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2011年4月

2011年4月29日 (金)

GW初日

萩往還に心は行ってしまっているものの、子を持つ親として、今日一日、その成長に触れて幸せを感じる時を過ごしました。

午前中、長男坊の野球を観戦しました。

私の中学時代を考えると、とても野球部に身をおいて、ベンチに入るなんてことは想像すらできない世界でしたが、長男坊はそんな親の劣勢さをはねかして、ベンチに入っていました。大したものです。

出番はありませんでしたが、チームは勝利し、明日も試合が続くようです。

午後からは、次男坊と三男坊とでサッカー教室に参加しました。

お世辞にも、サッカーらしさはありませんが、彼らのボールに対する真摯な姿勢は、親として嬉しい限りです。

萩往還250kmは、家族の支えあってのもの、かみ締めながら完走目指したいですね。
(まtったく準備は進んでいないのが問題ですが・・・)

2011年4月28日 (木)

本日は職場の歓送迎会でした

東日本大震災後の業務多忙と自粛ムードにより延期となっていました職場の歓送迎会が行われました。

昨年までの巨大プロジェクトとは異なり、現在の職場はこじんまりとしており、若手も多く、適度に話の弾む家族的な雰囲気になっています。

小さい職場なので、すっかり年長組に属することになり、年功的な役割が多くなってきております。

さっそく今期の幹事長に指名されるわ、中締めもしたりと、いつもと違う新鮮さを感じました。(笑)

二次会に行こうかと思っていたら、もう一人の長が、若手の発散する場に俺らがいては、楽しくないだろう!とのつぶやきに、「そういうこともあるわな!」と退散しました。

とりあえず、筋トレで両脚はパンパンですし、萩往還250kmの準備に今日から専念しますわ!

追記:わが職場の隣の大広間で、わが社の社長が今期昇進した幹部を集めて、飲み会しておりました。こちらの会場にも顔出すかと、楽しみ半分、怖さ半分でしたが、それは起きませんでした。

2011年4月26日 (火)

ペルー旅行記18(マチュピチュ遺跡番外トレイルランニング編)

  マチュピチュ遺跡完全制覇の最終章は、マチュピチュ遺跡登山道でのトレイルランニングです。

マチュピチュ遺跡と麓の町アグアス・カリエンテスの間は、普通は専用バスでの移動となります。所要時間は約30分です。本当は往復したかったですが、体力温存のため下り限定で実現しました。

願わくばグッバイボーイと競走する予定でしたが、ガイドさんの話では教育上の問題(学校に行かないで親より稼いでしまうので)からグッバイボーイは禁止となったようです。残念です。

※グッバイボーイ
 マチュピチュ遺跡と麓の町アグアスカリエンテスを結ぶ九十九折(つづらおり)つまりジグザグのハイラムビンガムロードを下るバスに対し、山道をつたって毎回バスを追い越し「グッバイ~」と声をかけ、挨拶し、最後にはバスより早く下まで降りて、チップを貰う地元の少年たちのこと。今は禁止されその姿を見ることはできない。

Imgp7211↑バス停脇に登山道はあります。「世界人類が平和でありますように」って標識がありました。

Imgp7213 ↑登山道です。傾斜はそれほど急ではありません。

Imgp7214 ↑それなりに整地はされていますが、登山道らしくでこぼこです。駆け下りるには足元から目を離すことはできません。

Imgp7215 ↑休憩用の東屋があります。4つぐらいあったと思います。

Imgp7216 ↑バスが通るハイラムビンガムロードに出ました。この後、ジグザクのバス道を突き刺すように登山道が直線に続きます。グッバイボーイはここでバスに手を振り、次のポイントまで駆け下りて、また手を振るのでしょう。

Imgp7217 ↑バス道につながる登山道です。このようにそれなりに整った階段部分もあります。

Imgp7218↑ロードに降りて直ぐに登山道が無い場合、中心に見えるような標識で登山道の方向を示してくれています。

Imgp7219 ↑ハイラムビンガムロードを登るジョガーの後姿です。いいトレーニングになりますね。

Imgp7223↑ウルバンバ川に到着です。19分かかりました。バスは15分程度でしょうか?初めての道だったので、慎重に駆け下ったので、慣れれば15分は切ることができるでしょう。2回目ならグッバイボーイと勝負できたかも?実に残念です。

Imgp7221 ↑マチュピチュ遺跡に向かうバスとすれ違います。

Imgp7224 ↑マチュピチュ方面に流れるウルバンバ川です。やがてアマゾン川に合流し、大西洋に注がれる。あと6000kmも流れないとたどり着けない遥かなる道程ですね。

Imgp7225 ↑正面に見えるのはワイナピチュです。左はしの樹木に隠れた部分あたりがマチュピチュ遺跡です。

Imgp7226 ↑先ほどすれ違ったジョガーが降りてきました。このタイミングだと上までは登らなかったようですね。ついて走ることにします。

Imgp7227 ↑キャンプ場のようです。

Imgp7228 ↑バタフライ・ハウスですって

Imgp7229 ↑蝶と言うより、蛾に見えます。

Imgp7230 ↑石切り場のようです。

Imgp7232 ↑ものすごい大絶壁の直下を通ります。しかしながら落石がほとんどありません。日本なら絶対に通過不可能なところです。雨も多いのになぜ?なぜ?しばし考えてしまいました。
私の仮説は、こうです。日本と違って赤道に近いこのあたりは氷点下にならない。だから岩の亀裂がそれほど進化しない。よって落石が少ない。

Imgp7233 ↑ウルバンバ川が大絶壁の傍を流れます。ここは人の手を入れないと道路を維持できないようです。

Imgp7238 ↑振り返るとマチュピチュ山が見えました。さっきまであのトン先に居たとは思えない遥かかなたです。

Imgp7241 ↑アグアスカリエンテスまであと少しの場所にマチュピチュ遺跡専用バスの車庫兼整備工場兼運転手休憩所がありました。

Imgp7244 ↑アグアス・カリエンテスの町が見えました。遺跡から麓の町まで40分でした。最後は暑さと緩やかな上りでバテバテになりました。これで心置きなくマチュピチュを離れることができます。
と、その前に、温泉を楽しみましょう!

>次:ペルー旅行記19(マチュピチュ温泉と夜散策編)
<前:ペルー旅行記17(マチュピチュ遺跡お別れ編)

2011年4月25日 (月)

第64回富士登山競走の山頂コース確定通知が届きました。

富士登山競走実行委員会から The 64th Fuji Mountain Race 「第64回富士登山競走」の山頂コース参加確定通知が届きました。
正式な参加案内は6月下旬とのことです。

同封されていた参加予定者の皆様へという書簡には、以下のようなことが書かれていました。

今回の大震災のことに加え3月15日夜に発生した静岡県富士宮市を震源とする震度6強の地震による富士山の被害状況が残雪のあるためまだ未確認のため、その確認をもって開催の最終決定は、6月下旬になるとのこと。
一日も早い復興を霊峰富士に祈念することを目的に、開催準備をしているとのこと。

関係者の努力に感謝し、被災地の方々の復興を祈るレースとして参加したいですね。

2011年4月24日 (日)

外秩父七峰縦走ハイキング大会完歩しました。

昨日の荒天が嘘のような好天に恵まれ、東武鉄道主催の外秩父七峰縦走ハイキング大会が無事開催され、何とか完歩できました。それに、震災募金もできました。Imgp7926↑みなさん三々五々のスタートです。(東武竹沢駅)

Imgp7928 ↑登山道はこんな感じで大渋滞です。(官ノ倉山途中)

Imgp7934 ↑のどかな田園風景の中のハイキングです。(和紙の里から一山越えたところ)

Imgp7958 ↑秩父高原牧場の濃厚で美味しいソフトクリームいただきました。うまいっす!

今回のテーマは、5月の萩往還250kmを想定しての最終テスト。金土2日間で65kmのランニングに加えて、4時間睡眠でのチャレンジでした。しかも途中からさらに調子に乗って、食料飲料を控えて(道中摂取したのは菓子パン1袋とソフトクリーム、500ccのスポーツドリンク、名水休憩所での名水とグレープフルーツ一切れ)の酷使ハイキングとしました。

実は今回は初っ端からはまりました。
前回は駐車できた寄居駅前の有料駐車場は満車で、右往左往した挙句、寄居町の隣市となる深谷市にある道の駅花園に駐車し、鉢形駅から受付会場である小川町駅に向かいました。

この出遅れが響いて、行く先々で渋滞渋滞で、気持ちが滅入りましたね。

前回参加は2年前だと思っていましたが、調べてみると実は3年前でした。タイムの比較すると以下のとおりです。前半の遅延が一目瞭然ですね。後半は今回の方がペースアップできています。疲労困憊ながら好結果に少し満足です。

2008  2011
05:33 06:56 受付
06:11 07:15 竹沢駅(写真1)
06:50 08:22 官ノ倉山CP
07:13 08:51 和紙の里
--:-- 09:41 萩平
08:43 10:35 笠山CP
09:11 11:11 堂平山CP
09:18 11:18 剣ヶ峰CP
09:24 11:27 白石峠
09:52 12:05 定峰峠
10:13 --:--  旧定峰峠
10:39 12:48 大霧山CP
10:57 --:--  粥新田峠
11:08 13:12 秩父高原牧場
11:27 13:30 二本木峠
11:43 13:46 皇鈴山
11:57 13:58 登谷山
12:06 14:09 名水
12:59 14:57 ゴール

追伸:今回一番きつかったのは、ゴールした後に、
    4km先の駐車場に向かうときでした。
    泣きが入るほどきつかったです。

萩往還250kmの最終調整チャレンジとして、外秩父七峰縦走ハイキング大会に明日参加します。

いよいよ明日、外秩父七峰縦走ハイキング大会です。2年ぶりの参加です。今回の参加賞は何でしょうか?楽しみです。

今回は、鶴沼ウルトラマラソン、かすみがうらマラソン大会と萩往還への調整レースがことごとく中止となりましたので、一回きりの最終の調整になります。

本ハイキング大会ですが、距離42kmなので、調整には短すぎるので、金曜夜25km、土曜は雨の中40kmといい感じで負荷をかけて、疲労した中での42kmで、調整を図ります。疲労感と睡眠不足でどれだけ動けるか?身体に刻み込んでめちゃくちゃきついであろう萩往還250kmへの耐性を強化したいですね。

ところで本日の雨中ランですが、さすがにランナー少なかったですね。
それでも、途中ひとりのランナーと出会いました。山崎次郎さんでした。
先日、ひょんなことから再度改めてご紹介いただき、しっかり覚えていただいていて、エアハイタッチでお互いの健闘をたたえて通り過ぎることができました。彼のプロフィールはこちら

尊敬すべき市民ランナーのおひとりであり、とても嬉しい邂逅でした。
(彼の凄いところは、ごみを拾いながら走っているところです。ちなみに彼も萩往還250kmに参加します。)

さあ、眠くなりましたので、そろそろ寝ます。

2011年4月23日 (土)

防災無線の大切さ

千葉市、防災無線で津波警報流さず…大震災の日

2011年4月23日(土)11時36分配信 読売新聞 

 東日本大震災が発生した3月11日、千葉市の東京湾沿岸部に津波警報が発令されていたにもかかわらず、同市が防災無線で住民に警戒を呼びかけていなかったことがわかった。

 自動的に警報を防災無線で流すシステム「J―アラート」が改修工事中で作動せず、手動による放送も手が回らなかったという。

 市総合防災課によると、災害時の市の対応をまとめた地域防災計画では、津波警報が発令された場合、防災無線で住民に警戒を呼びかけると定めている。東日本大震災では、東京湾沿岸部に同日午後3時31分に津波警報が発令されたが、沿岸部の同市中央、美浜両区にある防災無線41か所から警報は流されなかった。津波警報は翌12日午後1時54分、注意報に切り替わった。

 震災による津波は東京湾でも観測され、隣の市原市で0・9メートルを記録。千葉市内では沿岸部の住宅で床上3棟、床下17棟に浸水被害が確認された。同課は「被害確認などに追われ手が回らなかった。防災無線で安全確保を呼びかけるべきで、反省している」としている。

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「避難して」防災無線で呼びかけ続けた2職員

2011年4月19日(火)3時8分配信 読売新聞 
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 東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町の防災対策庁舎で危険を顧みず、防災無線で住民に避難を呼びかけ続けた職員がいた。

 危機管理課の三浦毅(たけし)さん(52)と遠藤未希さん(24)で、家族らの懸命の捜索も実らず、今も行方がわからないままだ。2人がいた庁舎を、町は「震災を後世に伝える象徴に」と、保存を検討している。

 「10メートルの津波が予想されます。急いで、高台に避難してください」

 課長補佐の三浦さんは地震が起きた時、庁舎2階の放送室で遠藤さんらと避難を訴えた。約30分後、庁舎にも予想を超える波が来た。「毅さん、もういいから屋上に逃げよう」。同僚の勧めに、「もう一回だけ言わせてけろ」と答えた姿が最後に目撃されている。

 三浦さんの妻ひろみさん(51)は当時、庁舎から約20キロ北の会社で勤務。自宅へ戻り、夫の声を聞きながら近くの山へ逃げた。しかし、声は途絶えた。

 「逃げたんだ」。そう信じていたが、連絡はつかず、翌朝から、無線は別の声に。「代わりを頼むような人じゃない」。ぼう然とした。

 震災1か月の11日、庁舎で夫の手がかりを探した。泣きながら「お父さーん」と叫び続けた。「『いやー、参った』と笑って戻ってくる気がしたのに……。この状態では」。雨の中、鉄骨がむき出しになった庁舎を見上げ、ため息をついた。

 「私だけご飯を食べて、暖かい布団に入って、ごめんね。声で助かった人も多いと思うよ。お疲れさま」。ひろみさんは声を振り絞る。

 遠藤さんも三浦さんと交代するまで、無線で呼びかけを続けた。

 遠藤さんの母美恵子さん(53)は当時、養殖の仕事で海岸にいた。逃げる途中、娘の声を聞いた。気がつくと、遠藤さんの声は途絶えていた。夫の清喜さん(56)と避難所を巡り、がれきをかき分けて、まな娘を捜し続けた。

 遠藤さんは1年前、同課に配属。昨年7月に結婚し、今年9月の披露宴で着るドレスを美恵子さんと選びに行くのを楽しみにしていた。「声に助けられた」。そう感謝する住民もいる。しかし、「庁舎が高台にあればもっと多くの人に呼びかけられ、本人も助かったのでは」と、割り切れない。

 清喜さんは「娘にはありがとう、ご苦労さま、と伝えたい。でも……もう一度、笑顔が見たい」と話した。

 危機管理課は職員5人で、2人が行方不明になったほか、課長が死亡。佐藤仁町長は庁舎について「津波を伝えるため残し、慰霊碑や献花台を設けたい」と話す。町は震災後、防災無線のスピーカー105か所を目視で確認。被害を免れたうち約60か所で放送を再開する。(井手祥雄、浜名恵子)

2011年4月22日 (金)

ペルー旅行記17(マチュピチュ遺跡内部編2)

マチュピチュ山から下山して、たぶん人生最後のマチュピチュ遺跡を堪能します。

Pc062083 ↑12月5日の10時、快晴です。観光客もいっぱいですね。

Pc062084 ↑つい1時間前まで居たマチュピチュ山山頂を振り返ります。

Pc062086 ↑見張り小屋よりさらに奥のアンデネス(段々畑)から望むマチュピチュ遺跡とその真後ろにそびえるワイナピチュのこの構図が最も好きなマチュピチュの風景です。

Pc062101 ↑これが見張り小屋からの風景です。これはこれで素晴らしい景色ですがね。

Pc062090 ↑神殿付近です。

Pc062092 ↑門

Pc062103 ↑手前王女の宮殿と奥の白い石積みが太陽の神殿です。太陽の神殿は手の込んだ曲線で白く美しい建物ですね。

Pc062128_2 ↑太陽の神殿を下から写します。土台は自然石をそのまま利用したようですね。

Pc062130 ↑下はくりぬかれて陵墓になっているとのこと。段々のところがインカの世界観を表しているようです。

Pc062132 ↑太陽の神殿のつくりの精巧さは際立っていますね。

Pc062112 ↑段々畑です。

Pc062118 ↑左にパンするとウルバンバ川の渓谷です。

Pc062117 ↑さらに左にパンすると正面ワイナピチュ、左手は墓地、石切り場、日時計です。

Pc062122 ↑2階建ての家でしょうか?

Pc062116 ↑マチュピチュ遺跡の石積みが後ろのワイナピチュとシンクロしていますね。

Pc062126 ↑とんがっているのでとんがっているものとは何でもシンクロしてますね。(笑)

Pc062123 ↑マチュピチュ遺跡って高低さ、上下の幅が大きいんですよね。棚田のようですね。

Pc062124 ↑馬の背に目いっぱい張り付いている遺跡です。そのまま谷底につながっているかのような錯覚が起きそうですね。

Pc062142 ↑王女の宮殿は大人気です。

Pc062144 ↑門がありました。皇帝の部屋に続く門のようです。

Pc062148 ↑居住区のテラス跡からワイナピチュを写します。眺めの良い住まいですね。

Pc062150 ↑水汲み場です。綺麗な水が流れています。

Pc062151 ↑石に刻まれた溝を水が流れています。つなぎ目で漏れないのが、不思議ですね。

Pc062154 ↑大きな一本の木が印象的な風景です。

Pc062159 ↑段々畑から望みます。空中都市を支える下部が重要な基礎となっているか、よくわかると思います。

Pc062160 ↑段々畑を中腹から見上げます。石垣しか見えませんね。

Pc062164 ↑上の写真に見られる小屋(貯蔵庫)の内部です。

Pc062167 ↑マチュピチュ遺跡の縁から遺跡に続くハイラムビンガムロードが見えました。

Pc062168 ↑出口に向かうべく、石段を登ります。

Pc062171 ↑出口です。(入り口でもあります)

Pc062173 ↑遺跡の外にあるスナックコーナーからワイナピチュを望みます。マチュピチュ遺跡の探訪も終わりました。

次はマチュピチュ遺跡番外編として、遺跡観光バスとの下山競走です。

>次:ペルー旅行記18(マチュピチュ遺跡番外トレイルランニング編)
<前:ペルー旅行記16(マチュピチュ山登山編)

独身男は注目 大地震で結婚したい女性急増

 結婚したい独身男にとっては人生最大のチャンスだ。

 東日本大震災以来、女性の結婚願望が高まっている。結婚相談大手のオーネットは4月に入って資料請求が前年同月比で15%増。震災後の新規会員は女性が5%アップした。宝石店ではブライダル商品が堅調というし、ネットには「頼りになるパートナーとめぐり合いたい」という女性の書き込みも増えている。

 そういえば、01年の同時多発テロのあと、米国では結婚したがる女性が急増したとの話がある。戦国時代は「あすは討ち死に」と覚悟を決めると、城の中はフリーセックス状態になった。地震と原発の恐怖が女性に結婚願望を植え付けているらしい。明大講師の関修氏(心理学)が言う。

「死を意識したとき人間は子孫を残したがる『種の保存本能』と、自分が助かりたいという『自己保存本能』を抱きます。ふたつの本能が相乗効果で結婚相手を求め、女性は性欲も高まるのです。結婚したい女性は言動で分かります。たとえば一人暮らしに満足しているキャリアウーマンが『地震が怖かった』と弱音を吐くケースです。無意識のうちに“誰かに守られたい”“不安感を聞いて欲しい”とアピールしているのです」

 被災したときに自分の安否確認をしてくれるパートナーがいないのは寂しい。そんな心理も働いているようだ。

 女性たちはどんな男に引かれるのか。

「いまは地震と原発に脅かされる非常時だから、女性はこまやかな優しさを求めています。夜中に揺れたら“大きな地震だったけど大丈夫?”と電話して欲しいのです。ふだんは目立たない人が地震で俊敏に動き、地震のあとでリーダーシップを発揮したりすると、女性は心を寄せてしまいます」(作家の三浦天紗子氏)

 カッコいい男に変身して嫁さんをゲットだ。

(日刊ゲンダイ2011年4月18日掲載)

 頼りになる男がカッコいいんです。隠れカッコいい男は隠れないで生きましょう!
 そうでない男性は、少しだけでもカッコ良くなりましょう!
 かみちゃん、たけちゃん、いかがですか?

 えっ?私ですか?残念ながら危機には弱いカッコ悪い男です。(笑)

追記
 種の保存本能が働くとエッチの回数が増えるでしょう。エッチの回数が増える環境下では、出生率が上がります。
 そしてこうした安定していない社会環境での出生の性別は、女の子が多くなるでしょうね。

2011年4月21日 (木)

【書評】ばら色タイムカプセル 大沼紀子著

Bara_2

変てこな老人ホームを舞台とする少女の成長小説といった物語です。
(装丁がとても可愛くて素敵なのですが、おじさんが持つのには抵抗がありますね。)
出だしの命の軽々しい扱いに違和感を覚えますが、それも作者の狙いかもしれません。

後半の息詰まる急展開は、ちょっとミステリーの趣もあります。

老人ホームが舞台の小説をこのタイミングで読むあたりが、私も本の神様に好かれている証拠ですね(笑)

少年少女時代と老年期という一見なかなか交わらない世代を見事に物語の主軸にすえて、展開していくところが新鮮で共感がもてます。
私達のいる中年期が一番、面白くない時代なのかもしれませんね。

2011年4月20日 (水)

キリン のどごし<生>

第7弾は、「コクの時間」と同じキリンの「のどごし生」です。Beer7

これまた、ロングセラーの第3のビールですね。発売6年目です。

威勢の良いCMでおなじみですが、これまで飲んでいませんでした。(1,2回は飲んだと思いますが・・・)

さすが、キリン!バランスの良い味に仕上がっていますね。

美味いです。ポスト「コクの時間」の有力候補ですね。

実はキリンが好きなのかも?と思ってしまいましたね。(笑)

2011年4月19日 (火)

サッポロ 麦とホップ

第6弾は、サッポロの「麦とホップ」です。

Beer6 もうずいぶん前から飲まれている一品ですね。

そのことだけでも、根強いファンが居ると言うことでしょうか。

味の感想は、サッポロらしい濃い苦味があります。

サッポロ好きの方には合うでしょう!!!

【書評】人種と歴史 クロード・レヴィ=ストロース著 荒川幾男訳

Jinsyu
無謀にもレヴィ=ストロースを読みたい!
そう思い立ったが、彼の著作は難解な上に以下のとおり大作ばかり
読みたいのは神話論理なれど、2500ページ以上って・・・
代表作は以下のとおり
 悲しき熱帯 上下 677ページ
 野生の思考 360ページ
 神話論理4巻 2500ページ以上

そんな大著作群の中で、彼の初期の著作でありながら、彼の構造主義の胎動が十分に詰め込まれている一品があるとある人が書いてあった。
それがこの「人種と歴史」という作品だ。

この本はわずか75ページであるが、その内容たるや実に濃く深いです。
無駄が無く実に緻密な論理構成、目の前のもの、すなわち自分が見えるものを信用し、歴史は紆余曲折しながらが正しい道に向かっている、すなわち進歩しているという愚かなる現代人の盲目さを実に端的に証明してくれるのです。

例えば、彼は停滞的歴史と累積的歴史という概念を提起し、西洋が産業革命を成し遂げたのは累積的な歴史を歩んだ、ただそれだけのこととしており、個々の科学技術は停滞的歴史と呼ぶ、現代においては未開な文明の方が優れていたと言い、具体例を多数列記して私を困らせるのだ。

混乱しつつ、一つだけいえるのは、彼は自分が属する人間をあたかも一個の物体として、科学に実験材料と同じように冷徹に評価していると言うことだ。
それができる構造主義は、なかなか理解の難しい代物だということだけはわかった。
読んでいて感情として受け入れるのが難しい論理展開についていけなくなりますね。

もっと構造主義を勉強したいですね。 

2011年4月18日 (月)

余震はいつまで続くのか?

東日本大震災(東北地方太平洋沖地震M9.0)から1ヶ月以上経過したところですが、相変わらず余震が続いていますね。
震度5なんて、十年に一回くらいだったのに、ここ最近は頻発して、その程度の震度に驚かない、すっかり感覚が麻痺してしまっています。

そうはいってもそろそろ余震もだんだんと落ち着くのではないかと思っていたのですが、衝撃的な事実を知って、愕然としました。

それは巨大地震の後には、内陸部で直下型地震が起きる可能性があるということです。

明治三陸地震(M8.2 死者22,000人)
↓2ヵ月後
陸羽地震(M7.2 死者209人)

東南海地震(M7.9 死者1,223人)
↓1ヵ月後
三河地震(M6.8 死者2,306人)

南海地震(M8.0 死者1,330人)
↓1年半後
福井地震(MM7.1 死者3,789人)

うーん、歴史的にみると驚愕の事実ですね。
1年半後まであるのですか・・・
余震が続くことより、内陸部での直下型地震の方が恐ろしいですね。

第二の関東大震災、東京直下型地震なんて、どうかそうなりませんように!

油断無く、怠らずに備えないといけないですね。

2011年4月17日 (日)

角を矯めさせたかと思いましたが・・・

先日長男坊の授業参観に行ってきました。出がけに、次男坊が「兄ちゃん、ママにもパパにも参観に来て欲しくないって言っていたよ!」と告げられた。
まあ、直接聞いてないし、そもそも私に直接言わないところからして、気にせず出かけた。

授業開始直後に到着したが、教室の中にいた父兄はお一人さんだけ。2番目だった。

授業は学活で、とてもいい内容でしたね。

その内容は文章作成とクイズとビンゴができる楽しい自己紹介ゲームでした。
まず、自己紹介シートに3,4つの文章で自分のことを書きます。
次に、ビンゴシートにクラスメートの名前を自分で記入します。
先生がランダムに自己紹介シートを読み上げます。
それを聞いて誰のことか判った生徒が手を上げて答えます。
そして、その生徒の名前を自分のビンゴシートと見比べ、ビンゴになったか申告します。

9クラスもあるマンモス学校でのクラス替え直後なだけに、まさに一石三鳥な授業でしたね。
面白楽しく一気にクラスがなじんだ感じでした。

過ぎてしまったことですが、自分の時もこういうのあったら良かったですね。

さて、我が家では、理屈っぽいお父さんに押されっぱなしの長男坊ですが、クラスではなかなかのしっかり者で人気者のようです。
授業中にも何人もから話しかけられたり、相談されたりと何かと頼りにされている様子。
場をわきまえた適度なジョークやリアクションでクラスの雰囲気を盛り上げていますね。
わが子ながら、かっこよかったですね。大したやつです。

そんな姿を見ていたら、我が家では彼の角を矯めさせすぎているのかも?と少し思ってしまいました。

しつけが厳しいとか、抑圧しているわけではないのですが、日常的に彼に対して父親の力を誇示し過ぎたかも・・・
少し反省しつつ、でも、やっぱり、お父さんは見上げるような力ある存在であり続けないとね。

そんなことを考えながら買い物しつつ家に帰ると、部活の無かった長男坊は先に家に居ました。そして顔を見るなり、お父さんにこう言いました。
「テストの点が良かったら、携帯買って欲しいんだけど!」

このノー天気さ、彼のいいところなのですが、もっと勉強せいよ!!!!

2011年4月16日 (土)

サッポロ ドラフトワン

お気に入りの第3のビールを捜し求めての第5弾は、サッポロビールです。

パッケージの清涼さにつられて選んだ「ドラフトワン」です。Beer5

切れ味最高ですが、少し薄口というか苦味・渋味の薄いビールでした。

後で調べてみますと、麦を使わず、えんどう豆でできたお酒のようです。

でも美味しかったですよ。

2011年4月15日 (金)

クリアアサヒ

第3のビール第4弾は、「クリアアサヒ」です。Beer3

名前に引きずられているのか、クリアな感じがします。(笑)

一言で言うと、アサヒの最強ブランド、「スーパードライ」に似せていると思います。

少し辛口で、喉越しに切れがありますね。
ただし、似てはいますが、本物のスーパードライには到底叶いません。

あー、スーパードライ飲みたくなったなあ・・・

2011年4月14日 (木)

アサヒ くつろぎ仕込 4VG

新たなる愛飲ビールを探す第3段は、アサヒ くつろぎ仕込 4VGです。

Beer2_2 なかなか高級感のある缶パッケージですね。

ヨーロッパ風な感じ。

4VGって、気なり、缶を見てみるとちゃんと書いてありました。

華やかでフルーティな香りのことで、ドイツのヴァイツェンビールを目指したらしいです。

喉越し爽やかな切れのあるビールで、個人的に好みです。

フルーティな香り自体は、私的にはあまり好みではありませんがね。

2011年4月13日 (水)

アサヒ一番麦 麦100%

第3のビール、ポスト「コクの時間」を探しての第2弾は、アサヒの一番麦 麦100%です。Head_door

苦味が濃く、古き良きビールらしいビールです。ガツンと来るといった骨太なビールです。

私は喉越しすっきりなビールが好みなので、ポスト「コクの時間」候補から外れてしまいますが、コンセプトをきちんと体現したまとまりのある味で、かつコストパフォーマンスの高い第3のビールだと思います。

2011年4月12日 (火)

麦之助というビール(第3のビール)

愛飲しているビール、キリン「コクの時間」が店頭から消えてしまった・・・
理由は定かでありませんが、実に困ったことです・・・

そういう訳で、代替のビールを探すことにします。

その第一弾が、「麦之助」です。Beer01

キリンでもない、アサヒでもない、サッポロでもない、サントリーでもないビールです。

?原産国は韓国となっております。
株式会社ドウシシャが輸入元となっております。

いやあ、このビール、くせなくすっきりと飲めるビールです。
気に入りました。

「コクの時間」の代替候補として、名乗ることを許しましょう!(笑)

2011年4月11日 (月)

東日本大震災の被害(日本各地の津波の高さ)

東北地方太平洋沖地震に伴う日本各地の津波の高さ(大きさ)一覧

北から順です。(小数点以下第2位は四捨五入しました。)

青森県
八戸市市川 8.4m

岩手県
久慈市久慈港 9.8m
宮古市田老 19.0m
宮古市宮古港 8.5m
宮古市金浜 12.2m
大槌町 12.6m
釜石港 9.0m
大船渡港 9.5m
陸前高田市 15.0m

宮城県
気仙沼市気仙沼湾 7.7m
南三陸町志津川 15.9m
石巻市雄勝町 16.7m
女川町町立病院 17.6m
石巻港 5.8m
東松島市野蒜 10.4m
仙台市若林区荒浜地区 9.5m
名取市 9.1m
亘理町荒浜 7.7m

福島県
相馬市磯部 6.9m
福島第一原発 14.0m
いわき市四倉港 5.9m
いわき市折戸 6.8m

茨城県
北茨城市大津 4.8m
日立市河原子 5.8m
大洗町 4.8m

千葉県
旭市下永井 6.0m
片貝漁港 3.8m

震源から一番遠いと思われるわが千葉県でも6mの津波ですか・・・
想像を絶する凄まじい大地震だったんですね。

ペルー旅行記16(マチュピチュ山登山編)

Pc051133
いよいよマチュピチュ完全制覇第4弾、マチュピチュ山(標高3,050m)登山編です。

Pc061609 ↑すっかり出遅れたので、歩きで行く予定を変更してバスで向かいます。バスの車窓から見える朝日に照らされるワイナピチュ山です。

Pc061620 ↑雨季なはずですが、今日は快晴のようです。たなびく雲が絶景を予感させます。

Pc061617 ↑朝日に照らされるマチュピチュ遺跡です。うーん、すがすがし過ぎますね。

Pc061623 ↑雲のたなびく、これぞマチュピチュ遺跡の絶景ですね。ここから1時間、マチュピチュ遺跡の絶景を堪能してしまいました。

Pc061625 ↑まばゆいばかりのマチュピチュです。

Pc061624 ↑アンデスの高峰まで見渡せる快晴です。

Pc061640 ↑なかなか絶景の前から離れられません(笑)

Pc061860 ↑そろそろマチュピチュ山登山に向かいますか!

Pc061880 ↑マチュピチュ山に向かう道中ののどかなマチュピチュです。

Pc061886 ↑同上です。

Pc061893↑マチュピチュ山への分岐です。インカ道を離れて、マチュピチュ山(3,050m)に向かいます。

Pc061894 ↑いかにもな登山道です。わくわくしてきました。

Pc061897↑小屋がありますが無人です。背後に目指すマチュピチュ山が見えます。

Pc061896 ↑小屋にはマチュピチュ登山者名簿がありました。一応サインしておきました。今日の一番乗りのようです。ちょっと嬉しいですね。

Pc061898 ↑振り返るとマチュピチュ遺跡と昨日登ったワイナピチュ山です。雰囲気はアンデスの秘境、気分はインディ・ジョーンズですね。

Pc061900↑こうしてみると、ワイナピチュ山にどうやって登ったのだろうか?って思う峻険さですね。

Pc061922 ↑鬱蒼たる樹林帯の登山道です。

Pc061921 ↑足元の茎の皮?動物が食べ散らかした?手前の靴と比較して、大きいでしょ!

Pc061932 ↑ワイナピチュ(2,750m)より高くなったようですね。すでの相当数の観光客が登っているようですね。

Pc061929↑リャマが遺跡の草を食んでいます。のどかな風景です。

Pc061927 ↑空中都市にふさわしい立体感のあるマチュピチュです。平面的なイメージでしたが、見事に期待を裏切られましたね。

Pc061934 ↑遺跡の入り口付近です。バス乗り場があって、手前の屋根がサンクチュアリ・ロッジです。

Pc061936 ↑岩の切通しです。インカの人が作ったのでしょうか?ここを抜けるといよいよマチュピチュ山に続く稜線に出ます。

Pc061943 ↑稜線に出ました。マチュピチュ山とは反対方向の下りの稜線です。

Pc061944 ↑さらに右にパンします。印象的だったのは、稜線に出たら、これまでより生暖かい風が吹いてきたこと。熱帯に近いことを実感しました。日本のアルプスで3,000m近い稜線に出れば、寒風で身が縮まるのですがね。

Pc061945 ↑さらに右にパンすると見えてきました、マチュピチュ山の山頂部分。旗がたなびいています。

Pc061947 ↑稜線を山頂に向かいます。パッと見、手前の東屋が高いように見えますね。

Pc061948 ↑ズームアップします。なにやら人影が・・・。先着されているようです。少しショックです。

Pc061949 ↑マチュピチュ山の山頂(3,050m)に着きました。雨季なのに快晴ですね。さすが雨男!雨が降るところでは雨に降られません(笑)

Pc061960 ↑マチュピチュ山頂のラジオインカ帝国の旗です。巻きついているのが残念です。

Pc061961 ↑標高3,050mの基準点でしょうか?日本の山頂にある三角点と同じようなものでしょうか?

Pc061958 ↑アンデスの山々山々です。

Pc061962 ↑マチュピチュ遺跡を遥か上(約600m高い)から望みます。空中都市マチュピチュも遥か上から俯瞰すると空中都市の肩書きも形無しですね。

Pc061963 ↑そうは言っても峻険さは、空中都市そのものですね。

Pc061965 ↑マチュピチュ遺跡を上から望みます。

Pc061967 ↑少し上にパンします。

Pc061972 ↑ワイナピチュ山頂を上から望みます。このワイナピチュの石積みも行って初めて知ったところです。すごいですね。

Pc061996 ↑ちょっとぼかしてマチュピチュ遺跡を撮ってみました。

Pc062007 ↑マチュピチュ山山頂記念写真です。実に満足です。どうやって撮ったかったって?ミネソタから来たという背の高い先着していたアメリカ人に撮ってもらいました。マチュピチュ遺跡と山頂の旗を入れて撮ってくれとのオーダーに見事に応えてくれました。彼はCanonの一眼レフを持っていました。代わりにそのカメラで彼を撮ってあげました。

Pc062003 ↑その彼です。

Pc062029 ↑山頂にあったペルーの守護神です。なんて言うんだっけなあ・・・

Pc062010 ↑アンデスのさらなる高嶺を望みます。

Pc062012 ↑いつまでもいつまでも眺めていたいのですが、そろそろさよならします。

Pc062028 ↑稜線を下ることにします。

Pc062037 ↑稜線を外れて、マチュピチュ山の山腹をトレースしてマチュピチュ遺跡に下ります。

Pc062055 ↑だいぶ降りてきて、マチュピチュ遺跡が近づいてきました。

Pc062059 ↑わが宿であるサンクチュアル・ホテルが見えます。

Pc062064 ↑登山口入り口の小屋に着きました。監視員がいます。

Pc062067 ↑名前がいくつか書かれていますね。

Pc062069 ↑谷底に切れ落ちているように見える道ですね。その先でインカ道と合流です。マチュピチュ登山時間は往路の登り1時間20分、復路下り50分でした。思った以上に時間がかかりましたね。

Pc062077 ↑マチュピチュ遺跡です。アグアスカリエンテス駅集合まであと3時間。このマチュピチュ遺跡に居られるのも、残りあと1時間30分くらいでしょうか。きっちりたっぷり堪能させていただきます。

以上でマチュピチュ登山編は終了です。

07:17 登山入り口 10:00
08:21 稜線     09:17
08:37 山頂     09:10

>次:ペルー旅行記17(マチュピチュ遺跡内部編2)
<前:ペルー旅行記15(マチュピチュ遺跡:インカ橋と太陽の門)

2011年4月10日 (日)

本日快晴、絶好のランニング&花見日和よりでしたね。

久しぶりに仕事もひと段落し、晴天下での昼間のランニングを満喫できました。

桜も満開見所といった感じで、普段のランニングコースから外れて、桜並木を通るあたりは、我ながらミーハーですな。

往きは早い時間でもあり、花見の人ではありませんでしたが、帰りの桜並木は、びっくりするほどの人手にびっくりでしたね。

Imgp7868 ↑朝8時の桜並木(おゆみ野四季の道の春の道)

Imgp7880 ↑昼3時の様子

Imgp7881 ↑我が家の前の桜もついでに

道中、JEF千葉の練習場&クラブハウス(ユナイテッド・パーク)に人だかりが・・・。水戸ホーリーホックとの試合だったようです。練習試合だと思いますが、震災の影響で、まさか公式戦?

Imgp7878↑ユナイテッド・パーク正面です。まだ小さな桜の木ですが、満開ですね。

Imgp7877↑やっぱり練習試合ですね。

Imgp7876 ↑ネット越しに皆さんサッカー観戦中です。

Imgp7874 ↑JEF千葉のクラブハウス2階部分から、JEF千葉のホームタウンであるフクアリ(フクダ電子アリーナ)を望みます。

追記:家から6キロくらい離れた場所をランニングしていたところ、視線を感じたので、その方向を向くと、中学生が二人。うちの長男坊とその友達でした。
追記の追記:帰宅後、話を聞くと、友達が携帯電話をなくしたとのこと。一緒に探して、警察にも一緒に届けに行ったとのこと。まあ、それも経験でしょう。

2011年4月 9日 (土)

美味しいおかきの播磨屋本店なのですが・・・

もう20年近く前になるが、職場の親友が結婚した時の引き出物に美味しいおかきがあった。

あまりの美味さに、どこのおかきかとみるとそれはこの「播磨屋本店」でした。

以来、私としては珍しいことに何度か箱買いしたりしたのですが、最近はすっかり忘れていましたら、なにやらネットで騒ぎになっているようです。

騒ぎになっているのは、このお店の公式サイト。
主人というのだから社長さんなのでしょうが、かなり偏って思い切った発言をされています。

過激思想をもつ私もびっくりな言い様です。
↓公式サイト(4月9日時点)の一部

Harimaya1

そんなことも気になりますが、ここの美味しいおかき食べたくなりましたね。(笑)
ここのおかきは、絶品の美味しさですよ。

播磨屋本店公式サイト

ゴルフの石川遼選手、初めてのマスターズ予選通過!

3度目の正直で、ついにマスターズの決勝に進めましたね。

首位とは8打差もありますが、まだ2日あります。

ゴルフの賞金全額を東日本大震災のために寄付すると宣言されただけに、余計にがんばって欲しいですね。

奇跡的に追い上げて、マスターズ優勝!
日本人として初制覇なんて、ビッグなニュースにならないですかね?

そしたら東日本大震災で暗い日本にめちゃくちゃ明るいニュースになるのですがね。

何かを持っている彼なので、期待したいですね。

2011年4月 8日 (金)

「コロット まろやかいちご」は美味しいです。

「コロット まろやかいちご」は美味しいです。
濃厚なので、私にとっては2,3粒くらいで満足感を味わえ、食べ過ぎそうになく、カロリーオーバーにもなりそうにないので、愛用したいと思いました。
(板チョコだと一回で全部食べてしまうので(笑))

商品名
「コロット まろやかいちご」
価格
参考小売価格 138円(税込)
内容量
42g
発売日・発売地区
2010年9月21日 全国
特長
●ギュッと濃い味わいのホワイトチョコに甘酸っぱい苺を練り込みました。
●ホッとひと息つきたい時に適した、やさしい味わいのまろやかないちごミルクチョコレートです。
●噛んだ時の密度の高い食感と濃厚な味わいがついつい後引くおいしさです。
主要栄養成分(1箱[42g]当たり)
エネルギー 231kcal、たんぱく質 2.1g、脂質 13.3g
炭水化物 25.8g、ナトリウム 29mg

以上明治製菓サイトからの引用

【書評】夢のかたち 「自分」を生きた13人の女たち 鈴木由紀子著

Yume
男女平等など夢のようだった時代、明治維新から太平洋戦争までの間に、さまざまな分野で道を拓いていった13人の女性の物語である。
男尊女卑を粘り強く、しかも大胆に切り開き、時代を先んじた女性視点での生き方をまっとうしながらも、子沢山な女性たちの話なのである。
特に与謝野晶子さんは12人も子どもを産み育てているのだから、驚きだ。
女性は強くて、しなやかで、美しいということを改めて実感させてくれる伝記集である。
以下、本文中の珠玉の言葉を掲載しておきます。

「与えるのが女の役目であるならば、同時に、女は満たされることが必要である。」アン・モロウ・リンドバーグ
「人は働くものだ、働くことは美しい」長谷川時雨
「天才とは非常な努力の人」鈴木由紀子
「元始、女性は太陽であった」平塚らいてう
「女の人はいくつになっても翔べるんですよ」伊藤ルイ
「社会に出たときに、一番必要なことは愛されること。誰からも喜ばれ、なくてはならない存在になりなさい」澤田美喜
「障害者運動を他人のためにしていると思ったのは誤りだとこのごろ気がついた。人間はだれでも年をとれば耳が遠くなり、目はかすみ、足元はおぼつかなくなって、障害者の仲間入りをするのだから、障害者の問題は最終的には自分自身の問題なのだ」矢島せい子

2011年4月 7日 (木)

福島原発の本格復旧に暗雲 高レベル汚染水6万トンどう排出するか

2011年4月6日(水)19時15分配信 J-CASTニュース 

  福島第1原発の1~3号機のタービン建屋や坑道には高レベルの放射性物質汚染水が6万トンあると推計されている。現状すでに存在する5万トン分の排水・貯蔵先容量に加え、1万トンのメガフロートなど計8万トン分を確保する予定だ。しかし、原子炉冷却用の注水がもれており、汚染水は増え続けている。「非常手段」海への投棄は避けることができるのか。

  東京電力は、比較的低レベルの汚染水1万1500トンの海への放出を2011年4月4日から始めている。国の基準の100倍程度の汚染濃度だ。汚染水は4号機地下にも相当量ある見通し
  海へは捨てず、復水貯蔵タンクなどへ移す作業を進めている高レベル汚染水は、基準の1万倍から1億倍超までの数値が検出されている。海江田万里・経済産業相は4月5日、「汚染された水を海にもうこれ以上流さない」と、今回の低レベル汚染水の放出が限定的な措置で、高レベル汚染水の海洋投棄はしない考えを示した。

  経済産業省の原子力安全・保安院などは、高レベル汚染水は1~3号機に各2万トン、計6万トンあると推定している。排出先としては現状、集中廃棄物処理施設(3万トン)と復水器・復水貯蔵タンクなど(約2万トン)がある。

  1万トン分不足する計算になるが、静岡市の港を出発し4月16日以降に現着予定のメガフロート(1万トン)や新設貯蔵タンク(約2万トン)と合わせ8万トン分の容量を確保するという報道もある。さらにパージ船(約1500トン)を数隻使う案もあるという。

  しかし、汚染水は4号機地下にも相当量があるとみられる。また1~3号機についても冷却用の水が汚染された状態でもれ出ており、現状の推計である「6万トン」は今後増えてきそうだ。4月3日現在、1~3号機の原子炉へはそれぞれ1時間あたり6~8トン程度の注水が続けられている。

  汚染水の処理が急がれるのは、汚染水が、電源を復旧し原子炉を冷やす水循環システムを稼働させるための作業の大きな妨げになっているからだ。汚染水処理が終わらないと、原子炉内を低い温度で安定化させる作業が本格化できない、というわけだ。

 外部に水循環設備設置も検討  産経新聞(4月6日付)は、「排水とその後の既存循環システムの復旧」にかかる時間よりも、屋外に新たに水循環・冷却システムをつくった方が早く、政府と東京電力がこうした屋外設備の新設を検討していると報じた。

  産経記事は、エネルギー総合工学研究所の内藤正則部長の「(既存設備の復旧には)汚染水の排除と除染に2週間から1か月、機器の交換などにさらに1か月かかる」とのコメントを載せ、「外部構築の方が早いとみる」と内藤氏の見解を紹介している。

  こうした取り組みは時間的に間に合うのか。仮に、低レベル汚染水の海への放出に続き、高レベル汚染水も海へ廃棄するようなことになれば、国際的な反発を受けるのは必至だ。韓国の外交通商省は4月4日、日本による低レベル汚染水投棄について、「国際法上の問題を引き起こす可能性がある」と日本外務省に伝えた。外務省は「(国際法上)ただちに問題となるものではない」としている。

<コメント>
 汚染水6万トンという見出しを見て、思ったのは、世界最大だった戦艦大和の排水量と同じくらいだなということでした。(笑)

 それはともかく、原子炉の安定停止に向けてきちんと進んでいるのか?つまり、ロードマップ無き対応としか見ることができないことが、問題となっていると思います。福島第一原子力発電所がどうなっているのかわからない状態では誰も示せないのでしょうが、汚染水の海洋投棄という非常の策をとる以上、何がしかの説明は必要であり、それがないのは説明責任を放棄しているとしか思えないですね。それが反発を招いている最大の原因だと言うことなのが、東京電力や国はわかっていないのか?
 それとも東京電力本社では、責任回避で全体像を示す勇気が無いのか?現場の奮闘に較べて、実に残念です。

2011年4月 6日 (水)

第26回外秩父七峰縦走ハイキング大会が東北地方太平洋沖地震チャリティ大会として開催されます!

やっと届きました。

4月24日開催のハイキング大会の参加証です。

すでに私のエントリーしていた5つの大会(マラソン、ウルトラマラソン)は震災の影響で中止が続いておりましたが、ついに開催する大会が出てきました。嬉しいです。

この大会は、順位を競う大会でなく、本当にハイキング大会なのですが、かずさんにとっては、5年前に参加し、ランニング人生の原点というか出発点となった記念すべき大会なのです。

名前はハイキング大会とゆるい名前ですが、距離は42キロ、時間制限ありの1日で完走するにはなかなか厳しい大会です。

秩父界隈を営業地域とする東武鉄道が無料で主催する大会で、7000人以上参加する巨大なハイキング大会です。参加は無料(事前申込要)で、参加賞ありの完走賞としてオリジナル帽子ありで、老若男女が参加するとても楽しい大会です。
(参加賞でもらった多機能ペンチはペルー旅行中に油断して機内持ち込み荷物としてしまい、没収されました。)

山の師匠とゆっくりのんびり、遅咲きの山桜の鑑賞しつつ、GWの萩往還250kmの前哨戦として、震災の方々へのチャリティ募金もいっぱいしつつ、がんばってきまーす!

さくら咲く、桜咲く、サクラ咲く

我が家の(前の)サクラが咲きました。
なんという名のサクラなのでしょうか?
ソメイヨシノではないのは確かですが・・・

Imgp7859

人とは違うことを好むわたしの家の前に、よくわからないサクラがあることが、嬉しいと共に、なんだか運命のようにも感じるところです。

我が家のサクラはさておいて、ソメイヨシノはクローンであることは、よく知られているところですね。
(知らなかったらここは感心して、拍手してください(笑))

クローンとはどういう意味かと言いますと、遺伝子がまったく同じ。双子を遥かに凌駕する世界中の全部のソメイヨシノが同じ遺伝子なのですよ。
その理由は、ソメイヨシノには基本的には種ができないからです。
種が無いのに増えたというのは、すべて挿し木のおかげ。江戸時代の一本の木から全てが始まっているわけです。
歴史的には、「ソメイヨシノ」とは漢字で書くと「染井吉野」で、江戸時代からの大ヒット商品名だったんですね。

確かのこの桜は、葉のまったく無い枯れ木の状態から、ピンクの5枚の花びらによる可憐な花を枝という枝すべてにまさに花一面状態でしかも一気に咲かせ、その後、直ぐにいっせいに散るという、晴れやかで潔いという、なんとも日本人好みな花ですよね。

さて、このソメイヨシノですが、種を付けるものもあるそうです。
が、絶対にソメイヨシノのような花を咲かせる種はできないそうです。

なんとも不思議な桜ソメイヨシノです。

2011年4月 3日 (日)

太っ腹!震災義捐金に100億円ですって!!!

私の携帯電話はかつては、最強だったauですが、凌駕していったライバルのソフトバンクの孫正義社長がやりましたね。

震災義捐金に個人として100億円を寄付するそうです。

まさに桁違い。驚愕です。

で、私は何をする?

まずは、ソフトバンクに乗り換えようかしら。(笑)

2011年4月 1日 (金)

一匹狼最後の日

生まれてこの方、団体競技のチームのメンバーになったのは、40過ぎて誘われた草野球チームだけ。
根っからの一匹狼な私でしたが、それも今日で最後となりました。

つまり明日からは公私共に、長の付く立場になります。(実際、既に日付を越えているので、もうなっています。)

まさに、柄でもないところなのですが、担うしかないところです。

そんな日となった3月31日は、一方では、有終の美を飾る日として、幾多の人々をお見送りし、今年も何人もお見送りしました。(定年退職の方々などです。)
最近は歳のせいなのか、結婚式のように涙が出そうになります(笑)

そういう方々のおかげで、今日があり、自分に番が回ってきたと言うことでしょうか。
今から少しだけでも寝て、明日起きたら、もう何だかんだ言っている暇のない日常が始まるのでしょう。
まあ、なるようにしかならない。

みなの力を借りながら、自分自身のベストを尽くして、真摯に取り組むとしましょう。

追記:自主退職する先輩の辞令を見させていただきました。
    「辞職を承認する。」と書いてありました。
    そんな冷たい文言の紙切れですら、もらえるだけありがたいのかと思うこの頃です。

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