【書評】葬式は、要らない&【書評】戒名は、自分で決める 島田裕巳/著
徳川幕府が宗教統制と民衆統治を行うために創設されたのが寺檀制度であることは知っていた。寺と檀家という関係を義務化することで両者を上手にコントロールしようとしたもので、それが見事に日本固有の制度として機能し、根付いていったと認識している。
現在もなお、職住一体の生活が営まれている田舎と呼ばれる地縁関係がまだまだ強い、地方の農漁村地域においては、寺檀関係はそれなりに機能しているようであるが、都会においては、寺との関係は失われてしまっている。
つまり近代化の中で、寺と家との関係性が別のものに成り代わられ、次々と失われていったためであるが、例外的に先祖崇拝と葬式については、今日まで寺が請け負っているからである。
よって、親父の代からサラリーマン家庭となった我が家は墓を持たず、寺との縁が切れて、我が家の宗派が何なのかも、知りません。
そんな都会人から見ると寺との関係が生じるのが葬式の時だけとなるのも無理からぬことで、従来からのしきたりを維持したい寺側と思惑違いが生じてしまいがちとなるのだろう。
前置きが長くなったが、寺の僧侶による葬式と戒名について、寺側からでなく、宗教学者である著者がその成り立ちから問題点まで学者らしい見識で判りやすく綴ってあるのが本書2冊である。
歴史的経緯などは私の認識に誤りの無いことをほぼ確認できたが、では実際に葬式となった時に、寺から僧侶を呼ばない葬式ができるのか?戒名なしという選択が出来るのか?となると実に難しい話だ。
生前から家族と死んだ時のことを良く話し合っておくこと、それが重要と言うことなのであろう。
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