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2013年4月24日 (水)

【書評】不機嫌な夫婦 三砂ちづる/著

Fukigen
本著は女性が女性らしく生きるための指南的な本である。

副題は「なぜ女たちは「本能」を忘れたのか」
男性が著者ならセクハラで訴えられそうなサブタイトルだ。(笑)

つまり著者は女性でありながら、古き良き男女の関係に新たな価値を見出そうとしている。私の苦手な今をときめく上野千鶴子女史とは完全に対峙した考え方であり、実のところかなり共感して読了したところである。

生物学的な考察からの「卵子の老化」については、初めて知った知識ですが、考えてみれば確かにそのとおりだと思う。男女平等に縛られすぎて女性としての生き方の選択の幅をかえって女性自身で狭めてしまっているのではないかという女性ならではの見事な助言の書である。

そう思うのは、著者の本職である生物学的な論述に加えて、歴史的な考察も加味されていることにに加えて、何よりも、かの上野女史とは異なり著者自身は若くして結婚し、離婚を経験された者としての発言であるため、どうしたって女性を幸せにしたいという思いの強さが感じられます。

古き良き男女関係をもはや物語としてしか知らないであろう女性、特に若い女性が読んでどのような感想をもたれるのか?かなり知りたいところです。

以下、印象的な文章を本著から引用します。
・若いうちに自分で配偶者を見つけることができる人は「強い」人です。ほうっておいても自分で配偶者を見つけられるのは、生物界で「強い個体」で、むしろ少数者なのであり、多く人は、自分で相手を見つけることができないのです。

・性関係を媒介とした対を中心にする家族は、それこそ、いいかげんでも、わがままでも、元気でも、病気でも、学校のできがよくても、そうでなくても、同じことばかりしゃべっていても、とにかく一人ひとりの安心できる場をつくる最小単位であったはずです。(中略)そのような、自分の周囲の小さな暮らしの、一番核のところには、性関係を媒介とする対を中心とする家族がある。ということが、だらしない人間が一番許されてあるありようなのだ、ということは長い歴史が提示する人間の知恵であるように見えます。

・妾の制度がなくなって、男性側に何の責任もなくなり、男性が恋愛至上主義を謳歌している。イスラム教の一夫多妻を批判するよりも、こういう無責任な男性こそが批判されなければならないのではないか、と私はつい思ってしまうのです。(中略)こういう男性が女性解放運動の批判のターゲットにならないのか、なぜ、不倫をしている人は自由な恋愛を謳歌する「進んだ人」と思ってしまうのか、歴史的に考察する必要がありそうです。まあ、とんでもない奴ですが、かわいい男なんでしょうね。

・親がいちいち口うるさく言ったり、子どもの行動のあれこれ細かく介入したりしていると、子どもの心はしぼんでしまいます。(中略)親が子どもにできることは、結局、規則的にご飯を食べさせ、清潔な環境を整え、子どもにとって安心できる小さな居場所を用意することだけなのかもしれません。子どもたちは自分で育っていく力を備えており、ルーティンのある規則的な安定した日々の生活さえあればなんとか生きていってくれるものです。

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