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2015年3月12日 (木)

【書評】アベノミクスの終焉 服部茂幸/著

Abenomix
アベノミクスは安倍第2次政権の経済政策の総称であることは今の日本人ならだれもが知っている。
しかしながら、その内容を詳しく説明できる人は、専門家を除けばほとんどいないのではないか?
私は不遜にもできると言えるが(笑)、金融業界にいないうえ、家計においても資産運用などをまったくしていない以上、単なる消費者以上のことを直接していないので、単に文献で得た知識以上のものはないのはご容赦いただきたい。

そうは言いながら、これまで私のブログで書いてこなかったが、均衡財政主義者である私の核心的政策として「日銀の超異次元緩和策」を、密かに温めていたのであった。(後出しのような書き方であるが、実際そうだし、ごく親しい知人の何人かはそれを知っているはずである。(笑))

私がこれまで温めていた財政再建に必要な金融政策は「日銀の国債買受け」という高校レベルの用語の金融政策の一手法なのであるが、アベノミクスではほぼ同じ内容が「日銀の超異次元緩和」という期待感あふれる単語に変わり、それが社会のマインドを変えて、実体経済に良い影響を与えているというのはまぎれもない事実であろう。

そう意味で、「アベノミクス」は流行語になるほどの一つの単語として世間に広く認知されていること自体、日本の経済政策としては、画期的であり、まぎれもなく歴史的政策であることは間違いない。

一方、経済学者からすれば、この新しい言葉だけの金融政策に対し、批判的なのはある意味まっとうな反応であろう。

一応おさらいすると、アベノミクスは3本の矢からなる複合的な経済政策であり、第1の矢は異次元緩和、第2の矢は公共事業拡大、第3の矢は成長戦略となっている。
誰が考えても重要なのは第3の矢なのであるが、成長戦略に有効な手が打てているとは思えない。

実のところ成長戦略とは、規制緩和に代表される産業構造の効率化や転換を促し、経済成長を続けようとするもので、それには淘汰されるべき産業、人材などが必ず生じ、よって常に痛みが伴うものである。

現在のアベノミクスの問題は、第3の矢による痛みを国民が許容できるかを見極めていて、痛みを伴うが有効な手をまだ大々的には打ちかねているというところというのが、経済政策には弱い私の精いっぱいの見立てである。

というレベルの私にとって、本著の内容は実に難しい経済政策理論の本となっている。タイトル的にはアベノミクスの負の面をわかりやすく書いてくれているのではないかと期待したのだが、大学講義のテキストのような感じであり、一般的ではない。
それもそのはず、著者は現役の大学教授であり、工夫されてわかりやすく書いたつもりなのであろうが、タイトルほどわかりやすくはなっていない。

本著は、アベノミクスにより社会が感じているマインドほど、実体経済に好影響を与えていないということを書いているのが要旨である。確かにそのとおりであろう。しかし、過去の経済政策が有効に機能しなかったこと歴史的事実である。東日本大震災後の原発停止とそれに伴う燃料輸入の激増、さらには消費税増税というダブルパンチをどう乗り越えるというのか?

歴史好きの私としては、1920年代のアメリカの大恐慌、1990年代の日本のバブル崩壊、2008年のリーマンショックなどの大不況を経済学者たちが世間を納得させられるだけの影響力を持ちえず、発生を防げなかったことを必然とするのか、怠慢とみるのか?

本著では明確に論じていないが、私の読んだ感覚では、怠慢であると判断しているように見えるのだが、結局のところ事故るまでアクセルを緩められないのが人間の性だと思う。

つまりアベノミクスの危うさはすでに私も過去の記事で指摘したとおりであるが、結局、経済政策の制御は、運転する自動車のスピードをどう制御するかと同じことなのだ。

スピードを出せば、目的地に他者より早くつける。お金を回せば、経済が他国より活性化し豊かになる。
しかしながら、スピードが出た状態は事故が起きやすく、同じようにお金を回そうとすればバブルが生じて、最終的には経済破綻を招く可能性が高くなる。

つまり、いつかは事故が起きる。

もし車で事故を起こくしたくないなら、車に乗らない、経済不況に苦しみたくないなら、お金の存在しない原始の生活をする。そんな極論を言うのはあまりに経済学を軽視し過ぎというか刹那的すぎるだろうか。(笑)

結局、現代人は車が時として殺傷する機械であるにもかかわらず、自分たちが安全と思えるスピードやルールで運転する、同じように経済も自分たちが安全と思える範囲で事故らないように注意する。つまりは、車に乗っているときは、「時間に間に合わないからもっとスピード出して」などと要求しない、経済なら必要以上に経済対策、経済対策と要求しないことが事故のない社会を作るということだと私は思う。
(ほとんど書評になっていないがお許しをm(__)m)

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