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2013年3月12日 (火)

【書評】探検家、36歳の憂鬱 角幡唯介/著

Tanken
探検家であり、「空白の5マイル」の作者によるエッセイである。

サラリーマンの憂鬱なら想像できるとともに共感できるが、探検家の憂鬱とはどんなものかと好奇心をくすぐるられて手にした本です。

冒頭の嘆きは、ある種、とてもセンセーショナルでした。
コンパでの最近の戦績が思わしくないと嘆いているのである。

思わず巻末の著者の経歴を確認すると探検家らしからぬ端正なマスクの著者が写っていた。
いい男である。しかも早稲田大学の政経学部をきちんと卒業している。

大学を卒業し、新聞記者にまでなっているのが、破天荒な探検家のイメージから逸脱している。

それ故に、著者の著述は、読みやすいながらも深みのあるものとなっている。それが私の好きな理由でもある。

以下、引用
・私がこの時の探検で感じたことは、表現は常に純粋な行為を侵食しようとするという、行為と表現の間に横たわる関係性だったと思う。(中略)
 例えば、文章を書くことを前提に旅をする場合、その旅は文章化しようとするという意図の影響を受けるため、旅という行為そのものがフィクション、つまり作り物になってしまう可能性がある。

・筋書きのないドラマが優れたノンフィクションの条件であるなら、冒険という分野では遭難こそがそれにあたるのである。(中略)しかし遭難は狙ってできるものではないし、狙ってしてはいけないものでもある。そうすると、冒険ほどノンフィクションの作品に適さない分野はない、ということになる。(中略)私は探検や冒険がしたい。未知の空間の中ではらはらとした時間に身を置き、それをうまく文章で表現したい。だけどうまくできなくて困っている。まったく、どうしたらいいんだろう。

・何よりインターネットの進展が自然との乖離を決定的に加速させた。(中略)人間は本来お互いの勝手な事情を押しつけ合って生きて来たのに、今では薄っぺらい、慰め合うだけのうわべの優しさが蔓延している。(中略)確かに暮らしやすくなったかもしれない。しかし一方で、世の中はどんどんのっぺらぼうになっている。
 そうやって私たちは自然から切り離され身体性を喪失していった。(中略)日常生活の中から生感覚が失われてしまったのだから、現代社会に閉塞感が広がるのは当たり前だろう。
 私たちは無意識のうちに考えているのだ。じゃあどうしたらいいのだろうと。そして、そうだ、富士山にでも行こう、ということになった。それが富士登山が隆盛を迎えている、根っこの理由なのだ。

 確かに、ノンフィクション好きの私の好きな作品には、圧倒的に遭難ものが多い。書評を残しているものだけでも、いかのとおり。

【書評】エンデュアランス号漂流記 アーネスト・シャクルトン/著 木村義昌/谷口善也 訳
【書評】ミニヤコンカ奇跡の生還 松田宏也/著
【書評】残された山靴 佐瀬稔遺稿集
【書評】梅里雪山 十七人の友を探して 小林尚礼/著
【書評】ヒマラヤを駆け抜けた男 山田昇の青春譜 佐瀬稔/著

 筋書きのないドラマとして遭難ものは、もっとも刺激が強い読み物であることは確かである。非日常の面白さとともに、失われつつある生への執念を蘇らせ、それこそがこれからをより良く生きていくために大いなる糧となるものでもあるのだ。

改めてそれを認識させてもらった。角幡さん、ありがとう。

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