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2012年11月

2012年11月30日 (金)

2013さくら道国際ネイチャーランの選考結果は落選でした。

来年で20回を迎えるさくら道国際ネイチャーランは、毎年4月下旬に名古屋をスタートし、金沢にゴールするという、日本屈指の超長距離ロードレースのウルトラマラソン大会です。

車で運転しても大変なこの山越えの250kmを36時間以内で走らなければならないこの大会は、かなり過酷な大会です。

なので、事前に厳正な書類選考があります。

今回は162名の申し込みがあったそうで、選考委員会によって過去の実績などを考慮し、完走見込みのあるものを出走枠の中で総合的に判断しているとのことです。

その結果、私は残念ながら落選となり、本日その通知を手にしたところです。

正直とてもショックなのですが、完走する力を認められるほどの実績があるのかと問われれば、萩往還250kmでは44時間、UTMF156kmでは46時間と、両大会以上に厳しいこの大会の制限時間である36時間を遥かに超えている訳で、選考に疑義を挟む余地はないと認めざるを得ません。

というわけで、まだこの大会を完走する力が無いということを素直に受け止め、なんとか来年には出場できるよう今から精進したい。

追記:実はこの大会の翌週がUTMF160kmである。さすがに1週間で400km以上走る自信はなかったので、両方当選すれば悩むところであったが、UTMFに専念することにします。
それには、まずUTMFに当選しないと話になりませんが・・・。

2012年11月29日 (木)

水戸城(みとじょう:茨城県)【日本百名城14】

三重五階の御三階櫓が象徴した徳川御三家の城

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現存する水戸城唯一の建造物、薬医門

城 名:水戸城、馬場城
種 類:平山城
築城年:1214年(建保2年)、1593年(文禄2年)、1625年(寛永2年)
築城者:馬場資幹、佐竹義宣、徳川頼房
城 主:馬場氏、江戸氏、佐竹氏、武田氏、徳川氏
遺 構:薬医門(橋詰門)、切通し、堀、弘道館、偕楽園
天守閣:なし
復 元:空掘、土塁
文化財:国指定特別史跡
所在地:茨城県水戸市三の丸
電 話:029-231-4725(弘道館事務所)
スタンプ設置場所:弘道館料金所窓口
駐車場:弘道館無料駐車場有り
登城日:2012/11/24

【ひと言】平地に燦然とそびえるがごとき台地に立地する城跡です。今では見事なまでに学校や道路、鉄道などに利用されていて、現代の役に立っている分、城跡の遺構がほとんどなく、城マニアとしては物足りないところでもありました。(登城日2012年11月24日)

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水戸城実測図です。航空写真でその形状が見て取れますが、それは学校として分割利用されているからでしょう。

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三の丸と二の丸の切通しの堀跡に道路が通っています。
がけ崩れしそうな傾斜の台地の上に水戸城が有ります。

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二の丸と本丸の間の切通しの堀跡には線路が敷かれています。

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本丸跡には水戸一高があります。左手に薬医門が残されています。

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二の丸内にある水戸二中の校門ですが、城の雰囲気で作られていますね。
三の丸にある三の丸小学校も城の雰囲気を持つ校舎でした。

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弘道館の正庁です。東日本大震災で漆喰壁など大きく損傷していますね。

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正庁玄関奥です。

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アップすると大きな尊攘の掛け軸があります。水戸藩らしいですね。

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9代藩主水戸斉昭公の銅像です。1mもなく、かなり小さいです。

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弘道館料金所です。東日本大震災の影響で館内全部の拝観ができず、そのため現在無料で入られます。ここの窓口に百名城スタンプが置いてあります。

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弘道館前の無料駐車場です。

2012年11月28日 (水)

【書評】癌だましい 山内令南/著

【書評】癌だましい 山内令南/著
読後、普段は気にもしない、つばを飲み込むという無意識の行為に対し、なぜだか神経が研ぎ澄まされてしまうのは、本著の圧倒的な迫力に抗うことができないからであろう。
昨年、がんで叔母を亡くした私にとって、癌は好むと好まざると怖くて身近になった存在でもある。

さて本著は短い2編で構成されている。タイトルは「癌だましい」と「癌ふるい」だ。

「癌だましい」は、食道癌に侵された職場の癌と呼ばれた45歳の主人公(未婚で太った女性)が、もはや食事がのどを通らなく、しかも痛みを感じながらも、なおかつ食べ続け、吐き続けるという生へのあくなき執念を描いている。自らの癌とは向き合わず、そして治療に臨む訳でなく、ただ食べることに固執することのみで、食の楽しみを阻む癌に挑み、敗れ蝕まれていくという無謀な凄まじさに、圧倒されてしまう。

「癌ふるい」は、同じく食道癌の侵された敏腕営業ウーマンであった45歳の主人公(バツ1)が末期癌であることを100人の関係者(知人や顧客など)にメールを送り、その回答メールに点数を付けた、つまり、ふるいをかけたという、かなり変わった形態の小説である。しかしながら、今や慣れ親しんだメールでの短いやりとりが、相手の思いにどれだけ応えられているのかが如実に表れ、現代人の心に強烈にしみ込むであろう作品である。(私のこれからメールの文章により気をつけようと思った。)

最後に著者の略歴が載っている。本職は看護師のようだ。本2作をもって、食道癌で急逝されていた。享年53歳。圧倒的な迫力は、身をもっての体験なのだろう。もはや次作は無く、ただただご冥福をお祈りするほかない。

それにしても、生きるということを実感するには、安定し、安穏とできるところにいては感じられず、むしろ不安であったり、不条理さに押しつぶされそうな厳しい環境に陥ることでしか得られないのかもしれない。

2012年11月27日 (火)

誕生日ケーキをおかわりするとは・・・

先日、長男坊の16歳の誕生日祝いをした。

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まずは、バースデイケーキに16本のロウソクを灯します。
お父さん主導で合唱。

2時間後、閉店間際で30%オフとなった11月限定のフルーツケーキで2度目のお祝い。

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大きいロウソク1本と小さいロウソク6本で本日二度目の合唱。
お腹一杯、ケーキ食べました。

この間の健康診断で体重増えていたばかりなのに・・・。

それにしても、1日で二度のホールケーキとは初めての贅沢でした。(笑)

2012年11月26日 (月)

ゆるキャラグランプリのチーバくんほか千葉県順位が発表されました。

ゆるきゃらグランプリの結果発表がありました。

総投票数 6,590,177票とのことです。
全国1位は、いまばりゆるきゃら バリィさん 得票総数547284票でした。
2位はチーバくんの後釜、山口県のちょるるでした。

さて、千葉県内のゆるきゃらの順位は以下のとおりです。
Yuru

うなりくん   16位
きみぴょん   34位
チーバくん   46位
カムロちゃん  57位
さかサイ君   72位
ホシーワン   159位
ピーちゃん   171位
かまたん    197位
ふっつん    206位
一宮いっちゃん215位

なんと、わがチーバくんは全国46位、千葉県内で3位でした。

チーバくんが県内3位とは残念というか、個人的にはかなりショックですね。

まあ、うなりくんのバック使っているので人のこと言えませんがね(笑)

2012年11月25日 (日)

丹沢山【日本百名山71】

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標高1567m 神奈川県 ↑堂平分岐からブナの樹幹越しに望む丹沢山

美しいブナの林に囲まれる丹沢山。しかし「丹沢山」は展望抜群の塔ノ岳、最高峰・蛭ヶ岳など個性ある峰々の総称と考えたい。(日本百名山地図帳からの引用)

2012/11/25 塩水橋から丹沢山日帰り
塩水橋から堂平経由7.7km 丹沢山から天王寺平経由6.6km 計14.3km 5時間39分 
07:20 ゲート
08:07 分岐
08:28 雨量測定所
09:30 出合い
10:10 丹沢山山頂
10:43 下山開始
11:15 出合い
12:20 天王寺峠
12:34 塩水林道
12:59 ゲート

【ひと言】血吸いヒルが生息しているので暑い時期は登るのに適していない塩水橋から晩秋での丹沢山への仲間との同行登山でした。快晴のつもりでしたが、海からの湿った風で山頂部は雲がかかり、富士山は見えませんでした。丹沢山系最高峰の蛭ヶ岳にはまたの機会に。

ポイント
1 うえちゃんとの久しぶりの同行登山
2 塩水橋の駐車スペース全滅で遠くに停める
3 山頂部は真冬の寒さ
4 ヘリコプターの謎の旋回
5 帰路の林道で離合大渋滞
6 東名高速事故大渋滞

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塩水橋からだいぶ離れた場所に駐車して登山ゲートに向かいます。
塩水橋周辺には15台程度しか停められませんね。

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塩水橋登山口です。熊出没情報の看板がありましたが、人口密度の高い神奈川県にも熊居るんですかねえ・・・。まあ、もう冬眠しているのでしょうが・・・。

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40分弱歩いた塩水林道を離れ、ミラー右側の分岐に入り、ショートカットします。

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沢を渡渉して

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藪の中を進んで

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行き止まっちゃいました。

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二人で話しながら進んで、分岐を通り過ぎました。実は一度立ち止まって、こっちじゃないかと話しながら、上の枝につるされている赤いリボンのマークに気が付かず、直進してしまいました。ショートカットがとんだ道迷いでした。

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落ち葉のじゅうたんの上を九十九折で登っていきます。
これは振り返って写したものです。

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国土交通省堂平雨量観測所です。標高877mです。まだ、ここから600m登ります。

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塩水林道が終わり、堂平への登山道の始まりです。

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常緑樹の多い樹林帯を登ります。

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丹沢山へ残り2kmの標識です。

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整備された木階段が続きます。

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天王寺尾根に出ました。

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ブナの樹幹越しに丹沢山が望めます。夏なら視界ゼロでしょうが、晩秋ならではの光景ですね。

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堂平に直径80cmくらいの不思議な袋が設置されています。

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許可標です。樹木に詳しいうえちゃんの話では、温暖化のせいなのか、丹沢のブナの林はだいぶ立ち枯れして危機的状況らしいです。国も手を打っているのですね。

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ブナを守るためでしょうか、整備されたまっすぐな木階段が続きます。

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ガレたクサリ場が登場です。

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緩やかな上りを木道で進みます。

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宮ヶ瀬からの稜線と出合いました。山頂まで残り200mです。

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すでに10時過ぎですが、霜柱がびっちりです。

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山頂到着です。

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丹沢山の山頂は平らで広いです。

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山頂の一角には「みやま山荘」があります。

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石の山頂標識もありました。

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お約束の一等三角点を踏んできました。

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左、不動ノ頭(標高1614m)、右奥、蛭ヶ岳(標高1673m)です。いずれもこの丹沢山より高い山です。この後、ガスでこれらの山頂部分が見えなくなりました。
また富士山は最初から見えませんでした。残念。
おにぎりとパンを食べていたら、ガスで日が翳り、風も出てきて急激に寒くなり、今日は蛭ヶ岳登頂を諦めて下山することにしました。

Imgp2457関東平野が見えました。

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霞んでいますが、新宿の高層ビル群が見ました。右の方です。

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今ルート唯一のクサリ場を降ります。

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ブナの林から空を見上げます。

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山頂周辺をヘリコプターがホバリングを繰り返していました。急病人の搬送に向かって下りられないような感じでしたが、詳細は不明です。

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帰路は右手、天王寺峠経由で下山することにします。

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南側の斜面のせいか常緑樹が多い樹林帯を進みます。

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まさに落ち葉の絨毯を進みます。

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見事な紅葉・黄葉です。

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どうやら道路に出てきたようです。

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登山道を振り返ります。塩水橋まで残り1.7kmです。

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つり橋があります。

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車とは別方向ですが、好奇心旺盛なうえちゃんは向こう岸まで進んで戻ってきました。

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大きな石がゴロゴロしています。

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奥に見えるのは丹沢山だと思われます。

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塩水林道ゲートに到着です。
とっとと着替えて、厚木ICに向け出発します。

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狭い山道で向こうから20台、こちらの前に4台、後ろの台数は不明で、鉢合わせの大渋滞になりました。ちなみに前の車は、脇のよけていた私を含め4,5台を抜かす形で割り込んで来たレガシーの馬鹿やろうです。(この場に居合わせて秩序だった行動ができていなかった唯一のドライバーです。)
この前の感じからして、離合の困難さが分かると思います。来るときにうえちゃんと離合できないねと話していたのが、現実になりました。
(ちなみに山側に寄せすぎた我が車は後ろのバンパーに傷が付きました。)

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小田原厚木道路です。2時半なのにすでに大渋滞でした。
4時半まで渋滞に巻き込まれていましたが、6時には千葉に帰ってこられました。
5時半のラジオの渋滞情報では東名55km渋滞と伝えていましたので、早く上がって正解でしたね。

2012年11月23日 (金)

天城山【日本百名山73】

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標高1,406m 静岡県

 

暖地性の樹林に包まれた天城山脈に、主峰万三郎岳と万二郎岳が頭をもたげ、春にはアマギシャクナゲが大群落を形成する。(日本百名山地図帳より引用)

 

2012/11/18 天城高原GC駐車場から周回8km
08:30 駐車場
08:51 四辻
09:48 万二郎岳
10:58 万三郎岳
11:18 下山開始
11:58 涸沢分岐
12:46 石柱101
13:13 四辻
13:29 駐車場

 

【ひと言】思ったほど晴れず、霧の中の登山となり、展望には恵まれませんでしたが、久しぶりの同行登山は楽しかったです。かなりお気楽登山になるかと思っていましたが、単純標高差も500m以上、途中アップダウウンや渡渉も有り、結構、歯応えがありました。

 

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天城高原駐車場に到着です。50台以上駐車可能だと思います。

 

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登山口(天城縦走路入口)から進みます。

 

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天城山縦走路の案内図です。

 

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今日はシャクナゲコースです。

 

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駐車場からすぐに登山道です。

 

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木が根こそぎ倒れていました。登山道脇にいくつもありました。

 

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四辻です。

 

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昨日の豪雨で増水している沢を渡渉しました。この後、何度もこの沢を縫うように渡りました。靴が濡れないようにするのにちょっと苦心しましたね。

 

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万二郎岳への上りです。

 

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標高1299mの万二郎岳に登頂しました。ガスで視界無しです。

 

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アセビのトンネルです。春先はさごかし華やかでしょうね。

 

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万二郎岳から万三郎岳の稜線は、百名山らしい登山道でした。(滑落するような怖いところは有りませんが)

 

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木の根がまるで何かのデザインのように露出しているところがありました。

 

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天城山最高峰、万三郎岳に登頂しました。

 

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一等三角点ゲットです。

 

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視界ゼロなので、登頂記念写真とってもらいました。

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今回同行してくれたマラソン弟子の郁ちゃんとツーショットで巣。
師匠の無茶ぶりスパルタ登山にお疲れで少しご機嫌斜めのようです。(笑)

 

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何かの実です。

 

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しばらく落ち葉の登山道をゆっくりくだります。

 

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涸沢分岐に向けて木階段を一気に下っていきます。

 

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やがてトラバース気味に山腹を進みます。

 

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涸沢分岐点に到着です。山行も残り1/4です。

 

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ハダカの木、ヒメシャラが林立しています。

 

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距離標識のほかに、位置確認用の標識もありました。
ここはS-13地点です。

 

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樹間から麓に向けての黄葉が望めます。

 

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石柱101地点です。三角点のようですが、展望もなくそれだけです。

 

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標高が下がると雲の間から晴れ間が見えてきました。

 

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最後の渡渉地点です。このあと四辻に戻りました。

 

 

 

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駐車場に到着です。おつかれさまでした。
ゆったりのしゃべくり登山は楽しかったです。

 

 

 

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帰路、鹿がいました。

 

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鹿路場(ろくろば)という蕎麦屋に立ち寄りました。

 

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「ろくろば」という名物蕎麦をいただきました。山菜そばに野菜の天ぷらがのっています。美味かったです。 

 

この後、真鶴道路の前後、大渋滞でした。千葉から距離的にはかなり近い百名山なれど、帰路の時間はのべ8時間。それが疲れましたね。(笑)

 

【参考データ】
 天城高原駐車場(天城高原GC隣接)からシャクナゲコース周回8km
 駐車場 50台以上(無料、トイレあり(真冬閉鎖))
 山小屋 なし
 温泉  伊豆だからたくさんありますよ

 

かずさんの日本百名山登頂記録一覧表はこちらです。            

2012年11月21日 (水)

くにひろ屋の洋酒ケーキ

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本家のある広島は府中市上下の銘菓でよく叔母が贈ってくるものである。

私は最近になって、食しはじめたところであるが、とても大好きなお菓子である。

洋酒(ラム酒・ブランデー)のシロップにたっぷり漬けてあるカステラです。

たぶん、相当昔から、あるお菓子だと思います。

名称:洋菓子
品名:洋酒ケーキ
原材料:卵、小麦粉、砂糖、マーガリン、乳化剤、水飴、蜂蜜、ラム酒、ブランデー、粉乳、膨張剤、香料

製造販売元 株式会社前原菓子工房
〒729-3402 広島県府中市上下町小堀159-1
TEL・FAX 0847-62-2449

追記:洋酒がたっぷり漬け込んであるので、子供たちは敬遠して、そのため私はたくさん食べられて幸せです。(笑)

追記2:元祖洋酒ケーキは三次の三上貫栄堂らしいですが、両方食べた感想を言うと、くにひろ堂の方が倍くらい濃厚で私は好きです。

2012年11月20日 (火)

総選挙と脱原発

総選挙といえば、ここ2年ほど日本国では「AKBの総選挙」で盛り上がっていましたが、とうとう本物の衆議院議員総選挙が始まります。

本物を久しぶりに体感した後に、次のAKB総選挙に対し、一般の人がどのような感情を抱くのか?
実に興味深いですね。

まだ、そんな遊びに熱中すること(特定のファンを除く)ができたなら、日本の行く末は・・・ですね。

一方、総選挙の争点の一つとなっている原子力発電ですが、どうも民意は脱原発に流れそうな感じですね。

エネルギー消費を抑えるわけでなく、火力発電所を増設し、二酸化炭素を大量に排出して、将来の温暖化を加速させるという長期的な問題を無視して、近視眼的な選択をするということであり、これは、バブル経済崩壊以降にとにかく景気対策だとして、借金による景気刺激策に終始し、現在、日本国が破綻しかねないほどの借金まで増大していった様とうり二つの状況に陥ろうとしているとしか私には思えません。(私は持続的発展の近道は景気対策でなく均衡財政堅持であると思っているので。)

福島原発事故の怖さにのみ反応し、まさに大局を見失っているとしか思えない。
世界中に原子力発電所が存在し、増強しようとしている中で、日本からのみ、原子力発電を無くして、なんの解決になるのか?(毒入りぎょうざ事件でしばらく餃子を食べないのでなく、もう二度と餃子を食べないし、加工食品を食べないというような極端な反応と同じだと思います。)

むしろ、日本が経験した原発事故の教訓を活かして、より安全な原子力発電の技術を確立し、もって世界に安全な原子力発電の仕組みを提供していくのが日本の役目なのではないか?

こうした議論は、総選挙では得票に結びつかないから、誰もしない。
原発の危険性のみを主張した脱原発しか存在しない。

その程度で民意に迎合しようとしているのに、民意はそれで良いらしい。

その選択も正しいかもしれないが、それだと、将来確実に地球温暖化が進むこととなり、その時に歴史を振り返ると、かつて東日本大震災による福島原発事故後の過剰なまでの脱原発への反応が地球温暖化を加速させ、それはあたかもかつて日本を太平洋戦争に突入させた民意と同じように愚かな反応だったと思うのではないかと想像しうることは、完全に間違った創作だとは思えないのですがね・・・。

このあたりが歴史認識を軽んじるわが国民性の限界なのかもしれない。

私の結論としては、福島原発事故の教訓を、より明るい未来へとつなげる方法は、日本だけによる脱原発では、ないような気がします。

なにはともかく、日本国民の民意を反映する総選挙の結果はどうなることなのか・・・。

歴史的に楽しみです。

2012年11月15日 (木)

【書評】蜩ノ記(ひぐらしのき) 葉室麟/著

Higurashi
本日、民主党代表でもある野田総理が国会の党首討論の場で、毅然として衆議院解散を宣言した。
多くの人は彼を評価しないかもしれないが、背筋の伸びたブレの無い立ち居振る舞いを私自身は小人の身なれど、凛としたものとして格好良く感じた。なぜなら、かつての自民党政権時の麻生総理の時と同じような追い込まれた状態にありながら、ずるずると先延ばしせず、いやむしろ、野田総理の方は消費税増税の責めを負うのが分かっていながら、民意を問うことにしたからだ。潔いと認めざるを得ない。

歴史を軽んじる我が国の人は、これまで民意がいかに大きな間違いを助長してきたのかという歴史的事実をすっかり忘れている。
その無自覚さには呆れるばかりであるが、非常時における日本人の叡智という点においては、実のところ私は密かに期待しているところでもある。

さて、本著は無実の罪を着せられて、切腹を命じられた武士が、自らの運命に抗うことなく、己を律し、他者に優しく、限られた時間を活かしきる見事なまでの生き方に、その家族や周囲の人々は彼に感化され、その意志を継ごうとするものたちとして、葛藤しつつも、成長し、最後は見事なまでに潔く、ほれぼれするような立ち居振る舞いまで会得していく様が、ミステリー調の趣を持ちつつ、展開されていく。

読了直後は涙を禁じえないものの、その清清しい生き様に、己の俗物的な不甲斐なさを忘れて、感動と勇気をいただくことができた。

同じ宮仕えとしての矜持において、主人公秋谷の足元にも及ばないが、その自覚を持ち、少しでも近づいていこうとする気持ちは忘れないようにしていきたい。

などと堅い話をしてしまいましたが、とても良いお話です。是非読んでいただきたいですね。

追記:主人公秋谷の子息、郁太郎の友で百姓の倅、源吉(たぶん10歳くらい)のけなげ振る舞いが、この作品の肝でも有ります。端役である農民の子供をここまで描ききる作者の筆致に感服です。

2012年11月14日 (水)

平ヶ岳(ひらがたけ)【日本百名山26】

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利根川と只見川を分水する秘峰。山頂部に広大な湿原をもち、奇岩「玉子石」がたたずむ。アプローチにはやや時間がかかる。(日本百名山地図帳より引用)

2012/10/27 日帰り23km(玉子石往復2km含む)
08:44鷹ノ巣登山口16:39
08:55林道終点
10:14下台倉山    15:38
10:49台倉山三角点15:04
11:25白沢清水    14:32
12:23池ノ岳姫池  13:53
__:__玉子石      13:27
12:47平ヶ岳山頂  12:50

【ひと言】車内で寝すぎて遅い出発でしたが、人気の少ない奥只見での紅葉満喫の山行でした。玉子石への寄り道は結構遠いです。それから、登り始めのヤセ尾根の夜間登山は危険ですね。止めといて正解でしたね。

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人が住んでいない奥只見の恋ノ岐乗越という峠を通過しました。

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公式には唯一の登山口、平ヶ岳登山口を出発します。

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蜂の巣があるので静かに通るように看板が出ていました。念のため熊よけ鈴を外します。

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紅葉美しいヤセ尾根上をえんえん登ってゆきます。

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下台倉山に向かって登ってゆきます。

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下台倉山に到着です。ここからはアップダウンのある稜線になります。

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その稜線はこちらです。

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台倉山の三角点ゲットです。

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数少ない水場、台倉清水ですが、飲用には適していない水溜りでした。

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白沢清水も水溜りです。

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いよいよ終盤、池ノ岳への急登が始まりました。

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平が岳が見えてきました。

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下山している登山者です。

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姫池に到着です。

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平が岳と姫池です。陽が高いのに凍っています。

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姫池右手はこんな感じです。

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山頂まで湿原の木道を進みます。

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山頂隣接の暫定テント場に到着です。

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少し奥まったところに山頂標識と三角点です。

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お決まりの三角点ゲットです。

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寒いし、ガスで展望がないので、早々に山頂を去ります。
途中、ガスが薄れて、池ノ岳と姫池が見えました。

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山頂から降りるとガスはなくなりました。たまご石に向かいます。

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途中、端正な池塘がありました。

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玉子石はどこだろう?あの山の先でした。結構遠いです。

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たまご石です。高さ3mくらいの一個の岩です。風化しているので触るなと書いてあったので、正直に触りませんでした。

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平が岳の見納めです。

ここから一路、下山です。ここまでずっと最後尾でしたが、帰路に8人ほど抜かしました。

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最後は、日没を気にしながらヤセ尾根を下ります。

【参考データ】
 鷹ノ巣の平ヶ岳登山口から 往復21km(たまご石はさらに往復約2km)
 駐車場 30台くらい(無料、トイレあり)
 山小屋 なし
 温泉  銀山平温泉 白銀の湯

かずさんの日本百名山登頂記録一覧表はこちらです。

2012年11月13日 (火)

右目が真っ赤っか

ほとんど鏡を見ない生活をしているので、いつからこうなっていたのか分かりませんが、右目の半分が真赤っかです。

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(どぎつい写真ですいません。)

かつて経験がない充血具合ですが、視力に影響は見られません。

家族が結膜炎になっていることから、感染したとみるべきなのでしょう。

いやはや、風邪は引かないランニング馬鹿ですが、結膜炎には勝てませんでしたね(笑)

追記:ネットで調べてみると私の結膜炎は急性出血性結膜炎でないかと思われます。
急性出血性結膜炎
 潜伏期間が約1日と短いことと、鮮やかな結膜下出血を起こすのが特徴の結膜炎です。発病後1週間程度で治ります。なお、結膜下出血が起きると白目がまっ赤になるので患者さんはビックリして慌てますが、出血はそのうち吸収されるので心配いりません。
 この結膜炎のウイルスは、1969年にアフリカで初めて発生し世界的な大流行を引き起こしたエンテロウイルス70型と、同時にシンガポールを中心に東南アジアで流行したコクサッキーウイルスA24型があり、比較的新しいウイルスです。今は流行は軽くなってきています。

ウイルス性結膜炎の感染予防
 ウイルスによる結膜炎と診断されたら、周囲の人に感染を広めないように注意する必要があります。他人へ感染させる恐れのある期間は、流行性角結膜炎や咽頭結膜熱では約1~2週間、急性出血性結膜炎では3~4日です。ウイルス性結膜炎は学校伝染病に指定されており、流行性角結膜炎と急性出血性結膜炎は医師が周囲への感染力がなくなったと判断するまで、咽頭結膜熱は主要症状がなくなった後2日を経過するまで登校を禁止することになっています。社会人でも集団感染を防止する意味で、できるだけ仕事を休むのが望ましいといえます。
 ウイルスは目をこすった手や目を拭いたハンカチなどから感染することがほとんどです。感染を予防するにはよく手を洗うことが重要です。また目を拭くときはテッシュペーパーなどの使い捨てのものを使い、患者さんはタオルなどは家族と別のものを使い、お風呂は最後に入るようにしましょう。

仕事を休むべきかもしれませんが、明日は大事な会議、ちょっと休めませんなあ・・・。

追記:一日経過しましたが、眼に違和感なく、充血も広がらないことから、結膜炎ではなさそうです。ではいったい、これは何?

追記2:結膜下出血ですね。
 結膜下出血とは、結膜下の小さい血管が破れ出血したもので、白目部分がべったり赤く染まります。
 多少、目がごろごろしますが、痛みなどはありません。
 原因はさまざまで、思い当たる誘因がなくても出血します。結膜下の出血では、眼球内部に血液が入ることはなく視力の低下の心配もありません。出血は、1~2週間ほどで自然に吸収されることが多いのですが、強いものでは2~3ケ月ぐらいかかります。
 しかし、いずれにしても自然に吸収されますので、ほとんどの場合心配はいりません。

2012年11月12日 (月)

甲武信ヶ岳(こぶしがたけ)【日本百名山67】

Imgp2073
標高2,475m 埼玉県・山梨県・長野県
(上の写真は三宝山の樹林越しに見た甲武信ヶ岳山頂部)

甲州・武州・信州の国境にあることからこの名が。南北30キロの長大な奥秩父主脈の中央、深い原生林の中に鎮座する。(日本百名山地図帳より引用)

2012/11/10 毛木平からの日帰り約16km
0751毛木平
0902ナメ滝
0955源流
1015稜線
1036登頂
1052下山
1119三宝山
1150尻岩
1212山
1316十文字峠
1402毛木平

【ひと言】晩秋の高山は、すでに冠雪しており登るに難しい時期だが、比較的太平洋に近い奥秩父山系は、雪なく登りやすい状況でした。寒いながらも、落葉樹は葉を落とし、虫もおらず、快適な登山でした。千曲川源流も確認でき、富士山の雄姿も見られて、最高でした。この時期の登山としては甲武信ヶ岳(こぶしがたけ)はお奨めです。次は誰か連れて行こう!

Imgp2028
長野県側の登山口、毛木平(もうきだいら)駐車場に到着
車中で寝すぎて遅い到着になりました。

Imgp2030t
現在地から反時計回りの周回で進む予定です。

Imgp2031
駐車場隅にある林道が登山口です。登山口ぽくない雰囲気に進むのが躊躇されました。

Imgp2034
大山祗神社(おおやまづみ)がありました。こんな山奥にも分社があるのですね。登山の安全を祈願しました。

Imgp2035
日本一長い川、千曲川の源流部、西沢を登ってゆきます。

Imgp2036
良く整備された登山道を進みます。沢沿いなのでときどき細くなりますが、ほとんどハイキング気分で進める広さと傾斜の緩さで、登山初心者も楽勝な快適さです。

Imgp2038
二段の滝がありました。

Imgp2039
ナメ滝です。ほぼ中間地点です。

Imgp2040
千曲川源流まで残り約2.1kmです。結構有りますね。

Imgp2043
何度もみた至千曲川源流の標識もこれが最後でした。水量も減ってきましたね。

Imgp2045
完全氷点下の世界です。溜まっている水は完全に凍っています。

Imgp2046
源流までもう少しの雰囲気です。

Imgp2047
千曲川信濃川水源地標です。

Imgp2048
水源です。

Imgp2049
こんこんと清水が湧き出ていました。飲んでみると少し甘さを感じました。
全長367km、海に届くまでどれだけかかるのだろうか?

Imgp2051
水源地を過ぎると一気の急登20分。尾根に出ました。やっと展望が開けました。

Imgp2053
樹林に囲まれた稜線を山頂に向けて進みます。登山道が降り始めた白いのは雪のせいです。

Imgp2056
稜線上の樹林と雲の間から見事な富士山が見えました。

Imgp2057
山頂直下のガレ場を進みます。

Imgp2058
甲武信ヶ岳山頂到着です。

Imgp2060
一段高い山頂標識での記念撮影が引きもきりません。晩秋に登れる高山として人気があるようですね。

Imgp2063
金峰・瑞垣方面です。

Imgp2062
富士山です。いつ見ても拝みたくなる名峰ですね。

Imgp2059
キレイな霧氷です。寒さに感謝です。

Imgp2064
西方向に八ヶ岳があるはずですが、雲で隠れているようです。

Imgp2067
大阪から来たという若い男女の二人組みと写真を撮り合いました。

Imgp2068
下山開始します。帰路は十文字峠経由とします。

Imgp2070
三宝山に到着です。標高2,483m、今日一番高い場所になります。

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樹林の稜線を進みます。

Imgp2077
尻岩という岩です。かなり大きい岩です。

Imgp2080   
武信白岩山手前にはしごがありました。

Imgp2083
武信白岩山東峰です。持って行った地図には危険登るなと書いてありました。

Imgp2084
振り返るとわずかに甲武信ヶ岳が見えました。手前の三宝山が丸い山容もありとてもでかいです。

Imgp2086
大山から望む秩父方向です。

Imgp2091
登山口方向(長野県川上村)です。

Imgp2092
紅葉がキレイです。比較的広い谷間に区画の大きな整然とした耕作地(畑)があります。北海道並の大規模農業経営ができているようです。帰路、何台もの大型トラクターを抜いたりすれ違いました。

Imgp2093
大山からの下りでクサリ場がありました。行程中、唯一、初級者には厳しい傾斜、高さでした。

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石楠花(シャクナゲ)の樹林が続きます。6,7月は百花繚乱、さぞや艶やかでしょうね。

Imgp2098
十文字小屋です。あとは登山口まで下りるだけです。

Imgp2102
一面落ち葉で良くわからないかもしれませんが、九十九折の登山道が続いています。ちょっとだけ脚にきました。

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途中、清水で給水。ここも千曲川源流の一つなのでしょうね。ここで飲んだ水は血の味がしました。山頂でパンを食べていたら、寒さで口がうまく動かず、唇を思いっきり噛んだからです。

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毛木平駐車場に到着です。いい感じに脚にきました。

帰路、こんな山奥にどうしてこんなスーパーがあるのかという「NANA’S」というスーパーで、とてもリーズナブルな値段の海鮮丼を買って食べました。また、長野の果物や見たことのないお菓子を買って帰りました。
Imgp2115
Imgp2116
Imgp2129   

【参考データ】
 毛木平から千曲川源流遊歩道 往復16km
 駐車場 50台くらい(無料、トイレあり(冬季閉鎖))
 山小屋 甲武信小屋(山頂直下)
       十文字小屋(標高2000mくらい?)
 温泉  不明

かずさんの日本百名山登頂記録一覧表はこちらです。

2012年11月11日 (日)

ランニングフォームのポイントと自己流チェック方法

コーチを持たない私は自分のランニングフォームについて客観的にチェックできない。
なので自分でチェックしなければならない。(私に限らず多くに市民ランナーがそうであろうが・・・)
フォーム全体把握は難しいので、特定の部位に限定し、もっぱらイメージとして以下のようなポイントを気にして走っている。

1 目線は10m先でアゴを引かない。
2 腕振りはひじを後ろにきちんと引く。
3 へそを下に向けるように走る。
4 呼吸は肺の圧力を高めるようにする。

もっとも重要なポイントは2の「ひじを引く」です。これにより、ほとんど全てのチェックポイントが自動的に正されます。(なお4の呼吸はちょっと別です。)

個別に解説すると次のとおりです。
1 アゴを引くと防御の姿勢となります。そうすると体が硬くなります。リラックスして走るのは多少あごを突き出すイメージで走るといいです。ただし、あごを上げすぎるのはダメです。
2 ひじを引くと自然と姿勢が正されますし、胸も開かれるので呼吸が楽です。そして疲れると陥りがちな前傾姿勢になるのを防げます。
3 本当は骨盤を下に向けるためなのですが、へそを下向けるほうがイメージできやすいので「へそ」にしています。これにより、膝の伸びた腰高のフォームになり、楽にスピードが出ます。
4 酸素を身体に取り込むためには、肺の内圧を高めることが有効です。内圧を上げるポイントは吸うことより吐く方です。一生懸命吐けば自然と肺の内圧が上がります。

なお、あくまでも自己流でのランニングフォームのチェックポイントです。これを守って早く走れる保証は有りません。(経験的には正しい(つまり楽な)姿勢が維持できて長い距離を走れるようになるとは思いますが)
Kaz

2012年11月 9日 (金)

【書評】キレイならいいのか ビューティー・バイアス デボラ L・ロード/著 栗原 泉/訳

Kirei
著者はアメリカのフェミニズム法律学の第一人者だそうだ。もちろん女性である。

本著は容姿にかかる差別をなくすためにはどうすればよいかという、実に壮大稀有な論述である。

容姿による差別は卑しむべき行動規範として、人類はすでに獲得していて、それでも容姿端麗さを個々に求める自由はあって、それで良しというのが、社会の規範となっていると思っていたし、それで十分だと思っていたのだが、このフェミニストさんは、ミスコンや化粧を強要する就業規則等、その根底にある容姿に対する憧れが、差別として醸成されるのだと言うのである。

まあ、確かにそうかもしれないが、ちょっと行き過ぎな気がするのは、理屈としてうまく言えないのだが、あながち間違っていない気がする。

勉強が出来ないことと、太ってしまうことは、病気としてなら仕方ないかもしれないが、自身の怠惰さによる結果であれば、差を付けられても仕方ないのではないか、ということだ。現に仕事の能力差により、差がつけられることは、違法性の存在しないというか、みなが望むところであろう。

それでも、何十年後かに、容姿に係る差別をなくす制度ができたなら、本著はさきがけの著ということになるだろう。
が、現時点で支持されうる理論ではないだろう。(容姿によってまったく得したことのない私ですらそう思う。)

アメリカとは、自然現象に思えるような容姿による差別が制度的に存在しているなら、それすらもなくすべきものとして、その方法を模索するような、司馬遼太郎さんが言っていた人工国家足ろうとする、実に不思議な国なことを改めて認識できた。

2012年11月 8日 (木)

【書評】あらゆる小説は模倣である。 清水良典/著

Mohou
実は私、おこまがしくも、いつかは小説を書きたい!いつかは本を出したい!と思っているのである。
その指南本のようなので、借りた次第である。

本著は、小説に完全なるオリジナリティは存在しない。模倣と模倣の融合であるというのが主旨で展開されている。才能はないが技術の習得は人並み以上と思っている私にとっては心強い限りの内容である。

巻末に本著の要旨が端的に書かれている。
「あらゆる小説は多かれ少なかれ、他の小説を手本にし、影響を受け、技を盗み、足跡を追いかけることによって書かれている。夏目漱石も谷崎潤一郎も村上春樹も例外ではない。オリジナリティと模倣についてどう考えればいいのか。硬軟かかわらず膨大な現代小説を精緻に読みこなすことで圧倒的に支持される文芸評論家が、まるでDJがさまざまな音楽をリミックスするように、自由自在に過去の名著を模倣し、盗むことによって小説を完成させる技法をはじめて明らかにした!」

以下、印象的なサブタイトル及び文章を抜き出す

・文体はウィルスだ

・堂々と盗む

・「世界に一つだけの花」とはマイノリティの叫び

・あらゆるストーリーは人類の想像力の構造の枠内にある

・小説が基礎的な文化になってしまった社会では、現実の捉え方そのものが、すでに小説化してしまうのである。

・純粋無難な100パーセントのオリジナリティを誇れる小説など、この世にありえないのだ。

・(小説の題材を)密猟するべき最終的な猟場は、(バーチャル・ネットワークの世界ではなく)書物の森の奥にある。そこに分け入って、どんどん盗んでほしいのだ。

・模倣とは、自分の想像の可能性を無限大にする力に他ならない。本書との出会いをきっかけに、あなたにその力が宿ることを願っている。

 

では、最後に本著のタイトルどおりさっそく模倣させてもらいます。

「あらゆる人生は模倣である。」
(オリジナリティあふれる人生のようでも、先人が歩んだ道や小説の世界をなぞっているに過ぎない。そうした模倣の積み重ねを悲しむ必要もなく、それこそが豊かで充実した人生への近道なのだ!)

小説書けるかなあ・・・。いや、百名山を制覇して、アコンカグアに登頂して、ランニングにも飽きたら、絶対に書く。(笑)

2012年11月 7日 (水)

【テレビ】メイド・イン・ジャパン 逆襲のシナリオ(NHKスペシャル)

デジタル製品はコモディティ化(汎用化)への時間が短い。
つまりデジタル製品が誰でも作れるものとなってしまうまでの時間が短いということだ。
それは、すぐに性能差をつけられなくなって、値段勝負となるということだ。

よってサムスン電子の液晶テレビには、シャープもソニーも勝てないということだ。

日本人として、安穏としていられない内容の番組である。

しかしながら、このことは、まだまだ日本製品の絶対的な優位性の存在を逆説的に証明しているということに他ならないと感じた。(テレビでは論じていないので、これ以降は私の持論である。)

番組では奇しくもAppleのiPodの内部構造のシンプルさをコモディティ化の一例として紹介していた。
メカニカルな部品が存在しないデジタル技術中心の製品。それは日本で作る必要のない、中国でできる程度の作りなのである。

しかしながら今なお日本製品が世界市場をほぼ完全に掌握しているデジタル製品がある。
デジタルカメラだ。(サムスン電子のシェアは年々向上しているところであるが)

なぜ、デジタルカメラの世界において、日本製品が圧倒しているのか?

それは、デジタル技術に加えて、精度が高く、小型化の必要があるメカニカルな部品が必要であるからだ。

さきほど、iPhone5の部品の30%以上が日本製の部品だったことが報じられたが、メカニカルな製品において、日本製品は圧倒しているのだ。こうしたメカニカルなアナログ的な技術は、簡単に模倣できないということだ。

その一例として、サムスン電子の工場に配置されている製品を作る製造機械や製造ロボットの多くは、日本製の工作機械等であることからも、日本のものづくりの技術は、まだまだ圧倒的な強さを持っているということだ。

デジタルやコンテンツの世界において、日本のハードウエアの強さがあだとなり、後塵を拝しているが、いずれ巻き返すことが出来るだろう。失敗しても、デジタルで負けた原因をきちんと分析し、そこから立ち直るのが日本の強さであるからだ。

立ち直るためには、わが日本が工業立国としての道を見誤らないようにしなければならない。

それには日本の教育も、大きな要因である。
まずは田中真紀子文部科学大臣殿、ちゃんと考えて職務を行ってくださいね。

2012年11月 5日 (月)

OSJ 八ヶ岳スーパートレイル100マイルレースの完走率

今まで完走率100%だった私も、今回のこの過酷な100マイルレースでは、序盤54kmでリタイアしました。(時間制限失格となった北丹沢及び富士登山競走を除く)

体調不調に加え、気温の低さ、エイドでの食料供給の貧弱さやスタッフ不足などの運営体制の脆弱さに、身を守る自信がなくなっての決断だったのですが、気になるのは完走率です。

正式発表はまだありませんが、栄えある完走者のブログに27%のようだと書いてありました。
他には20%程度だと有りました。

直感的に、状況的にも、そんなものでしょう。

【追記】11/08公式サイト発表の完走率は以下のとおりでした。
100mile 出走512名、完走138名(完走率26.9%)
100km   出走244名、完走 71名(完走率29%)
60km   出走 85名、完走 64名(完走率75.2%)

いやはや、晴天でありながら、このリタイア率70%以上とは、想像を絶する最難関の大会ですね。

困難であるほど、チャレンジ精神は焚きつけられるので、来年はリベンジしたいですね。
(まず次回は前日の仕事を休んで、万全で臨みたい(笑))

追記:今回の過酷なレースの終盤の模様が書かれているブログがありましたので、紹介します。

・70km~90km:3時間50分18秒/17時間03分56秒
 急激に身体が冷え始め、少しずつ手足の感覚が麻痺してきた。
 防寒装備に関しては万全であったが、ある程度走らないと体温維持が出来ない。
 渾身の力を振り絞り走るが長くは続かない。
 ウエアやグローブに霜が降り始めてきて、コース上には防寒シートを
 身体に巻いてうずくまっているランナーも多くいる。
 そんなランナー達に声をかけながら先を急ぐが、この地点でレースはまだ半分。
 「50マイルのレースを走りにわざわざ八ヶ岳にきたのか?」と自問自答しながら
 進むが、気力、体力、体の冷え…何一つとして回復しない。
 必死に辿り着いた途中のエイドも水だけが置いてある無人エイドでライトすらなく
 真っ暗で愕然とする。
 必死に前に進むも舗装道路の長い下りすら走る事が出来なくなり、90km手前で
 遂に力尽きて座り込んでしまった。
 意識はあるが、身体に全く力が入らいない状態の中、後ろから来た
 大会関係者の車に拾われ、自身初の100マイルレースの挑戦が幕を閉じた。

自身二度目のDNF。
車で運ばれている時に数台の救急車とすれ違う。
後で知った話だがリタイヤする人が多く、収容車の数が足りなくなり、
あまりの寒さに待ちきれず、救急車に助けを求めるランナーが多かった事を
考えると途中で拾われた私は本当にラッキーだった。
連れて行かれたリタイヤ選手の収容所には毛布にくるまって横になる
ランナーで溢れかえっていた。
結果的に極寒の中のサバイバルレースとなり完走率も20%前後と言う
厳しいレースだった。
(引用ブログ:もっと速く、もっと遠くへ!http://www.runningschoolq.jp/diary/yoji/archives/109

2012年11月 4日 (日)

第20回緑区ふるさとまつりに参加しました

Imgp1989
千葉市の政令指定都市移行20周年記念と銘打ち昭和の森で開催された第20回緑区ふるさとまつりに参加しました。

参加とはフリーマーケットです。

本来、私は八ヶ岳の麓を駆け巡っているところでしたが、リタイアしたので、役割ないまま、一応参加した次第です。

ものすごい賑わいでしたね。閉会式で約5万人との発表でしたが、確かに一万人以上は居ましたね。
Imgp2008

そういうこともあって、我が家のフリーマーケットも大盛況でしたね。
Imgp1990
中心の人だかりがそれです。隣はちょっと迷惑したかも、すいません。

盛況のポイントは3点
1 衣類10円
2 遊戯王やデュエルマスターのカード
3 接客のうまさ

これにより、老若男女が買う買う状態でした。
妻はもちろんですが、長男坊の商売上手ぶりは目を見張りますね。
私とは違いますね。

今日の売り上げ総額は3万円強なり

安く譲り渡すことで皆様のためにもなり、我が家の不用品も大量に処分でき、しかも楽しくできての、一石三鳥でしたね。

OSJ八ヶ岳ス-パートレイル100マイルレース完走できなかった記

ブログに載せるのもいかがですが、とりあえず記録として後のために掲載します。

仕事を定時に終えて、6時に直接職場から車でスタート地点の北八ヶ岳の蓼科湖に向かいます。首都高速は大渋滞でしたが、10時45分に蓼科高原プール平の無料駐車場に到着です。

ちなみに受付は本日仕事を休んで先に出発したランニングのお師匠様にお願いしておきました。あり難かったです。

午前5時スタートです。待っている間、寒かったです。Imgp1897

第一エイドです。ここは充実していました。Imgp1900

明け直前の八ヶ岳連峰Imgp1901

スタート直後から25kmくらいまで舗装路でした。Imgp1905

山に朝日が当たり始めました。Imgp1910

第二エイド八ヶ岳自然文化園Imgp1913

地元の採れたてトマトが大盤振る舞いです。Imgp1914

Imgp1915

八ヶ岳が遥か遠くです。Imgp1916

マレットゴルフ場の紅葉がきれいでした。Imgp1917_2

英国の田舎町を通っているかと思いました。Imgp1918

信玄の棒道という道です。ここで転倒事件が起きました。Imgp1919_3

30km地点です。ここまでは想定タイムで通過しました。Imgp1920

山道に突入です。Imgp1921

第三エイド登山歴史館です。食べ物が楽しみでしたが、パワーバーしかありませんでした。Imgp1923

八ヶ岳にまっすぐ登る道を進みますImgp1927

標高1,432mまで登りました。Imgp1928

いつもこうした大会に参加されているお猿さんです。上りがきつく歩いています。このあとも何度も抜かし抜かされました。Imgp1929

南アルプスです。北岳が白く目立っていますね。Imgp1933

富士山です。Imgp1934

明るい極上のトレイルに入りました。Imgp1936

三味線滝Imgp1940

唐松の黄葉がきれいです。Imgp1943

標高1600mImgp1944

矢印に導かれて進みます。Imgp1945

天の河原Imgp1949

第4エイド天女山です。悲しいことにもはや水と塩しか有りませんでした。Imgp1951

牧場を通過します。Imgp1952

ランナー走っていますね。私はもう走れません。Imgp1953_2

八ヶ岳南麓からの八ヶ岳Imgp1955

美し森Imgp1960

牧場をまた通過します。Imgp1962_2

渡渉地点です。Imgp1965

50km地点通過です。リタイアを決めたのでここから走りました。Imgp1966

第一関門八ヶ岳自然ふれあいセンターに到着です。Imgp1968

14時、350番台で通過です。この時点ではバナナとミニチョコしか有りませんでした。Imgp1969

なぜか鏑木さんが登場です。風邪引いているみたいでした。Imgp1977

リタイアを決めて椅子に座って、皇族ランナーを出迎える形にImgp1980

リタイア選手を満載してスタート地点に向かいます。Imgp1981

スタート地点に到着です。一応フィニッシュラインをくぐります。Imgp1982

リタイア選手にも地元のおもてなしをしていただきました。温かい味噌汁最高でした。Imgp1983

茅野の名物、寒天でうまかったですが、温かいものが食べたかったです。Imgp1984             

この後、着替えもしないで、千葉に帰宅しました。

帰る道中は、リタイア原因を考えていましたが、先に進んだ選手たちの苦闘を想像すると、事故のないことを祈らざるを得ませんでした。

大丈夫だったのでしょうか?

来年は食料を寒くても食べやすいもの(ジェルとか)にして、再チャレンジしたいですね。

2012年11月 3日 (土)

OSJ八ヶ岳ス-パートレイル100マイルレースの結果報告

Imgp1956
私にとって、UTMF以上に今年最大のチャレンジとなった本大会でしたが、リタイアという残念な結果となりました。

54kmの第一関門に約9時間後の14時に到着したのですが、すでに脚が終わっており(つまり走れない状態)、この先、氷点下となる夜間ランニングは危険すぎると判断しての決断で、初の自己申告での納得のリタイアでした。

レース序盤で脚が終わってしまった原因ですが、判然としません。
容疑者としては以下のとおりです。
1 コース設定が厳しかった
2 単純に練習不足
3 レース序盤で転倒して膝を強打
4 エネルギー不足(ハンガーノック手前)
5 仕事が忙しく寝不足だった

結局、全部が犯人のような気がします。
(追記)翌朝の体調は筋肉痛をはじめ特段の痛みがなく、消去法から4が主因と思われます。
それなりに食べたつもりでしたが、寒い分、カロリーを消費したのでしょうか。

それにしても、3の転倒は痛かったです。痛打してうずくまるところが恥ずかしかったので、後続ランナーの声掛けに、「大丈夫です」と答えて、立ち上がりつつも、しばらくは走り出せませんでした。落ち葉に隠れた石にケッつまずいての転倒でしたが、そのままバタンと倒れずに、何歩か脚が出て立て直そうとした分、ヘッドスライディングのような状態での激しい転倒でした。顔面はうまく腕でかばって強打しなかったのですが、眼鏡がかばった腕に押されて、フレームが歪みました。
また膝からは出血していて、そのままタイツの生地とともに固まっていて、脱ぐ時に大変な事態になりました。はがすしかなく、再出血して、二度痛かったです。(笑)

さて一緒に参加したお師匠様ですが、21時過ぎに電話が有りました。96km地点の第二関門でリタイアしたそうです。
予想した通り寒くて寒くて最後は給水用のハイドレーションのチューブの水が凍って、飲めなくなったそうです。
食料、防寒十分で、走力・経験抜群の師匠でもリタイアですから、この100マイルレースは制限時間に加え、とんでもなく厳しい状態となったということです。完走率は相当に低いのではないかと想像されます。もしかすると30%切るのではないのか?完走率の考察はこちら

というか、これを書いていて、実はもっと心配なことが想像されてきました。それは結構、軽装・軽装備のランナーが多数居たからです。それもどちらかというとベテランでないランナーのような感じの人たちです。今回のレースは完全に氷点下の世界、しかも晩秋とはいえ、まだ寒さに体が慣れていない時期なだけに、万一、道迷いでもしたら・・・。

大会事務局はこうした非常事態も想定しているとは思いますが、今思うとそれらしい対策が現場では見られなかったことが気がかりです。リタイアして自宅に戻った私としては、あとはレースが無事に終わることを祈るだけです。未完走記はこちら
リベンジを果たした第2回完走記はこちら
※残念ながらこの大会は第2回で終了と決まったようです。

追記:私がリタイアした第一関門でも、すでにリタイア者続出で、みなさん震えて送迎バスを待っていました。私ともう一人の方だけは、防寒万全で、ぬくぬくとバスを待っていましたが。それでもまだ日中で気温も高い第一関門でリタイアしておけば寒さに震える程度で済みますが、深夜待つ場合を考えると・・・。お気の毒です。

上の写真は、八ヶ岳南麓の牧場を通過するランナーです。
下の写真は、夜明け前の八ヶ岳連峰の北端の蓼科山(今回スタート地点はその麓)です。氷点下で畑は霜だらけです。
Imgp1902

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