書評もろもろ
5年以上前に読んで書いた複数の書評が見つかったので原文まま掲載します。
●芸術人類学 【中沢新一】
人間のみ獲得したと思われる言語能力そのものは、合理的思考の究極の成果の一つで、基となる合理的な思考そのものは動物にも備わっていて、人間だけが複雑な言語にまで発展させ、持ち得ただけである。真に人間が動物と違うところは、芸術や宗教といった非対称性思考(書いていながら私はその意味を理解しえていないが)を獲得し得たことこそが、そのものである。わかりやすい言葉で言うなら「流動する心」というらしい。確かに人間には「流動する心」で占められているのは、よくわかる。(たぶん書きかけです。)
●散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道 【梯久美子】
18歳になってすぐの頃、それこそ女の子と遊んだこともなく、酒や夜遊びもしたことなくて大学に合格して、とにかく単身乗り込んだのが、大学の寮でした。
そこは二人部屋で、同室となったのは、物理専攻で長野から来た栗林君でした。
彼はとても温厚で面倒見がよくて、純粋なところがとても尊敬できる人間で、世間知らずで高慢な私にもとても優しく接してくれたのでした。
外見は、いわゆる縄文系で、色黒くがっちりした体系で、背はもちろん低かったのであるが、本当に信頼のおける人物でした。
しばらくして、私は何かの本を読んだのですが(もう忘れましたが)、恐らく歴史好きで、特に無類の戦史好きなので、きっとその類だと思うのですが、太平洋戦争でもっともアメリカ軍を苦しめた指揮官である栗林中将を知ったのだと思います。
「栗林中将こそ日本軍きっての名将だと思うが、栗林君の親戚じゃないよね」
そのときは、まさか血縁であろうとも思わずに尋ねたわけなのですが、彼の答えは、
「親戚だよ。少し遠いけど。」
実はそんな答えを期待していたわけでなく、だから、そのとき、私は実際のところ、絶句した気がする。
多分そのとき、調子の好い私は、「すごい!すごいよ!」なんて言いながら、手でも握って感動を表現したのではないかと思います。
彼は、「よく知ってるね。」と、素朴な驚きを私に表したような覚えがある。
実は、私が栗林中将を「すごい」と言ったのは、単に太平洋戦争の戦果に対してであり、つまりそれは戦争中日本軍が占領していた太平洋の島々で、あまたの玉砕戦(まさかと思うので解説しますが、退却や投降しないで、ほぼ全員で玉のように砕けて、全滅する戦い)の中で、唯一、日本軍の死傷者よりアメリカ軍の死傷者が多かった戦いであった。
その1点だけで、「すごい」と言っただけの若造でありました。
あれから長い月日を経て、この本にたどり着いたわけですが、改めて栗林中将(日本軍の階級である中将という言い方自体が、彼を表すにふさわしくない敬称であるが)さんが、日本人としての誇りを持つに十分な人物であること認識しました。
作者は、60年を経てでありますが、そのことを女性らしいきめ細かい事実(特に家庭に関することや手紙から読み取れる心情など)を、実に丹念にあぶりだして下さいました。
硫黄島が日本が初めて失うかもしれない固有の領土であるとともに、本土空襲に最適な島であったこと(つまりここをとられると、日本本土の空襲が激化し非戦闘員に惨禍がふりかかる。)から、アメリカが5日で制圧するため圧倒的な戦力で攻めたにも関わらず、36日間もかかり、アメリカの被害も大きかった訳です。
今、クリント・イーストウッド監督の硫黄島2部作が公開されようとしていますが、今でもアメリカにとって忘れることができない、厳しい戦いでもあったわけです。(先のイラク戦争時にも大統領が自軍を鼓舞するために硫黄島での勇気というような比喩を使っていたそうです。)
あたり前のことながら、本当に戦争は、酷くて、惨くて、虚しい、不条理極まりないものだと、改めて思いました。
そして、今、日本が平和であることをきちんと考えていかなければいけない。
1年生の間だけ同室であった栗林君は、今頃どうしているのだろうか?
●世界一周恐怖航海記 【車谷 長吉】
実は私は車谷 長吉という作家を知らないのに、そのエッセイ的なものを読んでしまったわけですが、まったくもって普通でない旅行記には、恐れ入りました。
とにかく旅行記というより、船内の人間観察とこれまでの自分の人生を振り返っている話の方が多い。
しかも、この大作家は、いったい何度、脱糞しているのだろうか?
普通、なかなか書けないですね。大の大人が何度も脱糞していることを・・・・・
まこと異色の旅行記であることは確かです。
追記:車谷氏は、かなり自虐的であり、加えて他虐的でもあるのですが、特に凡人を蔑んでいるところは、好き嫌いな部分はともかく、人間観察として、致命的に何かが欠如している気がする。なぜ多くの人が凡人であるのか?もう少し車谷氏に考えていただきたかったです。凡人の私的には・・・
●FLUSH (フラッシュ) 【カ-ル・ハイアセン著 千葉茂樹 訳】
少年時代にこんな経験はしたことはないのだけれど、そんなこともあった気がする話であり、フロリダにも行ったことはないのだけれど、いかにもフロリダにありそうな話であり、家族とは、こうありたいなあって思いたことがそこに書いてありましたね。現代版痛快少年冒険活劇ってところです。
一番気に入ったところは、装丁が話のイメージそのままに、カラフルでわくわくさせる明るいもので、こんなかっこういい本はないですよ。内容に加えて見た目も飾っておきたい本ですね。
●密約 外務省機密漏洩事件 【澤地久枝】
世紀の外務省の機密漏洩事件が、世間の関心の中で、男女の醜聞事件に陥ってしまう。
物事の本質とは?夫婦とは?裁判とは?好奇に対する世の中の関心と政治への無関心とか?マスコミとは何か?とか・・・
決して惑わされること無く、事件の本質に深く切り込んでいく筆者の眼力は、すばらしいの一言です。
この政治事件がどうして、男女の問題に変質していったか?
結局、男の目では絶対に見出すことのできない被害者然とした女性の本質をきっちり追い詰めることができたのは、深い洞察力のある女性であるこの筆者以外には無理だったと思います。
やっぱ男の目は、節穴だねえ・・・
●これも経済学だ! 【中島隆信】
こういう知識系新書は、大好きなジャンルなので、目が肥えているつもりですが、とても面白く読めました。こんな面白い学問と知っていたなら経済学部に行けばよかったなあって、思いましたよ。
特に宗教活動を経済学の観点で説明されている部分は、今までの私の宗教の見方が実にいい加減で、曖昧で、まったくの見当違いであったことを思い知らされました。
世の中、お金で動いているんじゃなくて、経済で動いているんですよ!!(やっぱ凡人は金に目がいってしまうのです。)
お手軽な新書なので、是非是非ご一読を!
●八月の路上に捨てる 【伊藤たかみ】
少し疲労感があって、頭がぼうっとしているような状況をかもし出しているような文体が、妙に心地よかったりする小説です。
テーマである離婚って、とにかく莫大なエネルギーが微妙にぶつかりながら、すれ違っていくような、なんだか原因も良くわからなくなってきて、だからこそなのか、うまくコントロールもできない状態になっていくんだなあって、漠然ながらも納得してしまうお話でした。
女性は、やっぱり幻想的でありながら現実的!ってことなんですかねえ。
●小説の自由 【保坂和志】
小説って言うのは、全体で小説なんだって事を言いたいらしいのかなあ・・・この作家は・・・
(小説を短くまとめるなんて事はできないんだって、書いておられました。)
とにかく、小難しい話でございました。例えば三島由紀夫の情景描写って、たしかにくどくどしているというか全体的に文章が頭にすっきり入らないなあとは思っていましたが、案の定、この人に、酷評を食らってました。
逆にカフカって、現代小説の大家というか元祖とは知り及んでましたが、蟲ぐらいしか読んだ事がありませんでした。しかし、かなりお褒めのようで、こりゃ読んだ方がいいなって思いました。
ともかく全身全霊で小説について語ってくれてます。それには脱帽です。
小説って、一体何なのでしょうかねえ・・・
●悪たれの華 【小嵐九八郎】
江戸の名物は「喧嘩と花火」!その花火の掛け声といえば、「たまやーー、かぎやーー」と言われているのは知ってましたが、その「たまや」すなわち玉屋市郎兵衛の伝記大河小説です。いやー590ページは長かった。
花火一途に生きた破天荒な人生は、職業選択が自由な我々現代人が使うことのできる「情熱」なんぞという程度の綺麗過ぎる言葉では言い表せないほどのすさまじさ・・・
男として生まれたからには、この市郎兵衛の華火にかける思いのような強い気持ちで、生きてみたいと思いましたね。
今後の華火の見方が変わる作品です。
●独白するユニバーサル横メルカトル 【平山夢明】
到底ありえない倒錯した近未来の話であるはずが、筆者の独特の文体に蝕まれて、なまなましいリアルな話に変貌し、引きずり込まれていく・・・そんな珠玉の短編集
ものすごくグロテスクで怖くて、絶対に凝視などできない展開なのであるが、それでもわずかばかりの覗き見たくなる人の心理(怖いもの見たさってやつでしょうか?)にするすると首根っこに鉤の手を入れられて、見たくないのに薄目を開けて、最後まで覗き見させてしまうという感じに陥ってしまう、筆者の筆力は、すばらしいの一言です。
そんなわけで、1行読み始めるとはまりますので、皆様ご注意を!
あえて、私のお勧めを挙げるとすれば、「オペラントの肖像」ですかな。ただし、難解ですぞ
●千の命 【植松三十里】
これは、本当に涙が出た。この年になって、感動に打ち震える作品に出会えて、うれしかった。
そんな作品です。
不遇の少年時代の志がなかなか実を結ばない中、貧しくとも人から白い目で見られようとも、人を助けるという信念のもと、たくさんの妊婦の命を助け、後年は好々爺となり、人生を全うした江戸時代のお医者さんの波乱万丈の人生。
ほぼ同じ江戸時代に解体新書で有名な杉田玄白よりも、現に何人もの女性を助けた、こういう人の方こそ、日本人が世界に誇るべき医師であるかもしれない。
女性が子供を産むということが、どれほど危険な行為であるのか?
その昔には産み落とせないことって、当然のようにあって、そのとき、お腹の中に残ってしまった死んだ胎児はどうなるのか?
それを救う手立てをはじめて考え、実行したんですよ。すごいです。
されど、嗚呼、本当に偉大なるのは、女性たち。
男は小さいものですな・・・
●神様からひと言 【荻原浩】
久しぶりに小説で大笑いしました。
笑いを殺すのに苦しかったです。
それでいて少しセンチな話でもあります。
若かりしころを思い出すとともに、サラリーマンとして、共感できる部分があり、ちょっぴり元気が出る、そんな作品でしたよ。
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ティンブクトゥ 【ポール・オースター著 柴田元幸訳】
書店繁盛記 【田口久美子】
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フィリップ・マーロウのダンディズム 【出石尚三】
夜の朝顔 【豊島ミホ】
悪党芭蕉 【嵐山光三郎】
井上ひさしの子どもにつたえる日本国憲法 【井上ひさし 文 いさわきちひろ 絵】
ニューヨーク地下共和国(上下巻) 【梁石日】
わたしが見たポル・ポト キリングフィールズを駆けぬけた青春 【馬渕直城】
上の書籍はたぶん、書評を書こうとして挫折したものたちです。もはや、記憶が曖昧で、書き終えることは出来ません。それも一つの在り様だと思います。
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