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2014年12月10日 (水)

【書評】親ができるのは「ほんの少しばかり」のこと 山田太一/著

Oyaga
タイトルに魅かれて読みました。

著者は、「岸辺のアルバム」や「ふぞろいのりんご林檎たち」の著名な脚本家です。
その脚本家が、自身の子育てを踏まえて、20年前に書いた本に、最近加筆修正したものが本著である。

「本書を読み返してみますと、あれれ、親子のことってそんなに変わらないんだという気がしています。自分でいうのも図々しいけれど、この本が昔話になったという思いは意外なくらいありませんでした。だからこそ「新版」のお話をくださったのでしょう。」というのが著書あとがきの弁です。

私はできの悪い父親でありますが、私が読んだ感想は、山田太一さんが描く親子関係の通りだと思いました。(私の親子像は以下のとおり)
高校受験の次男坊へ
「子どもに振り回される親でなく、子どもを振り回す親たれ」

そんな私が常々思っていたことが、珠玉の文章となっていました。
その中でも特に印象深い一節を抜き出したものが以下です。こんなにも沢山ありました。(笑)

●日本の文化が女性化するのは当然だと思いました。おおざっぱにいって、女性は「生きている」ということを大切にして、良くも悪くも存在からあまり離陸しないでしょう。でも世界の思想の中には「屈辱の生より誇りを維持した死を選ぶ」というような生き方もあるし、「役に立つなどという下品なことはしたくない」なんていう生き方もある。たいていそんなことを言っているのは男なわけですが、そういう多様さが子供の日々からほとんど消えていていいのでしょうか?(お母さんまかせ)

●親は「親バカ」というような、半分親のエゴで子供の身になれます。かなり本気で「それは、他の人が悪いんだ」などと子供に言い得るわけです。(中略)そういうことを自分についていってくれる人がいることは、自分が子供だとして考えると、とってもありがたいことではないでしょうか?(親バカになってもいい)

●ぼくは、家内と相当燃え上がるような喧嘩をして、数時間たって「あれ、どうしようか」などと相談したりしている。それを子供たちが見ていて「パパとママ、いったいなにをしているのよ」と怒る。
 なにもぼくたち夫婦だけではなく、たいていの夫婦にそんなことはあるように思います。(いい加減さも覚えてほしい)

●昔、「子供の喧嘩に親が出る」というのは非難の言葉でした。今でもその非難は聞くに値するものを持っているように思います。(中略)「いじめ」で子供は社会の現実を知るところがあると思うのです。他人という者の残酷さとか恐さとかですね。更にいえば自分の弱さも思い知る。いくら正義はこっちにあると思っても力の弱いものは負けることも知る。いじめられる側だけでなく、いじめる側にも後年まで残るものがあると思います。尻馬に乗っていじめた自分の嫌らしさ、弱さ、残酷さなど。決してマイナスばかりではないと思います。(心の傷の栄養になる)

●姑とか親と同居していれば、先人の知恵もあるし、肩代わりを頼めるかもしれない。ノイローゼは核家族により多いでしょうから、夫の責任が重くなりますね。余儀なく核家族という家庭もあるでしょうあが、いわゆる「ババ抜き」を希望して結婚した家庭では、プラスを享受するだけでなく、マイナスも引き受けなければならない。(育児ノイローゼのこと)

●今の日本って、お人好し社会だと思うんです。お人好しで何がいけないかというと、人間の実態に鈍感ですから、たとえば、自分の実態を超えて過度にいい人になろうとするとか、他人にもうんといい人であることを要求するとか、子供に対しても、そんなことを要求しても無理だということを要求してしまうとか(「いい人」の価値)

●こういういい方をすると家族のいない人を傷つけてしまうかもしれませんが、家族は、凄く人間を教えてくれる場所であるし、なかでも子供を育てるということは、人間というものを理屈なく教えてくれるし、自分いついても実に沢山のことを気づかせてくれます。(子供の心がわからないこと)

●この日本にだって、個性の発揮も目指さず、新しいものへの適応も考えず、都会になど目もくれず、金銭にふり回されないで幸福感を手に入れている人がいるのです。そして自分の子供がそういう生き方を選んでなにがいけないか、と考えること、そのくらいの幅は、お互い、親なら持ちたいものではないでしょうか?この世には、実にさまざまな価値観があり、そのそれぞれで、多くの人々が幸福感を手に入れているのですから。(人生の意味)

●(親は子供が)「好きだ」ということに手を貸してやるしかない。「何が好きだか分からない」という子には、見つかるまで待ってやるしかない。それくらいしか親のできることはないし、責任もない、と思います。(中略)自分の損得を考えず、ある人間のことを気にかけ心配し、見当ちがいのことが多いにせよ、その人間のために口に出す存在は、親ぐらいしかいないのが普通です。(基準は生身の子供)

●親は子供の健康を気にかけ、平穏であることを願います。子供は成長するにつれ、それだけでは満たされない自我を持ってきます。(中略)あえて危険なことに足を踏み入れたり、一文にもならないことに情熱を傾けたり、じっとしていれば何事もないのに、大騒ぎになるようなことを口走ったり(親のできることは少し)

●子供を大事に思う力のあるものだけが、矛盾したことをいう資格があり、そうでないものは合理性でいかなければならないという気持ちはあります。つまり、あまり子供を大事に思う能力のない先生などは、一貫性・合理性で行ってもらいたいけれど、基底に子供を大切に思う能力を備えた人は矛盾してもいいのだ。むしろ矛盾しなければいけないのだ、と思います。(親のできることは少し)

●子供を大事に思う能力、幼児と母親の一時的な関係をのぞけば、それほど本能的なものではないというように思うのです。子供を愛する、というのも一種の能力で、人によっては努力して身につける必要のある力だというところではないでしょうか?(親のできることは少し)

【最後に】
完璧な親は存在しないし、そんなものを求める必要も無い。自分のためでなく、子供のために一生懸命寄り添う。本著にはそう書いてありましたので私は、今までどおり、少し面倒で、不条理な存在で居続けますわ。(笑)

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