【書評】「分かち合い」の経済学 神野直彦/著
経済とは一言で要約すれば「資源の最適配分」であり、それをどうすればうまく実現できるかを人類は模索してきた。共産主義や社会主義国家での計画統制経済でなく、自由な市場経済がやはりそれを果たすということが明確になってきている。しかしながら、市場経済は強者のみが生き残る世界であり、安定かつ持続可能な社会形成には、弱者に対する「資源の再分配」の機能による補完が絶対的に必要なのも明確となってきた。
それを担えるのは、政府や自治体といった行政なのである。よって市場経済を担う民間企業と異なるのは政府や自治体は極めて公平な「資源の再分配」の実現機関であらねばならないということで、それを旨に、私は生きてきた。
この最も大事な機能を守る重要性を人々は意識しておらず求める一方であることに加え、提供する側も求められるままに、行政サービスという名の浪費とそれを一因とする過剰支出、つまり借金財政に進んでいってしまっている風潮に私は未来を託せない気持ちが生じているのも事実だ。
この現象は、例えるならば、中高年の大人がそれなりの車に乗って、たまには美味しいレストランに連れて行って、おごってくれるようなことを子どもの将来の収入(国債)を担保に、それを実現しているかのようなのが、今の日本だ。自身の収入では生活費用が賄えず、借金ばかりして、さらに借金でも何でもして、羽振りを良くしなければ収入は入ってこないと言って無心して、借金を重ねて今日まで来ている、そんな状態がいつまでも続かないのは明白だ。
負担なく供給されるかのごとく、まさに打ち出の小槌のような行政サービス要求が行政にしかできないことを超えて恣意的な受益者に無償サービスで提供されるような状態であるべきでなく、そのようなゆとりが生じているならまずは健全な財政を実現すべきであろう。それができないのは、行政のトップが自らに対する行政サービスを多く求めがちな選挙民から選ばれているからであるのではないか。(総理大臣は直接選挙によらないのに、同じような状態に陥ってしまっている。そうならないような仕組みであるのに由々しき事態だ。)
さて、本著はそうした行政の基本的な機能を踏まえ、「資源の再分配」をもっとわかりやすく、人の心に響く言葉である「分かち合い」に変換し、その理念を国家全体で体現しようとしているスウェーデンの実例を踏まえて解説してくれている。
ちなみに「分かち合い」の語源は、スウェーデンから来ている。
本著の冒頭はこう始まっている。「スウェーデン語に「オムソーリ」という素敵な言葉がある。(中略)「社会サービス」を意味するけれど も、その原義は「悲しみの分かち合い」である。「オムソーリ」は「悲しみを分かち合い」、「優しさを分け合い」ながら 生きている、スウェーデン社会の秘密を説き明かす言葉だといってもいいすぎではない。」と述べている。
分かち合いが家族や地域共同体が担えなくなった現代において、どうすればそれを解決できるのか?
先進国において議論されている小さな政府と大きな政府のそれぞれの政策手法やそれによる効果の違いを極めてわかりやすく解説してくれている。
ちなみに小さな政府の究極はアメリカ、大きな政府はスウェーデンであり、ドイツやイギリスなどのヨーロッパ先進国は大きな政府に近く、わが日本は小さな政府に近いのである。
アメリカに似た政策を行う日本は、貧富の差が拡大しつつあり、ほとんどアメリカの社会状況に似てきている。似た政策を行った結果なのであるが、いつのまにか「再分配のパラドックス」のジレンマに陥っているのである。
具体例を挙げると日本の医療保険は3割負担であるが、かつてと同じで介護保険と同程度な1割負担ぐらいを実現したいところだ。そのためには政府が税金から支出する必要がある。
3割負担が厳しい人に、あとから現金給付するような現在の仕組み、本著では貧困者に限定して現金給付することを「垂直的再分配」と呼び、対人社会サービスを所得の多寡に関わらず提供していくことを「水平的分配」といっている。
日本は小さな政府であり、上述のように「垂直的再分配」のウエイトが高く、結果、貧富の差が大きな社会となってしまっている。一方、スウェーデンのように「水平的再分配」のウエイトが高ければ、貧困者にも同質のサービスが行き渡り、貧困からの脱出が容易となる。例えば、失業者には失業手当の現金給付でなく、再就職に向けての職業訓練といったサービスの給付が貧困からの脱出の近道であろう。
ちなみに日本においても比較的「水平的再分配」を実現している対人社会サービスがある。それは義務教育だ。諸外国に較べて低廉で実現している制度なのだが、それによる多大なる恩恵を感じることができなくなっている社会となってしまっていることが問題である。それには日本にもともとあった「分かち合い」を良しとする文化の再認識が必要ということだ。
そうした日本人として継いで行くべき文化が失われつつある中、本著を始めとする著者の経済思想の影響を受けた民主党が与党となり、その思想根幹となる「水平的再分配」の実現を図ろうとしたが、肝心の財源、つまり国民の負担増が受け入れられず、結局、「水平的再分配」する社会の実現は遠のき、いっそう不安定な政権運営を強いられ、結果、国民の利益を損なう状況となってきている。
そのあたりは、もはや本著の枠組を超えているのだが、まずは「資源の再分配」の仕組みと効果を知り、国民としてきちんと選択したいところだ。ちなみに私は、今なお、均衡財政を堅持しやすい小さな政府主義者であるが、均衡財政を維持できるのであれば、「水平的再分配」を実現する大きな政府こそが理想であると思えてきました。それは本著のおかげである。
最後に本著のあとがきが極めて印象的かつ感動的でした。かなり判りやすくは書いてあるがやはり小難しい経済学の話をする著者であっても、当然に一人の人間として生きてきたわけであり、人間くさい真情の吐露によりこの著者に対し敬愛の情さえ覚える締めくくりであった。
読書好きの野田総理大臣は本著を読んでいるのだろうか・・・
追記:書評と謳いながら本著の内容に刺激を受けて、篤く自論を展開してしまった。
分かち合いの理論が実に判りやすく著述されています。
興味のある方は是非ご一読を
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