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2012年9月 5日 (水)

昨今の生活保護制度の在り様に困惑する

◆生活保護費:千葉市、不正受給者を提訴へ 2500万円、悪質性認め/千葉
 毎日新聞 2012年09月04日 地方版

 千葉市は3日、同市中央区の50代男性が、約7年間にわたり生活保護費を総額約2500万円不正受給していたと発表した。不正受給額が高額に上ることから、市は男性を相手取り損害賠償を求める訴訟を千葉地裁に起こす方針で、千葉中央署にも被害を相談している。同市が生活保護の不正受給者を民事提訴するのは初めて。

 市によると、男性は申請の際に「無職で十分な財産もない」と偽り、05年10月〜今年7月まで生活保護費を毎月約30万円、6年9カ月間で合計2493万8062円を不正受給していたとしている。

 今年4月以降、市の調査で男性が産業廃棄物関連の企業を経営していたことが判明し、収入や財産があったことも確認されたという。市によると、生活保護の申請時には通常、現在とその直前の住所情報を基に銀行に問い合わせ、預金状況を調べるなどするが、男性は複数の住所を転々としていたために、正確な資産状況を確認できなかったという。

★生活保護率が横ばいで推移 上富田町
 紀伊民報 (2012年08月10日更新)

 国や和歌山県で生活保護費が増加傾向にある中、上富田町では、ほぼ横ばいで推移を続けている。全国的にも珍しいとみられる「食糧支給」制度と、扶養義務の調査を徹底していることが大きな理由。町は「生活保護はあくまでも自立のための手段という考えだが、本当に困っていればしっかり手を差し伸べる」と話している。

 町の生活保護適用件数は、ここ10年は60〜80世帯、90〜105人で推移している。人口千人に占める受給者の割合を示す保護率は、ことし3月の時点で0・64%。保護率が高い周辺の自治体と比べると、半数以下になる。

 町は2006年4月に「食糧物資支給制度」を設けた。「生活保護の認定は受けられないが極度に困っている」という家庭が対象で、米などの食料品を支給する。月2万円分が上限。町長が支給を決めると、担当職員がすぐに買い物へ行くことになっている。

 町によると、適用件数は06年度7件▽07年度9件▽08年度10件▽09年度8件▽10年度6件▽11年度2件。本年度の適用はまだない。年間予算は約30万円で、担当者は「少ない金額でも十分運用していける」と話す。

 この制度は、生活保護の不正受給を防ぐ意味でも効果がある。相談に来た人が「明日食べる物がない」「子どもが死んだらどう責任を取るのか」と言ってきても、食糧を支給できると伝えた途端に引き返していくケースも少なくないという。逆に、本当に困っている人へ食料を支給すると感謝の気持ちが生まれ、自立してその「恩」に応えようとしてくれるという。

 もう一つの特徴的な取り組みは、扶養義務調査の徹底。遠くに住んでいる人でも、面会を基本にしている。できるだけ生活保護の申請者に同席してもらい、相談するようにしているという。

 町村であれば、県(振興局)が調査の実務を担当することが多い。だが、上富田町は振興局と情報を共有し、積極的に関与し続ける。扶養義務について定められた法律の趣旨を丁寧に説明するようにしている。「10回以上断った後、最後は扶養を了解してくれた親族もいた。誠意を持って対応すれば、理解してくれるケースは少なくない」と担当者は話している。

 振興局では、遠方の親族には文書で扶養を依頼する。県福祉保健総務課によると、住宅ローンや教育費を理由に断られるケースが多いという。資産調査の法的根拠はないため、「回答が本当かどうかは分からない」のが実情だ。

 小宮山洋子厚生労働相は5月、扶養できないことを証明する義務を課す法改正を検討する考えを示している。

◇生活保護は、憲法25条(生存権)に基づく制度。国の基準で計算する最低生活費に世帯の収入が満たない場合に適用される。75%を国が負担する。残りの25%は、市は独自で、町村(一部除く)の分は都道府県が支出する。

【ひと言】
 この2件の記事は、生活保護にまつわる両極端な事例ですが、生活保護制度の適正な運用は、いろいろと難しい面があるということの表れでしょう。
 福祉的な観点から生存権を広くとればこれまで同様に不正の温床となるでしょうし、生存権を狭くすれば憲法違反の疑い、生活困窮者の増加、つまりは弱者いじめになりかねない。
 当然、現行制度の厳正な運用が出来ない理由を知りたいところであるが、それが為し得ていない現状から推測するに、制度の構造的な欠陥や人手不足がその要因なのは明らかなことから、結果的に行政も受給者の双方とも負担が増加してしまうだろう。
 こうした厳正運用も行き過ぎれば、何のための制度運用か分からなくなりかねない。
 つまるところ社会秩序維持するにはどのあたりのレベルで制度運用すれば、効率的かつ適切なものとなるのか、実に難しい問題だ。

 均衡財政主義者で小さな政府、自己責任と共助の社会を目指したい私としては、生存権を大義名分にただの怠惰を誘発しているとしか思えない現在の生活保護制度は、未来に繋がる適正な社会制度とは思えない。
 かといって、今のところ勉強不足の私には、何が良いというような代案もなく、これ以上論じることができない。
 私見ながら、文化的な生活を送る最低限のレベルとして、現物給付は極めて現実的な代案となる可能性を感じているが、真の生活困窮者にとって、尊厳を傷つけかねない辛い制度となるような気もするので、もうちょっと勉強してみます。

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