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2016年11月29日 (火)

【書評】のぼうの城(上・下) 和田竜/著

Nobou
時は乱世。天下統一を目指す秀吉の軍勢が唯一、落とせない城があった。武州・忍城。周囲を湖で囲まれ、「浮城」と呼ばれていた。城主・成田長親は、領民から「のぼう様」と呼ばれ、泰然としている男。智も仁も勇もないが、しかし、誰も及ばぬ「人気」があった―。
内容(「BOOK」データベースより)

和田竜の小説家デビュー作であり、第29回城戸賞(2003年)を受賞した脚本『忍ぶの城』を、映画作品を前提としたノベライズとして自ら執筆したものである。表紙イラストはオノ・ナツメが担当している。
第139回直木賞(2008年上半期)ノミネート、2009年の第6回本屋大賞第2位。
2010年10月時点で累計発行部数70万部を突破(ウィキペディアから引用)

歴史的な知識として、石田三成は頭の切れる能吏ではあったが、戦は上手でなく、その証拠として、小田原攻めにおける忍城に対する水攻めの失敗があげられることは知っていた。
なぜ大軍を率いながら、石田三成はさして有名でもない武将が籠る孤立した城を落とせなかったのか?

歴史小説を描く小説家なら、これまでも誰かが描いていてもよかろうに、お目にかかったことはなかった。

そんなわけで、知りたいのに知らなくて、でもすでに映画化もされている大ベストセラーをずっと読みたくて、何度も何度もそのチャンスがありながら、ずっと先延ばししてきたのであるが、ついに読むことができた。

さて、本著の主人公である忍城城主となった成田長親はでくの坊と見られており、しかしそれをそのままいえば、芸がないので、「のぼう様」と領民や家臣から呼ばれていて、しかもその呼称を本人が認めているという設定の人物である。
いささか漫画的な極端なキャラクター設定であるが、彼の心情は決して本著では一人称として語られることがなく、読み手は、家老の丹波と敵方大将である石田三成の推測をもって推し量らざるをえないという窮屈な表現方式であるのだが、それ故にこの「のぼう様」の得体の知れなさ、愛らしさ、凄味、カリスマ性が自己増幅させられて、読み手が自分勝手に強烈な味わいを受け取ってしまうという不思議な小説である。

そういう人物が実際にいたとはとても思えないという意味で、まさに漫画の世界なのであるが、とてつもなく大きな包容力のある人物とは、私のような俗人にはその存在や生き様自体が想像を遥かに超越し理解不能な人物に映るというのは、経験的にも歴史的にもありうる話ではある。

この人物設定が歴史的事実なのかについて、ここで詮議してもつまらない話であるが、この小説での主人公の破天荒さは、歴史小説の体を成しながら、ファンタジーの世界観を醸し出しているというのが私の感想である。

荒唐無稽な話になっていながら、なんだか得心してしまい、少しすがすがしい気持ちにまでさせてくれる、著者ならではの爽快な世界観は、病みつきになる人が続出でしょうな。

何はともかく、私の想像を超えた話で、とても面白く読ませていただきました。

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