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2015年9月

2015年9月30日 (水)

【ラーメン】龍上海 赤湯本店(リュウシャンハイ)(山形県南陽市)

昨日のラーメンななやの美味さに、山形県のラーメンのレベルの高さを感じ、朝日岳登頂後に山形で一番人気らしい龍上海というあまりにベタな名前の店に向かうことにしました。

●店の外観
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本店と駐車場

●待ち行列
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17時に電話したところ、今日はお客様がすでに数多く並ばれているとのことで、18時までにお並びくださいと言われ、何とか18時前に到着するも、すでに店外だけで40人待ち。駐車場は1台ちょうで出たところで幸いにも待たずに停められましたが、この行列待ちは登山疲れには堪えました。ただ逆に、これだけの人気、否が応でも期待も高まりました。

●店の様子
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ラーメン店というより中華料理屋といった店の内装です。

●メニュー
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なんとこのお店、4種類しかお品書きに乗っていません。
実質は2種類(赤湯からみそラーメンと赤湯ラーメン)でそれにチャーシューメンがあっての4種類。しかし、今日はすでにチャーシューメン品切れ、餃子やライスもなく、びっくりしました。

●赤湯からみそラーメン
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真ん中に真っ赤な辛みそがトッピングされています。これを溶かして食べます。スープは濃厚な魚介豚骨スープでそれだけでかなり美味しいです。辛いのが少し苦手な私には辛みそなしで十分でした。辛みそはオリジナリティあふれる味で、類似の味はないと思われました。最初は戸惑いましたが、終盤は確かに病みつきになる味でしたね。

●持ち帰りラーメン
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会計の脇に自宅用ラーメンセットがあったので買いました。まだ食べていませんが楽しみです。

実は横浜にもすでに出店していて、わざわざ山形まで食べに行かなくても良いようですが、本店ならではの味があるのではないでしょうか?

このお店とからみそラーメンが生まれた「からみそ伝説」はこちら

TEL  0238-43-2952(予約不可)
住所 山形県南陽市二色根6-18(地図はこちら)
http://tabelog.com/yamagata/A0602/A060202/6000028/dtlmap/
交通手段 JR奥羽本線(山形新幹線)の赤湯駅から徒歩約20分
営業時間 11:30~19:00
定休日  水曜(祝日の場合営業)

2015年9月29日 (火)

【ラーメン】ラーメンななや(山形県長井市)

飯豊山を登って、温泉にも入って、お腹が空いたので、ナビで適当にラーメンを探して食べたら、あまりの美味さに驚いたのでご紹介します。

●店の外観
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新しい国道沿いにありました。

●店の様子
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若い店員により切り盛りされていました。
カウンター10席、テーブル20席ぐらいだったかなあ(自信なし)

●メニュー
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餃子が美味しいらしくテレビ放映もされたと書いてありました。
登山で疲れて脂っぽいものはと思っていましたが、メニュー先頭の醤油ラーメンと餃子を注文しました。

●ななやの醤油ラーメン(680円)
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魚介だしの効いた濃厚ながらさっぱり感のあるスープにやや太めのもちもちした麺が抜群の相性でしたね。チャーシューも程よい触感と味でいくらでも食べられる感じでした。

●ななやの餃子(340円)
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小ぶりな餃子ながら、もちもちした皮にジューシーな具、まずは何もつけずに食べてみてくださいとのお品書きどおり、そのまま食べましたが、とても美味しかったです。

●ななやのチャーシュー丼(280円)
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お店自慢のチャーシューを炙ったチャーシュー丼を追加注文しました。たぶん、これだけで食べれば相当美味いのだろうが、美味いラーメンでお腹いっぱいになった後では美味さ半減でした。(笑)

以上、あまりの美味さに、食べまくってしまいました。

ラーメン通ではありませんが、かなりお薦めのラーメンです。山形にお越しの際は、是非ともドライブがてらで立ち寄ってみてはいかがでしょうか?

TEL  0238-88-3670
住所 山形県長井市今泉552-10(地図はこちら
交通手段 国道113号線沿い今泉交差点近く
      今泉駅から509m
営業時間 昼の部 11:30~15:00
      夜の部 17:00~19:30
定休日  火曜日

2015年9月28日 (月)

UTMFリタイアランナーの証言(半数以上リタイアの原因分析)

2015年のマウントフジは完走率41%で約6割がリタイアという異常事態の原因を知りたく、出場ランナーの一人であるわが師匠にインタビューしました。

かず おはようございます。
    体調はいかがですか?
師匠 昨日1日ありましたので、何ともありません。
    距離も短かったですし・・・。
    UTMF完走ベストは今年は赤だったので、欲しかったのですが残念です。
    完走率は相当悪かったのではないかと思います。
かず 完走率を独自に調べたところ41%でした。どんな状況だったのでしょうか?
師匠 雨は激しいというほどではなかったですが、路面は完全にウェットでマッドコンディションでした。
    その中で、天子山地を時速4キロ弱で越えなければクリアできない設定になっており、正直W1の麓を出た時点で、「無理だ」と確信してしまいました。
かず 渋滞があったと聞きましたが、酷かったのですか?
師匠 A2からW1までは、竜ヶ岳を迂回するコースに変更になったのですが、距離が延長になり、ほぼ走らなければ厳しい状況でした。
    渋滞はスタート直後から最初の足和田山?頂上まで続いており、最初のA1到着が4時過ぎになる酷さでした。
    その後A2までのパノラマ台越えは相当頑張ったのですが、そこで余計な体力をつかってしまいました。
かず なるほど、渋滞するというのは、人数が多すぎなのですかね。
    スタートからしばらくは、時計回りコースの逆走したということですか?
師匠 最初からシングルトラックが続いていたのが原因でしょう。
    コースは完全に逆周りでした。
    湖畔の遊歩道を進み、紅葉台や三湖台に上るコースです。
かず 河口湖から登る道がシングルでしたっけ?(あまり記憶がない)
師匠 基本的に登りはシングルで、鳴沢に下る道は少し広い感じです。
    渋滞がひどすぎて外人と思われる集団から怒声があがるほどでした。
    A1の関門通過時間が1時間30分延長されたのですが、その後の関門は延長されていなかったので、ぎりぎり通過した人は絶対に無理だと思いました。
かず なるほど
    A2も1時間延長されたとの情報もあった気がしましたが、延長はなかったのですね。
師匠 A2は無かったように思います。(※実際にはA2も1時間延長あり、1時間45分も余裕で通過しており気が付かなかったのでしょう。)
    A3は関門入りの時間はそのままで、関門通過の時間だけ1時間延長されましたが、W1からA3は24kmぐらいあり、6時間の設定だったので、時速4キロ出さなければクリアできないという厳しい設定です。
    参加者の半数は、おそらくこの区間でリタイアになったと思われます。
かず お師匠様ですら、届かないのであれば、半数リタイアも必然でしょうね。
    もともと関門時間の設定に無理があった?それともコース変更が致命的だった?
師匠 まぁ自分はともかくとして、かなりの強者もボロボロでしたので・・・。
    コース変更は、竜ヶ岳の状況がわからないので、良かったのか悪かったのかなんとも言えないですが、関門設定時間はちょっと考慮してほしいところです。
    前半でリタイア続出では、大会の評判も下がるのでは?
かず そう思いますね。
    序盤で半数時間オーバーというのは、ランナーの走力の問題でなく、レース運営、設定の問題でしょう。
師匠 日本人はともかく、わざわざ来日した外国人には「おもてなし」という観点で、どうかと・・・。
    天子山中のボランティアや救護の方もめちゃくちゃ大変そうでした。
かず (主催者は)なぜ反時計周りにこだわるのでしょうか?
師匠 理由は不明ですが、絶対に時計回りにすべきかと・・・。
かず 時計回り、少なくとも第1回のコースなら渋滞は起きない気がしますが・・・、いや、杓子で大渋滞か・・・
師匠 杓子の渋滞ならしばらくばらけた後の渋滞なので、だいたい実力の同じ人がまわりにいるので良いですが、今年は最初からなので、どうしようもない渋滞でした。
かず なるほど、スタートの順番が絶対的に重要ということですね。
師匠 今年に関してはそう思いました。
    でも、2年前に参加された方は2年前はそんなでもなかったのに・・・と言ってました。

【ひと言】
 わが師匠はUTMFは3回目の出場。過去2回完走。(第1回UTMF完走記はこちら)反時計回りでの出場は初めてで、W1の麓(50.1km地点)でリタイアされました。
 基本的に大会運営に文句を言う人ではない、わが師匠ですら不満が溜まるってことは、相当にひどい状況だったと想像されますね。
 大会側が、何か具体的に言及しているのかは不明

UTMBの軌跡(GPSウォッチのアプリ(EPSON))

モンブラン一周レースで私の良き友であり、最後に少し裏切られたEPSONのGPSウォッチ、MZ-500Bの専用アプリがNeoRunというものです。

UTMBという46時間のトレランレースを想定して買ったのですが、46時間持ちませんでした。(UTMBレース記録はこちら

リタイアした後に、そうだ、ログを終了させなければと時計を操作したら
【ログはありません】と表示され、
「えーーーー、45時間の奮闘の記録はないのか」と頭が真っ白になり、
「エプソン、訴えてやる!」
とフランスのリタイア地点で思いましたが、帰国後、NeoRunに接続すると、45時間でバッテリーがなくなる前に自動でロギングを終了させ、データを保持していたようです。

その軌跡を示すの画面は以下のとおりです。
Utmbtrace_2_2
タイム44時間59分33秒、距離165.221km、累積上昇標高差11,673mとは我ながら凄い数値ですね。累積上昇標高差は、公式には9889mなので、誤差が大きいなあと思っていたら、9月17日付のファームウエアで標高差が大きくなる点を修正したバージョンアップがされていました。それがちょっと残念です。

私は他のGPSウォッチのソフトを知らないのでよくわかりませんが、とりあえずクラウドに保存できるのが良いですね。

個人的には、もう少し地図の表現力が向上すれば良いのですが。

ちなみに洋上(ヨット練習)では、ターン練習の軌跡も完全に抑えられていました。
20150923_211514

追記
 バッテリーは中間地点で30分充電したので、46時間は余裕で持つと思っていたのですが、夜間にライト点灯したりしたせいなのか、45時間で力尽きてしまいました。
 新品なのに実に残念でした。車の燃費と同じでカタログ性能は実際には出ないものなのでしょうか・・・。

参考になりましたでしょうか?
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2015年9月27日 (日)

UTMF&STY2015の完走率と完走者数と上位選手結果報告

悪天候と渋滞、しかも関門時間が序盤に相当厳しかったようで、今年の富士山一周170kmのトレランレースのUTMFはリタイア者続出だったようです。

独自調べの完走者数と完走率は以下のとおりです。

種目  出走者数 完走者数 完走率
UTMF  1,363人  564人  41.38%
STY    981人  858人  87.41%

完走率は半分以下の41%ですか・・・

日本最高峰の大会ではありますが、これだけ厳しい完走率では、超エリートランナー(フルなら余裕のサブ3)以外の完走は無理ですね。

どうりでお師匠様もリタイアする訳だ。

UTMFのトップ10の選手は以下のとおり
1 106 Gediminas GRINIUS  20:40:58 LTU (Lithuania)
2 116 Arnaud LEJEUNE  21:54:51 FRA (France)
3 107 Jeff BROWNING  22:01:01 USA (United States)
4 110 Sondre AMDAHL  22:51:59 NOR (Norway)
5 19 Masatoshi OBARA - 小原将寿  22:55:33 JPN (Japan)
6 1560 Kazufumi OOSE - 大瀬和文  23:10:58 JPN (Japan)
7 113 Simon GRIMSTRUP  23:30:12 DEN (Denmark)
7 1574 Sange SHERPA  23:30:12 NEP (Nepal)
9 8 Keita KOBAYASHI - 小林慶太 23:39:25 JPN (Japan)
10 26 Hiroaki MATSUNAGA - 松永紘明 23:46:06 JPN (Japan)

日本人は4選手入賞。日本人トップは小原将寿選手の総合5位。
UTMBではお世話になった松永紘明選手が10位に入って、個人的にはうれしいですね。

スパルタスロン2015結果速報と完走率

スパルタスロンとはギリシャの故事にちなみ、アテネからスパルタまで246kmを36時間以内に走る世界屈指のウルトラマラソン。今年で33回目です。

今年は385人が出走し、174人が完走したようです。

完走率は涼しかった昨年から大幅ダウンの45.2%と例年並みでした。
(昨年の完走率は確か初の60%超えだったはず。)

天候の状況がよくわかりませんが、熱中症でリタイアとの連絡もありましたので、序盤は予想外に暑かったのかもしれませんね。しかし、終盤は天気予報通り雨でかなり寒かったようです。

今の私には、この過酷なスパルタスロンを完走できるイメージがまったくありませんね。
2013年によく完走できたものだ。(笑)

トップ12選手は以下のとおり
1 23:17:31 324 Reus Florian 31 Germany Male 
2 23:53:32 162 Lawson Dan 42 United Kingdom Male 
3 23:54:37 286 Hansen Kim 40 Denmark Male
4 25:07:12 250 Nagy Katalin 36 United States Female
5 25:51:42 223 Leu Oliver 41 Germany Male
6 26:19:28 256 Westerlin Henrik 40 Denmark Male
7 26:19:29 232 Cudin Ivan 40 Italy Male
8 26:23:39 289 Klasila Janne 36 Finland Male
9 26:50:51 354 Venti Alyson 33 United States Female
10 26:58:25 80 Takeda Kenji 50 Japan Male
11 27:17:26 74 Shigemi Takayoshi 33 Japan Male
12 27:30:26 371 Oliveira Joao 38 Portugal Male

優勝はドイツのレウス・フロリアン選手、日本人は10位に竹田選手、11位に重見選手でした。

竹田賢治選手(チーム鳳)は50歳での10位。
私とはレベルは違いすぎますが、同世代としては嬉しい限りです。

2015年9月26日 (土)

どぐキャラ総選挙中です。

千葉市には加曾利貝塚という世界最大級の貝塚遺跡があり、そのゆるキャラとして「かそりーぬ」が頑張っています。

その「かそりーぬ」と公式ゆるキャラを争った「かそり姐さん」が一押しだと当ブログにてご紹介したのは昨年のこと。

その彼女がとうとう全国デビューすることになりました。

Kasorineesan1

それが、この「全国どぐキャラ総選挙FINAL」です。
Dogucala

土偶キャラのナンバーワンを決める選挙らしいです。

その選挙管理人からこのブログのかそり姐さんの記事を見て、出馬の打診がありました。

「はじめまして。土偶の日運営委員会の野口と申します。
私達は毎年秋、全国の土偶系キャラを集めたネット投票『どぐキャラ総選挙』というイベントを行っております。
本年度の『選挙』エントリーキャラクター候補を検索していて、かずさん様のブログ記事を拝見しました。・・・」

なので個人的には「18番のかそり姐さん」にご投票いただきたいところですが、一度この総選挙のメンバーをご覧になって、お気に入りに投票いただくのも一興かと思います。

どぐキャラ総選挙公式サイト

Kasorineesan
でもやっぱり、「かそり姐さん」に投票よろしくお願いいたします。m(__)m

追記:
 9月26日現在で、かそり姐さんは第11位。センターが最高ですが、できれば5位以内に入りたいですね。

2015年9月25日 (金)

UTMFとSPARTATHLONがいずれもスタートです。

UTMFとSPARTATHLONがいずれもスタートです。UTMFとSPARTATHLONがいずれもスタートです。
ウルトラトレイルマウントフジ(UTMF)とスパルタスロンという私にとってとても思い出深いレースが2015年は、ほぼ同時刻にスタートしました。

UTMFは第1回大会の2012年にもちろん初出場、しかも初100マイルレース(約160km)で師匠と一緒に出場し、無事完走しました。(UTMF完走記はこちら

スパルタスロンはこのブログのタイトルになっているギリシャで開催される距離246kmの究極のウルトラマラソンです。私は、当分完走は無理だろうと思いながら、2013年のUTMBが抽選で外れたことから、思い切って出場し、予想外に激走できて、完走したこれまたとても思いで深いレースです。(スパルタスロン完走記はこちら

今年はUTMBに全力を尽くすため、スパルタスロンにはエントリーせず、UTMFは抽選外れでの不出場ですが、知り合いは何人も出場しているところであり、今週末はネット観戦に勤しむことになります。

さっそく、ネット観戦してみると、UTMFでは、師匠がスタートしており、最初の関門の精進湖(19.3km地点)を無事通過していました。

天気が心配ですが、UTMBを想定すれば、多少荒天の方が、良い練習になると師匠にははっぱかけておきましたので、大丈夫でしょう(笑)

もう一つのスパルタスロンの方は、K内さんが魂の走りで、第4CP(19.5km地点)、第11CP(42.2km地点)いずれもトップ通過。

バカロードさんも第11CPを私の記録より20分も早く通過。

現地の気温は22度とかなり涼しいようですが、凄い激走にネット観戦が楽しみです。

ランナーのみなさん、自分らしい走りで楽しんで完走してください!

2015年9月23日 (水)

シルバーウィークのご報告

シルバーウィークの5連休、みなさまいかがでしたか?

私、いつものように仕事を忘れて、リフレッシュしました。(笑)

備忘録的に書き留めておきます。

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霧の飯豊山(日本百名山87座目)

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山形一と噂のラーメンななや

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朝日岳からの紅葉(日本百名山88座目)

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山形城(日本百名城)

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旧済世館本館

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龍上海 赤湯本店の赤湯からみそラーメンは1時間待ちで味も強烈でした。

敬老の日と漢検合格祝いで寿司食べ放題

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ヨット練習の軌跡

そして、ラグビーワールドカップ観戦中。

日本代表が勝てば最高ですが、すでに充実の5連休でしたね。(笑)

しかし、次の5連休は11年後とは、実に残念です。

追記
 ちなみに今週末は、スパルタスロン&UTMFのネット観戦で自宅引きこもりの予定です。(笑)

UTMBレース記録10(第11関門ヴァロシーヌから最終関門リタイア)

制限時間までの余裕タイムは15分。すでにレース・スタートから41時間経過しているものの、眠気はなくなった。これが最後の一山、まだいける、まだいける。絶対にまだ行けるはずだと出発した。

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第11関門のヴァロシーヌは貯金が15分になってしまった。しかも、かなり暑い。ハイドレに水を入れたが、残り一山、重量もかさむので1リットルちょっとに抑えて補給して急いで出発。(あとで考えると水の量を抑えたことが失敗だったかも)

公園と線路の間の脇道のような場所を進む。住民なのか、観光客なのか、声援を送ってくれる。
途中に水場があり、エイドで濡らしてきたが、当然水を浴び直す。
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11:10 頭の中は、次の登りをどれだけ頑張れるのか?モンテ峠はどんな感じなのか?その先の山登りは?とにかく一歩一歩足を進めるだけだ。周りは気にするな。自分のペースで進むしかない。

モンテ峠への登りは、高低図のとおり、緩やかだ。緩やかな上りは、登り激弱の私でも、それほど差はないはずなのだが、どうにも足が前に出ない。話をしながら進む外国人ランナー達にいとも簡単に抜かれたりした。

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11:44 モンテ峠の緩い登りを必死で登っているところ。
この写真は、現地の写真サービスから55ユーロで購入したものの一つ。
まだ、ちゃんと前を見据えて、頑張っているような、その逆に夢遊病者のようにも見えるような表情ですね。(笑)

モンテ峠のトレイルが自動車道と交差しているところが最後の応援ポイントらしく、ランナーの家族が大集結していた。愛するものと抱擁し、笑顔で最後の一山に向かう者を何人も見ました。

私はこれから始まる急登の苦戦がデジャブのように頭の中で反芻されていたと思います。
(このデジャブ事件はレース中の私の頭の中で本当に起きた幻覚だと思います。)

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11:53 道路を渡って、水路で水浴びして、これから始まる最後の一山、ラテットオーバンを見上げて写した写真。
そして、これがレース中最後の写真。
レースにおいて私が写真を撮らなかったことがないのは、皆様ご存じのとおり。このあと、実に3時間20分写真がない。
どれだけ肉体的・精神的に追い詰められていたのか・・・

写真で見られる壁のような岩が多い斜面を九十九折で登っていく。暑さと疲労で足は進まないのであるが、後続ランナーにほとんど抜かれなくなってきた。
(これがいわゆる制限時間付近に起きるエアポケット。関門ギリギリランナーしか味わうことのない魔の空間です。つまり、余力のあるランナーは先に進んでいるし、余力のないランナーは追い込むことができず、ランナー密度が薄くなるのです。過去最下位通過したおんたけ、UTMF、富士登山競走などで体感しています。)

しかしながら、このときはそんなエアポケットの異変に気が付きませんでした。

そして、このエアポケットに気が付かず、疲労感の強いランナーと並走して、気が緩んでししまっていたのです。

ここからはずでに書き終えている「夢だと思ったUTMBリタイア」からそっくり引用します。

モンテ峠の緩い登りは、そこそこ登れたが、岩だらけの登山道は、傾斜も急になり、陽射しも強く、厳しい状況であったが、最後の一山ということで、自分に鞭打って、登っていった。
標高1800m地点で、急に開けた高原状の場所に出た。
ここが最後のチェックポイント、ラテットオーバンか?と思って、チェックポイントを目視で探すが見つからない。
何人かのランナーもキョロキョロ、ウロウロしている。
誰か見つけてから進むが省エネとしばし立ち止って暑いので給水しながら様子をうかがっていた。
外国人女性ランナーもよほど焦っているのか、明らかにわかっていない私にチェックポイントはどこだと聞いてきた。
やはりこの辺りで少し待つのが得策と思って、日本人ランナーと「暑すぎ」とか、話をしたりしてゆっくり登っていた。
自分のイメージでは、山頂付近(標高2100m)にはスタッフがいて、道案内してくれるものと思っていた。
このとき、GPSウォッチは少し進んで、確か1900mだった。コース図のチェックポイント(ラテットオーバン)の標高は2100m以上。200mの違いも外国人はいい加減だからと思っていた。なぜなら今いるところは山頂に見えたからだ。
とりあえずコース標識に従って、ダラダラと進んでいると、私設ボランティアがミネラルウォータをくれた。いよいよここがポイントだと確信し、尋ねれば良いものを、すぐそこだろうと高をくくって、水のお礼だけ言って、先に進んでしまった
あの一番高いところがきっとポイントだなと思ってついてみると、さらに大きな高原状の台地が奥に広がっていたのだ。
「あれ?」腕時計の標高を確認するとまだ2000mちょっと。はるか先まで見渡せるもチェックポイントらしき場所は見当たらず。標識をたどると一番高い場所につながっていた。
ここで、腕時計を見て、サマータイム1時間を足すと13時58分。
まだ時間はあると、ここでいったんスイッチが入った。
標識に従い高い方に走り出した。すれ違うハイカーは「ブラボー」と称え、道を譲ってくれる。
さきほどまで登れなかった登り坂もぐいぐい登った。後続はいない。(後続に日本人がいれば違った展開だったかもしれない)
先ほど見えていた一番高い場所にたどり着くもまだチェックポイントは見えない。
標識に従いさらに進む。さっき見えていた一番高い場所につくとすぐその先にチェックポイント(ラテットオーバン)があった。
スタッフにポイント通過チェックしてもらい、関門に向かった。(ここで距離なり大まかな時間でも確認すればよかった。)
ここから下りのトレイルに入った。(尾根沿いでなく山腹をトラバースしているトレイルなので先はあまり見通せない)
標高差をコース高低図で確認すると300m下る。すぐにはたどり着けないなと思うも、とりあえず見える場所まで走った。
その場所に着いたらエイドが見えると期待したが、トレイルしか見えなかった。また先の見通せそうな場所まで走った。
そしてまた同じことが起こった。トレイルしか見えない。何度かそれが続いたとき、脚は動かなくなりつつあり、心が折れ始めた。
残り15分を切ったとき、はるか先(2kmくらい)に初めて建物が見えた。エイドらしい飾りは見えなかった。
まだ見えないなら、もう無理だ思った。
そのとき、後方から外国人選手が猛スピードで駆け下り、私を抜きさった。
じゃあ、俺もと、付いて、しばし走るが、あっという間に離された。すでに脚は疲労困憊で彼のようには走れなかったし、エイドはまだ先で勝手にもう無理だと思いこんでしまっていた。
そのうちダラダラと歩き始めるが、すれ違うハイカーには「ブラボー」と称えられ、道を譲ってくれる。(もはや恥ずかしい限りだ)
ダラダラと歩きながら、ひょっとすると30分くらい関門を緩めてくれているのではないかと、都合のよい想像をしながら進んでいいた。
やがて14時45分の関門を迎えた。ここからはまさに力が入らず、半分ふてくされて、ダラダラと進んだ。
建物まで残り500mくらいのところで、同じく関門を諦めて家族と談笑しているランナーがいて、道を譲ってくれた。
それまで見えなかった新たな建物が見え、そこにトレイルが続き、標識も立っていて、スタッフがいた。
「レース、フィニッシュド」「アーユーオーケイ?」とダラダラ歩いていた私を見て、確認してきた。
「ノープロブレム(心は挫けたけど)」と返す。
リタイアの人数がそろったら、車で送るから待ってろとのことで、広いテラスに大の字で寝転がった。遮蔽のないテラスは眩しく暑かった。
関門時間延長などなく、まして夢でもなく、本当にレースが終わったのだった。
その後、何人かのランナーが到着し、車で最初に見えた建物に送ってくれた。
なんと、最初に見えた建物がエイドだったのだ。
そして、エイドの中には、リタイアしているランナーはいなかった。
私を追い抜いて行ったあの外国人選手は関門を通過していたのだった。

残りはゴールのシャモニーまで8kmの表示を眺めつつ、呆然としている私にスタッフは近づいてきて、ゼッケンからバーコードを切り取っていった。
その行為がどれほどショックだったかは、初めて知った。スタッフは優しく飲み物や食べ物を薦めてくれたりするのだが、バーコードだけは切り取ってほしくなかった。

しばらくテントの中で放置されたので、先にリタイアしているだろう師匠に携帯で電話した。私の完走を確信してくれていた師匠はゴール前で私を待ってくれていたのだ。
そんな私からの電話(リタイア)に驚いていた。そりゃそうだ、ネット表示は最後の関門到着に変わっていたのだから。
最後は、一般観光客に混ざって、テレキャビン(大型のゴンドラ)で麓のシャモニーにおり、これまたスタッフの車で、預けていた荷物を受け取る場所で下された。
大きなUTMBと書かれたドロップバッグを抱えて歩いていると、完走者と間違えた人たちから「ブラボー」の声が上がる。
制限時間前の時間に、今ゴール駆け抜けてきました見たいな汗とほこりまみれのぼろぼろのランナーを見れば、誰もが完走者だと思うだろう。
見ず知らずの外国人ランナーたちに「フィニッシュド?」と声かけると「イエス」と答えるので、「コングラチュレーション」と祝福した。
向こうも私を当然に完走しているものと思って、「ユートゥ?」とか尋ねてくるので、事情を説明すると、「来年チャレンジ」と前向きな励ましをもらってしまった。
「ポイントがなくて来年はだめだ」と答えると「ネクスト、ネクスト」と言ってくれた。
距離162km、累積標高10000mを踏破した脚は、決して軽くはなかった。しかも、まるで悪夢の中にいるような心境、いや夢じゃないかと思いながら師匠の待つ宿に向かっていくと、目線の先にはあの雄大なモンブランの姿があった。決して慰めることなどない、姿に見えた。

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15:11 リタイアランナーの送迎中。まだ制限時間から26分しか経過していないという事実に今、気が付いた。うーん、なぜ、最後まで走らなかったのだ。

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この案内標識を制限時間以内に眺めること。

Dsc06507t
バーコードを切り取られないゼッケンを持ち帰ること。

人生においてやり残しているこの二つは、絶対に達成すると誓って、私のUTMB2015のレース記録を終わらせることにする。

みなさまには、最後まで応援ありがとうございました。帰国後、多くの人に最後、完走したのだか、リタイアしたのだか、よくわからない状態にさせてしまったことを知りました。

ゴールの中継を最後まで見続けていただいたこと、大変申し訳なく思うとともに、みなさまの熱い応援をなにより誇りに思い、感謝申し上げます。

次は必ず、完走しますので、一緒に感動しましょう!

追記:
 2018年のUTMBで無事完走しました!

2015年9月22日 (火)

UTMBレース記録09(第10関門トリエンから第11関門ヴァロシーヌ)

大いなる勘違いで時間オーバーの危機が去り、何よりシャンペに戻るという大チョンボを免れ、いよいよ完走、そして栄光のフィニッシャーズベストをもらえることを夢見て、進みます。(笑)

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トリエンを出発しましたが、仮設トイレに向かいました。リタイアでなくてよかった。いやいや、シャンペに戻ってリタイアしてたらとんだ笑いものになるところだった。よかったよかった。完走者のみが貰えるフィニッシャーズベストは今年は何色かなあ・・・。青色がいいなあなどと余計なことばかり考えて、汚れのひどいトイレで長居してしまいました。

エイドを出てすぐに、山登りが始まりました。
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いきなりの急登に、この直前の山で力を使い果たしたのか、さっぱり登れなくなっていました。まさに別人の状態でしたね。それほどこの前の山での頑張り過ぎたようですが、休まず着実に登り続けることにします。

ところが、私のちょうど前に、背が高く(190cmくらいか)頭が小さい10頭身くらいの格好いいスペイン系のお兄さんがいた。なんと私と同程度のペースで登っていた。

ちょうど私と彼を同時に抜き去ったランナーに道を譲った彼が、私を先にと合図してきたが、私は逆に彼に先にと合図した。

お互い登りが弱いことを自覚しているのが妙に親近感がわいた。

しばらく私が追走する形となったが、そのうち彼のペースが一段と落ちたので、私が先行した。私も他のランナーに抜かれまくりなのだが、この区間で唯一抜かしたのが彼でした。
恐らく彼はこの区間でリタイアでしょう。

結局、彼以外抜かすことなく、抜かされっぱなしでしたが、まだ写真を撮る余裕はありました。
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でかいベルをのど元に付けられた牛は草を食んでいるだけでガラガラ、ジャラジャラと音を立てています。そんな音の風景がこのモンブランでは至るところでありましたね。

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何やら建物が見えてきました。そろそろチェックポイントのカトーニュかと期待しました。

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標識を見て、衝撃。カトーニュまで50分との表示。

そのあと、ちょっとでこの山を越えて、裏手に回って、斜面を延々ントラバース気味に進んだ。

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羊も草を食んでいました。

そんな中、なかなか見えてこないカトーニュのチェックポイントが周りに家などない急傾斜の牧草地のど真ん中にありました。
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私の周りにランナーがほとんどいなくなって、制限時間ギリギリなのをこのときはまだ冷静に実感。

いよいよ下り基調になって、ここからは私の本領発揮。最初はかなり緩やかで、下りの苦手な外国人もほとんど抜けなかったが、終盤は激下りとなって、大爆走した。

制限時間が怪しくなってきたから、余力がどうのと言ってられなくなったからだ。

エイドが見えて、草地、おそらくゲレンデを直線的に激下って、第11関門のヴァロシーヌに到着。

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制限時間15分前だった。

2015年9月18日 (金)

UTMBレース記録08(第9関門シャンペから第10関門トリエン)

シャンペで休んで少し元気が出たものの、頭痛がしてきて、ちょっと限界感を感じて、リタイヤしようと真剣に思って引き返し始めるという小チョンボをしてしまいましたが、大チョンボは免れました。(笑)

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シャンペで飲んだスープ。温麺みたいな麺が入っています。薄味で日本では飲んだことのない味のスープですが、弱った胃腸にはちょうどいい感じというか、私にはお代わりもありなぐらいに美味かったです。何より温まるので良いです。

シャンペを出ると、シャンペ湖の湖畔の舗装路を進みます。少しコースを外れて湖畔のベンチにザックを置いて、何かした記憶がありますが、細かい記憶はもうなくなっています。たぶんヘッドライトの電池が切れたので、腰のライトをヘッドライトに代えて、元のヘッドライトをザックにしまったのだと思います。新しいヘッドライトは明るくてよかったのですが、3時間で暗くなるというのが露見して大問題でしたね。(笑)

街中の広い舗装路を集団で下っていると、2003番の彼に出会った。少し話をするが、登りが弱い私は、下りの今、ゆっくり歩くのは違うと思って、足が長くて歩きがチョー速い、外国人に付いていくことにした。

付いていきながら、だんだん頭痛がしてきた。疲労と眠気に加えての頭痛に己の体に限界が来たのではと思い始め、この先一山(距離15km、標高差1050m)は無理じゃないかと思い始めた。どうしようどうしようと考えながら進むうちに、コース高低図を確認してみようと歩きながら図を確認した。

ここで、自分の想定タイムを見て驚いた。この区間、4時間50分と想定していた。制限時間は残り4時間を切っているのにだ。

進んでもリタイアしかないなら、この頭痛を押してまで進むのは無理だと決断した。

踵(きびす)を返して、シャンペに戻り始めた。何人もの外国人ランナーとすれ違う。
恥ずかしさもあるが、これが自分の判断だと進む。

進みながら、また別の不安がもたげ始めた。
「すでに30分は進んでいる。戻ると1時間。ひょっとするとシャンペのエイドは閉鎖しているのではないか・・・」

500mは戻った気がするが、再度、踵を返した。「まだ全力を出せば間に合うかもしれない。」

ここからはガンガン攻めた。まずは下りを走った。そのうち下りが終わり、徐々に登り始めた。でも林道で走れる傾斜だ。やがて走れない傾斜になるものの、林道のまま、早歩きできる傾斜で、登りが弱い私がガンガン登った。抜かれることはなく、逆に何人も抜いた。標高1600m過ぎまで林道で登れた。

やがて、登山道になり、狭くて足場が悪い登りになった。沢を何度も渡渉するが、登山のテクニックで効率よく登った。そのうち傾斜が急になった。1800mを過ぎたあたりまで、抜かれなかったが、ものすごい勢いで登ってくる外国人ランナー集団に抜かれた。コース選択を迷わないあまりの手際の良さにきっとこのコースを熟知しているものだと思う。

チェックポイントのLa Gleteが1884mなので、そろそろ山頂だと登っていたら、樹林帯を抜け、草原の開けた場所に出てきた。しかし、はるか先に光の列が見える。時計を見ると、関門時間6:30まで1時間ちょっと。下りは得意といえども、標高差600mだと40分くらいはかかるだろう。とにかく山頂に早く着かねばと、緩やかな登りをガシガシと走り始めた。草の斜面をトラバースしているトレイルを走る走る。遅れ始めた外国人ランナーを何人も抜かし、はるか先に見えた光の列に追いついた。その外国人を何人にも抜かしていくうちに、傾斜が急になり、前のランナーのスピードとちょうどいい具合になってきた。

気が付くと前は同じツアーの日本人ランナー(若い男性)だった。
「今、どうなってるんですか?」とおかしな質問をするので
「ピークを目指しているだよ」と答えた。

彼は完走したのであるが、あとで尋ねると「実はあの付近で2時間くらい寝ていて、状況が把握できていなかったんですよ。」とのこと。納得だ。

やがて標高2050mで下り始めた。下りが遅い私のイラつきを感じた日本人ランナーは先を譲ってくれた。そのままの勢いで、下りを一気に加速して降りていった。

するとスイスの国旗の山小屋が出てきて、チェックがあった。
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05:47 その時の写真ですが、焦って撮ったので何の写真だか・・・

残り40分ちょっとで標高差550m。死ぬ気で下れば間に合うと遅いランナーを何十人も抜かして飛ばしたのであるが、狭いトレイルにランナーが溢れている状態に足を止めざるを得なくなった。

そのうち残り10分でまだ300mも下らなければならい状態となって、関門通過は諦めて、列に従って降りていった。

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06:28 制限時間残り2分で諦めての写真、たぶんCol de la Forclazでしょう。

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06:32 登山道から眺めの良い手すりのある遊歩道に一度出た。

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06:33 谷の下の街が見えた。第10関門のTrient(トリエン)なのだろう。

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06:41 自動車道をまたぐ仮設の橋を渡ります。ランナーもタイムオーバーのショックなのか無言で、私は写真も撮り納めとデジカメを取り出し、ちょこちょと撮りました。

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06:46 九十九折の登山道を一列で整然と進みます。

この後、広い林道に出たので、時間オーバーショックで足の進まないランナーを後目に、最後の全力疾走でぶっちぎりました。

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06:55 やがて町に着きました。

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06:55 舗装に書かれたUT(ウルトラトレイル)の道標。リタイアでもう見られないと記念撮影。

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06:58 第10関門Trient(トリエン)に到着。あーあ、UTMBが終わった。

エイドに入ると勧められるまま2度目のスープをいただく。
時間オーバーでのリタイアとなったので、次どうすればよいのかわからず、近くにいた日本人に尋ねることにした。
「次どうすればいいんですかね?」
「その出口から出ればいいんだよ!」
「いや、そうじゃなくて、バスとかで送ってくれないんですか?」
「????」
「もう時間オーバーでリタイアですよね。」
「時間オーバー?制限時間は8時ですよ。」
「うそでしょ、6時半では?」

自分のコース高低図を出して確認すると、トリエンの制限時間は6時30分でなく8時でした。

「まじですか?まだ1時間近くも余裕がある」
「そうですよ、もう完走まであとわずかですよ。」
「ありがとうございます。助かりました。」
「お互い頑張りましょう。じゃあ、お先に!」

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07:05 出発する日本人ンランナーを写したのがこの写真。

「なあんだ、リタイアどころか、1時間も余裕があるとは完走同然じゃないか(笑)」

現場で声を出して呟く、本当に笑ったと思う。
スープを飲みほした後、コーラを三杯、さらにチーズにクラッカーも食べた。

急に元気が出てきて、便意を催したので、チェックゲートをくぐった先にある仮設のトイレに向かった。案の定、トイレットペーパーはなかったので、140kmも担いできたティシュペーパーを持って、トイレで用を足して、出発した。

2015年9月17日 (木)

UTMBレース記録07(第7関門アルヌーバから第9関門シャンペ)

イタリアとスイスの国境であるフェレ峠標高2537mまで750m登った後、約20kmかけて標高1020mまで降りる長大な下りというUTMB名物区間。我々のような遅いランナーだと2回目の夜間走となり、眠くて辛い区間でした。

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18:09 アルヌーバを出るとすぐに大きな川を渡渉(といっても橋を渡るので濡れません)しました。

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18:14 のっけから急登で、ランナーは前傾姿勢で太ももを手押ししながら登っていきます。登りは激弱の私はガンガン抜かれました。

この辺りで、クールマイヨール手前で付いて行ってた日本人女子ランナーが失敗したと天を仰いでいた。聞くと、水を補給し忘れたとのこと。逡巡してましたが、結局エイドに戻っていきました。その後はどうなったのだろうか?抜かれたような気もするし、抜かれなかった気もする。

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18:32 あの低い辺りがフェレ峠だろうか?

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18:59 だいぶ登って振り返るとアルヌーバはだいぶ下の方ですね。雲が多いけど、夜は雨かと少し心配してました。

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19:50 さらに高度を上げました。

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19:51 右にパーンして、モンブラン山群の巨大双耳峰

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19:51 さらに右にパーンして、フェレ峠方向。いよいよ傾斜が緩くなってきたからそろそろフェレ峠か?

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20:08 フェレ峠(標高2537m、100.7km地点)に到着!スイスです。

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20:08 ここから長い下りの始まり。ベスパプロを飲んで気合を入れて下ることにします。

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20:14 もうすぐ日没。夕焼けが綺麗です。

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20:37 なだらかな下りが続きます。走りながら撮ったので手振れすいません。m(__)m

とにかくこの長い下りで時間を貯金したかったので、走りました。日没になったころ、La Peuleに簡易エイドがあり、そこで水をいただき、ヘッドライトを装着し、何人かゆっくり休憩しているランナーをパスして、先に進みました。シングルトラックを快調に走っていると、数人の男性外国人ランナーが引き返してきた。コースは崩落しているから、コースじゃないとの判断らしい。後続ランナーも続々と到着し、主にフランス語で話している。そのうち若い女性ランナーが間違っていないと思ったのか勇敢にも先頭を切って進み始めた。我々もそれに続くが、そのうち男性外国人ランナー達はやはり違うと言って、スマホでコース検索し始めた。先頭の女子ランナーは進み始め、日本人女子ランナーら数人が続いた。私は分岐はなかった自信があったので、6番目くらいで、付いていくランナーの最後尾となって付いていくことにした。

なかなかコース標識が出なくて、心配になったが、やがて登り始め(このコース標高150mの登りがある)、その直後にコース標識が出て、一安心。登りも緩やかなのでガシガシ登り、やがて激下りが出て、安心して下りのスピードを上げた。2人を抜かして、川の沿いの広いなだらかな道に出て、前の光を追っているとエイドはもうすぐとの声をかけられると、明かりが見えてきた。

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22:05 La Fouly(ラフォーリー)だ!

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22:05 第8関門のLa Fouly(ラフォーリー)第8関門(制限時間22:30、110.1km地点、標高1600m)に到着しました。水が持ちました。ハイドレに目いっぱい給水して、進みます。

舗装路をしばらく進むと、石がゴロゴロしている林道に入りました。下り基調なのですが、疲れと眠気は治まらず、歩くことしかできなくなって進みます。もう無理だと思い始め、後続ランナーに抜かれても何もできず、ただ歩くしかできなくなっていた。こりゃ完全に無理だなと思い、手持ちの高低図に書いてあるPraz de Fortという場所でリタイアすると決めて進んでいた。

やがて斜面をトラバース気味に進む感じに変わって、登りも出てきて標高が上がって、川の音が下から聞こえるようになってきた。

テンション落ちて歩いていたのだが、ここで、目が覚めた。なぜなら、左斜面は岩壁になり、右斜面は水音がかなり下から聞こえてきたから。つまり岩盤なので、右斜面は滑落するほどの急斜面で滑って落ちたら死ぬなと。(登山の経験からの予想です。)

一層慎重に進む。あとで地図を見直すと、右斜面が落ちたら死ぬほどの急斜面だったのは、一部(数か所)のようだったが、目が覚めてよかった。

鋭角に曲がる谷では、反対側にランナーの明かりが見えたりした。

やがて、林道が終わり、街の明かりが見えてきた。Praz de Fortだろう、ここでリタイアとエイドを探すが、単なる通過地名だったようで、深夜にもかかわらず村人の何人かは外に出ていて拍手してくれていたが、村は真っ暗で、エイドはおろか、スタッフすらいなかった。

しかたないので、街を抜け、リタイアはシャンペとそのまま進むことに。

谷すじを川を挟んで整備された林道を進む。ダラダラ歩いていたので、何人ものランナーに抜かれるが、シャンペでリタイアする気満々の私はどうぞどうぞで譲っていた。

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小さな集落(Issert)に入ると舗装工事中で舗装が剥がされていた(別の場所の記憶違いかもしれない。)場所を通過し、やがて師匠がたどり着きそうでたどり着けにシャンペへの登りに入りました。

山の中腹に明るい光が見えるので、きっとあれがシャンペだろうと思いつつ、樹林帯の中に入ると、最初は急登だったのが、曲がる度に傾斜が緩やかになって、そろそろシャンペかと思わせるような曲がり方が続いて、まだかよーと思っているうちにシャンペに到着した。

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リタイアしようと思って、今まで食べなかったエイドの温かいスープをもらった。師匠をはじめ日本人は味が薄いと不評でしたが、私には美味しかったです。これぐらい薄味じゃないと、疲労しきった胃腸には受け付けられないから、かなりランナーに配慮した味だと思いましたね。

2003番の日本人ランナーは先着していて、奥様のサポートを受けているのを横目に、とりあえず、テーブルに突っ伏して、5分くらい寝てみた。

少し元気が出てきて、リタイアは次のエイドに持ち越して、とにかくやれるところまで頑張ろうと思って、進むことに決めた。

2015年9月16日 (水)

東京マラソン2016抽選結果のご報告

今日は東京マラソンの抽選日。

案の定、以下のようなメールが届きました。

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◇◇ 東京マラソン2016抽選結果(落選)のご報告 ◇◇

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kazu 様
受付番号:216543

このたびは東京マラソン2016にお申込みいただき、誠にありがとうございました。

定員を超えるお申込みがあり、厳正なる抽選を行いました結果、
誠に残念ながら今回はご意向に沿えない結果となりました。


【ひと言】
これで8年連続の抽選外れだ。

UTMBリタイアのうさを東京マラソンで晴らそうかと思っていたが、まだ東京マラソン出場のお許しは出ないようだ。
(10万円払って出ろということか?)

やはりフルマラソンに対する情熱が薄いのが見透かされているからか(笑)

とりあえず、10月のウルトラ(227km)と11月のトレラン(100km)に注力することにしよう。

2015年9月15日 (火)

UTMBレース記録06(中間地点クールマイヨールから第7関門アルヌーバ)

コース1,2を争う絶景ルートのクールマイヨールから第7関門アルヌーバまでの記録。
しかも余裕の行程のはずが、暑さや師匠の不調などで、時間オーバーのピンチに見舞われました。
Utmbmap5
最初に一度登れば後は高原地帯を平行移動ですが、実際にはアップダウンあります。

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12:47 体育館を出たところで添乗員さんたちを発見。この直後に、予想外に師匠と再会。
足にマメができて、処置に小一時間かかり、この時間になったとのこと。
後半を師匠と一緒に進めるとは何たる幸運。
まずは、師匠の導きで公衆トイレに立ち寄った。
(クールマイヨールの体育館にもトイレがあったが満員御礼、カギしていないので、外国人お巨大なしりを見てしまいました。)

街の人の声援を受けながら、あまりの暑さに水冷の必要を感じると、師匠が確かこの先に水場があるはずとのこと。実に心強い。

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13:19 考えることはランナー皆同じ。水分補給に水浴びをたっぷり行う。

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13:23 街中からすでに登り。日陰も少なく、暑さ炸裂でしたが、水を浴びて、私は快適でしたね。

この後、登山道に入り、九十九折のトレイルを樹林帯の中進みます。
やがて、師匠が暑さで遅れだし、そのうち長い休憩を取り始めたので、私は他のランナーのペースで先行します。

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14:28 一般登山者が脇にそれて絶景を眺めます。クールマイヨールが眼下で、一気に高度を稼いだのが分かりますね。師匠大丈夫かなあと思いつつ先を進みます。

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14:36 エイドのベルトーネ小屋が見えました。

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14:41 暑い中の急登でランナー皆さん、お疲れです。ここでもコーラ三杯いただき、ハイドレに水2リットル充てんしました。水は危ないところでしたね。食事もしたりと、師匠を待ちます。

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14:56 20分弱休憩するも師匠の姿は見えず。仕方なく師匠を置いて先に進むことにします。

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14:57 高低図では小屋から登りはないように見えて、しっかりと登らされます。

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15:01 おーー、久しぶりのモンブラン山群です。

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15:02 左端の丸く高い山がモンテビアンコですね。

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15:02 どうです、この絶景ルート。これぞ本場UTMBですね。日本には存在しない絶景です。
遅れている師匠を待つ意味もあり、ゆっくりと進みます。
ちょうど、歩いている若い日本人ランナー2003番と話をしながら進みました。
彼はUTMF35時間と私よりはるかに早いトレイルランナーでした。

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15:04 高角のデジカメですが、下界を写すと山が入りません。すごい高度感のある風景なのがおわかりいただけますでしょうか?モンブラン山群に向かって大きな道路があるってことは、このあたりはあの有名なモンブラントンネルの近くということでしょうか?

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15:12 こちらのでかい山はアルプス三大絶壁の一つ、グランドジョラス(標高4208m)でないかと思います。

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16:07 我々が進んでいるのは、モンブラン山群の向かい側の山群です。最高標高は2500mぐらいですかね。コースの標高はちょうど2000mくらいですが、暑いので小川を越える度に水を浴びて涼みました。(これがまた時間がかかった要因でもあるのですが・・・)

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16:12 モンテビアンコに雲がかかり始めました。いやあ、それにしても絶景が続きます。

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16:17 でかいでかいでかい、最高の眺めを進みました。暑かったけど・・・。

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16:35 寝ているランナー発見(右の木陰)。確かに20時間以上経過し、これだけ暑いと消耗して、眠る気持ちもわかりますが、時間的余裕はないんじゃないかと。私はまだ眠気は大丈夫でしたね。

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16:39 エイドのボナッティ小屋発見。うーん、嬉しいけど、この登りは、この暑さではきついですなあ・・・。

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16:47 コーラ3杯もらって、クラッカーも大量にいただいて、想定タイムを確認していると、気が付きました。次のアルヌーバは第7関門。しかも残り5kmで時間は1時間ちょっと。まずまずいと急いで出発の支度しました。

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16:57 しっかり被り水して、ボナッティ小屋を出発しました。

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17:04 たらたら歩いていたら時間が無くなったので、急いでいますが、絶景についつい写真を撮ってしまいます。

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17:10 高原地帯を北西に進みます。急ぎ足の私ですが、何人ものランナーに抜かれました。

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17:10 この絶景も見納めです。

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17:33 アルヌーバが見えてきました。標高差250m、九十九折の激下りでした。
マメを気にしつつ、それなりに下りましたが、時間内通過を目指すランナーの速いこと速いこと、じゃんじゃん抜かれましたが、師匠の姿は見られませんでした。

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18:07 アルヌーバに到着。制限時間8分前のギリギリの到着。後半は余裕だろうと勝手に思っていてろくに予習してなかった付けがまずここで出ました。その後も、付けが出てくるので、事前の予習は重要ですね。

2015年9月14日 (月)

UTMBレース記録05(第5関門コンバルから中間地点クールマイヨール))

もっとも通過が難しいと思っていたコンバル(65.8km地点)を制限時間50分前に到着でき、時間の貯金もできたことで、余裕を持ってクールマイヨール(78.8km地点)に向かいますが・・・。

Utmbmap4

コンバルでは初めて椅子に座って休憩しました。残り少なくなったコーラのペットボトルを貰って、500㏄くらい飲みながら、一本満足バー、ソイジョイ、トレイルバーと大量補給しました。夜間装備を外してザックに入れ直して出発です。
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08:50 出発間際に写真撮り忘れていたことに気が付いての写真です。想定タイム30分前の通過となりました。

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08:51 振り返ってさっき下ってきたコースです。新コース部分、凄かったけどなんとか通過できてよかったとしみじみ思います。

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08:51 アルプスの奥深い場所のコンバル湿原(標高1970m)を進みます。

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08:55 池塘もあり湿原に見とれます。でも日本の尾瀬の美しさのほうが感動的ですね。

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08:56 湿原を埋め立てて造ったような平らな道を進みます。走れるので走っている人もいますが、歩いて進んでしまいました。

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09:03 ミラーレイク、明け方の通過で良いものが見られました。(早いランナーは未明通過で見られないので)

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09:03 ミラーレイク湖畔を通過するランナーたち。(ちなみに大きなザックの短パンの人たちは一般登山者でした。)

この後、湿原から山越えのルートに入りました。

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09:14 はるかに続くモンブラン山群。あの先から峠を越えて反対側に進むのだと思います。

実は登り激弱の私は、2500mの峠越え2本で登りの力をすっかり使い果たし、登れなくなりました。さきほどの遥かに重いザックを背負っている一般登山者を一度は抜かすも、その後、登りで抜かれ、その中の若い女性登山者には、抜かす際にスニッカーズを分けていただき、激励いただきました。2列可能な広いトレイルなので、遅さを気にせず、一歩一歩登りました。

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09:21 振り返ると奥に隠れていたモンテビアンコ(モンブランのイタリア語で意味は同じ「白い山」)が見えました。
南側斜面のせいか、氷河が小さく、フランス側より白い山感がないですね。

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09:33 幅広の沢をトラバースして渡りました。

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10:02 モンテビアンコに向かうかのような構図に思わず写真撮ります。

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10:04 同じく

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モンテビアンコ西側の山群

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モンテビアンコ全景

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10:06 ばんばん、抜かされます。

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10:10 モンテビアンコ、圧倒的な存在感ですね。

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10:14 登り終了!Arete du Mont Favre(標高2417m)。スタッフのチェックを受けます。鷹匠がいて、鷹がいました。あれは何だったんだろうか?

さて、ここから中間地点クールマイヨール(標高1195m)まで、一気に下ります。この2人のランナーは確か日本人だったはず。

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10:14 しばし絶景を眺めます。イタリアとスイスの国境にあたるフェレ峠はこの谷の先の一番低いところあたりでしょうか。遠いな(笑)

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10:29 ゆるゆると斜面をトラバース気味に下っていきます。

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10:30 山頂域が平でなかなか下らせてもらえません。

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10:33 まん丸の池。火口湖じゃないと思うけど、丸い。

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10:34 アルプストレッキングのイメージはこんな感じです。(笑)

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10:39 モンテビアンコ最後の雄姿。このでかさが基準となるので、日本の山に慣れている私はスケールが狂って、近くに感じちゃうんだよなあ・・・

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10:47 ここは珍しく狭いトレイルなので、抜かしづらいといえば抜かしづらいですが、声掛けすれば、抜かさせてもらえます。

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10:47 というわけで抜かさせていただきます。

このあと、下りが急になり、最後はゲレンデを激下ります。

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11:11 Col Checrouitという場所のエイド(75km地点、標高1919m)に到着です。想定タイム余裕が29分に縮まりました。

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11:14 だいぶランナーがばらけて、空いています。晴天でかなり暑くなってきました。水分とカロリー補給のためコーラ三杯いただいて、進みます。

このあと、ゲレンデを激下り、さらには斜面の樹林帯の九十九折の林道(ちょっと日本の丹沢とか奥多摩にもありそうな感じ)を日本人女子ランナーにくっ付く感じで降りました。実質初めてのストックをマニュアル通りに突きながら、膝への負担軽減と左の親指にまめができて痛かったので、ゆっくりと降りました。やはり大き目のシューズ(HOKA)はダメだなあと下り全般で感じましたね。

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11:59 トレイルが終わって、クールマイヨール市街への舗装路の下り

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12:04 石畳の路地を通り抜けます。結構長くて、前後のランナーもいなくなり、ちょっと不安な感じで通りました。通行人が拍手で称えてくれるのが嬉しかったですね。

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12:07 中間地点、第6関門&食事提供もあるエイド、クールマイヨールに到着です。拍手に日の丸が嬉しいですね。

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12:08 ドロップバッグが釣り下げられていました。到着が遅いのでだいぶ少なくなっていますが。
手前でゼッケンナンバーが読み上げられ、すでに奥に見えるボランティアの少年が私のバッグを用意してくれていました。もちろん「メルシー」です。
想定タイムの余裕は20分になってしまいましたが、まずまずのレース展開に満足でした。

このあと、すぐに体育館でなく、少し、歩かされます。重たいドロップバッグなのできつかったです。(笑)
体育館前にはツアー添乗員の高橋さんに声かけていただきました。正直、もう完走した気になっていましたね。

体育館に入るとすぐに階段を上がって2階に向かいます。
体育館全体が休憩所になっていて、テーブルと椅子もあり、でかいです。
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日本人ランナーとサポート2名だけで空いているテーブルで休もうとザックを下ろして、さあ椅子にと思って手を伸ばしたところ、外国人ランナーに椅子を持っていかれました。まったく外国人は空気読めないんだから・・・。
仕方ないので、床に座って、作業手順メモに従って、作業しました。
1 充電(GPSウォッチ&デジカメ)
2 足ケア(マメをテーピング)
3 食料補充(一本満足バーは油脂が多く食べられないのでソイジョイ、トレイルバー、カロリーメイト、カーボショッツを補充)
4 電池補充(予備電池使わなかったので補充せず)
5 飲食(パスタが提供されているようですが、持参のレトルト粥と電解質水を飲食)

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体育館から見たモンブラン山群はとても印象的でした。何より体育館の窓がこんなに大きく、しかも借景していることに驚きましたね。

体育館の出口がそのままチェックゲートとなっていて、12:45に出発しました。

2015年9月13日 (日)

UTMBレース記録04(第4関門シャピーから第5関門コンバル)

モンブラン一周レース(距離169.4km累積標高差9889m)のレース記録その4、第4関門シャピー(49.4km地点)から第5関門コンバル(65.8km地点)の距離16.4km部分(下の地図の黄色い線部分、反時計回り)です。
距離は短いものの、いよいよ2500mの峠越え2か所(セイニュ峠とカルカイレス峠)という難所の登場です。新コースとして設定され誰も知らないカルカイレス峠はどんな場所・コースなのか?
Utmbmap3

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03:48 シャピーのエイドのテント内。ほとんどの関門エイドはランナー全員をテント内通過させる構造で、序盤のエイドでは大渋滞発生。食べない私にとっては、ちょっと迷惑な設定でした。とは言いつつ、いつもコーラ三杯以上いただきました。

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03:52 シャピーの街を抜けて行きます。

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03:54 山が迫る広い谷底を進みます。満月の明かりで、この写真のようにうっすら山並みが見えて、山好きの私はゾクゾク、ワクワクしながら進めました。

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03:54 広い舗装路を緩やかに登って進みます。たぶん走れるけど、早歩きで進みました。

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04:25 雪を被る山が満月の明かりでうっすら見えます。その下をランナーの明かりが続いています。

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04:54 セイニュ峠に向かってライトの明かりが繋がっています。本物はそれはそれは美しかったですよ。

この後、舗装路から本格的なトレイルに変わり、登りのペースが落ちてきたところで、予想外に師匠に抜かれました。どうやらシャピーでトイレ休憩だったようで、休まず進んだ私がいったん抜いたようです。50km過ぎまで師匠を先行していたなんて、驚きです。それだけ私なりにしっかり登ったということでしょう。

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06:16 振り返ると光の帯は遥か麓まで続いていました。ドベではないことに少し安心。

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06:16 夜が明け始めました。

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06:18 セイニュ峠かと期待させますが、山頂域の広大なアルプスを理解していませんでした。

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06:18 谷の向かい側の山が明るくなってきました。日本の山の大きさに慣れている私にはとても近く見えるのですが、山がでかいアルプスなので実は結構距離があると思われます。

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06:29 写真撮っていると前とすぐに差が開きます(笑)

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06:29 そんな写真撮っているとまた抜かれました。(笑)

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06:31 日の出前の明るい空にランナーの列が見えます。セイニュ峠はまだですか?

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06:48 やっとセイニュ峠が見えてきました。

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06:49 ここがフランスとイタリアの国境、標高2502mのセイニュ峠です。3時間かかると思っていた登りを2時間で制覇し、想定タイムを50分余らせました。ガシガシ登った成果が出ましたね。しかも天候にも恵まれ、ミドルレイヤー1枚を重ね着しただけで、寒いと言われる高山地帯を通過できました。

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06:50 イタリア側です。

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06:50 振り返ってフランス側。続々とランナーが到着しています。

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06:50 北側はセイニュ峠からモンブラン山群に続く稜線です。

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06:51 緩やかな下りを進みます。

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06:58 峠からわずか8分で小屋が見えてきました。

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07:00 小屋には人だかりが・・・。休まず進みます。

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07:00 さらに下って、左に進む様子が見てとれます。どうやら、そこからが新コースのようです。

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07:02 新コース、どこを抜けて下に降りてくるのだろうか?

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07:04 橋を渡って左折して最高標高地点もある新コースに向かいます。

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07:36 序盤は湿潤な柔らかい草の上を進んでいましたが、中盤からはゴロゴロしたガレ場を進むことになりました。1時間程度で抜けたいと思っていた私は、セイニュで峠で力を使い果たし、しかも標高2500m付近で空気が薄いにもかかわらず頑張りすぎてバテがバテになってしまいました。

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07:44 最高標高2563m地点に到着です。想定タイムの貯金は55分に拡大。しかもここからは得意の下りと思いきや・・・

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07:44 ガレガレ(大き目の石がゴロゴロ)の下りでした。(´;ω;`)

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07:45 モンブラン山群のすぐ近くを降りますが、登りは早いが下りは遅い外国人にすこしイラつきながら写真撮って、間をあけました。

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07:49 ピラミダルな山容はアルプスですな。

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07:50 どこまでもガレガレな下りのトレイルです。雨降っていたら、転倒しまくりですな。

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08:00 下りの遅いランナーは抜かして、そこそこ早いランナーの列に付きますが、でもまだ遅いので、写真撮って、間を空けます。

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08:07 朝日がだいぶ昇って眩しい中を、谷に向かって進みます。

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08:11 綺麗な風景を撮りまくります。

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08:24 右手が開けてきました。たぶん、古いコースはこの谷間を進むはずです。(師匠曰く、なんてことない下りだそうです。)

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08:24 古い建物が見えてきました。こんもりした丘が一瞬、古墳?って思ってしまいました。(笑)

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08:25 城跡?

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08:27 水場がありました。冷たくて美味しかったです。

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08:29 振り返って、あの山を越えてきたんだなあと見上げました。それにしてもどこ通って降りてきたんだろうか?という厳しいコースでしょ!

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08:29 コンバル湿原に向けて最後の下りです。

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08:30 第5関門のコンバルが見えてきました。えっ、見えないって。拡大しますよ。

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08:30 テントがいくつか張ってあるのが第5関門のコンバルでしょう。激下って向かいました。

エイドの手前ではドローンが飛んでいました。おそらく主催者が撮影しているのだと思います。その映像どこかに使われたかな?

コンバル到着は08:40。
新コースは1時間半もかかる難コースで、先ほどまであった想定タイムの貯金をだいぶ使い込みましたが、制限時間までの余裕10分の想定が、50分の余裕を持てて、ガッツポーズのレース展開となりました。

2015年9月12日 (土)

UTMBレース記録03(第1関門サンジェルバから第4関門シャピー)

第1関門サンジェルバから第2関門コンタミン(21km地点)、第3関門バルムを経て第4関門シャピー(49.4km地点)まで(下の地図の黄色い線部分、反時計回り)の記録
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21:20 第1関門のSt Gervais(サンジェルバ)21km地点(標高818m)、累積標高+951m-1168mです。着ぐるみまでいました。最初の関門はランナーが短時間に殺到することを踏まえ、この関門エイドは巨大でした。自分としては想定タイムより10分遅れがショックでした。

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21:22 最初の関門に到着して安堵するランナー達

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21:22 中央の大きなモニターにエイド情報が表示されていました。その上には気温表示。18度だったかなあ・・・。寒さはまったく感じず、むしろ暑かったですね。

街を抜け、川を渡って、林道を少し登ります。この辺りのランナーはかなり歩いていましたが、私は走って順位を稼ぎました。

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23:12 第2関門のコンタミンに到着。透明ビニールで囲まれたテント内でランナーたちが休んでいる姿が見えました。(写真手ブレですいません。)

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23:12 ここでもコーラ三杯だけいただいて、休憩なしで進みました。

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23:16 コンタミンの街は、お祭り騒ぎでギャラリー多かったですね。

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23:16 街のレストランの屋外席でランナーを応援しながら多くの人が飲食してました。

その後のコースの記憶が曖昧ですが、街を抜け、ものすごく緩やかな上りの舗装路を進んだと思います。私は走っていました。Notre Dame de la Gorgeの手前で、師匠に追い、一度は追い越しました。その後、登りの林道に入って、師匠に引き離されました。

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00:46 第3関門のバルムに到着。先着して休んでいる師匠を発見。
私は、ハイドレに最初の給水しました。

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00:56 コーラ三杯いただきました。寒くなるだろう山越えに備えてミッドレイヤーをザックから出して着込みました。師匠は先に出発しました。

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00:56 師匠に遅れること2,3分で出発しました。

バルムを出て、最初の大きな山であるボンナム(標高2,439m)越えに向けてひたすら登ることになります。

たぶん牧場に囲まれた林道を登るコースだと思います。

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01:02 振り返ると満月の下、ランナーのヘッドライトの列がきれいでした。

ひたすら平均斜度18.3%の斜面を登ります。
想定タイムの遅れを取り戻すべく、登りは劇弱の私もガシガシ登りました。

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ボンナム峠に到着(42.2km地点(標高2325m))。この標識とスタッフ数名だけでした。
峠なのにさらにボンナム小屋に向けて113m登ります。(笑)

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後続のランナーの姿が満月の光に映し出されてきれいでした。(写真は手振れですいませんm(__)m)

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ボンナム小屋近く

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巨大ケルンの脇で休むランナーたち。私は先を急ぎます。たぶん最高標高地点2486m。

このあと一気に第4関門シャピーに向けて下ります。距離5.2km、標高差885m、平均斜度17%を激下ります。コースに関する記憶がありません。地図を見ると、ところどころ九十九折りになっていました。まあ、そういうコースです。(笑)

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03:48 第4関門シャピーに到着しました。ここでも想定タイムより8分遅れ。まあ、でかい山を登ったので遅れが広がらなかっただけで、まずまずの展開ですね。

2015年9月10日 (木)

UTMBレース記録02(スタートから第1関門)

モンブラン一周レース(距離169.4km累積標高差9889m)のレース記録その2、シャモニーから第1関門サンジェルバの距離21km部分(下の地図の黄色い線部分、反時計回り)です。

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さて、2015年のウルトラトレイル・デュ・モンブランがいよいよフランスはシャモニーからスタートです。

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18:00スタートの号砲が鳴りました。さっきまで聴衆をあおるようなMCから一転して、UTMBの荘厳なテーマ曲?がランナーを送り出します。
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周囲の建物のバルコニーからも大声援にスタート直後で感動して涙が出ました。「行ってきまーす。楽しんできまーす。」と日本で返答しながら、師匠と一緒にゆるゆると進んでいます。後ろの方に並ぶ格好となったので、スタートラインを超えるのに2分超過。
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スタートゲート正面の建物に日の丸が掲げてるのがとても嬉しかったですね。
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モンブランが見えたら、すぐに右に曲がって、街の中心通りを進みます。
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さらに荘厳な行進曲に合わせて歩くこと10分でした。ギリギリランナーの我々は、10分も歩いて、最後に泣きを見るのじゃないかとひやひやしながら進みました。10分も歩いた原因は、観衆が多すぎて途中、3人くらいしか通れないくらいにコースが狭まっていたことのようです。ちょうどこの辺り↓
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感動的なスタートを10分も味わえたし、まあ、お祭りだからいいか(笑)

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聴衆も減って、走り出すと、やがて林道に。聴衆は減ったといってもまだシャモニー近郊。声援は多いです。ゼッケンの日の丸を見て、日本語で応援してくれる人の多いこと。日本人大応援団も多くて心強いです。「行ってきまーす。」「頑張ってきまーす!」と応答して進みます。
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すぐに小さな登りが出ますが、まだ序盤なので、ランアーの足は止まりませんが、一部ランナーは歩いていました。いろいろな作戦があるようですが、走れるうちには走った方が良いというのが私の作戦なので、抜かします。

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2度目の長めの坂では走りぬくと、下って、橋を渡って、最初のエイドに到着。
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スタートから8kmを1時間10分と10分の歩きの影響をまともに受けての遅れでした。

最初のエイドなので一応水を飲もうと思いましたが、凄い人だかりなので、諦めて先に進みました。すぐに小さな町を抜けて、スキー場の林道をゲレンデを縫うように坂道を登っていきます。
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序盤で少し道が狭くなるととたん混雑してスピードが落ちます。

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脚が長いせいなのか、登りは早い外国人ですが、まだ序盤で緩めの登り坂では、外国人もそれほど遅れることなく登りました。山腹では仮装した応援もあり、ゼッケンの名前を見て、「かず、ジャポン」の応援も何度かあって、モンブランの長い旅が始まって間もなくということもあり、実に楽しく進むことができました。
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モンブランの正面を少し通り過ぎて、シャモニーから見るモンブランとは山容がだいぶ変わったモンブランをカーブの度に何度も正面に見ながら、登ります。

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そうそう、私より足の速い師匠はすでに見えなくなっての一人旅でしたが、終盤必ず追いつくつもりでと固く誓って、マイペースで進みました。

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なので、モンブラン絡みでこんなに写真撮っていました(笑)

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ゲレンデを大きくターンしたところで、それなりの標高になっていることに気が付き、そろそろ最初のチェックポイントだと身構えていると、まだまだモンブランが出てきました。
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それでもやがて、何もないコース上にチェックポイントがありました。
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2時間10分と予定より10分遅れがちょっとショックでしたが、まあスタートの10分歩きのせいだと焦らず進むことを誓って、夕陽の峠に突き進みます。

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振り返ると赤い夕日に照らされるモンブラン。しばし見とれました。

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最初の一山Le Charme(標高1800m)を越えます。

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遠くの山並みが気になります。(笑)

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いよいよ最初の関門サンジェルバに向かっての下り(距離約6km、標高差-990m、平均斜度-16.5%)の始まりです。

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何の山だかわかりませんが、ギザギザだけど全般的には平という不思議な山容に足が止まります。しかも日没で幻想的、心に留め置くだけでは皆様にお伝えできないので、ここは脇に止まって撮影しました。(笑)

このあと一気に暗くなりました。腰に付けたライトを点灯して進みます。
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途中から樹林帯に変わった林道をひたすら下りました。
途中からは下界の街の光が下に見えて、それがおおよその下りの距離を予想しつつ、どんどん下ることでどんどん下界が近付いてくることを実感できる下りでした。

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どうやらサンジェルバの街に降りて、もうすぐ第一関門のようです。

2015年9月 8日 (火)

UTMBレース記録01(装備&スタート準備)

スタート当日(2015年8月28日)は11時から選手受付開始ということで、朝食後3時間ほどとにかく寝る。11時になって、すでに準備したドロップバッグを師匠と一緒に預けに行くが、ドロップバッグは14時30分から受け付け開始ということが分かり、むなしく宿に引き返す。

さて装備は以下のとおり
【ウエア等】
・ウェア上 ファイントラックメッシュ、ハーフジップ、冷却アームカバー
・ウエア下 機能性タイツ(Mizuno BioGear)、ランパン、レースソックス(Tabio)
・シューズ ホカ(ボンディ2)、サンドゲイター
・アクセサリ バイザー、グローブ、新バック、GPS腕時計
・バック アルティメイトディレクションPB 10+3

【必携装備】
①スマホとWifiルータ、②個人用のカップ、③水分は最低1ℓ以上、④ヘッドライト2つと予備電池、⑤サバイバルシート、⑥ホイッスル、⑦粘着性と伸縮性のあるテープ(100×6)、⑧行動食(別記のとおり)、⑨防水・透湿レインジャケット、⑩防水性のオーバーズボン、⑪ランニング用タイツ、⑫ミッドレイヤー180g以上、⑬buff、⑭防寒帽子、⑮防寒・防水グローブ

【その他装備】
・行動食(トレイルバー、ソイジョイ、一本満足などバー系20本)
・アミノ酸・BCAA・サプリオリジナルブレンド100g
・電解質パウダーほか薬一式
・軽量ウインドブレーカー上下
・発熱アンダーウエア
・マップ&想定タイム表
・デジカメと予備電池

【ドロップバッグ】中間地点クールマイヨールに置ける荷物
・予備(シューズ、ウエア一式)
・食料(レトルト粥、電解質ウォータ)
・補充行動食(トレイルバー、ソイジョイ、一本満足などバー系20本、カーボショッツッツ7本)
・アミノ酸・BCAA・サプリオリジナルブレンド150g
・電解質パウダーほか薬一式
・予備電池及び充電池一式(デジカメ用&GPSウォッチ用)
・必須作業メモ(①充電、②足ケア、③食料補充、④電池補充、⑤食事)
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ドロップバッグは予想外に小さく、中間地点で食べて元気になろうと思っていたカップうどんとガスバーナーを入れられませんでした。(実際にはそんな時間的余裕もありませんでしたがね。(笑))

一度ホテルに戻って、再度寝る。14時半に起床し、師匠と一緒に受付会場近くのドロップバッグ預け場所に預けに行く。
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戻って、17時15分出発を師匠と約して、30分ほど横になって休憩するが、さすがにスタートの18時まで時間も無くなってきたので、お湯を沸かす間に、シャワーを浴びる。シャワー後、沸かしたお湯でカップうどんを食す。
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カップうどんとはいえ日本食に満足。スタート前の食事は完了。ザックに装備を詰めて、鏑木流にゼッケンをゴムひもに装着し、テーピングと皮膚保護処置をして、この間買ったばかりではいたことのない機能性タイツを履き、ウエアを着て、17時過ぎに準備完了。
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ウエアには日の丸を付けた。

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予定通り師匠とともに17時15分にホテルを出発し、10分足らずでスタートゲート裏に教会の前はすでにランナーや応援者でいっぱい。
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なので教会裏手のベンチで休憩。教会裏手ながら、ランナーの立ちションエリアのよう。(笑)師匠は2度もトイレに。私は行きたいような大丈夫のような感じのままスタートに。
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教会裏手にあまり早そうにないおじさん外国人ランナー2名(イギリスとスペイン)となんとなく融和して、なぜだか向こうからお互いの健闘を称えあう握手して10分前になってスタートゲート近くに向かった。
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青いおじさんが仲良くなったスペイン人ランナー。後で調べると残念ながら中間地点でリタイアされていました。お互いまたリベンジですね。

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そして、いよいよスタート直前となった。

2015年9月 5日 (土)

UTMB2015完走率と完走者数

リタイアショックをいつまでも引きずっていても仕方ないので2015年のUTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)の完走率を調べました。

完走率 63.68%(全走者) 男性 64.10% 女性 59.19%

出走者数 2563人 男性2340人 女性223人

完走者数 1632人 男性1500人 女性132人

コース延長は標高2500m付近で距離が1.7km伸び、累積標高が271mも上がったうえ、低地では気温35度になろうが、さして完走率に影響していないことに、いかにUTMB参加者のレベルとモチベーションが高いかがわかりますね。

ちなみに私の最終順位は1634位。
リタイア者のうち2番目というのが私の公式記録となるのだが、実際には、最後の関門でのチェックは後から来たランナーを先にチェックしていたので、やはり私が最終関門の最終通過者の次のランナーだったということだ。

これまでレースで何度も最下位通過者となってきたが、肝心のUTMBでは惜しくもなれなかった。

ひとつ前の関門では1630位で、ギリギリ完走圏内だっただけに、悔しさもひとしおであるのだが、結局のところ実力不足であるということなので、ここは神様の与えてくれた試練と思って次回以降につなげていきたい。

2015年9月 3日 (木)

実際のUTMB2015のレース風景

現実のUTMBのレース風景を掲載します。
(未完走記はまだ時間がかかりそうなのでお許しをm(__)m)

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UTMB170kmの長い旅の始まり

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夕日に染まる赤いモンブラン

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夕日に向かって峠を進む

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だいぶ登ったので振り返るとどこまでも続くランナーのライトの列(実際の光景は本当に幻想的でした。)満月でもあり、星もきれいでした。

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雪の残るセイニュ峠まであと少し

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あと少しの峠がいつまでも続くのが日本の山と違うところ。山頂域がとにかくでかいのだ。

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今回新たにコースに組み入れられた最高標高地点近く。このコース変更がギリギリランアーには痛かった。

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ミラーレイク

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モンテビアンコ(イタリア側から見たモンブラン)

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中間地点クールマイヨールのドロップバッグ

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中間地点クールマイヨールの体育館から見た風景

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安堵感の中にも熱気あふれるエイドのテント内

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エイドでいただいたスープ(日本人はまずいと言って嫌っていましたが、私にとっては胃に優しく、美味かったです。)

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舗装に書かれたルート案内(ウルトラトレイルの略でしょう)

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深い谷のどん詰まりまで進んで、2500mのフェレ峠越え

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高度感のあるトレイルを進みます。

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ヨーロッパはアルプスの古い街中を何度も通りました。

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草を食べる牛のベルの音が印象深いです。

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最後から2つ目の山頂(カトーニュ)についたと思ったら、まだ50分もかかるとの標識に驚く。とにかく山頂域が日本と違ってでかい。

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レース中最後の写真(モンテ峠の途中、右手の山が最後の山であるラテットオーバン)
リタイアの顛末はこちら(夢だと思ったUTMBリタイア

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ゴール制限時間の16時30分にゴール前に行くも、すでにレースは終わるかのように普通に観光客が闊歩していいました。

2015年9月 2日 (水)

デジャブな夢を見たことになっている(記憶の改変)

スイスから日本に帰る機中にいて、これを書いている。
隣の席の師匠と今回のレースについて語り合いつつ、機内食を食べ、ひと眠りしたところである。

この記事の前に最後の一山の軌跡を書き綴って眠りについたところ(アップしたのは日本についてから)なのであるが、私の中で不思議なことが起こっているので、もう一眠りできる状況であるのだが、忘れないうちに書き綴っている。

実は最後の一山で迷うことは、自分の中ではわかっていたことになっている。(夢見たのか想像したのか不明)
最後の一山で迷子にならないために、他のランナーの動向を見極めて、動くことこそが肝要だと事前に決めていたことになっている。

その証拠に、山頂の景色は、事前に想像(夢)したリ通りであったという記憶になっている。

しかも登場人物は違っているので、現実と混同したことになっていない。
行ったことがない山頂の景色は、当然初めて見る景色であるはずなのだが、記憶では見たことがあるものになっているのだ。

だから、実際のレースでは他のランナーの動向を見極めて、動いた。しかし、その結果、リタイアとなっている。

いったい、これはどういうことか?

心の整理がいまだにつかず、記憶自体を自分の都合のいいようにねつ造しているということか?

UTMBのゴール直前でのリタイアのショックは私自身にとって相当に大きいのかもしれない。しばらくこの悪夢には悩まされそうな気がする。(笑)

追記:
 今回のUTMBでもレース中、何百枚も写真を撮っていながら、リタイアまでの最後3時間は1枚も写真がない。なので45時間も一睡もしていない意識が朦朧としていた中の記憶をたどるしかない。
 記憶がないが実際に相当に追い込まれて余裕がなかったのだろうし、夢だったのではと今でも思うのだ。
 ちなみにレース中最後の写真は以下の写真である。
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最後の一山の手前のモンテ峠を登っているところ。(30日11時53分)
右手の山が最後の一山のラテットオーバン(標高2130m)
山頂に見えるところから距離2km以上、標高もさらに300m登る必要があったことを実際には知らなかったはずなのだが、今の記憶では予見していたことになっている。
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次の写真は15時10分のリタイアランナーの送迎バンの写真。予備関門で足止めされ、灼熱のテラスで大の字になって、空を見上げて、待っていたのち、到着ランナーが3人になったので500m先の最終関門に送られ、関門閉鎖の片づけを終えたそこのスタッフによって関門到着のバーコードチェックが行われ、そのあとバーコードを切り取られた。(私が最初の到着ランナーであったがチェックは最後になっていた。)

恐らく足止めされなければ最終関門の到着時間は15時過ぎころだと思う。
やはり最後まで、ゆっくりでも走れば、もう少しギリギリ、いや間に合ったかもしれない。

「たられば」を語っても仕方ないのだが、考えていないと記憶を変えて、忘れさせようとしている自分がいるようなので、しばらく耐えてみようと思う。(笑)

2015年9月 1日 (火)

夢だと思ったUTMBリタイア

150kmを踏破して、残り最後の一山となっていよいよゴールが見えてきた。
この手前の山では、脚が前に出なくなって、関門45分前に出発したが、降りてきたら関門の通過余裕タイムは15分しかなくなった。
急ぎ出発したいところであるが、冷静にハイドレの水量を確認すると100ccほどしか残っていなかった。1リットルほど入れて、コーラ3杯飲んで、出発した。
モンテ峠の緩い登りは、そこそこ登れたが、岩だらけの登山道は、傾斜も急になり、陽射しも強く、厳しい状況であったが、最後の一山ということで、自分に鞭打って、登っていった。
標高1800m地点で、急に開けた高原状の場所に出た。
ここが最後のチェックポイント、ラテットオーバンか?と思って、チェックポイントを目視で探すが見つからない。
何人かのランナーもキョロキョロ、ウロウロしている。
誰か見つけてから進むが省エネとしばし立ち止って暑いので給水しながら様子をうかがっていた。
外国人女性ランナーもよほど焦っているのか、明らかにわかっていない私にチェックポイントはどこだと聞いてきた。
やはりこの辺りで少し待つのが得策と思って、日本人ランナーと「暑すぎ」とか、話をしたりしていた。
自分のイメージでは、山頂付近(標高2100m)にはスタッフがいて、道案内してくれるものと思っていた。
このとき、GPSウォッチは確か1900mだった。コース図のチェックポイント(ラテットオーバン)の標高は2100m以上。200mの違いも外国人はいい加減だからと思っていた。なぜなら今いるところは山頂に見えたからだ。
とりあえずコース標識に従って、ダラダラと進んでいると、私設ボランティアがミネラルウォータをくれた。いよいよここがポイントだと確信し、尋ねれば良いものを、すぐそこだろうと高をくくって、水のお礼だけ言って、先に進んでしまった
あの一番高いところがきっとポイントだなと思ってついてみると、さらに大きな高原状の台地が奥に広がりっていたのだ。
「あれ?」腕時計の標高を確認するとまだ2000mちょっと。はるか先まで見渡せるもチェックポイントらしき場所は見当たらず。標識をたどると一番高い場所につながっていた。
ここで、時刻を見ると13時58分。
まだ時間はあると、ここでいったんスイッチが入った。
標識に従い高い方に走り出した。すれ違うハイカーは「ブラボー」と称え、道を譲ってくれる。
さきほどまで登れなかった登り坂もぐいぐい登った。後続はいない。(後続に日本人がいれば違った展開だったかもしれない)
先ほど見えていた一番高い場所にたどり着くもまだチェックポイントは見えない。
標識に従いさらに進む。さっき見えていた一番高い場所につくとすぐその先にチェックポイント(ラテットオーバン)があった。
スタッフにポイント通過チェックしてもらい、関門に向かった。(ここで距離なり大まかな時間でも確認すればよかった。)
ここから下りのトレイルに入った。(尾根沿いでなく山腹をトラバースしているトレイルなので先はあまり見通せない)
標高差をコース高低図で確認すると300m下る。すぐにはたどり着けないなと思うも、とりあえず見える場所まで走った。
その場所に着いたらエイドが見えると期待したが、トレイルしか見えなかった。また先の見通せそうな場所まで走った。
そしてまた同じことが起こった。トレイルしか見えない。何度かそれが続いたとき、脚は動かなくなりつつあり、心が折れ始めた。
残り15分を切ったとき、はるか先(2kmくらい)に初めて建物が見えた。エイドらしい飾りは見えなかった。
まだ見えないなら、もう無理だ思った。
そのとき、後方から外国人選手が猛スピードで駆け下り、私を抜きさった。
じゃあ、俺もと、付いて、しばし走るが、あっという間に離された。すでに脚は疲労困憊で彼のようには走れなかったし、エイドはまだ先で勝手にもう無理だと思いこんでしまっていた。
そのうちダラダラと歩き始めるが、すれ違うハイカーには「ブラボー」と称えられ、道を譲ってくれる。(もはや恥ずかしい限りだ)
ダラダラと歩きながら、ひょっとすると30分くらい関門を緩めてくれているのではないかと、都合のよい想像をしながら進んでいいた。
やがて14時45分の関門を迎えた。ここからはまさに力が入らず、半分ふてくされて、ダラダラと進んだ。
建物まで残り500mくらいのところで、同じく関門を諦めて家族と談笑しているランナーがいて、道を譲ってくれた。
それまで見えなかった新たな建物が見え、そこにトレイルが続き、標識も立っていて、スタッフがいた。
「レース、フィニッシュド」「アーユーオーケイ?」とダラダラ歩いていた私を見て、確認してきた。
「ノープロブレム(心は挫けたけど)」と返す。
リタイアの人数がそろったら、車で送るから待ってろとのことで、広いテラスに大の字で寝転がった。遮蔽のないテラスは眩しく暑かった。
関門時間延長などなく、まして夢でもなく、本当にレースが終わったのだった。
その後、何人かのランナーが到着し、車で最初に見えた建物に送ってくれた。
なんと、最初に見えた建物がエイドだったのだ。
そして、エイドの中には、リタイアしているランナーはいなかった。
私を追い抜いて行ったあの外国人選手は関門を通過していたのだった。(これが史上最大のショック)
Dsc06497
残りはゴールのシャモニーまで8kmの表示を眺めつつ、呆然としている私にスタッフは近づいてきて、ゼッケンからバーコードを切り取っていった。
その行為がどれほどショックだったかは、初めて知った。スタッフは優しく飲み物や食べ物を薦めてくれたりするのだが、バーコードだけは切り取ってほしくなかった。
Dsc06507t

しばらくテントの中で放置されたので、先にリタイアしているだろう師匠に携帯で電話した。私の完走を確信してくれていた師匠はゴール前で私を待ってくれていたのだ。
そんな私からの電話(リタイア)に驚いていた。そりゃそうだ、ネット表示は最後の関門到着に変わっていたのだから。
最後は、一般観光客に混ざって、テレキャビン(大型のゴンドラ)で麓のシャモニーにおり、これまたスタッフの車で、預けていた荷物を受け取る場所で下された。
大きなUTMBと書かれたドロップバッグを抱えて歩いていると、完走者と間違えた人たちから「ブラボー」の声が上がる。
制限時間前の時間に、今ゴール駆け抜けてきました見たいな汗とほこりまみれのぼろぼろのランナーを見れば、誰もが完走者だと思うだろう。
見ず知らずの外国人ランナーたちに「フィニッシュド?」と声かけると「イエス」と答えるので、「コングラチュレーション」と祝福した。
向こうも私を当然に完走しているものと思って、「ユートゥ?」とか尋ねてくるので、事情を説明すると、「来年チャレンジ」と前向きな励ましをもらってしまった。
「ポイントがなくて来年はだめだ」と答えると「ネクスト、ネクスト」と言ってくれた。
距離162km、累積標高10000mを踏破した脚は、決して軽くはなかった。しかも、まるで悪夢の中にいるような心境、いや夢じゃないかと思いながら師匠の待つ宿に向かっていくと、目線の先にはあの雄大なモンブランの姿があった。決して慰めることなどない、姿に見えた。

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UTMBレース記録02(スタートから第1関門)

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