【書評】欧米に寝たきり老人はいない 宮本顕二・宮本礼子/著
長生きのことを長寿と言います。日本では長く生きられることは、寿ぐべきことになっています。
そして、自分の大事な人は、何が何でも生きながらえてもらいたいという死生観みたいなものが残される者にはあって、特に日本ではたとえ意識がなくて寝たきり状態になっても生き続けて欲しいと思うような感情が正しいものとの思いがあるような気がします。それは、比較的ドライな私にすらあるからです。
つまり、私も父母親戚友人知人がそういう当事者になれば、意識はなく、治る見込みがないと言われても、まだ息さえしていれば、いつか奇跡が起きるかもしれないと望みを持つと思うからだ。
一方、欧米人は、生きるということは、自分の意思があって、初めて成立するものだと考えているらしい。
本著は、そうした日本の死生観に対して、諸外国の例を詳らかにすることで、今起きつつある問題を明らかにしてくれているのだ。
まず、キリスト教の教えに基づく、欧米人の死生観を本著の記述を借りて簡潔に表すと次のとおりである。
「脳死が人間の死であり、意識がないことはたとえ息をしていても死である。なぜなら人生は楽しむためにある。」
この死生観が欧米では国民全体に行きわたっていることから、意思表示のできない高齢者の延命措置、例えば胃ろうや人工呼吸器、点滴等をまず患者たる国民が求めない場合が多い。
また、仮に患者に代わり家族が延命措置を求めたとしても、医療行為の最終決定者は医師であるため、回復の見込みのない患者への延命措置を行わない場合が多いのである。
その結果、欧米の病院での死亡割合は約2割で、8割は自宅や施設になっているとのこと。一方、日本はその逆で、約8割が病院で亡くなるらしい。
その理由として、日本では、医師は全力で患者を救おうとしてくれるし、家族も少しでも生きながらえることを望む場合が多く、終末医療として延命処置がなされ、そのまま病院で亡くなるというパターンが多いということらしい。
意識がなく、高齢のため、回復の見込みがないばかりか、いくばくかの延命のための処置としての、胃ろう、人工呼吸、点滴が、患者の意思に反して行われ、その結果、患者本人の苦痛を増大させている可能性が高いにもかかわらず、止められないのが実情だと著者は臨床に関る医師の実感として述べられている。(著者は医師のご夫婦である)
意識が戻る可能性がほぼなくて、まさに死ぬまでの延命処置に医療資源を過剰に投入しているのが、皆保険制度で世界屈指の医療制度を有する日本の現状であると、諸外国との比較によって、私も初めて認識した次第だ。
ちなみに、本著の記述から外れるが、日本の医療の現状を数値で確認すると次のとおりである。
2013年度の日本の国民医療費は40兆610億円で、その年齢別内訳は、65歳以上は23兆1112億円(57.7%)、75歳以上が14兆949億円(35.2%)。
これを国民一人あたりの年間医療費にすると、65歳未満は17万7700円、65歳以上は72万4500円、75歳以上は90万3300円であり、高齢者は65歳未満の4から5倍もの医療費を使っていることになっている。
高齢になれば病気がちになることは仕方がないにしても、これからさらに高齢者が増え、65歳未満人口は減ることを考えると、年金の前に医療の財源や資源の破たんの方が先に来るのではないか?と思わざるを得ない。
年長者を敬う道徳心を持っている日本人として、高齢者の健康のために医療資源を投入することに何の違和感もないのであるが、その結果、日本の医療制度が破たんしてしまえば、元も子もない。みなが不幸になるのではないか。
医療の現状の話から戻るが、本著が指摘する濃厚な終末医療は、それを受ける患者、多くは意識が無くて、息をしているだけの状態で生かされ、苦しみに耐えながら結局は死に向かうしかないのであるなら、患者が望む、穏やかで安らかな死を迎えさせてあげるという欧米の医療倫理の方が、患者はもちろんのこと、医療資源の有効利用につながるという意味でも、まさにみなが幸せになる道なのではないかと思えてきた。
そもそも日本の高齢者自身が、望ましい死に方としてよく言葉にされる「ぴんぴんころり」という死に様を別の表現をすれば、寝たきりになる前に死にたいということであろうことから、それはまさに本著のタイトル「寝たきり老人はいない」につながるということだと思うので、われわれ日本人の本当の死生観の実現のため、延命至上主義のような現在の医療倫理を見直しても良いのではないかと思えてきた。
本著の中で何度も出てきた「大往生したけりゃ医療と関わるな 中村仁一/著」とともに、日本人の死生観の変革を導くべき書の一つとなることを期待して、本書評を終わりにしたい。
追記:
わが義父は、3年前に他界したのだが、病院ではなく、施設ではあったが、食べられなくなって水も飲まなくなって、最後の数日間を娘たちに看取られながら、それはそれは穏やかに眠るように逝っている。
亡くなり方としては、本著で書かれている理想に近い形だったようで、家族の一員として、なんだか嬉しくなった。
« 【映画】ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります | トップページ | 全日本実業団都市対抗ボウリング選手権大会 »
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- 【書評】山とマラソンの半生 杉浦和成/著(2022.03.16)
- 【書評】速すぎたランナー 増田晶文/著(2019.03.09)
- 【書評】騙し絵の牙 塩田武士/著(2019.01.20)
- 【書評】嫌われる勇気 岸見一郎・古賀史健/著(2018.12.18)
- 【書評】誤解だらけの人工知能 田中潤・松本健太郎/著(2018.11.16)
コメント