【書評】坊っちゃん 夏目漱石/著
いまさら夏目漱石の「坊っちゃん」の書評とは恥ずかしいばかりであるが、諸々の事情から試みるものである。(子どもの読書感想文がらみ)
実は私は、小説「坊っちゃん」の舞台である四国は松山の出身であるのだが、東京出身の坊っちゃんからこの松山は散々な街と評されている。
有名な松山到着時の文章であるが、『乗り込んでみるとマッチ箱のような汽車だ。ごろごろと五分ばかり動いたと思ったら、もう降りなければならない。道理で切符が安いと思った。たった三銭である。』と随分と小さな街の小さな汽車とかなり小馬鹿にしたような描写である。
その後も『それから学校の門を出て、すぐ宿へ帰ろうと思ったが、帰ったって仕方がないから、少し町を散歩してやろうと思って、無暗に足の向く方をあるき散らした。県庁も見た。古い前世紀の建築である。兵営も見た。麻布(あざぶ)の聯隊(れんたい)より立派でない。大通りも見た。神楽坂(かぐらざか)を半分に狭くしたぐらいな道幅(みちはば)で町並(まちなみ)はあれより落ちる。二十五万石の城下だって高の知れたものだ。こんな所に住んでご城下だなどと威張(いば)ってる人間は可哀想(かわいそう)なものだと考えながらくると、いつしか山城屋の前に出た。広いようでも狭いものだ。これで大抵(たいてい)は見尽(みつく)したのだろう。』とこれまた東京と比較してのひどく厳しい評価である。東京の大きさと比較されては、どこも勝負にならないのですがね。
それでも一つだけ褒めているところがあって、正直嬉しくなる。『おれはここへ来てから、毎日住田の温泉へ行く事に極(き)めている。ほかの所は何を見ても東京の足元にも及(およ)ばないが温泉だけは立派なものだ。』住田の温泉とは有名な道後温泉のことであろう。若さと東京出身者の傲慢さを持ちながらも、坊ちっゃんが、根は正直であることを醸し出す著者ならではの見事な描写である。
わが故郷松山が舞台ということで、小説よりもその描写がどうしても気になるところであるが、最も気の毒だったのが、宮崎の延岡のことである。『延岡と云えば山の中も山の中も大変な山の中だ。赤シャツの云うところによると船から上がって、一日(いちんち)馬車へ乗って、宮崎へ行って、宮崎からまた一日(いちんち)車へ乗らなくっては着けないそうだ。名前を聞いてさえ、開けた所とは思えない。猿(さる)と人とが半々に住んでるような気がする。』松山以上に、厳しい田舎として描写されている。
恐らくは夏目漱石が主たる読者である都会人に対するサービス精神でやや誇張気味に描写していることと何より主人公坊っちゃんがまだ若く、地方を知らない都会人、ようはただの世間知らずであるという部分を分かりやすく表現するためであろう。
そんな無鉄砲で世間知らずな坊っちゃんにハラハラしつつ、最後の決闘のある種の秩序だった展開が印象的だ。
この決闘場面において、卑怯で小賢しい赤シャツには正義感の強い山嵐が、下っ端の野だにはまだ若造の坊っちゃんがそれぞれ正面から対峙し、やっつけている。
これにより、この決闘はもちろん、物語全体が未熟ながらも正しき方向に進んでいる印象を与えてくれて、読んでいるこちらも妙に安心できるものとなっている。
それにしても、100年以上前の作品とは思えない文体の軽妙さと新鮮さを今なお感じられ、魅力的な主人公に感情移入しやすい見事な作品だ。不朽の名作と呼ばれるに相応しい作品と改めて感じられた。
最後にこの小説で坊っちゃんが下女の清にあてた手紙の文章が実に印象的なものだと今回改めて気がついた。
『「きのう着いた。つまらん所だ。十五畳の座敷に寝ている。宿屋へ茶代を五円やった。かみさんが頭を板の間へすりつけた。夕べは寝られなかった。清が笹飴を笹ごと食う夢を見た。来年の夏は帰る。今日学校へ行ってみんなにあだなをつけてやった。校長は狸、教頭は赤シャツ、英語の教師はうらなり、数学は山嵐、画学はのだいこ。今にいろいろな事を書いてやる。さようなら」』
なんだか、現代の携帯メールの文章のように思えてきた。実のところ、いつの世も若者が発する言葉とはこんなものかもしれない。(笑)
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