【書評】BUTTER 柚井 麻子/著
【内容紹介】
木嶋佳苗事件から8年。獄中から溶け出す女の欲望が、すべてを搦め捕っていく――。男たちから次々に金を奪った末、三件の殺害容疑で逮捕された女、梶井真奈子、通称「カジマナ」。世間を賑わせたのは、彼女の決して若くも美しくもない容姿だった。週刊誌で働く30代の女性記者・里佳は、梶井への取材を重ねるうち、欲望に忠実な彼女の言動に振り回されるようになっていく。濃厚なコクと鮮烈な舌触りで著者の新境地を開く、圧倒的長編小説。
【感想】
タイトルとなっているバターのような濃厚で芳醇な小説で、気が付くと取り返しのつかない事態に陥るようなお話です。
内容紹介にあるように実際にあった木島佳苗事件をモチーフに、個々の人間のアイデンティティー(自身と他者から見た共通の自己認識)を根底から支える?ものとは何か?そしてその潜在意識はどうして形成されたのか?そこは本人には無自覚な部分が多くて、故にそれには思わぬ弱さがあるのではないか?というようなことを余すことなく描きだしている。
ご承知の方も多いと思うが、私はランニング、特に超長距離のトレイルランニングやウルトラマラソンに市民ランナーの立場、つまり遊びなのであるが、かなり真剣に取り組んでいる。
なので今やそれが私のアイデンティティーと化しているのである。つまり長い距離を走る人というのが私のアイデンティティーであることに異論はない。
しかしながら、その長い距離をなぜ走るのか?となると他者はもちろんのこと、自分自身もこれまであまり突き詰めて考えたことがなかった。
本著を読んで、まずそこが気になり始め、その結果、自己のアイデンティティーはなぜそうなのかをを深く考えることとなった。
その思考作業は、まるで硬質化した皮膚をゆっくりと剥いていくような、その下に隠れている生々しい柔らかな皮膚をさらけ出していくような作業であって、思わず「痛い!」と呻きつつ、その奥にまだ何かが刺さっているようで、さらに深く深く剥いで行くことを止められず、心がささくれ立つのを感じた。
と、自己のことについてはここらで終わりとしたい。
本題に戻ると、本小説は自分がアイデンティティーと思っていることを日常の多様なエピソードから紐解いていく。なかでも料理という様々な素材を組み合わせることで醸し出されることとなる濃厚な味わいも、人間に置き換えれば、各人のアイデンティティーもさまざまな経験が積み重なる中で、嫌な経験を隠し、自らが目指すべきアイデンティティーの確立のため、無意識のうちに努力する。
そういうお話になっていって、一生懸命、そこに触れられないようにくるんで過ごしていた日常が崩壊し、アイデンティティー自体も崩壊するというのを読んでいるこちらが、目の当たりにすると苦しくなって、小説とは関係のない読み手のアイデンティティーまで崩壊の危機に落ちいつのだから、実の恐ろしい小説でした。
たまには面倒がらずに自己のアイデンティティーを構成する思いをゼロから棚卸する勇気も必要なんだなあと思いました。
自らの弱さにたまにはきちんと向き合い、それを克服するがためのアイデンティティーであることをしっかり認識して、生きていこうと思いました。
という訳で、私はこれからも楽しく限界までしっかり走り続けます!
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コメント
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投稿: 本が好き!運営担当 | 2018年3月21日 (水) 15時13分