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2015年3月19日 (木)

【書評】永続敗戦論 白井聡/著

Eizoku
久しぶりに激烈な思想と文章の本に出会った。

著者は冷静沈着に彼の思うところの真実に向けて、事実を積み重ねながら、戦後の日本が向き合うことなく逃げてきたという不誠実さをこれでもかと追及しているのである。
つまり、戦争の責任からずっと逃げ続けてきた日本国民の姿勢を糾弾するとともに、今こそ向き合うべきだと叱咤激励しているのだ。
敗戦を自らの悲劇として、アメリカの庇護のもと、無責任に安住している戦後を永遠に続けている、それを端的に「永続敗戦論」と表し、本著のタイトルに用いているのだ。

強固な政権基盤を有す、安倍総理の「戦後レジームからの脱却」なんて主張に対し、それは脱却でなく、むしろ安住だとこき下ろしているあたりは、昨今の軟弱なマスコミの風潮とは完全に一線を画すもので、そういう意味で久しぶりに読むこちらも熱く強い気持ちで向き合って、なんとか読了することができました。

以下、本著の文章を引用し、明察さに基づく切れ味鋭い激烈さを少しでも感じてみてください。

●狭義の日本国民の犠牲や不幸に対する責任すらまともに追及することのできない社会が、より高度に抽象的な責任を引き受けられるはずがない。
 時速100キロに満たないど真ん中のストライクを打てない打者が、150キロの難しいボールを打てるはずがないのと同じことである。

●TPPの本質とは何であるのか。(中略)古典的な意味での自由貿易はすでに実現されている。したがって、TPPが標的とするのは、関税ではなく「非関税障壁」と呼ばれるものにほかならない。
 つまりそれは各国の独自の商慣行であったり、独自の安全基準、独自の税制規則、独自の製品規格といった事柄である。
 「非関税障壁」をひとつの概念としてとらえた場合、それは「よそ者」にとって市場参入のハードルとなるあらゆる制度・慣行を含みうる。

●対米従属による「平和と繁栄」路線を支持した日本人の多数派もまた、日米安保体制は必要だが、できるだけアメリカの戦争に巻き込まれないようにする保証として、憲法第9条に利用価値を認めてきた。
 国際情勢の変化に応じた解釈改憲はやむを得ないにしても、そのつど、できる限り小幅にしたいというのが、日本人の本音だった。
 つまり、日本社会の大勢にとって、「絶対平和主義」は、生命を賭しても守られるべき価値として機能してきたのではなく、それが実利的に見て便利であるがゆえに、奉じられてきたにすぎない。

●戦前のレジームの根幹が天皇制であったとすれば、戦後レジームの根幹は、永続敗戦である。(中略)
 対米関係において敗戦の帰結を無制限に受け入れている以上、アジアに対する敗北の事実を否認しなければならないが、それは東アジアにおける日本の経済力の圧倒的な優位によってこそ可能になる構図であった。しかるに今日、この優位性の相対化に伴って必然的に、永続敗戦レジームは耐用年数を終えたのである。

●1945年以来、われわれはずっと「敗戦」状態にある。
「侮辱のなかに生きる」ことを拒絶せよ。

「永続敗戦」それは戦後日本のレジームの核心的本質であり、「敗戦の否認」を意味する。国内およびアジアに対しては敗北を否認することによって「神州不滅」の神話を維持しながら、自らを容認し支えてくれる米国に対しては盲従を続ける。敗戦を否認するがゆえに敗北が際限なく続く――それが「永続敗戦」という概念の指し示す構造である。今日、この構造は明らかな破綻に瀕している。

【ひと言】
著者は日本人は先の戦争を反省していない中、安倍総理に導かれ、戦争のできる国になりつつあることに対し、声を上げなければならないと思い、彼にとっては専門外の本著を書いたとしている。
専門外と言いながら、歴史的事実を丹念に検証しているあたりは、さすが学者さんであり、彼の論理につけ入る隙はまったくない。
なにより彼のような真摯な思いも見識も私にはない。

私は反省ほどほどで先に進むべきだというのが信条であり、とにかく前に進むということこそ重要だと思っている。

しかしながら多くの日本人は、先の戦争を反省するどころか、戦争がどういうものであったかという歴史的な基本事実すら知らないで平和ボケしている状況である。
そんな状態は私に言わせれば、目をつぶって150キロのボールを打とうとしているようなものだと思う。

さりとて、そもそも他国でも戦争について、著者が求めるような国民の総意となるような総括をしている国があるのか?
私はないと思う。

朝鮮だって、日本から自力で独立したと言っているくらいだし、中国も日本と戦ったのは国民党政権で、現在の共産党ではないのに、戦勝記念式典を盛大にするのだから、勝者として驕っているだけである。

アメリカは確かに狡猾かつ合理的に政策遂行する中で、精緻な検証を行っていると思うが、世界平和に向けて自らが犯した間違いを反省などはしていない。(例えば原爆投下やベトナム戦争)

そういう相対的な意味で、永続敗戦であることは歴史の必然とみても良いのではないか?
なんだかんだで70年間戦争しなかったではないか?

日本人は確かに命を懸けて不戦を誓っているわけではないが、とにもかくにも世界的に見て戦争に消極的であることは間違いないのであるから。

追記:ムスリム(イスラム教徒)がこれまで親日的な態度であったことを端的に表す作者のエピソードがとても印象に残りました。

「お前ら日本人だろう。日本人は本当に偉大だ。俺は深く尊敬している。アメリカとあれだけの大戦争をやったんだ、なんて見上げた根性なんだ!」
「俺たちは(イスラムと戦争する)アメリカを絶対に許さない。お前たちもそうだろう?あいつらは原爆を落としやがったんだからな。今度アメリカとやるときは、絶対一緒にやろうぜ!」
(2007年にコペンハーゲンを訪れた著者が乗ったタクシー運転手の話) 

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