勧めします。若い人たちとは、話をしているだけでエネルギーを分けてもらえます。
皆様、本当にありがとうございました。

■匿名の先輩から

私の仕事人生は、上司、先輩、部下、地域の方々と、とにかく人に恵まれ、そのおかげで定年まで仕事を続けることができたと思っています。支えてくださった皆様に感謝しております。
『人生とは面白いもので、いつも明るく元気にしていると、ものごとはいい方向に動き出してくれます』と言ったのは樋口廣太郎氏ですが、この言葉を信じて、皆様も辛い時こそ明るく、常に前向きな姿勢で業務に取り組み、楽しい人生を送ってください。

■匿名の先輩から

わが社では、多種にわたり業務を行っていますので、さまざまな職種の社員が配属されています。仕事以外では接することはないと思いますが、クラブや同じ趣味で知り合うことがあります。忙しく大変な時でも、気分転換に趣味やスポーツなどで、没頭できる時間は必要だと思っています。また、そうした仲間たちと、泊りがけで旅行をしたり、飲み会をすることで親交が深まります。結果として、仕事もスムーズにいくことがあります。
こうしたことは、既に実行されている方は多いと思いますが、仕事も家庭も大切にすることはもちろんですが、スポーツや趣味で仲間と共有できる時間を大切にすることも必要だと思います。

【ひと言】
諸先輩方、長い間ご苦労様でした。そして大変お世話になり、ありがとうございました。
いつまでも若いつもりの私も、50代を迎え、定年まで10年を切りました。
仕事のスタンスなどは、語るべきことなどありませんが、「人生悔いなく」をモットーに、諸先輩方のご助言を肝に銘じ、頑張ってまいるつもりです。

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